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1997年、パキスタンで、大手多国籍企業が起こした粉ミルクによる乳幼児死亡事件。この衝撃の実話を元にした映画が、『汚れたミルク あるセールスマンの告発』(監督:タニス・ダノヴィッチ)だ。この作品は、巨大企業とひとりのサラリーマンの闘いを描きながら、同時にパキスタンの歪みも浮き彫りにしている。

本作品は、日本での公開が世界初となり、今のところ、日本以外での上映は予定されていない。

民族、宗教、貧困、政局、紛争、人口過多など様々な問題を抱えるパキスタン。もちろんその影響は、国民の日常生活にも波及しており、『汚れたミルク あるセールスマンの告発』でも、現状に翻弄される弱者たちのストーリーが描かれている。

日本での世界初公開を記念し、『汚れたミルク あるセールスマンの告発』をより理解するためのシリーズ〈パキスタンの歪んだ日常〉。以下、第1回。

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「病気に効く」と処方された薬が、実は偽薬であり、そのせいで病状が悪化してしまう患者が後を絶たないパキスタン。カラチにある合同軍病院のキンザ・ワセム(Kinza Waseem)医師は、偽薬の被害者を頻繁に診察している。

「長期間服用したのに全然良くならない、と患者たちは文句をいっています」と彼女はインタビューに答えた。患者に正しい薬を処方すると、予期せぬアレルギー反応が起こり、震え、胸苦しさ、息切れなどの症状があらわれるという。何も知らずに、不正な偽薬を常用した結果だ。

毎年、数百万人ものパキスタン人が鎮痛剤、心臓病や糖尿病の治療薬、バイアグラなど、様々な医薬品を購入する。しかし、彼らは殺鼠剤、塗料、タールなど、危険物質が混入した偽薬に代金を支払っているのだ。不法医薬品業者は、ブラックマーケットで取引している。偽薬はヘロインより儲かるらしい。その結果、パキスタン国民が次々と死ぬ。

パキスタン育ちのサイム・シディキ(Saim Siddiqui)は、トロント大学在籍中の2013年、ボストンで開催されたパカソン(Pakathon)に参加。パカソンとは、パキスタンの諸問題に取り組むテクノロジー開発を目的としたハッカソンで、サイムは、長年パキスタンを悩ませる偽薬問題の解決策を、同コンペに提案。このアイデアで最優秀賞を獲得し、すぐさま荷造りをして、トロントからカラチに向かった。

カラチでProCheck社を立ち上げたシディキは、現在、そのアイデアを生かした新しいサービスを活用して、問題解決に勤しんでいる。そのサービスを利用すれば、モバイルでの認証システムにより、即座に医薬品の真贋を確認できる。

アイデアはいたってシンプル。医薬品のパッケージに印刷されているコード番号をProCheck社へ送信すると、瞬時にその真贋がわかってしまう。

2015年6月の創業以来、200万点以上の医薬品を認証し、その数は未だに増え続けている。2016年5月には、パキスタンの大手製薬会社 Ferozsons Laboratories Ltd.と提携し、コードを用いて、高血圧、糖尿病、心臓病等の錠剤を含む約3500万の医薬品を確認した。

製薬会社が費用の大半を賄っているので、希望者は無料でサービスを利用できる。そして、製薬会社にも大きなメリットがある。多くのユーザーは気づいていないが、ユーザー情報から〈コンプライアンス〉に関する貴重な個人データを取集できる。

ある調査によるとパキスタンでは、全医薬品の内50%が偽物、もしくは粗悪品、と推測されている。同国では、ユーザーを蔑ろにする、医薬品取引がまかり通っているのだ。

自分を救うはずの医薬品を服用して死にたい病人などいない。

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Procheck社のチェックサービス.Photo:Procheck

処方、市販を問わず、パキスタンの偽薬は巨大なビジネス対象だ。投資は少なく、リターンは大きい。偽タバコに千ドル投資したら、2万ドルは稼げるらしいが、製薬工業協会・国際委員会(International Federation of Pharmaceutical Manufacturers and Associations)によると、偽薬に千ドル投資したら、50万ドルのリターンがあるという。

