今夏も放送された『ほんとにあった怖い話 夏の特別編2017』。北川景子、遠藤憲一、杉咲花、手越祐也、野村周平など豪華メンツが熱演した。そこには〈ほん怖クラブ〉の子供たちも館主・稲垣吾郎にしがみつくほど、極上の恐怖が溢れまくっていた。

しかし今年の夏はまだ終わらない。VICE PLUSでは『ほんとうにあった怖い話』の配信をスタート。こっちは〈う〉が付く。あっちは〈う〉が付かない。たった一文字の違いではあるが、両作品のあいだには大きな懸隔がある。それは〈う〉シリーズを手がける森内健介監督のオリジナリティ溢れる作家性に尽きる。おぞましいリアルな現場で叩き上げられた彼の手腕は、〈う〉が付かないあっちとは、まったく異質の恐怖を醸し出している。さらに、『奇跡体験!アンビリバボー』を凌駕するシリーズ『怪奇!アンビリーバブル』では、監督自らが実際に心霊現場を訪ね、予想だにしなかった奇妙な体験を私たちに提示する。日常と非日常の境界線上にこそ、本物の恐怖が存在している、と監督は教示してくれているようだ。

VICE PLUSでは、森内健介監督作品を特集する。現在は次作への準備のため、表舞台を避けていた森内監督だが、ついに長い沈黙を経て、これまでのおぞましい体験について語ってくれた。納涼なんて言葉では済まされない、ガチの冷気(霊気)を感じていただきたい。

*インタビューでは作品内容について詳細に語っていただきました。ネタバレにご注意ください。

§

二日間かけまして、森内監督の全作品をみっちり拝見させていただきました。

ありがとうございます。でも1本見ればだいたいわかるかと思いますが。

監督は、『ほんとうにあった怖い話』の「九夜」「十六夜」「十七夜」と『怪奇!アンビリーバブル』を撮っていますが、どのような経緯で監督をされるようになったのですか?

先にスタートしたのは、『ほんとうにあった怖い話』です。私は、テレビ埼玉で映画の紹介番組を担当していたのですが、そこで知り合ったプロデューサーに声をかけていただきました。いきなり「やれ」と命じられました。

怖い話はもともと好きだったんですか?

子供の頃に、中岡俊哉とか、あのへんの本を読んではいたので、好きは好きでしたけど、別にホラーをやりたいという気持ちはありませんでした。でも、やってみたら意外と面白かったです。

その『ほんとうにあった怖い話』ですが、〈ほんとう〉ってところが…(笑)

はい、そうです。そこがミソです。〈ほんとう〉か〈ほんと〉か。〈う〉が付くか、付かないか。

森内監督の作品は〈う〉が付く。

はい。

〈う〉が付かないと、稲垣吾郎さんが館主を務める…

はい。フォーマットをまるまるいただこう、という企画だったと記憶しています。

監督の『ほんとうにあった怖い話』は、投稿者の実話に基づいた再現ドラマですよね。怖い話は公募されていたんですか?

はい。どのくらい来ていたのかは把握していませんが、会社のある雑居ビルにメールとかハガキが届いていました。

脚本は、どなたかが書いてらっしゃったんですか?

はい。私がプロットを書いていました。

森内監督の『ほんとうにあった怖い話』には、結構すごいメンツが出演されていますよね。「GPS」はプロ雀士の和泉由希子さんですよね?

えっと、どうだったかな?

「遅れてきたメール」は、『ゴッドタン』にも出ていた西館さをりさん。

そうだったような…。

「忘れられぬ人」は、『ビアン婚。〜私が女性と、結婚式を挙げるまで〜』の著者で有名な一ノ瀬文香さん。でも残念ながらこの前離婚されましたよね。

はぁ、そうだったんですか。

そして「おまじない」には、今をときめく中村ゆりかさん。JRのCMにも出ていますよね!

ああ、そこまでいったんですか。確かあの娘、オスカーですよね。オスカーは教育がしっかりしていますからねぇ。

スターダストみたいですよ。

ああ、そうでしたか。

監督は、あまりキャスティングに関してはご興味がなかったのですか?

