ドクターDEATHの自殺マシーン

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ドクターDEATHの自殺マシーン

世界中で、安楽死や自殺ほう助について議論されているなか、1996年、患者に致死薬を注射し、安楽死を合法的に実施した初の医師がフィリップ・ニッツチク(Philip Nitschke)だ。彼は、世界的な安楽死論争において、推進派としてもっとも有名かつ物議をかもす人物である。

2017年11月29日、オーストラリアのヴィクトリア州で、同国初の安楽死を合法化するための法案が可決された。施行は2019年6月だ。世界で初めて積極的安楽死が合法化されたのはオランダ。2001年に安楽死法が成立し、翌2002年に施行された。その他、ベルギー(2002年)、ルクセンブルク(2008年)、また米国のオレゴン(1994年)、ワシントン(2009年)、モンタナ(2009年)、バーモント(2013年)、ニューメキシコ(2014年)、カリフォルニア(2015年)の6つの州でも安楽死法が成立している。スイスでは、1940年代から自殺ほう助が合法であり、安楽死目的でスイスに渡航する〈自殺旅行〉があとを絶たない。韓国でも今年10月に尊厳死法が試験導入されるなど、世界中で、安楽死や自殺ほう助について議論されている。

1996年、患者に致死薬を注射し、安楽死を合法的に実施した初の医師がフィリップ・ニッツチク(Philip Nitschke)だ。彼は、世界的な安楽死論争において、推進派としてもっとも有名かつ物議をかもす人物である。

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〈ドクター・デス(Dr. Death)〉というニックネームを持つニッツチク医師だが、彼はまさに〈安楽死の権威〉だ。自殺ほう助推進組織〈Exit International〉の創始者であり、自殺ハンドブック『The Peaceful Pill』の著者でもある。当初は、末期患者の安楽死のみを推進していたが、現在は、個々人に尊厳死を選択する権利があり、症状や何らかの基準により限定されるべきではない、と考えている。近年は、3Dプリンタで製造可能な自殺マシーン、〈サルコ(Sarco)〉の開発に時間を費やした。医師によると〈サルコ〉は、安らかな死を約束する。この新発明をきっかけに、ニッツチク医師と彼の思想に再び注目が集まっている。われわれのインタビューに応じてくれたニッツチク医師は、人権に備わってしかるべき尊厳死、自らの死にかた、そして〈サルコ〉について語った。

Photo: Frederieke van der Molen

まず、〈ドクター・デス〉という呼び名についてはどう感じていますか?

慣れました。もちろん、もっと素敵なあだ名がいいのですが、それなら、もっと愉快なトピックで活動しなければいけませんからね。

先生の活動は、毎回物議をかもしています。〈尊厳死〉というテーマにここまで興味を抱くようになったきっかけは?

尊厳死は政治的なものです。オーストラリアで安楽死合法化に向けて活動しているときに、病気ではないが、安楽死を希望するたくさんの人々に出会いました。そのなかに、フランス人の女性学者がいました。彼女は、80歳で死ぬつもりだ、といっていました。理由は病気ではなく、単に、死に最適な年齢が80歳だと考えていたからです。それを聞いて、さすがにそれは、と懐疑的な反応を示すと、彼女は「あなたに批判する権利はない」と答えました。確かにそのとおりです。彼女自身が安楽死を選択するのであり、私の医者としてのルールには縛られない、と彼女は言明しました。それがいち因となり、私は考えを変えたのです。分別ある人間には死を選ぶ権利がある、と確信するようになりました。

その見解は、大いに物議をかもすことになります。どのような反論が多いですか?

いちばんよく聞くのが、〈理性的自殺〉などありえない、精神病が原因で死を望むようになるのだ、という意見です。しかし、私は断固否定します。死を望む気持ちは、治療すべき疾患ではありません。また、他の反論として、人生はギフトなのだから、敬意を払うべきだ、という意見もあります。それに対してはこういえます。もし生命がギフトだとしたら、それを捨てるのも自分の勝手だ、と。さもなくば、それはギフトとはいえません。ただの重荷です。

Photo: Frederieke van der Molen

あなたは、死を選択するハードルを下げる活動をしています。つまりあなたも、ある程度は、死の責任を負うべきということでは?

それはフェアではないですね。尊厳死を選ぶのは、〈権利〉だと信じています。例えば、今この瞬間、あなたが外へ出て自殺をする、と表明したら、私は阻止すべきでしょうか? そうじゃないでしょう。あなたは自立した個人であり、あなたがどう決断しようと自由です。もちろん喜びはしませんよ。でも、あなたの決断ですから。その場合、私にできるのは、安らかな死を迎えられるよう協力することです。

でも、あなたが死へのハードルを低くすることで、例えばセラピーのような、他の道を選ぶ可能性を奪っているのでは?

