子どもたちが喰って学んでステップアップするための塾

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子どもたちが喰って学んでステップアップするための塾

子どもの貧困=親の貧困。

昨今の日本において、子どもの7人に1人が貧困である、という情報を目にする機会が増えた。世間の関心が集まる「貧困の子ども」だが、厚生労働省が2016年に発表した〈国民生活基礎調査〉には、「『子どもの貧困率』(17歳以下)は 13.9%」と記されているものの、〈7人に1人〉の文字はない。厚生労働省に問い合わせると、「厚労省がオフィシャルに発信しているのは〈13.9%〉の割合のみで、その数字を使いどのように報道していただくかは個々のメディアに任せている」との回答だった。

貧困の子どもたちは、安価な服やファストフードの充実で、見た目や持ち物では、貧困かどうか判断しづらいが、家庭の経済状況によって、教育を受ける機会を奪われた結果うまれる〈教育格差〉に悩まされているという。子どもの将来、教育の機会が家庭の経済状況によって左右される可能性を問題視した政府は、平成25年、〈子どもの貧困対策推進に関する法律〉を制定し、問題解決に取り組んでいる。

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個人の事情や地域性とは関係なく算出される〈13.9%、7人に1人〉という情報の正確さはさておき、貧困による教育格差の解決を、政府と家庭だけにゆだねるのではなく、草の根から解決しようとする動きが、徐々に広がっている。

ステップアップ塾は、家庭の事情で塾に通えない子どもたちを対象にした〈個別指導型の給食つき無料塾〉だ。この塾は、いわゆる〈教育格差〉をどのように捉え、解決しようとし活動しているのだろう。

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11月某日、大江戸線牛込柳町駅から、住宅地を数分歩くと「食事つき個別指導無料塾やってます!!」と書かれたのぼりが見える。ステップアップ塾では、毎週木曜日、子どもたちに学習指導と給食を提供している。家庭の収入に合わせて個別の授業料を設定した結果、現在、ステップアップ塾に通う生徒の9割が無料で指導を受けているという。

扉を開くと、子どもたちの楽しそうな笑い声が聞こえ、美味しそうな匂いに包まれた。ピンクや緑、色とりどりの子どもの靴が所狭しと並ぶ玄関のむこうで、PCとにらめっこをする体格のいい男性がステップアップ塾長、濱松敏廣氏だ。授業の準備に追われる塾長を待つあいだ、濱松塾長の妻であり、ともにステップアップ塾を運営する濱松和香子氏に、同塾の教室を案内してもらった。

ステップアップ塾が教室として利用している、ゆったりーのは、NPO法人〈ゆったりーの〉が管理する、親と子どもが集うコミュニティスペースだ。〈ゆったりーの〉の定休日である木曜日、同スペースを利用してステップアップ塾が運営されている。

ステップアップ塾は生徒を2つのクラスに分け、学習指導をする。小学2年生から4年生までがAクラス、小学校5年生から中学3年生までがBクラスだ。Aクラスは、通常、7〜10人の生徒を3人の先生が指導する。Bクラスは、Aクラスとは対照的に、28人の生徒を約20人の先生がほぼマンツーマンで指導する。ここでいう〈先生〉は、ほとんどが現役大学生のボランティアだ。

授業開始の時刻が近づき、続々と子どもたちが登塾する。初めて見学する私に、笑顔で挨拶する子どもたち。この子たちは、どのような事情でステップアップ塾に通うのだろうか? 席につく子どもたちを眺めていると、準備を終えた濱松塾長がやってきた。

今日は、教育格差の解消に取り組む現場の方のお話を聞きにきました。教育格差の原因は、子どもの貧困が原因なのでしょうか?

子どもの貧困は、ほとんどが、イコール〈親の貧困〉です。〈子どもの〉を前に出すのは、言葉の遊びというか、僕はどちらかというと最初からいかがわしいと。教育格差の原因として、子どもの貧困を大きく取り上げるのは、「教育格差の原因を家庭や経済的な問題に落とし込みたい」政府の意図を感じますね。

なぜ政府にそのような意図があると?

これは、元文部科学大臣である下村博文氏の「下村博文の教育立国論」にはっきり書いてありますが、〈教育〉は、政治の票田になりにくいと。しかし面白いことに、〈貧困〉を絡めると、急に票になるわけですよ。そこに気づいている連中は、〈子どもの貧困〉に関する様々な仕組みをつくろうとしているんです。それが本当に社会のためになるのであればいいし、すべてに否定的というわけではないんですが、教育格差に苦しむようなみんながそのくくりをされて、本当にその社会問題は解決するのか、というと絶対しないです。僕はそういうのがすごく嫌だ。

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では、貧困問題と教育格差は無関係なのでしょうか?

教育格差の原因には、パターンが3つあります。「学校環境を起因とする場合」「家庭不和を起因とする場合」「所得格差を起因とする場合」です。大声で語られるのは「所得格差を起因とする場合」ですが、実は、学校教育関係者がいちばん触れられたくないのが「学校環境を起因とする場合」です。学級崩壊ですね。

触れられたくないとはどういう意味ですか?

学級崩壊について触れるとなると、そもそも学校教育がおかしいんじゃないか、機能不全に陥ってるんじゃないか、という批判につながるので、学校教育関係者たちはこのテの話は嫌がりますね。でも、問題の根っこは学校教育にある。ステップアップ塾では入塾の際にアンケートを実施して、学級崩壊の経験がある子どもの数を調査しているのですが、ひどいときは44名のうち34名が学級崩壊経験者でした。年々ばらつきはあるものの、学校のシステムそのものを変えていく必要があると確信しました。

ステップアップ塾に限らず、子どものための学習支援団体は、学校の授業に遅れないために学習支援をする、と認識していましたが、学校自体を否定していいんですか?

