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screengrab from Google

未来、遥か彼方の銀河を舞台に、3種族が攻防を繰り広げるゲーム『スタークラフト2(StarCraft II)』。地球人の生き残り「テラン(Terrans)」、高度のテクノロジーを有する宇宙人「プロトス(Protoss)」、昆虫のような身体を持つ「ザーグ(Zergs)」。三者が銀河の支配権を賭けて闘いを繰り広げるゲームだ。そして、このゲームのトップ・プレイヤーたちは、プロとして大金を獲得する。

2005年、50時間ぶっ続けでこのゲームを続けた男が過労死した。この事例は、ゲーム中毒性を証明している。

プロの『スタークラフト2』ゲーマーの生活はどうなっているのか。その実態を探るべく、15歳でプロになり、現在は第一線から身を引いた19歳のマック(Mac)に聞いた。

もう引退したのですか?

たとえ、『スタークラフト2』から離れることになっても、私は「引退」という言葉を使いません。「引退」という言葉の定義は人によって異なります。現在、副業感覚でスタークラフトをプレイします。今はニュージーランドで生活しているので、環境はかなり制限されていますが、まだトップレベルで戦えますので、引退したつもりはありません。2週間前、ポーランドで開催されるトーナメントへの出場が決まったばかりです。(マックは何らかの理由でこのトーナメント会場に辿り着けず不参加だった。)

それでは、以前は『スタークラフト2』が人生の中心だったけれど、今はお金を稼ぐための副業、という解釈でよろしいでしょうか。

その通りです。いまはお金のためにやります。とはいえ、楽しんでいます。

今でも楽しめるんですか?

何かに多くの時間を費やせば、それが何であろうと愛着が湧いてくるでしょう。

『スタークラフト2』以外に、専門にしているゲームはありますか?

みんな、スキルがひとつゲームの枠を超え、あらゆるゲームの達人になれる、と考えるかもしれませんがそれは間違いです。ゲームを変えようとすれば、毎回、ゼロからスキルを身に付けなければなりません。ゲームを変えて成功するゲーマーもいますが、かなり限られます。そのため、異なるゲームで成功するには、しっかりとプランを練る必要があります。

対戦するマック. 2015

おっしゃる通りです。現在、eスポーツは、ある種のスポーツのように認識され始めていますが、そのシーンのなかにいるのはどんな気分ですか?

eスポーツが本物のスポーツだと認識され始めたのは2015年です。私はそのようなアティテュードでゲームをしていません。eスポーツをスポーツとは思っていませんでしたし、今でもそう思えません。ゲーマーは、「私たちがスポーツ選手である必要はない。私たちは私たち自身だ。どう定義されようが関係ない」といったかんじです。

正直なところ、すべてはメディアが仕立て上げ、イベントがスポーツのそれを模して運営されているからでしょう。ESPNが運営に乗り込んだ影響も大きいでしょう。そんな現状が、行く末を暗示しています。

ゲーマーが少年スポーツクラブに入りたがっているなんて、誰も認めたくないでしょうが、それは、eスポーツにとって究極のゴールです。誰しも認められたい。認められることには価値があります。

『スタークラフト2』のトーナメントはどういうものですか?

『スタークラフト2』のトーナメントは特殊です。韓国人ゲーマー以外にもチャンスがあるようにトーナメントが組まれています。トップ50にいる韓国人ゲーマーの実力は、皆、他国のゲーマーとは桁違いです。韓国人ゲーマーと渡り合えるゲーマーはほとんどいません。いるとしてもほんのわずかです。プレイ人口も韓国には及びません。韓国以外にも、自国ゲーマーの対戦を観戦を希望する大きなファン層もあります。しかし、大会の特殊性が問題になります。韓国ゲーマーとそうでないゲーマーを分ける現行のトーナメント運営では、誰が本当に最強のゲーマーなんだ、という疑問がわきます。大会の完全さに対する疑問でもあります。

どういった経緯でカリフォルニアやスイスに拠点を移してプレイするようになったのですか?

2012年、地区予選に参戦したのが始まりです。東南アジア、オーストラリア、ニュージーランドをひとまとめにしたオセアニア予選に参加しました。地区予選を勝ち抜いたひとりのプレイヤーに、世界戦出場の権利が与えられます。大会参加のための航空運賃も支給されます。2012年、私は東京、フランスで開催される世界戦への出場権を懸けた地区予選を勝ち抜きました。両大会は2ヶ月おきでした。薮から棒です。

なるほど。当時、何歳だったのですか?

15歳でした。

すごい!

はい、凄くビックリしました。それまでの人生でそんな凄い出来事はありませんでしたから。それがターニングポイントになって、より真剣に『スタークラフト2』に取り組むようになりました。その直後にプロ契約を結んだわけではありません。だいたい1年くらいしてから、アメリカ・チームのオーナーからオファーをもらいました。

そのチームはトップレベルのチームではないので、まだあまり知られていない新人、トップチームがオファーしないレベルのプレイヤーを発掘しようとしています。僕にとってはバカげたようなオファーはなく、契約はチーム内でトレーニングをする、というものでした。有名プレイヤーと契約を交わすよりも、才能発掘に重きを置くチームもあります。

もしも大きなチームと契約すると、パフォーマンスにプレッシャーをかけられるんでしょうね。

そりゃそうです。チーム全体にも大きなプレッシャーがかかります。インターネット上ではすべてが誇張されますから、妬まれます。もし、チームのレベルに達していないプレイヤーがいようものなら、そのゲーマーはファンにコキ下ろされます。プレイヤーの質には厳しいですね。

あなたはカリフォルニアに移りました。その後、どうしてスイスに拠点を移したんですか?

ビザが切れたからです。ヨーロッパに行きたかったんです。パスポートはありましたから、アメリカでビザを取得するより、ヨーロッパに移るほうが得策な気がしたんです。なので、スイスに拠点を移し、だいたい1年間トレーニングしました。

どんなトレーニングだったんですか?

やりたくなったらやる、といったユルさはありませんでした。本気でトレーニングしました。週7日、毎日10~12時間プレイしていたので、休みはほとんどありません。トップレベルに追いつくには、課題が山ほどありました。特に『スタークラフト2』のゲーマーは、私より少し年上で、20代半ばから20代後半です。彼らは経験豊富です。経験値に関しては不利でしたから、彼らに追いつくために、ゲームしまくりました。

結局、どうなったんですか?

大会のに話を戻すと、今年度(2016年)のスイス国内リーグのファーストシーズンでプレイするための権利を逃しました。大変だったのは、いっ銭も稼いでいなかったのですが、家賃をスイスフランで払わなければならなかったことです。家賃も安くなかったです。予選を通過し、本戦に出場するだけで、2,000ユーロ(約25万4,000円)が稼げます。なので、私はこの予選にすべてを賭けていました。

予選通過者がどんどん決定していきました。すでに5人ほど予選を通過をしていました。私は最終ラウンドの第3試合を落としてしまい、すべてがパーになりました。

最終的に、私はスイスでアメリカのチームと再契約しましたが、物事を整理するためにニュージーランドへ帰国することにしました。