DRE

ある研究者の調査によると、この半世紀で最も影響力を持った音楽は、意外にもロックではなくHIPHOPという結果が出たらしい。それを好むと好まらずとに関わらず、現在のHIP HOPの中で一番影響力を持っているカテゴリーは何かと言えば、間違いなくギャングスタ・ラップだろう。ギャングスタとしての生き様や掟を描写した過激で暴力的なリリック、製造から売買、使用にいたるまでを網羅した事細かなドラッグ描写、女性蔑視、カスタムカー自慢、そして警官に対するあからさまな憎悪も定番だ。青少年への悪影響が懸念されている人気ゲーム『G.T.A(グランドセフトオート)』シリーズの過激な世界観の半分以上は、まさにギャングスタ・ラップの世界観であり、同ゲーム内のラジオのチャンネルでもギャングスタ・ラップは特に人気のプレイリストだ。これは単なるギャング文化の悪影響といった単純なものではなく、ギャングスタ・ライフに全く関係ない人たちの欲望をも投影した映し鏡の様な現象といえるだろう。

8月14日、かつて世界一危険と称された悪名高きギャングスタ・ラップ・グループN.W.Aの自伝映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』が全米公開され、音楽の自伝映画としては史上最大の興行収入で、ボックスオフィスの映画ランキング1位を記録した。それに先立ち映画にインスパイアされた裏サウンドトラックとして、N.W.Aの元メンバーであり、ギャングスタ・ラップ・サウンドの礎を確立したパイオニア、最近ではヘッドフォンで世界を制した音楽界きってのビジネスマンとして知られるDr.Dreの、16年振りの待望の新作にしてラストアルバム『Compton』が突如リリースされ、収益は全て地元のコンプトンに寄付するというニュースも併せて、こちらも大きな話題になった。いま、その誕生から約四半世紀を経て、過渡期を経て新たなタームへと突入したギャングスタ・ラップが再び大きな注目を集めている。

コンプトン出身で現在のヒップホップ・シーンの鍵を握る男、Kendrick Lamarは2012年リリースの『good kid, m.A.A.d city』(2012)と今年リリースされた『To Pimp A Butterfly』(2015)の2枚の傑作アルバムでポスト・ギャングスタ・ラップの可能性を大きく押し広げ、悪名高いこの街に新たな視点とコンシャスで文化的な奥行きを加えた。同じくコンプトン出身のアップカマーYGは、ブラッズ(所謂赤ギャング)のメンバーであり、元空き巣の常習犯と言うやんちゃで危なっかしいキャラクターと90‘sギャングスタ・ラップ愛溢れるオマージュで人気を博し、一躍スターの仲間入りを果たしたが、今年の6月、スタジオを出たところを襲撃され、一時重体の大けがを負った。ギャングスタ・ラッパーたちは愛され、憎まれ、畏れられている。

Kendrick Lamar – King kunta

YG – Bicken Back Being Bool

本題に移ろう。通称DPG、DOGG POUND GANGSTAは、ギャングスタラップ界のスポークスマンであると同時に、現代のポップカルチャーを代表するアイコンとして知られるSNOOP DOGGが率いる軍団の総称だ。90年代初頭にLAの南部、ロングビーチで誕生したDPGは多くの親族や幼なじみで構成され、多くの大ヒット作を持つ、このジャンルきってのロイヤルファミリーとして世界中にその名を轟かせている。そして、実はDPGには、Snoopの従兄弟であり2Pacにも多大な影響を与えた男として知られるDaz DillingerのバックDJを務め、SNOOPの1stのジャケットでも有名なコミックアーティストのJoe Coolや2Pacのアルバム『Makaveli 2pac』で知られるRiskyをメインデザイナーに起用したBlueline Clothingを運営するなど、アーティスト兼ビジネスマンとして暗躍する唯一の日本人メンバーがいる。男の名前はDJ 2HIGH。早くも中学生1年生の頃にDJを初めた2HIGHは、90年代に来日したSnoopをはじめとしたDPGファミリーとの出会いと交流を経て、幾度もLAに訪れるうちに2000年にはLAへと活動の拠点を移し、やがてコンプトンに居を構えることになる。余談だが、2HIGHの父親である松山猛氏は、雑誌『ポパイ』を立ち上げた伝説的な編集者であり、映画『パッチギ!』(2004)の原作者、そして日本初のインディーズレコードであり日本初のミリオンセラーとしても広く知られるフォーククルセイダースの「帰って来た酔っぱらい」や「イムジン河」の作詞を手がけた、日本のサブカルチャーの始祖とも言える人物だ。今回はコンプトンのゲットーなショッピングモールからHOODのバックヤード、ロングビーチの213(Snoop、Nate Dogg、Warren-Gが組んでいた伝説的グループ)誕生の地まで、普通の観光ではまず訪れないであろうスポットを2HIGHに案内して貰いながら、これまでの数奇な音楽人生と、遂に12月19日に日本でも公開される『ストレイト・アウタ・コンプトン(Straight Outta Compton)』(2015)についても貴重な裏話を聞かせてくれた。

