1977年に発売された『カラーテレビゲーム15(フィフティーン)』と『カラーテレビゲーム6(シックス)』の販売台数は100万台を越え、花札、トランプのイメージが強かった任天堂は、一気にキッズ憧れのスーパーおもちゃメーカーへと変貌。さらに子供たちは、「吉田んちはカラーテレビゲームがあるから金持ち」なんて社会の格差も知ることに。調子に乗った任天堂は、『レーシング112』(1978年)、『ブロックくずし』(1979年)、『コンピュータTVゲーム』(1980年)と、年1本のペースでゲームをリリースするも、見事に失敗。

・レーシング112 → 単純なゲームのため、すぐに飽きられた。販売台数約16万台。

・ブロックくずし → 既にゲームセンターで人気のピークは過ぎていた。販売台数約40万台。

・コンピュータTVゲーム → 電子オセロゲームという内容のみで48,000円。さらに2kgという重量。任天堂ハード史上最悪の売り上げで、「幻のゲーム」とされている。

トランプと花札と手品セットに戻りそうになった任天堂。しかし、1980年、超画期的なスーパーマシンが任天堂を救った。ゲームと時計の超合体、しかも便利な携帯型ゲームであった。

『ゲーム&ウオッチ』は、現在のようなカートリッジ式ではなく、「1ゲーム1ソフト」スタイルにも関わらず、全世界で4,000万個以上を販売。当時、任天堂が抱えていた大借金は、あっという間に消えてなくなったという。ポパイ、ミッキーマウス、スヌーピーなどなど、今となっては権利云々が面倒くさそうなキャラクターもこぞって大活躍。キャッチコピーは「いつでも、どこでも」。そう、ネット環境なんて関係のない完璧な携帯ゲームは『ポケモンGO』よりも早く、ゲーマーたちを外に連れ出したのだ。

そしてシリーズ第四回。「ゲーム王国」韓国に戻り、PCバン(韓国のオンラインゲームメインのネットカフェ)を取材。せっかく任天堂が『ゲーム&ウオッチ』を開発してくれたのに、ゲーマーたちはPCパンに篭りきり。そこで、ゲームもいいけどクラブもね、とヤングたちを夜の街に連れ出してみた。クラブ初体験のゲーマーたちは、踊れるのか? お姉ちゃんに近づけるのかるのか? さらに不正行為に巻き込まれ、自殺を図ったプロゲーマーにもインタビュー。

原題:e SPORTS PART 4(2015)

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