週に1度という限られた時間で、学校で教わる勉強をフォローできるか? 絶対できないですよ。学校の授業は、生徒たちひとりひとりが完全に理解しなくてもどんどん先に進みますから。本当に授業を理解して成績を上げるなら、うちみたいにマンツーマンに近いかたちでなきゃ無理です。先生がひとりで30人くらいの生徒の勉強を本気でみようなんて、先生の負担が大きすぎます。そんななかで、塾に通える生徒は勉強ができて、通えない生徒はできない、というのは正直違うかと。

確かに私が中学生の時も、私含めてみんな塾に通ってました。

僕も通っていました。でも、塾がないとついていけない授業とはなんだろうと。塾ありきで学校を進めること自体、反省すべきでしょう。塾のおかげで、日本の教育レベルが高いのは否定できません。でも、学校のなかでうまく廻るのであれば、塾なんて本当は必要ないですよね。学校がなくなればいい、という話ではないですよ。学校教育は意味のある仕組みです。問題視してほしいのは、本当に教育格差をなくすなら、学校の問題から目を背けて教育格差を語るんじゃねえ、と。塾がなくても成立する学校教育に到達するにはまだまだ、国のレベルも国民のレベルも低いです。

なぜ、教育格差を埋める必要があるのでしょうか?

これから先、日本全体の人口は減少し、僕も含め、65歳以上の人口は確実に増えます。そうなったら、ひとりひとりの生産性をあげないと、今の日本の豊かさは絶対に維持できない。僕には2歳になる子どもがいます。その子も含めて、次世代が豊かな生活を送れる未来であってほしいんです。

ステップアップ塾は〈食事付き〉が大きな特徴ですよね。食事の提供は開塾した当初から、学習支援とセットだったんですか?

そうです。食事を摂らずに頭や身体を動かそうとするのは、ガソリンを入れないで車を走らせるのと全く同じです。飯を喰わないで勉強なんてできるわけがないんです。あとは、自分の実体験から、安心して食事ができる場所を提供したいという想いが強かったのもありますね。うちの親父は、母親がつくった食事をほぼ毎食、怒り狂いながら外に投げ捨てるような、まさに、星一徹みたいな親父でした。「親父が帰ってくる前に食べなきゃ」と家ではコソコソ食事をしていました。でも自分が塾に行くときは、母親から「外で食べなさい」とお金を持たされました。自分の家にはお金があったから、外で食べる逃げ道がありました。ここに来る子たちは選択肢がないんです。

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「授業料無料で食事付き」以外に、他の塾との違いはありますか?

学力面でいえば、偏差値50レベルの子たちを育てることが最初の目標です。ただ、勉強や技術だけ教えるのは、正直誰でもできます。子どもが社会にでて必要とされるのは、社会性だったり挨拶力だったり、勉強も含め複合的な能力だと僕は思うんです。日本のことも知らない、礼儀も知らない、勉強だけできるようなやつが社会にでたら、それは日本の恥ですよ。だから勉強以外も、総合的に学べる場所が必要なはずです。もはや、〈塾〉という名前はふさわしくないかもしれないけど。

では、貧困家庭の子どもの学習を支援している他の団体との違いはありますか?

学習支援団体のなかには、宿題を出さないところがあります。それぞれに信念があるのはわかりますが、宿題も出さずに学力が高くなるはずないと思いますね。〈居場所〉と混同するなよ、と。

〈居場所〉ではないんですか? 「〈居場所〉を提供します」と謳う学習支援団体は多いですよね?

もちろん居場所も大事です。しかし、教育を語るうえで〈居場所〉だけを前面に出したら、叱れないでしょって。居心地がいいのは、叱らないで、「寝っ転がってるだけでいいよ」って募集かけた方が応募は来るんですから! 叱れないような仕組みのなかで、教育を語るな、と言いたいです。

学習指導、食事提供、社会性や挨拶力も鍛えてくれる。正直、「ステップアップ塾に全部任せておけばいいや」と丸投げになる親もいるでしょうが、ステップアップ塾に子どもを通わせるうえで、家庭でのどういった指導を親に望みますか?

学校教育で、子供を預ける感覚に慣れてしまう親御さんはいます。でも、僕らは預かり屋じゃない。あとは、〈お客さん〉になってしまう親御さん。ステップアップ塾は、様々な企業、個人の有志のみなさんに支えられています。それを何度伝えても、学校と同じように〈お客さん〉になってしまう、支援されることを当たり前に感じてしまう親御さんもいます。恩着せがましい話をしたいわけじゃありません。ステップアップ塾がルールとしてお願いしていることに、ご協力いただきたいんです。例えば、こちらからお送りした報告メールには返事をしていただく。返事をもらって、こちらは「メールの内容が読まれた、伝わった」と認識します。子どもが、ステップアップ塾と親御さんのキャッチボールを見て、「お父さん、お母さんが僕を見てくれている」という信頼や自信に繋がり、それ自体が教育になります。親御さんたちには「子どもの勉強を見守りたい」という気持ちでいてほしいです。

今回、いろいろと話をお聞きしましたが、教育格差はどうしたら解消すると考えていますか?

教育には終わりがありません。学校教育を〈完成〉〈万能薬〉だとほとんどの人が思っているでしょうが、どんなサービスも同じです。〈完成〉だと思っちゃダメ。ステップアップ塾も同じです。僕らのやってることも完成系だとは思っていません。僕たちの指導を見て、「ステップアップ塾の教育はここがダメだ」と感じたら、ダメだと言ってください。自分たちのつくった仕組みを疑わないから、この状況が生まれている。もうそんなのばっかりで嫌だ。

怒ってますね。

そうです。活動の原点は怒りですからね。源は怒りです。