90年代女子高生のなかで大ブームになったプリクラ、その現代版といえば、自撮り棒を使った写メが市民権を得ているのだろうか? アジア人の観光客が東京に多いせいなのか、あるいは日本人のファッションスタイル(化粧も含めて)が、アジア化しているせいなのか、日本人か韓国人か中国人かはわからないが自撮り棒を駆使した人々をよく目にする。自撮り棒を使うか否かは街を見渡しているだけでは判断できないが、とにかくLINEやfacebook、instagramの待ち受け画像を見ている限り、日本人にとって自撮りというのは欠かせない表現手段となっているようだ。
2016年1冊すべてセルフポートレート、自撮りで創られた写真集、『トーキョー・フューチャー・クラシック』をリリースしたジュリ・ワタイ。オタクカルチャーをベースに、自身の肉体をひとつの道具と化し繰り広げられる世界観はどのような発想、メッセージのもと創られているのだろうか。彼女の表現のルーツにも迫るインタビュー。

写真を始めたきっかけは?

小学校のときから、いわゆるアニメパロディーみたいな漫画の同人誌を作っていたんです。コピーで本をつくって即売会で売ってたんですけど、一向に売れなくて(笑)。意識的に人気ジャンルの作品も創ってみたんですけど、全然ダメで。自分で手売りしてたから、お客さんの反応とか、隣でブースを出してる人の売れ行きと比較してみると、私の絵が魅力的じゃないことに気付いてくんです。ずっと描いてるのに全然売れないなみたいな。絵を描くこと自体は大好きだったので辞めたくないって思ってたんですが、向いてないのはわかってたんですね。だから、別の表現手段はないかなって模索はしてたんです。

それで写真を撮ってみる?

意識的にというよりは、高校生の頃、コミケっていうオタクのイベントでコスプレイヤーの子を趣味で撮ってたんです。独学で単純にコスプレイヤーの女の子を可愛く撮りたいって。それが思ったより、被写体の人をはじめ、いろんな方に受け入れられたので、調子に乗ってずっと撮ってたんです。だから、写真でアート的表現をしようって意思は全くなくて、ただ喜ばれるから撮ってたっていう。そのうち全然評価されない絵よりも、写真での表現が気になっていって。それで、同人誌、漫画みたいな世界観を、写真を通してできないかな、っていうのが作品を創るきっかけですね。

ちなみに、漫画を写真で表現するといっても、いろんな漫画がありますよね。ジュリさんが写真で表現したい漫画の世界とは具体的にどのようなものですか?

漫画の1枚イラストがすごい好きで、ああいう世界観を写真でもつくれないかなって思っていて。1枚イラストって作家さんによって、表現がまるで違うんですけど、割と背景のイラストとかが詰まってる、奥行きのある一枚絵が好きなんです。例えば、有名な人だと、アニメとはちょっと違うかもだけど、ファイナルファンタジーの絵を描いてる天野喜孝さんとか。アートと漫画の境目くらいにいる方だと思うんですけど。

レコジャケを描くのとも似たイメージですかね? 例えば、ブラックメタルのジャケを描いてる人とかデスメタルのジャケを描いてる人って頭の中の世界観を、スカルとか死体とかそういうので表現したりする。

そうですね。面白いですよね、メタルのジャケット。そういう方は、音楽からインスピレーションを受けているんでしょうけど、私は場所とか物とかなので。

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女の子とか洋服とか、被写体の人物像から連想するのかと勝手に思ってました。女性の被写体の印象が強かったので、、、。

それがモデルさんからは一切ないんですよ。洋服もないんですよね。場所とか物から最初にインスピレーションを受けた後に、そこに合うキャラクターを想像するんです。この場所すごい格好良いから撮りたいっていうところから入ることが多いです。あとはガジェットとか音楽機材とか。最近は街だけじゃなくて、インターネットカルチャーからも、すごくインスピレーションを受けてます。今回の写真集の表紙の写真とか、まさにインターネットって感じですけど、これはグリッジのカルチャーから影響を受けていて。

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グリッジってなんですか?

