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コカインを飲み込んで密輸する猛者たちの悲劇

Coke Mule、コーク・ミュール、コカイン密輸用ラバ。コカインが詰め込まれた小袋を何個でも飲み込む猛者たちの敬称だ。コーク・ミュールは、コカインを完璧に「ボディ・パッキング」して旅客機に乗り込み、各国の税関を通り抜ける。

Coke Mule、コーク・ミュール、コカイン密輸用ラバ。コカインが詰め込まれた小袋を何個でも飲み込む猛者たちの敬称だ。コーク・ミュールは、コカインを完璧に「ボディ・パッキング」して旅客機に乗り込み、各国の税関を通り抜ける。ボディ・パッカーがミッションを遂行できる否かは、本人の胆力、移動時間、体調しだい。コカ神(こかしん、コカシン)が微笑むと、小袋は破裂し、至福の時を経て、パッカーは昇天する。コカ神が微笑まなければ、パッキングされたコカインは、無事、取引先に届けられる。

2011年、アイルランド産コーク・ミュールがブラジルのコンゴーニャス空港で逮捕された。親指大の小袋72個、約830グラムのコカインが男性の消化器官に詰め込まれていた。挙動不審を理由に、警察は密輸容疑でコーク・ミュールを拘束した。医療用画像撮影機器で体内を検査されるまでの詳細は、多々怪しい点が残るものの、撮影された画像は容疑を裏付けるに十分だった。ちなみに、アイリッシュ・コーク・ミュールは、小袋を摘出し、国際麻薬密輸の容疑で懲役15年の刑に処されたが、未だに健在らしい。刑務所で掘られない限り、過剰摂取死よりマシだ。

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この72個の小包を摘出する過程に関しては、当時、特定されなかった。小袋の破裂や、命を脅かす危険性が確認されないコーク・ミュールは、特別な施設に送り込まれる。ご察しのとおり、そこで容疑者の排泄をひたすら待つのが警察官、検査官の仕事だ。容疑者は、実験用グローブボックスのような便器で用を足す。用が済むと、検査官はボックスに附属するゴム手袋に手を通し、排泄物を検査する。

クローブボックスの参考例。文中の便器とは無関係。photo via wikipedia

アイリッシュ・ミュールは、飲み込んだコカインの量、小袋の数から判断すると、相当なリスクを負っていた。このようなケースに対処する外科手術は好ましくないが、彼ほど大量のコカインを飲み込んでしまっては、外科手術以外の選択肢はなかったはずだ。

彼は本当にラッキーだった。1983年に出版された米国医師会雑誌『Journal of the American Medical Association』に興味深い論文が掲載されている。1983年当時は、さほど珍しくもなかった、コーク・ミュール47人を対象に調査を実施した。47人のうち、1人の小袋は排泄時に破裂し、12人の内臓に詰め込まれた小袋は破裂寸前だった。これは由々しき問題だ。

なぜ問題か。とある仮説を発見したからだ。それは、「小袋が1つでも、胃、もしくは腸内で破裂すれば、人間は死ぬ」という仮説だ。とにもかくにも、いつの時代も、過剰摂取は命取りだ。アイリッシュ・ミュールが飲み込んだ小袋72個には、1袋当たり11グラムのコカインが詰められていた。これは1/8オンス(3.5グラム)のエイトボール3個分、およそ220本分のラインに相当する。これはすごい。通説とは裏腹に、コカインは、鼻から吸入しても、内臓から吸収されても、血中薬物濃度は変わらないらしい。後者は前者よりも、同レベルに達するまの時間が長いため、効き目が薄い気がするだけかもしれない。実際は、同じ効果なのだ。

小袋の1でもコーク・ミュールの体内で破裂したとする。ライン220本のコカインが、一気に摂取されたも同然だ。多くの文献によると、吸収されるまでに約30分。一般的に, コカインの致死量は1.5グラム。小袋には11グラム入っていた。

しかし、コーク・ヘッズは、これよりはるかに多量のコカインを鼻腔から吸引できるし、している。少なからず、彼らはそう主張しているので、グーグルで「the most cocaine you’ve done」と検索していただきたい。そこには、エイトボール(3.5グラム)を一気にキメた猛者が吹く、恥じらい混じりの自慢話、クリスタル・メスを常用するティーンエイジ・ジャンキーが1グラムのコカインを摂取して死にそうだ、という報告まで、ありとあらゆる検索結果を楽しめるはずだ。

だが、注目すべきは、大量摂取経験者は未だに生きている、という事実だ。それに、過剰摂取による心肺停止の大半は、鼻からではなく、静脈注射によるものだ。ここでは、コーク・ミュールを憐れみたいので、内臓からの吸収と同様の効果をもたらす、鼻からの吸引に焦点を当てる。いずれにせよ、11グラムのコカインだ。これだけのコカインを摂取したら、生きていられるはずがない。袋が破けた時点では生きているだろうが、死神は微笑んでいる。

Image: drugabuse.gov

結局のところ、研究者は、人体実験でコカインの致死量を確かめられないので、動物にコカインを投与する。あまり意味がないかもしれないが、人間とほぼ同じ大きさ、体重約68キロの犬を対象に実験を試みたところ、犬のLD100(完全致死量)は、コカインの場合、3.5グラムだった。同サイズのラットのLD100は13.5グラム。ラットはコカインが大好きらしい。

つまり、「コーク・ミュール」が巨大なラットだったら、飲み込んだ11グラムのコカイン袋が1つ2つ破裂して血液に流れ込んだとしても、脳卒中や、心不全、脳出血、悪性高熱症、精神錯乱などで死なずにすむのだ。

医学用語では、このような症状を「ボディ・パッキング症候群」「コーク・ミュール症候群」と呼ぶ。確かに、コカイン袋が破裂したとしても、直ちに医療処置を受ければ助かる可能性はある。急いで、ベンゾジアゼピンを静脈注射すれば、中枢神経系の覚醒を阻止できる。高熱による心肺停止を防ぐために、氷などによる冷却も忘れてはならない。ただし、そのような患者の多くは、処置が間に合わず、助からないのが現状だ。

ボディ・パッキングによる具体的な死亡数は定かでないが、参考になる統計を発見した。ニューヨークでは1990~2001年の間に、50人のボディ・パッカーとコーク・ミュールがコカインの過剰摂取で死亡している。