というかですね、撮影前日に「キャスト、こちらです」と資料が来るんです。宣材写真とプロフィールが送られてきて、「これで明日やってください」って。ですからノープランというか、その場のぶっつけに近いんです。

前日ってすごいですね。では、いわゆる本読みとかも?

一切ありません。ただ脚本は送っているので、出演者のみなさまは、ある程度、読み込んでくれていました。

当日にならないと、どんな人がどんな芝居をするかは全くわからないと。

はい。その通りです。

では、何カットも撮ったりして?

いえ、時間がありません。その日の内に少なくとも1本は撮り終えないといけないのです。

1日に1本撮るんですか?

はい。そういうスケジュールじゃないと予算的にもかなりキツくなります。本読みはもちろん、リハも出来ないですから。なんとかスタッフを集めて、1日1本、5日間で5本を撮りきらなければなりません。

1本あたりの予算をうかがってもいいですか?

スタッフのギャラ含めて100万くらいです。自分の取り分はそんなになかったですね。ロケセット代とか制作費とか、細かい雑費がたくさんあるのでキツかったです。はい。

じゃあ、他にお仕事もしていたんですか?

その頃はTSUTAYAあたりでバイトしていました。

TSUTAYAでご自身のDVDを整理したり(笑)?

あったような気がします。変な気分でした。

TSUTAYAでのレンタル回数が良かったら、何%か監督に入るんですか?

そういう契約ではないのです。買い切りです。いくら売れてもこっちは関係ないんですよ。

ちょっとずつギャラが上がったりは?

なかったですね。むしろ下がりかけました。

スタッフもご自身で集めていたのですか?

はい。ロケ地も自分で探したり、知り合いに探してもらったりしていました。

そういえば、すごく気になるロケ場所がありました。「秘密の日記帖」のお家なんですけど、どう考えても一般家庭が住む家ではありませんよね。洋館みたいな超豪邸で(笑)。

あれは大学時代の先輩の家です。

すごい先輩がいたもんですね(笑)。

白金台の家だったんですけど、無理やり、貸してくれ、と頭を下げました。

でも本来だったら、ご自身のつくりたい物があって、それに合わせてロケ場所を決めるじゃないですか? 自分の演出がどうっていうよりも、詳細が決まってから演出するようなスタイルになりますよね?

そうなんです。プリプロがありませんから。撮りたい場所があっても、そこで予算を使い果たしちゃうんです。〈プラネアール〉という、ロケセットを安く貸してくれる業者があるので、そこで借りて、時間を見ながら撮っていました。グロスで7時間とか8時間。弁当も30分で食べきらないと。

つまりプロデューサー業務も同時にやらないといけない?

そうですね。お金の管理もしなくてはなりません。

森内監督が撮られた『ほんとうにあった怖い話』は、「キャーッ!!」という悲鳴で終わるパターンが多いですよね。あそこで切るのが森内スタイルですか?

私のスタイルというわけではありません。投稿なので、投稿者、そして、その周辺の当事者が主人公なのです。だから殺されないし、勝手に殺しもできません。最後は少しうやむやになるんです。だから、オチというオチはありませんよね。

だからこそ逆にリアルに感じますよね。でも「ロシアンルーレット」という作品があったじゃないですか。あれは明らかに趣が違いますよね? かなりグロいものが出てきて。

あれは脚本を別の映像作家に書いてもらったんです。そいつがスプラッター好きだったんです。朝倉加葉子といいまして、現在は劇場映画なども手がけている敏腕女性監督です。

『ほんとうにあった怖い話 十六夜』 「ロシアンルーレット」

では「906号室」というホテルのお話も? あれもドロドロでしたが、朝倉さんの脚本ですか?

いえ、あれは私です。もともと私は、リアルな地味系ホラーが好きなんですけど、あのときはビジュアル的に飽きちゃうかな、と考えて、ちょっと内臓を出してみました。

ちょっとじゃないですよ! 天井からめちゃくちボタボタ落ちていましたよ!

ああ、そうでしたでしょうか。

では、監督ご自身が1番に気に入っている『ほんとうにあった怖い話』を教えていただけますか?