多国籍製薬会社サノフィ(Sanofi)の報告によると、偽薬取引はヘロインの20倍ものリターンが見込める。

基本的医療制度の不備、深刻な貧困、不明確な政府による規制、すべてがパキスタンの偽薬問題を悪化させている。密閉包装もされず、適当にパッケージされた粗悪なジェネリックは、ブランド医薬品よりも人気が高い。もちろん、安いからだ。

これまでパキスタンには、信頼すべき医薬品入手ルートがなかった。しかし、2013年12月、パキスタンの87%の世帯が携帯電話を所有している、との調査結果が報告された。これは朗報だ。

2012年、心臓病の偽薬の服用によりパキスタン人120名が死亡する事件が起きた。パキスタンのラホールで育ち、その後トロント大学に通うためカナダに移住した現在28歳のシディキは、大いに心を痛めたという。「役に立ちたかった。問題を解決したかったんです」

彼は、誰からの支援も受けず、カラチに移住したが、2014年7月、〈Stars in Global Health〉プログラムの〈Grand Challenges Canada〉を通じて、幸運にも10万ドルを獲得した。

偽医薬品問題はパキスタン国民にとってたいへん深刻だ、とシディキ。偽医薬品のなかには、砂糖だけでできた錠剤もある。砂糖とはいえ、服用すれば深刻な事態に陥る病人もいる。「レンガの粉、コンクリート、タール入りの錠剤も見つかっています」

Prochecは、問題解決に向けて、新たな方法を提示しているわけではない。パキスタン以外の開発途上国も同様の問題を抱えているため、解決に向けてProchec同様のサービスを利用している。

ニューハンプシャー州を拠点とするPharmaSecure社は、インド、ナイジェリア、パキスタンで、Prochec同様のサービスを提供している。ユーザーは、医薬品のパッケージに記載された英数字のコードをメール送信、またはスキャンするだけで、10秒以内にその医薬品の真贋を確認できる。これまで20億回もサービスが利用されているそうだ。

ボストン郊外に本社を構えるSproxil社は、ガーナ、ケニヤ、ジンバブエ、インドでオンライン、または近くのコールセンターへの電話で得た情報をもとに、医薬品を分類し、その真贋が確認できるサービスを開始した。2009年以来、同社は2100万件以上もの医薬品をチェックしたそうだ。

しかし、レンガの粉を飲み込むリスクを負った消費者に、正しい情報を送るのは難しい。インドだけでも人口は12億。「偽薬の危険性についての意識が向上を目指すには、地理的な問題もあります」とPharmaSecure社のナクル・パスリア(Nakul Pasricha)CEOは説明する。22もの公用語がもあり、異なる文化が入り混じる広大なインドでは、情報を広めるための手段は煩雑にならざるを得ない。

モバイルでの医薬品認証を制度として受け入れた政府もある。2012年、ナイジェリア政府は、抗マラリア剤の製薬会社に制度参加を強制した。当初、製薬会社は反対したが、最終的に応じざるを得なかった。この施策により、2012年には19.6%もあった抗マラリア偽薬の市場占有率は、2015年には3.6%まで低下した、と関係者は語っている。

パキスタン当局は、医薬品の安全性、有効性、一定品質の保障を義務付けているものの、ナイジェリア同様の法律は未だに成立していない。

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Sproxil社によるナイジェリアでのサービス.Photo:Sproxil

製薬会社は、このようなサービスを支援している。しかもそれは偽善ではない。製薬会社もデータを得ているのだ。データと顧客情報は、的確なマーケティング・プラン、利益拡大につながる。

「例えばある患者が、予定から15日遅れて医薬品を補填した、とわかれば、その患者に連絡し、薬を予定通り服用するメリットを伝えます」とシディキ。

データは、個別ヘルス・ケア、患者のリマインダーとして利用できるはずだ。パスリアCEOは製薬会社に、モバイルによる認証にかかる費用を〈コスト〉でなく〈投資〉と捉えるよう勧めている。そうすれば、患者の〈コンプライアンス〉と〈アドヒランス〉についてのデータが大量に集められるからだ。

意図せずに貴重な情報を漏らしていたとは、ユーザーにとって寝耳に水だろう。とにかく偽薬ブラックマーケットを制圧するには政府規制当局、製薬会社、薬剤師、患者団体の協力が必要だ。

そうなるまでは、医薬品のラベルをきちんとチェックしよう。