DJ 2HIGH, Blueline Clothing

DAY IN THE LIFE OF DJ 2HIGH

最初に西海岸のHIPHOPを意識したきっかけはいつ頃だったんですか?

中学の時にDJ始めたばっかりの頃は西も東も意識してなかったんだけど、俺こっち(西海岸)の方が好きだって分かったのが96年にThe Dove ShackとTwinzが来日して、LIVEを観たとき。その時に仲良くなった(The Dove Shackの)Bo RocとTWINZとはいまだにずっと遊んでるよ。その年の冬にSNOOPとJoe Coolが来日した時に、Joe Coolと30分くらい話せる機会があって、その時に一瞬SNOOPにも会えて。次は98年に来日した時にポスターにはSNOOPがNOLIMIT軍団連れてくるって書いてあったんだけど、実際に連れてきてたのはBad Azz(LBC CREW)だけだった時があって。そこでSNOOPと再会して、あっちも俺のこと覚えてて、DPG入を認めて貰ったんだ。このDPGのタトゥーも18歳の時に彫って。でも、そこからDPGの中で何をするかって言う、役割を確立するのに時間はかかっちゃったけど、かかった分濃いものが出来たから、焦らなくて良かったね。

The Dove Shack – Summertime In The LBC

Twinz – Eastside LB

DPGはレーベルではないですよね。どういう集団なんですか?

「DPGはファミリー。本当に従兄弟だったり、兄弟だったり、血で繋がってる家族だから、切っても切れない絆がアイツらにはあるし、よそ者は入れない風習もある。まずDr.DreとWarren Gが兄弟だよね。SNOOPとDAZが従兄弟で、あとジョークールも。KURUPTとROSCOEが兄弟でNATE DOGGとブッチキャシディも従兄弟でしょ、TWINZとFORSOMEも従兄弟。本当に家族」

まさにファミリービジネスですね。そういえば渡米して一番最初にコンプトンを目指したんですよね。何故いきなりコンプトンだったのですか?

一番初めにコンプトンに来たは靴の買い付けなんだよね。16、7歳の頃。DS455(日本のラップグループ)のKAYZABRO君がアバランチ(ジュエリーショップ)やる前に原宿で靴屋やってた頃に月一ペースくらいで一緒に来たりしてて。俺が一緒にやってた人は靴と一緒に服もやってたから、昔からコンプトン・ファッションセンターとかも買い付けで行ってて。レゲエやる人はジャマイカ行く訳じゃないですか。何故かって言ったらそこがルーツだから。僕の好きなWest Coastのラップの原点は何処なのかなって考えたらやっぱコンプトンだし。俺もDJとして曲をただ流すんじゃなくて、流す曲がどういう曲なのかとかがすげえ興味あったからさ、やっぱり英語を訳したら何となくは分かるかもしれないけど、現地に行って住んでみないと分からないことが絶対いっぱいあって、それが知りたかったんだよね。こっち来た時は俺すでにSNOOPの電話番号と住所持ってたんだけど、いきなりそこからスタートするのも面白くないじゃん。「誰よあれ?」ってなる訳だし。だったらこっちの連中が這い上がってく道を俺も辿ってみてーなと思って。それでコンプトンのアンダーワールドってレコード屋でビッグAたちと知り合って、はじめのうちはブロック・パーティーやったりだとか、コンプトンのバックヤードブギですよ。人の家の庭で、でっかいサウンドシステム組んで。

SNOOP

HOODの好きなところと嫌いなところを教えて下さい。

あそこにしかない人のバイブスだったりだとか、それは良いバイブスもあれば悪いバイブスもあるし。自分的に好きなのは高級住宅地で音をバーンて出したらすぐに苦情来るけど、HOODはどれだけ音出しても誰も文句いわないから、そういうのは気軽で良かった。でも、グリーディーにハングリーな奴も多いからそれは気をつけなきゃいけないよね。おうちにせっかく帰って来たのにセキュリティのこと考えなきゃいけなかったり、落ち着かない反面もあったかな。こっちに16年いる間に、両手じゃ数えきれないくらいの数のスタジオが、ガラス割るんじゃなくて壁に穴空けられて、強盗に機材まるまる持ってかれたとかってことが何度もあるし。まあレントも安いし、良いところは良いんだけどね(笑)。

VIP

コンプトンを離れたきっかけはなんですか?