グリッジってコンピューターのエラー画面、バグみたいな画像で、グリッジアートってtumblerで、アメリカとかですごい流行ったんです。そんな、エラー画面を表現するジャンルがあるんですよ。私は、そのエラー画面のグラフィックを自分で作ったりしてるんですけどね。あとは、シーパンクっていう、これもアメリカですごい流行ったカルチャーがあって、クリスチャンラッセンっぽい絵柄を表現する、グラフィックの世界があったりします。今回の写真集でも1枚、ギャラクシーっていうアパレルショップで撮ったやつで、シーパンクっぽい背景の場所があったから、絶対ここで撮ろうって。ちょっとわかりづらいかもですが、こういうちょっと海っぽいみたいな。

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では、この写真の場合、元々シーパンクっていうムーブメントを知っていて、その視点でこの場所を見つけた。その後は、人物像など、どのように詰めていったんですか?

まずは、モデルですが、その場に馴染むことを考えます。場所と人の世界観がちぐはぐだと、違和感が出てくるので。あとは背景が派手な場合は、そこに負けないような髪型や洋服の色を持ってきたりとか。メイクもこういう風にしようとか、ポージングもこういう風にしようみたいなことを、場所から想像して撮影前にはキッチリ全部詰めます。だから現場では微調整、モデルさんの微妙なポージングを詰めるくらいの感じですかね。

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他の作品を観ていくと変わったプロップも多いので、それを探すっていうのも、なかなか大変だと思うんですけど。

そうですね。インターネットで探すことが多いですね。でも、きっかけは時事問題とか社会問題とかも多いです。この巻頭の写真で使用したロボットは介護用に開発されているらしいんですが、普段、外とか歩いていると、なんかロボットみたいなのに乗ってすごい高速移動してるおばあちゃんとか見かけて。車いすなんですけど、電動で動くやつで、不謹慎かもしれないですが、すごい格好良いってなって。それで、パワードスーツみたいなやつにたどり着いて。検索をかけたら、工場で使ってるパワー増幅装置という堅い感じの会社のページが1番上に出てきたので、もちろん、一瞬ひるんだんですけど勇気を出してメールを出してみたんです。そしたら快くOKしてくださって。

この作品は完全に背景にバック紙、白ペーパーとかを引いて、あとで合成することを考えて撮ったのですか?

いや、この作品は会社のデスクがあるフロアのど真ん中にパワードスーツが置いてあって、動かせなかったんで、トイレをお借りして、着替えて、私がこの格好になって、その場所で撮りました。めっちゃ見られましたけどね(笑)。それで撮影した後、切り抜きました。普通にデスクがバーっとあるオフィスだったので、切り抜きは大変でした。

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あと、この本の中で、アンドロイドとのストーリーがありますよね。

このシリーズは、まずはアンドロイドを撮りたいなって。それで、なんとなくのストーリーというかキャラ設定をはじめにしたんです。この世界では、このアンドロイドはアスナちゃんっていうんですけど、昔の高級アンドロイドという設定なんです。私もアンドロイドっぽい格好をしてるんですけど、扮しているのは科学者っていう設定で。そういうところは決まっていて、あとはSF作家であるマルコさんにストーリーを書いていただきました。

それが写真の中に入ってくる文字ということですね。

はい。内容は、観てもらった方に自由に想像してもらえたらいいなっていう気持ちが強くて。ただ前提として、アンドロイドっていうとグロテスクだったりセクシーだったりっていうイメージがあるので、そこは払拭できそうになかったんです。だから、そのイメージを活かしながら、どう撮ろうかって。人形とか好きな人いるじゃないですか? 天野可淡さんの高級ビスクドールとか。ああいう見せ方にしたんです。女性も受け入れられますし、アンドロイドの取っ付きにくい部分もグロテスクではなくて妖艶に捉えてもらえそうでしたから。

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恋愛のストーリーですけど女性同士っていうのも特徴的ですよね。

生々しくしたくなかったっていうのはありました。オタクの業界で百合っていうジャンルがあるんですけど、それは女性同士の恋愛を描いたコミックスのジャンルを百合っていうんですけど、若い女性同士なんですが生々しさは一切なくて。そんな風に、女性の方々にも、ただただ美しい幻想の世界みたいに見てもらえたらと。アンドロイドが着てるコスチュームも、女性に人気のブランドに協力してもらったりして。

女性は百合の世界みたいな女性同士の世界に憧れる人が多いんですか?

