公衆トイレ、海岸の崖の上、街灯に照らされた通り。ショーン・コイル(Sean Coyle )が写し出す光景は、暗い過去をダイレクトに表現しているわけではない。しかし、それらの写真の舞台はすべて、1970年代以降、オーストラリアとニュージーランドの男性同性愛者たちに対する恐ろしい暴行が発生した現場だ。

ほとんどの場所で、暴力的な歴史は消し去られ、忘却されてしまったが、コイルの新たな写真展〈Cruising Wonderland (クルージング・ワンダーランド)〉は、オーストララシア各地で発生した、同性愛者を標的にしたヘイトクライムの、悪名高い現場を悼むメモリアルの役割を果たしている。プロジェクト、作品、将来への希望についてコイルに話を聞いた。

最新の写真展のタイトル〈ワンダーランド〉と名付けた理由を教えて下さい。

70年代から90年代、オーストラリアのニューサウスウェールズ州で頻繁に発生していた、同性愛者差別による残忍な暴力事件を中心に調べていました。暴力事件の発生した場所を調べてるうちに、ボンダイの崖は重大な意味を持つ場所のひとつだとわかりました。数多くの男性同性愛者が、崖からつき落とされていたんです。警察は、惨事を無視したか、自殺として扱いました。多くの男性が被害に遭い、幾つかの類似点があったにもかかわらず、同性愛者への差別から生まれた犯罪、とは結論づけませんでした。当時、ニュージーランドとオーストラリアの歴史上、とりわけ大変な時期でした。エイズ流行のため、現地社会はパニックに陥り、状況に煽られた若者たちは、〈poofter bashing (同性愛者狩り)〉、とスポーツのように男性同性愛者たちに集団で暴行を加えていたんです。ともあれ、私はこのボンダイという特別な場所について調べるうちに、その周辺地域についても調査するようになります。すると、植民地時代初期をモチーフにした〈ワンダーランド〉というテーマパークが約5年間にわたって存在していたのを知りました。調査を終えた後、〈ワンダーランド〉が同性愛者への差別の歴史に言及するうえで、まさに的を得たエッジな表現だと思いました。

ボンダイの崖、ショーン・コイル

あなたの作品で表現された他の場所も、暴力行為にまつわる歴史上、重要な場所なのですか? これらの場所について詳しく教えてください。

他の作品も、それぞれ歴史的に重要な場所です。ハミルトンにある公衆トイレは、ある男性が背中を刺された現場です。更に、加害者は、同様に、別の男性を、別の公衆トイレでも刺しています。かれは裁判所で、世界から同性愛者を排除したかった、と発言しました。また、ウェリントンにある通りのインバーロッキー・プレイス(Inverlochy Place)も写真におさめています。何年も前のある晩、そこで、14歳のジェフ・ウィッティントンが、帰宅途中にマニキュアを塗っていたのを理由に、強打され死体として遺棄されました。

非常に暗く重苦しいテーマですね。同時に、背景にある事件と向き合い、どのように作品を制作しようと試みたのですか?

作品自体のアウトプットを、意図的にアンダーにダークな印象に仕上げています。テーマだけでなく、作品のビジュアルもダークです。そのため、表現したい物事が暗闇から浮かび上がるように見えます。それが今回の作品にとっても、作品について考えを巡らせる際にも、非常に重要だと思います。私にとって、明るさは明瞭さを意味します。このような暴行が起こる原因がはっきりとわからないため、ダークさは非常に重要な要素になります。歴史の影、特にオーストララシアにおける同性愛に関する暗い過去にハイライトを当てるのは、私にとって非常に意義深いんです。そういった事実が、暗い過去を悼むメモリアルになり、私たちが忘れないようにすることが重要です。歴史を記憶にとどめたうえで、前進しなくてはなりません。

ボンダイの崖をはじめ、これらの場所は公には発表されていないはずです。あなたにとって、作品は、忘れないようにするための手段なんですか?

そうです。難しいのは、センセーショナルに扱わず、記録として捉え表現することです。作品の内容もそうなんですが、同時に、実際のプリントも暗く、反射する仕様です。作品の大多数は、金属に印刷しているので、ものすごく光沢があります。作品と向き合うと、作品の表面に反射して映る自分の姿も見ることになります。作品は内省的であり、重苦しい性質ですから、暴行の歴史について熟考したり記憶にとどめるよう、観賞者に働きかけるでしょう。

あなたの写真展は、プライド・フェスティバルの一環です。来場者に、作品をどう捉えて欲しいか、また、何を得て欲しいか、とくに希望はありますか?

人々に画像イメージの向こう側にあるものを見てもらい、その作品の由来となる歴史や場所について、意識してもらえたら嬉しいです。作品に付随する文章で、ある程度明確に示せているはずです。この写真展は、ニュージーランドとオーストラリアで生活するクイアたちが経験した暗い歴史、世界各国でその状況が続いている事実について想いを馳せる機会です。内容は暗いものの、われわれが向かう将来への希望とともに、この会場をあとにしてくれるのを望んでいます。実際、写真展には、絶望ではなく、希望を訴える作品もあります。