友達の女の子が顔面7発撃たれて殺されちゃって、それの弔い合戦になったんだよね。俺はさっき通ってきた815のウィローストリートってところに住んでて五匹犬飼ってたんだけど、五匹とも殺されて、これはまずいべってなって速効ロングビーチに引っ越して。ロングビーチではSnoopがEAST SIDAZの『G’d Up』のビデオをVIP(レコード屋)で撮る日があって、そこに遊びに行ったらトレーラーバスの中で俺がカメラを手に持ってたら「なんでカメラ持ってるのに回さないんだ?」って言われて、で、そっからその日を境にSnoopの家に超行きまくって。意味も無いのに行って、ひたすらそこでハングアウトして。だけど自分のその時の英語力だったりスキルがふわふわだったから全然彼等の方が重くてさ。だから折角その場に行っても彼らがやってるのを見てるだけで、自分がそこに参加してっていうクリエイティブな時間じゃなかった。ただ行って楽しかったってだけで。で、パッと行くのやめた。折角ヤバいドア開いてるのに何してるんだろう、一回自分を極めようと思って、2003年くらいに一度距離を置くんだよね。

The Eastsidaz – G’d up

いくら夢の様な空間にいても、一歩外に出たらそれが現実ですもんね。ではDAZのバックDJをすることになったきっかけはどういう経緯だったのですか?

2006年くらいかな、BIG-AがDazと一緒に仕事やってるのは知ってたんだけど何年かロストコンタクトしてて、自分は自分でここで根を張らなきゃいけないからずっとストラグルしてた何年間かがあったから。ある日突然BIG-Aから凄い久しぶりに電話かかってきて「今すぐニューポートビーチに来い!」って、朝6時に。何でだって聞いたら「良いから来い」と。その時はダウンタウンに住んでたんだけど家からニューポート結構距離あるから。1時間半くらい。まあ、でも何かあるんだろうなと思って行って、着いたらBIG-Aがなんかあたふたしながら「2HIGH来たか、俺はもう行かなきゃいけないからあそこの家に行け」って言われて。えー?!みたいな。で本当にどこか行っちゃって、俺もここまで来させておいて何だそれって怒っちゃったんだけど、とりあえず来たし行ってみようと思って言われたドア開けたら何か凄いバイブスを感じて、奥行ったらDAZとKRUPTが座ってて「YO!2HIGH、お前俺らのDJやるんだってな」って言われて「え!そうなの?」みたいな(笑)ちょうどDAZとKRUPTもDOGG POUNDとしてはブランクもあっての再結成で、そのタイミングでDJやれってチャンスをくれてさ。Thanks To BIG-A。

ロングビーチでDPGハウスに住んでたっていうのはどういう経緯だったんですか?

あれはたまたまだったんだよね。ハリウッドに住んでた時期があったんだけど、住んでたエリアがちょっと合わなくてロングビーチに戻って。そこにDazが「新居だ!」って家に来た時に「オイ2HIGH、わざとこの家選んだのか?」って言うから、わざっとってどういう意味だ?って聞いたら「ここは213の発祥の地だぞ」って言われて、え!みたいな。僕がリンデンの59ってところに住んでたんだけど、60にWARREN Gが住んでて、61にSNOOPが住んでて、そのリンデンの表通りのモーテルにNATE DOGGが住んでたたらしくて、もうDPGの引き寄せだよね。

DAZ

それは相当持ってますね。でもこれだけこっちの生活が長くなると、日本が恋しくなりませんか?

自分の生まれた場所だし、飯もうまいし、家族いるから日本も大好きなんだけど、音楽をやる環境だったりとか、LAにいても日本サイドの案件は俺にしか出来ないことが沢山あると思ってて、DPG周りのパブリッシングだったりとか、出てるものが正しく伝わっているのか。そういう日本の目になって、SNOOPに「こうなってるよ」って言ったら意外に俺の言うこと凄い耳を傾けてくれる。96年から知ってるから付き合いも結構濃い感じです

それでは『ストレイト・アウタ・コンプトン』の映画について聞いていいですか?

