物心がついた頃、ジジイ世代にとっての最強おもちゃメーカーは、トミー(プラレール)であり、ポピー(超合金)であり、タカラ(変身サイボーグ)であり、エポック(本宮ひろ志のさわやか万太郎ゲーム)であり、バンダイ(ウルトラシリーズ)であった。当時の子供たちは任天堂なんて見向きもしなかった。なぜならトランプ、花札、マジックハンド、気になるのは手品セットくらいのおもちゃメーカーだったから。「任天堂」って名前もまったくもってクールじゃなかった。「ツムラ順天堂かよ。バスクリンかよ」。しかし、1977年にこれが出てしまった。子供たちの心はゆっくりとゆっくりと変化していった。「任天堂ってクールじゃん」

100万台を売り上げたカラーテレビゲーム15(フィフティーン)とカラーテレビゲーム6(シックス)。もちろんカセットもディスクもソフトない。この機械を直接テレビにガッチャンコする。出来るゲームは、テニスのような卓球のようなゲームのみ。これで当時15、000円。現在のニンテンドー3DSとほぼ変わらず。1977年の大卒初任給が10、1000円なので、とんでもなく高価なおもちゃであった。画面の色や、ブロックの数、ラケットの大きさなどは変えられるけど、プレイヤーはツマミをクルクル回すのみ。しかし、このクルクルに魅了された子供たちは、お金持ちの友達の家に押しかけては、汗水流しながら回し続け、戦い続けたのである。そう、40年前から「eスポーツ」は、スタートしていたのだ。

シリーズ第三回は、韓国を離れ、eスポーツ後進国とされるヨーロッパの現状を探る。抜群のタレント性で大成功を収めたYoutuberから、eスポーツチーム「FNATIC」のCEOまで。ランボルギーニを乗りこなし、ペントハウスに住み、美女をはべらせてパーティーに繰り出す。eスポーツは、プレイヤーだけでなく、関わる人々すべてが、莫大な富を築くチャンスでもあるのだ。

原題:e SPORTS PART 3(2015)

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