それはわかりません。セラピーよりも、線路への飛び込み自殺を選ぶ可能性が多いかもしれませんよね? あるいは首吊り自殺かもしれない。本当に自殺したかったら、多大な苦しみを伴う手段を選ぶほかありません。英国では、首吊り自殺の件数が圧倒的に多いです。代替案は知らなくても、どうやって首吊り自殺するのかは知っているし、ロープもすぐに手に入ります。とはいえ、首吊りは、ひどい自殺手段であることに変わりありません。とにかく私は、死ぬならば、薬にしろ、〈サルコ〉にしろ、安らかに死ぬべきだ、といっているだけです。

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確かに、〈サルコ〉や安楽死のための薬が乱用される可能性もあります。しかし、利益を得る人もたくさんいるでしょう。例えば、病状が著しく進んでしまった高齢者にとっては、マシーンや薬がひとつの〈セーフティネット〉になる。安らかに死ねる、と知るだけで、彼らは幸福感を得られます。線路に飛び込んだり、車椅子のまま海へ飛び込んだり、そういう絶望的な行為が必要なくなりますからね。

先ほど、尊厳死は人権だとおっしゃいました。では、『The Peaceful Pill』に50歳以上という年齢制限をかけているのはなぜですか?

年齢制限については、たくさん話し合いました。健全な精神状態の成人であれば死を選べる、というのが個人的な見解です。しかし、2011年に米国で批判が殺到しました。若者たちが死んでいくのを、よろこんで見ているなんてひどい、という意見が寄せられたんです。だから、ある程度人生の経験を積んだ年齢として、最低年齢を50歳に定めました。これが、〈私たちは若者の自殺に加担しない〉と証明する唯一の手段でした。しかし、私の哲学的観点が曲げられたわけではありません。

〈サルコ〉では、安楽死前に医師による準備がいりません。しかし、何らかの制限は必要ではありませんか? まるで、薬局で処方箋なしにあらゆる薬を選べるようで、心もとなく感じます。

あなたはまだ、医療分野の出来事と捉えていますね。私が思うに、〈サルコ〉に医師は不要です。もちろん、心の健康を診断してもらう必要はあります。しかしそれも、オンラインのアンケートで可能です。将来は、AIが患者の精神状態を医師より速く、正確に判断できるようになります。

あなたは、うつ病患者も〈サルコ〉が使用できれば良いと考えています。しかしうつ病患者は、正しい判断ができるでしょうか?

もちろん、うつ病患者には、精神状態を測るテストが必要でしょう。しかし、うつ病患者の多くは、死んだら終わり、という事実を理解できます。うつ病は、〈サルコ〉の使用を禁じる理由にはなりません。ただ、うつ病であれ、肉体的な病気であれ、自分が何をしようとしているか理解できないほどの状態であれば、テストには合格できませんし、〈サルコ〉は使用できません。確かにグレイですが、精度は、精神科医が現在使用しているテストとそう変わりません。

〈サルコ〉の仕組みについて教えてください。

3Dプリンタで製造できる棺型マシーンです。液体窒素が必要ですが、それも合法的に入手できます。マシーンのなかに座ると、窒素が充満し、1分半で意識がもうろうとします。お酒を飲みすぎたときのような感じです。そして数分後、意識を失います。そして約5分後にはあの世です。マシーンは、内側からのみ制御可能なので、殺人には使えません。外が見えないようにするか、窓を透明にするか選べるので、マシーンを持ち運べば、好きな景色を見ながら死ぬこともできます。

2018年初頭には、オンライン上で設計図を公開したいです。〈サルコ〉初号機は、スイスで組み立てられる予定です。スイスにいる、とある人物が興味を持っていますから。オランダでは、安楽死は犯罪になりません。ですから、マシーンの使用は違法ではない、と同国の弁護士の確認が取れています。私は、インターネット上で設計図と使用法を提供するだけです。個人的な指導はしません。そして、マシーンの操作には誰の助けも要りません。使用者が全て制御できるのです。

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景色が選べるとおっしゃいましたが、ご自身ならどんな景色を選びますか?

故郷である、オーストラリア北部の砂漠です。朝焼けを見ながらなんて最高ですね。ただ、よく考えてみたら、液体窒素の運搬が難しそうです。距離がありますし、窒素の状態を保持できません。

Photo: Frederieke van der Molen

〈サルコ〉内部に、気が変わったときのための緊急停止ボタンはありますか?

ええ。緊急用窓があり、押すとすぐに開きます。窓が開けば、マシーン内に酸素が流れ込みます。また、意識を失う前であれば停止ボタンを押すこともできます。

ご家族は、先生の信念についてはどう考えていますか?

私の母は、支持してくれていました。母は亡くなるまでの数年間、自宅で暮らすのが困難で、老人ホームに入居していました。母はそれを嫌がり、死を望んでいました。しかし病気ではなかったので、安楽死の処置は受けられなかったのです。私には何もできませんでした。何かしたら、私が手を貸したとバレてしまいますから。尊厳死が選択できれば、彼女にとっては慰めになったはずです。

反対派からの脅迫はありませんか?

幸運なことに、この20年、私に対する脅迫が届いたのは数回です。実際に危険を感じたのは、最近になってからです。犯人がキリスト教原理主義者か、それとも致死薬を売りさばいている違法ディーラーかはわかりません。著書のなかで、1錠700ユーロ(約9万円)で致死薬を売る偽サイトをいくつか指摘していますから。公のイベントでは、厳戒体制をとるようにしています。