うん、知ってた様で知らなかったこともいっぱいあって、へーそうだったんだっていう再確認も出来たし、これがきっかけでN.W.Aをリアルタイムで聞いてない人たちにもわかる様に凄く巧く表現されてるから、エンターテイメントとしてみれば凄い面白かった。

ネタバレになっちゃうかもしれないですけど、印象に残っているシーンを教えてもらえますか?

ド頭から好きなんだよね(笑)。俺は結構喋りが長かったり内容が深過ぎたりすると眠くなっちゃう人なんだけど、映画としてのリズム感が良いから一瞬も眠くなる隙がなかったね。

N.W.Aはリアルタイムで聴いてたんですか?

小学校の時に親父の海外の土産で『Straight Outta Compton』をCDで聴いたのが最初かな。

N.W.A – Straight Outta Compton

それは早熟ですね!どういうところに惹かれたんですか?

リリックの意味までは全然わかってなかったけど、なんせ「Dope Man(Remix)」がめっちゃ好きでさ。オハイオプレイヤーズの「Funky Worm」ネタの。あとね、元町のマクドナルドの目の前に昔タワーレコードあったでしょ。そこで自分で一番始めに買ったアナログがN.W.Aだったんだよね。

それが後にコンプトンへと導くことになるんですね。他に映画で気になったことはありますか?

うん、ぶっちゃけるとね、あの映画はDreとIce Cubeにフォーカスし過ぎ。二人は今生きてるし、彼らの自伝でもある訳だから分かるんだけど、なんて言うのかな、Easy-Eをもっと掘り下げて欲しかった。俺がコンプトンに行った時にはCubeとかDreはいなかったからさ。誰がそこにいたかって、Easy-Eのファミリーだったんだよね。だから息子のLil Easy-Eだったり三男のE3(Baby Easy-E)と親交があったから。でもCubeとかと会ったのはその後だから、コンプトンじゃないんだよね。My Peasonal、俺の話ね。で、やっぱ映画を見たらDreのお母さんが出てきたりCubeの奥さんとのドラマが描かれたりするわけよ。もちろんタミカってEasyの奥さんも出てくるんだけど。あともう一個おれが「えー!?」って思ったのは、映画の中に2Pacが出てきてレコーディングしてるんだけど、横でSuge Knightが誰かをボコボコに締めてて、Dreが「こんなところじゃ仕事出来ない!」って言ってAftermathを立ち上げるドラマが描かれてるんだけど、映画だとその時まだEasy-Eが生きてるんだよ(Easy-Eは95年3月26日没、2Pacがレイプ事件で1995年2月に実刑の判決を受け収監された際にSuge Knightが保釈金を肩代わりし、出所した2PacがDeath Rowに参加するのは95年10月)。おかしいでしょ?映画だからっていうのは分かってるけど、皆が知ってることなのに何でそういうことにしちゃったのかな?って。

そうだったんですね。主役はプロデューサーのIce Cubeの実の息子ですよね。

それはずっと前からちゃんと育ててきたからさ。キャストの面でいえば俺はフェアだったと思うよ。俺も最初はEasy-Eなんか似てないなとか思ってたんだけど、やっぱりハリウッドのキャスティングは厳しいから。元々はDreの息子だったりLil Eが父親の役を演じるって話もあったのよ。Cubeの息子も一般のキャスティングと一緒に全部オーディション受けて選ばれてるから。あいつはあいつで全部のプロセスを通過してそれで勝ち残ったんだよ。だから映画でもCubeをちゃんと演じきってるしそこに関しては凄いリスペクトしてるよ。

出演してる俳優たちとも親交があるんですよね?

うん、Easy-E役のジェイソン、アイツは凄い良いね。巧くやってるよ。俺っていうかキキが超仲良くてさ、俺がコンプトン住んでた時に一緒にいた奴なんだけど、そのキキがキャスティングが決まってから役者をコンプトン中連れ回しててさ。ジェイソンもDre役のコリーもLA出身じゃないから。Yella役のやつも上手だったね。しかも俺あの映画のなかにいるからね。ダラスのLIVEのシーンの観衆の中に。

え!そうなんですね!やっぱりあの映画の後ギャングスタラップが盛り上がって来たりしてるんですか?

Gameも新作出したし、XZBITがK-DAYの中で「Open Bar Radio」ってWest Coastに凄いフォーカスしたチャンネルやってたりとか、SnoopもロングビーチのLBCムーブメントっていうのやってるし、それに続いてPomonaムーブメントっての出て来たし、皆それぞれ動いてし、凄い良い流れになってると思うよ。だから日本でもどうエフェクトするか楽しみだよね。