01.LIM

「好きな男性のタイプは雰囲気がある人」。昨今ではあまり聞かなくなった気もするが、女子たちの間で頻繁に交わされていた迷言。誰しもが口を揃えたかのように意気揚々と語っていた、雰囲気という言葉に、若き多くの雄たちが右往左往血迷う姿を目にしてきた。10年や20年そこらしか、生きていないにも関わらず、雰囲気という概念を、人としての深みと解釈し、途方もない無駄な努力を繰り返し続けてきた人が、今の日本経済を支える稼ぎ頭としての年齢を迎え、何を感じ、どのような偉業を成し遂げているのだろうか。

そんな戯言はさて置き、小説であれば行間を読む、実社会の人間関係では空気を読むといった、目には見えない、実体化されていない物事を頭の中で形成するという創造過程が、現代社会のひとつの美徳とされている。もちろん、アートでも、写真でも同じようなことが語られ、もてはやされいることは、ひとつの事実である。

LIM 35040

LIM 35040

それらすべてを、というと言い過ぎではあるが、少なくとも写真に対しては、写っていないものが宿る、それを良しとする趣向に対して、真っ向から反発しているのが松江泰治のコンセプトである。代表的な作品として空撮による都市を撮影した写真を思い浮かべる人もいるかもしれない。そして、それらの作品のどこに、アンチテーゼが内包されているのか、不思議に感じる人もいるかもしれないが、作品に込められたいくつかの特徴を掴むと、そのことがよく分かる。

空撮や(実際にはそれほど多くは撮られてはいないのだが)、高い位置からと感じる(正確には水平に撮られたもの)都市の作品が多いという印象があるが、なぜか、そこには空がほとんど写っていない。また、太陽が高い位置にある季節の、十分な光のある順光での写真が多い。そして、写っているもの、すべてに対してピントが合っているという3点が特徴として挙げられる。

LIM 34942

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PMC 151309

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そこには空や水、気体や液体にはピントが合わない、ピントが合わないものは、写真に写らないから写さないという意図が読み取れる。さらに、写真は暗いものは写りにくいという特性があるからこそ、豊富な光の状態を求める。もちろんピントが合ってはじめて、写真上では鮮明に描き出される。つまり、写真に明確に写るものだけを写している。言い換えれば、空気感やその場の雰囲気を写そうとしてきた写真家たちへのアンチテーゼが感じられるのだ。

これまでの作品を通して、上記のようなコンセプトを貫いてきた作家が、今回、墓地をテーマにした作品『LIM』という写真集をリリースした。墓地というと、すぐに、死というものを連想してしまう貧困な発想の持ち主にとって、突然、感傷的なテーマであるかのように感じてしまうが、そんな軽薄な思考とは明らかに異なる事実が、本をめくるごとに読み取れるから、また面白い。

作品には死を連想させるような、ジメジメとした後ろ向きな感情は、一切込められていない。なぜなら、死体が写っているわけではなく、あくまでも、墓という物体の集合体である、墓地しか写っていないからだ。そして、墓ではなく墓地であるというのも大きなポイント。ある一人の個人的な埋葬場所が墓であるのに対し、墓地は多くの市民が埋葬された墓の集合体、つまり、都市機能の一部として存在しているもの。これは、表現されているのは死ではなく、あくまで、これまでの作品と同様のコンセプト、都市機能に着眼点をおいた作品であることがよく分かる。

JP-01 55

JP-01 55

さらに、キャプションで示された都市コードをもとに、各写真を見比べると、世界の墓地に対して、日本のそれは、あまりにも整然と整理されすぎて、どれもが同列に感じてしまうほど、異様なグリット感の無機質な世界が抽出されていることに気づく。その光景は、一瞬、田んぼや畑を思い起こさせるほどで、その裏側には、狭い土地の中で、いかに米をたくさん穫れるか、つまり、いかに多くの墓を建てることで収益を上げれるかという意図のもと、墓地が形成されていることも想起できるから興味深い。

SLL 17339

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RAK 121520

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JRS 53542

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BUE 44540

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雰囲気を徹底的に排除したとされた作品から、逆に、自分自身に対する深みを内省してしまう。自分自身が見せかけではない、精神世界から滲み出る深みを纏った雰囲気を、どれほど持ち合わせた雄になれたのだろうか。結局はそんなことを想起させられてしまうのが、この作品が持つ恐ろしさなのだろう。

松江泰治
1963年生まれ、東京都出身。木村伊兵衛賞、受賞作家にして、東京大学理学部地理学科卒業という異色な経歴を持つ。『CC』、『cell』、『JP-01 SPK』などの代表作に続き、昨年、ここで紹介した写真集『LIM』を青幻舎よりリリースする。