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Photo courtesy of Monzer Darwish

私が最後にモンザー・ダーウィッシュ(Monzer Darwish)と話した時期、彼には家がなかった。ハマという、オロントス川沿いにある、ダマスカスから約200キロメートル離れた小さな街で生まれたこの映画監督は、恐ろしい暴力がはびこるシリア内戦によって国外への移住を余儀なくされた。出国の契機について彼は、「2013年1月21日、私の住んでいた地域が大規模な爆撃に見舞われました。私の友人、近所の住人の大勢が犠牲になりました。以来、私はその地に足を踏み入れていません」と教えてくれた。シリア国内で100人以上が死亡したその日、ダーウィッシュはビデオカメラと大事なハード・ディスクを持って国を後にした。

私たちは、彼が自らの初ドキュメンタリー『Syrian Metal Is War』のトレーラーをプロモーションしている最中に出会った。『Death Metal Angola』『Terra Pesada : Heavy Metal in Mozambique』、VICEの『Heavy Metal in Baghdad』などのドキュメンタリーと同様、作品のテーマは、シリアで抑圧されるヘビーメタル・シーンと、彼が後にした祖国についてだ。『Syrian Metal Is War』は、ダーウィッシュが祖国を去る前から制作が始まっていた。制作期間が長引いた理由は、彼が完璧主義なのではなく、移動に多くの時間を割かざるを得なかったからだ。難民の彼に、座って映像を編集する暇などあるはずもない。そもそも、何カ月ものあいだ電力にもありつけないまま彷徨っていた。しかし現在、彼と妻、そしてバンド・メンバーたちはアムステルダム郊外の小さな町に居を構えており、『Syrian Metal Is War』の完成がようやく観えてきた。

不幸なことに、シリアからオランダまでの長い旅路の最後には、超えられないハードルがあった。彼と妻、2人のいとこが出発するにあたり、安全を期してダーウィッシュは、Canonのカメラ以外の所持品を携行しなかった。オランダに到着して以来、ダーウィッシュは語学の授業と勉強で多忙なうえに、シリアに残る家族の安否も彼のこころを苛んでいた。しかし同時に、3年前に着手したプロジェクトを早く完成させたい、と強く望んでもいる。

そんななか幸運が訪れ、状況は好転した。スイス放送協会(Radio Télévision Suisse、以下RTS)が放映した彼のレポートがきっかけだった。ダーウィッシュの事情がスイスのミュージシャン、マリー・ライリー(Marie Riley)に伝わると、ライリーがダーウィッシュへ支援を申し出た。ダーウィッシュに直接必要な機材等を送るのが難しいとわかると、ライリーはクラウドファウンディングのキャンペーンを立ち上げた。ダーウィッシュが作品の編集を終わらせるためのパソコン、バンドが活動を続けるために楽器を購入できるようにするのが目標だ。

フェイスブックでダーウィッシュにアクセスし、チャット・インタビューをオファーした。彼を襲った現実と、彼の未来について質問を投げかけた。返信のタイプは遅かったものの、信頼に足る返答を得た。「キーボードの調子が悪いから入力するのが大変だ」と申し訳なさそうにしていた。「シリアで親友が激甘のお茶をキーボードにこぼしたんですよ。毎日、彼を思い出します」

アムステルダムに住んでどのくらいになるんですか。前回のインタビューでは、まだシリアにいましたよね。

2015年の7月、ここに来ました。

どうやって辿り着いたんですか。

イスタンブールのスイス領事館で、難民申請が却下されました。トルコで何をするのも、シリア人にとって難しくなりました。私たちは、ゴムボートでギリシアのレスボス島に渡ることにしたんです。密航業者は20分もすれば到着する、といいましたが、実際は、8時間航行して中間ちてんに辿りつきました。キャノンのカメラだけ持って、ゴムボートに乗り込みました。着替すらなく、カメラだけ。密航の様子は録画してあります。

ボートに載っていた何時間ものあいだ、私たちはトルコの沿岸警備隊に追跡されていました。ボートのエンジンが止まる寸前に公海に入り、ギリシアの沿岸警備隊に保護されました。私たちが上陸すると、ギリシャ警察によって、街から遠く離れた山中に移送されました。3日間、食料も宿泊場所もないまま過ごしました。私たちとコミュニケーションをとり、支援しようとしてくれた地元のみなさんに、警察は罰金を課しました。水を手に入れのに何時間も歩かなければならない状況でした。

その後、私たちはアテネに行きました。私たちには2つ、選択肢がありました。難民の大勢が通るメイン・ルートを選べば、徒歩、ヒッチハイク、法外な値段を要求されるタクシーのいずれかで国境を目指さなければなりません。しかし、それはあからさまに危険でした。シリアから逃れてヨーロッパで死ぬのはあまりにも皮肉です。ですから私たちは、もう1つの選択肢、空路にしました。偽造スペインIDを入手し、なんとかアムステルダムのスキポール空港に辿り着きました。

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モンザー・ダーウィッシュ / Photo courtesy of Monzer Darwish

誰が同行していたんですか。

妻、いとこ2人、私です。いとことはアテネで別れました。彼らは、徒歩行を選択しました。

2人はまだギリシアにいるんですか。

いえ、ドイツにいます。オランダにバンド・メンバーは1人しかいません。

バンドをやっていたとは知りませんでした。アムステルダムで元のメンバーと活動を再開したんですか。それとも新たに始めたんですか。

ヴォーカルはUKにいます。ここではドラマーといっしょに難民センターでプレイしました。最後にやっていたプロジェクトはズタボロになってしまいましたから、新しいプロジェクトに取りかかりたいです。