そうですね、やっぱり宝塚とか好きな方は多いんでしょうけど、女性は思春期のときに百合っぽい感情が芽生える人が多いはずです。

女性の先輩にラブレターあげたとか、そういう話はよく聞きますね。

憧れの女性の先輩がいた人とか結構多いはずです。あと、多分、若い女性に受け入れられてる男性タレントは中性的な人が多い気がするんです。それも自分に近いから親近感を持ちやすいはずなんです。そういった本能的な部分で百合に抵抗がない女性って多いんだと思います。レズビアンとは、ちょっと世界が違うんですけどね。

年齢を重ねるとそういった感情はなくなるのですか?

普通はなくなっていくんだと思います。でもその想いを大切にしてる人とかは宝塚にはまったりするんじゃないでしょうか。

女性同士の美しい百合のような世界をもとに、アンドロイドに対する価値観を変えたいというメッセージがあったのですね。

そうですね。コンプレックスとか、虐げられてるものを、なんとかよく見せたいっていうのは、どの作品でもテーマとしてあって。この『トーキョー・フューチャー・クラシック』の前に『はーどうぇあ・がーるず』っていう写真集を出したんですけど、すごいオタクくさい部屋で、いろんな可愛いモデルさんに水着でセクシーポーズをしてもらって撮った作品があるんです。オタク的趣味がある人にはものすごいコレクション的価値が出ましたし、何よりオタクの地位が向上するかな、って気もしました。オタクの部屋というと、マニアックな部屋で女っ気がなくて、臭いんじゃねえの? みたいな、捉え方をされていたんで。だけど、そういう部屋に可愛い女の子がいるっていうシチュエーションをつくり、ダサいだけじゃないよみたいな、こんな可愛い女の子も、こんな所にいるよっていう視覚的表現ができて。私の中では満足感がありました。

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最近はオタクの捉えられ方も変わってきましたよね?

私の思春期のときは女性でネットしてる人って周りにいなかったんです。だけど、今はネット環境が万人にあるのが普通で。ニコニコ動画とかで育った人は割とこういうカルチャーを知らない方が珍しいし。今はいろんなタイプのオタクがいて、ファッション好きだけどオタクですとか、すごい可愛い女の子とか本当にイケメンの男の子とかが、でかい18禁の抱き枕抱えて帰っていったりとか、そういうのを見ると時代は変わったなと。オタクっていう言葉がそんな悪い言葉として捉えられなくなってきて、ちょっと面白い人くらいの感覚になってる気もします。でも『はーどうぇあ・がーるず』( 2010年)、『SAMURAI GIRL』(2006年)のときは、まだまだ結構冷たい目で見られてたんで、そこはコンプレックスをバネにしたってところはありましたね。

今はジュリさんの表現も受け入れられやすいということですね。

はい。だから、私、何かちょっと早かったかな、生まれてくる時代間違えたかな、みたいに思ったこともあります(笑)。でも悩んでた時代があったからこその作品でもありますし。

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そういう意味でいうと、オタクが受け入れられてきて、逆に今のジュリさんにとって、何が表現のモチベーションになってるんですか?

今回の作品に関しては特に、自分自身がモデルになっているということもあり、自分自身についてですかね。前にグラビアとかモデルみたいな仕事を、ちょっとさせてもらってた時期があったんですけど、特に若さとか美しさってすごい儚いな、っていう想いがずっとあるんですよ。いくら若く売り出してもらっても、もっと若い子がドンドン出てくる。それを、若い時期に目の当たりにしてきたので、若さの儚さってすごく貴重だし、なんか残しておきたいなっていう気持ちは人よりも強くあるかもしれないです。もちろん、女性なら、みんなあるはずです。

なるほど。それで、今回の作品は全部ご自身をモデルとして、自撮りという表現手段をとっているんですね。

今急に老けたらどうしよう?っていう焦りはすごくありましたけどね(笑)。もっと年を重ねたら、またその時にしか撮れないものもあるんだろうけど、それは今の私ではわからないし。そういう若さに対する儚さみたいな感情は強いのですが、同時に感覚的に自分でやっちゃった方が早いやみたいな、イメージに当てはめやすいやっていうのもあります。モデルの人でやるとちょっと遠慮しちゃうし、イメージ通りになりきらないし、自分だと思いのままできるからそっちの方がいいのかなっていう。あとは、例えばモデルさんが結婚して旦那さんが、こういうのもうやめろ、使わせるなみたいなことを言ったりとか、事務所に入ったりとか、状況が変わって永遠に出せなくなってしまったことがあって、すごい寂しいなと思って。これぞっていうのが見つかったときは、なるべく自分で撮るようにしようかなと。

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そう考えると、今回の写真集は特に、写真家、モデル、ヘアメイク、スタイリスト、レタッチャー、グラフィックデザイナーなど何から何まで自分で創り上げたってことですね?