ボクシングのやつですね。先輩とのやつです。

「亡霊拳闘」ですね! どういった部分がお好きなのですか?

あれも出演者5~10人の宣材写真が送られてきたんですが、演技などは確認できませんから、いつも通り顔で選びました。それで顔で選んだボクシングのトレーナー役の人が、いい感じに話が通じない人だったんです。

「困ったなー」の出演者ですか? 「連絡がつかねえんだよなー」の人ですよね(笑)。

そうです。あの棒読みの人です。あの人はよくわからないまま現場に来ていたんですね。それを後で見たら、いい感じにパンチドランカーな味が出ていまして。まったく演出してないのに。あれは面白かったですね。

ホラーなのに、面白いですか(笑)。

ホラーですけど、とても面白かったです。

ちなみに監督には〈怖い〉という感覚はあるんですか?

オカルトは昔から嫌いじゃなかったんですけど、怖い話っていわれても、〈怖い〉と感じた記憶はないですね。自分の作品を見ても全然怖くないです。実際に現場でつくっているのは私ですし。

でも視聴者を怖がらせるためには、ある程度自分で〈怖い〉と感じる部分がないと、怖がらせられないのではありませんか?

もちろんそういうポイントはありました。というか、あったはずです。

では視覚的な話になりますが、怖い幽霊のメイクは、監督のイメージ通りにしていたんですか?

あれもメイクさんにぶっつけ本番でやってもらっています。事前にコンセプトは伝えてあるんですけど、打ち合わせは時間がないのでやっていません。

じゃあ、〈風呂場から出てくる若い女性の幽霊〉なんてお願いすれば、それに合わせてくれると?

はい。でももちろん失敗もあります。現場でいきなりやらされるのですから。

ものすごくインプロ的なアプローチをされているんですね。

インプロというと聞こえはいいですけが、こちとらどうしようもないというか、危機感だけです。

撮影当日は、どういう気持ちで臨んでいたんですか?

もう胃が痛くて、痛くて、しょうがなかったですね。ある程度は絵コンテも描くんですけど、本当に胃が痛くてしょうがなかったですね。

どうやってもうまくいかないから、OKを出さざるを得ないなんて状況もありましたか?

はい。次におさえている場所の時間がないので。

あとは編集でなんとかすると?

何とかならないんですけど。現場で何とかしないと、大抵のことは何とかならないんですよ。

そもそも、どうして映画に興味を持ったんですか?

ロバート・ゼメキス(Robert Zemeckis)監督の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(Back to the Future, 1985)を子供の頃に見まして。身も蓋もない話ですけど、小学校のときにテレビでやっていたんです。すごく細かい小ネタだらけで、どのシーンを見てもそういうネタが溢れていたんですね。映画には、こういう楽しみ方があるんだなって。 漫画も好きだったんですけど、絵心がなくてやめまして、大学で映画サークルに入り、卒業後は映画美学校に入りました。

映画美学校っていうのは、他の映画専門学校とは違うんですか?

蓮實重彦とか、黒沢清とか、青山真治とか、あの辺の立教大まわりの作家が中心となってつくられた学校です。〈次世代の映画作家を生もう〉としていた学校でして、例えば他の学校…東放学園とかバンタンとかは、〈現場で使える人間を育てよう〉というコンセプトでやっているはずですが、映画美学校は、そういう感じではありませんでした。ですから、就職したときは、現場で結構怒られました。

どうしてですか?

実践的な授業があまりなかったからです。作家性ありきというか、批評ありきというか、そっち系の学校だったので、現場で役立つスキルが身についていませんでした。卒業してからわかりました。私も含めて、みんなそうだったはずです。

どのような会社に就職したんですか?

テレビ番組の制作会社に入って、細かい番組とかをやっていました。

就職してからも、映画を撮りたいお気持ちはずっとあったんですか?

ずっとありました。どうしようかな、と考えていたところに、『ほんとうにあった怖い話』の話をいただきました。

それで会社も辞めて?

そうですね。1本でやろうかなと。集中したかったので。

おいくつくらいの頃ですか?

24、25歳の頃です。