しばらく過去のバンドと音楽活動について話しをしたが、ダーウィッシュから、関係者の安全を理由に当該パートの公開を控えるようリクエストがあったので、差し障りない範囲で概要を記載したい。

映画を制作、バンド活動、インタビューのどれをするにも、私は大きな問題を抱えています。例えば、文脈を豊かにする映像の断片があるんですが、立入禁止区域で撮影したそういった映像を公開してしまうと、映像に登場するみんな、家族、友人を危険に晒してしまう恐れがあります。シリアでの闘いには「復讐の文化」が色濃く反映されています。もし敵を殺せないのであれば、敵の愛する人々を殺すんです。こういった慣習も、短期間で戦況を激化させた理由でしょう。

最後に話しをして以来、『Syrian Metal is War』の制作はどのくらい進みましたか。長編トレイラーがアップロードされていますね。

アルジェリア滞在中にハイスペックなPCを使う機会に恵まれましたので、33分の荒編をつくり、スイスのベルンで開催されたノリエント映画祭で上映させてもらいました。今私の手許にあるのは、シリア時代から8年以上使っているラップトップだけですから、短編すら編集できません。

あなたのクラウドファウンディングのポイントですね。作品完成に必要な機材を購入するのが目的のようですが、出資者はいるんですか。

スイス人女性ミュージシャン、マリー・ライリーです。映像編集機材と楽器を提供したい、と2-3カ月前にメールをくれました。たくさんのバンド、楽器店も支援の意を表してくれましが、スイスからオランダに楽器や電子機器を送ろうにも、税関を通すのが難しい。だから、マリー・ライリーがクラウドファウンディングを始めてくれたんです。

彼女はどうしてあなたを知ったんでしょう。

RTSで放映されたレポートで私の映画について情報を得たそうです。Nouvoが制作したレポートです。

あなたの映画は、『Atlantic』の徹底取材記事を始め、数多のメディアから注目を集めていますね。作品完成を急がなければならないプレッシャーを感じますか、それとも、力強い後押しと捉えていますか。

両方です。翻訳、字幕、PRは友人のサム・ザムリクが協力してくれていますが、その他のタスクは全てひとりでこなしていますから、プレッシャーはあります。今では、世界中から応援と興味が集まっています。世界中のみんながシリアのメタルシーンについて知りたがっているのは、すごく喜ばしいことですね。シリアのメタル・バンドは、とのバンドも作品を創るために困難苦難を抱えています。それを記録するする私が危険に晒されるのも、決して無駄にはならないはずです。

現在はオランダで安全に暮らしているようですが、オランダのメタルカルチャーは体験しましたか。

まだそのチャンスには恵まれていません。

世界中のメタルヘッズに、そう違いはないでしょう。どんなときでも、メタルフレンドをつくるにはビール1杯とネタになる2-3バンドで充分です。所属するコミュニティとバンドを楽しむポイントの違いくらいしかありません。

『Syrian Metal is War』というタイトルはとても力強く、さまざまな意味を訴えていますね。政治、社会、テクノロジーなどのあらゆる面で「メタルそのものが戦争」な気がします。

メタルほど、自らの思想、感情、見解を表現できる音楽ジャンルはないでしょう。あらゆる面で戦闘状態でなければ、メインストリーム・ミュージックと何ら変わりないでしょう。メタルほど真剣な音楽はありません。

HIPHOPやPOPアーティストたちが批判されるアメリカ的視点からすると、全面的には同意しかねがますが、一理あると思います。

もちろん。私もシリア人としての意見です。シリアでは、RAP、HIPHOP、POPSはどれも問題ありませんが、メタルだとブタ箱行きです。

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モンザーとメタルフレンズ. ダマスカスにて. 2014 / Photo courtesy of Monzer Darwish

『Syrian Metal is War』がどうなるのを望んでいますか。メタルヘッズや中東の若者にも血が通っている、という事実を伝えるまたとない機会ですよね。どちらの若者も利用できますね。

今のところ私のゴールは、シリアン・メタルバンドの認知度を高める手助けです。世界中のメタルヘッズだけもかまいません。メディアが取り沙汰するシリアといえば「戦争」だけです。一般的シリア人の生活にはいっさい興味を示してもらえないない、そんな状況ではつらいんです。

2016年初頭以来、シリア情勢は深刻さを増し、世界中のだれもが「シリア難民」という単語を口にするような状況になってしまいました。「シリア難民」は排外的な保守派から悪魔かのように扱われています。シリアを後にし、新たな人生を送ろうとしていますが、われわれが難民の生活を理解するのには、何が必要なのでしょう。

私が怖いのは、安全な国にいる難民のなかに身を隠す過激派です。連中は危機に乗じて利益を得ようとしています。それよりも、私は、シリア人であるのを理由に責められるのが心底怖いです。シリア人は難民全体のいち部に過ぎません。数十カ国で難民は生まれています。

難民はそれぞれまったく異なる個人である、と誰もが理解するのが何より重要です。難民を同じ精神性で、同じ希望を抱く個人の集まりだ、と扱うと、状況はさらに複雑になってしまうでしょう。状況の拗れは、難民の社会参加を阻みます。

作品が完成したらどうしますか。

映画祭で上映し、それからネット配信するつもりです。

出品したい映画祭はあるんですか。

先日、ユトレヒトでオランダ映画祭でたくさんの人たちと『Syrian Metal is War』や、いろいろなプロジェクト、私のオランダでの活動の可能性について意見交換する機会にめぐまれました。でも、『Syrian Metal is War』のラストカットが決まるまで、すべては不確定です。すぐにでもPCを手に入れられるか否かにかかっていますからね。