とにかく楽しかったですね。やっぱり同人誌を作っていて、0から10まで自分で完結できるっていう、その楽しさは大きくて。真っ白の紙の上に絵を描いて製本まで自分でしてっていう、他にはめちゃくちゃ代え難い気持ちになるんですよ。そういうのって人間の根本的な喜びでもあるのかなって思っていて。だから、今回、もちろん製本とか印刷は違いますが、より多くのことを自分で完結できたということもあり、すごく思い入れが強い写真集になっています。

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なるほど。また、そんななか、この写真集の最後に入ってくる作品に、個人的には、すごくドキッとしました。

そうなんですね。最後のやつですか?

はい。素っぽいポートレートの作品です。ページをめくるたびに、コスプレや化粧やら、プロップやらで、いろんなジュリさんを見ていくんですけど、段々、この子、つまりジュリさんの素の感じってどうなんだろうって気になってきて。

なるほど、そういう見方ができるんですね、男性は。ただ、この間も、とあるイベントに出たときに「全然普通でがっかりしました」みたいな反応されちゃって(笑)。普段は私こんな感じなんで(笑)。なんか申し訳ないな、と感じることも良くあるんです。だから、そういう風に見てもらえて嬉しいです。

それを聞くと、なおさら、この写真でもコスプレしてもよかったですよね?

この作品自体が全部自撮りで創った作品なんですけど、それをわかりやすい形で表現できたらなっていうのがあって、コスプレしたりすると私っていうのが、わかりずらくなるっていうのもあって、あえて普段着で挑んでみたんです。

なるほど。それが妙にドキッとするんですよね。

すっぴんみちゃったみたいな(笑)?

はい。そんな感じです(笑)。ちなみに、他の撮影と比較して自撮りをする際、特別に意識していることはあるのですか?

特別自撮りだからというわけではないんですが、私が作品を作るときは、なるべく画面、写ってくるもの全部にピントが合うように撮っています。全部、鮮明にみせることで二次的な世界を作り出し、リアリティーがなるべく感じられないように、情感とかを抜くよう意識していて。漫画のイラストの世界ってそうなんですが、生々しさがないというか。そこに近づける努力っていうのは意識していますね。

つまり、リアリティーを排除するために、遠近感などを無くす、その手法が画面全体にピントを合わすって考え方ですね? それによって、逆にすごく生々しく見えてくるものもありますよね。

え?どの写真がですか?

例えば、人の表情だけがすごく浮かび上がってくるっていうか。なんか消えきらない、人の感じが逆に出てきたりするような気がするんですけど。だからすごく見てて変にリアリティーがあるように感じてしまいました。

それ嬉しいですね。ダイレクトに伝わってくるよりも妄想できる余地みたいなものがある方が好きなんですよ。たぶん私がオタクだからだと思うんですが、漫画だったり、もっというと小説とかの方が、私はグッとくるんですね。活字しかないと想像するしかないじゃないですか? 全部キャラクターの顔とか洋服とかも想像できたりとか。恋愛とかでも私は全然そうですもん。相手の方をすごい想像して、一通り想像して、楽しんでそれで十分っていうか終わる。自己完結型ですかね。多分アキバ系の人たちは、皆そんな感じだと思います。アニメとかゲームとか二次創作を子供のときからやってきたので、妄想する癖っていうのはついてるんだと思います。だから、私の作品も、そんな風に表現できたらと、いつも思っています。

なお、過去の動画記事はこちらまで
Julie Wataiの理想と欲望が創造する終わりのないリアリティー

Julie Watai
8月7日生まれ。アイドルとして活動した後、単身イタリアに渡り、写真家としての活動を本格的にスタートする。2006年、イタリアの出版社DRAGO&ARTSから写真集『SAMURAI GIRL』を発表。ニューヨークのMoMAにも配本され、世界中で注目を浴びた。2016年、全編セルフポートレートによる写真集、『トーキョー・フューチャー・クラシック』をリリースしている。
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