テレビドラマから探る
ヒラリー・クリントンの実像

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テレビドラマから探る ヒラリー・クリントンの実像

ヒラリー・クリントンとポップ・カルチャーの交わりについて考える。映画やテレビ・ドラマで見かける彼女の似姿をヒントにすると、現実とフィクションを混同してしまい、思考が錯綜する…

1998年8月、ビル・クリントンは、ルインスキー・スキャンダルについて大陪審の尋問を受け、不適切な関係を持った、と認めた。その翌日の朝、クリントン夫妻は娘を連れ、マサチューセッツ州のマーサズ・ヴィニヤードへの家族旅行に出かけた。ホワイトハウスからヘリコプターまで、ビル、ヒラリー、娘が並んで歩く姿は、気まずさの極致だった。私は、ぼんやりした記憶を辿りながら、この場面でヒラリーのすごさを感じた、と友人に話した。彼女は紺青色のスーツに身を包み、世紀のスキャンダルにも惑わされず、書類の束を小脇に抱えていたからだ。おそらくその書類は、2000年の上院議員選挙出馬を視野に入れた資料だったのだろう。ヒラリーが当選したのは、ルインスキー・スキャンダルで、彼女の知名度が上がったおかげだ、と分析する向きもある。

友人は私の発言を疑った。「資料? あのタイミングで手を繋いでるなんて気持ち悪いだけじゃない?」

グーグルで調べてみると、すぐにわかった。ヒラリーが着ていたのはターコイズのシャツで、娘の手だけ握っていた。

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勘違いに気づいたのは、『パーフェクト・カップル』(Primary Colors, 1998)を観直して、奇妙な書類の束を目にしたからだ。『パーフェクト・カップル』は、ビル・クリントン最初の大統領選を題材にしたジョー・クラインの小説を、マイク・ニコラス監督が映画化した作品だ。ヒラリーを彷彿とさせるスーザン・スタントン役をエマ・トンプソンが演じている。実際の選挙戦の状況とは大きく異なるが、スーザンは、シェイクスピアの『マクベス』に登場するマクベス夫人のような強い決心で、夫ジャックに降りかかるスキャンダルを見事に切り抜ける。そんなスーザンも、ある晩、夫に愛想を尽かして選挙運動員の腕に崩れ落ち、普段は隠していた弱さを露にした。しかし、翌朝の会議に、完璧に仕立てられた紺青のスーツで登場したスーザンに選挙活動員は驚嘆する。彼女は書類の束を抱え、投票データについて質問を投げかけていたからだ。

『パーフェクト・カップル』がいくら事実に基くフィクションとはいえ、私は、現実のヒラリーとフィクションのヒラリーを混同していた。恥をかかされ、侮蔑に満ちたまなざしを注がれた大統領夫人が、権力と利益のために手段を選ばず突き進んでいく物語は、ホワイトハウスを背景にした家族の茶番劇を見せられるより、よっぽど面白い。

ヒラリー・クリントンにまつわる著作は多い。彼女自身も本を書いている。『スレート』はヒラリー・クリントンの髪型に対する大衆の熱狂ぶりを振り返り、『アトランティック』はヒラリーとビルのスキャンダル史を辿った。しかし、世間が語るヒラリー史、メディアが描く彼女の肖像は、ファーストレディー、そして政治家としての人生と、どれほどリンクしているのだろう?

民主党の大統領候補指名争いでバラク・オバマに敗れてから約8年。ヒラリーは国務長官を務め、ネット上は、「ベンガジ(Benghazi)」や「メールサーバー(email server)」と同様、誰もが検索するバイラル・ワードにもなった。現在進行中の大統領候補指名選挙では、アイオワ州の党員大会で僅差ながら勝利を収め、予備選挙の行われたニューハンプシャー州では大敗を喫した。この8年間で、ヒラリーのようなキャラクターをメディアで目にする機会がすごく増えた。

『ポリティカル・アニマルズ』(Political Animals, 2012-)や『マダム・セクレタリー』(Madam Secretary, 2014-)には、理想化されたヒラリーのような人物が登場する。彼女たちは、実際のヒラリーより逞しく、教養深く、人当たりがよく、実にセクシーだ。実在していれば、と望む視聴者もいるだろう。彼女たちのような登場人物は、支持層が「ヒラリーの美徳」として認める部分を強調している。

『ハウス・オブ・カード 野望の階段』(House of Cards, 2013)でロビン・ライト扮するクレア・アンダーウッドは、ヒラリーというよりも、ヒラリー・インスパイア系だ。乱雑で、不完全で、倫理的に崩壊している。受け手のヒラリー観にもよるが、フィクションで描かれる下世話なヒラリー像は、華やかなキャリアの陰に隠された内面や人間臭さを引き出しているようで、より好感が持てるのだろう。公衆の面前で真っ当に振る舞おうとする彼女に親近感が持てるようになったのも、秀逸なフィクションの功績に間違いない。

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1992年、大統領選挙選

1992年9月14日発売の『タイム』でヒラリー・クリントンは表紙を飾った。その上部には、次のような見出しが掲げられていた。「ヒラリーの与える影響:彼女は夫を助けているのか? 邪魔しているのか?」。当時、ヒラリーは野心溢れるキャリアウーマンで、自他共に認めるフェミニストであった。彼女に向けられた、強情なフェミニストを表す「フェミナチ(feminazi)」という言葉は、アメリカ国民の抱くファーストレディーの貞淑なイメージを崩壊させかねなかった。とはいえ、共和党の女性嫌いのせいか、ヒラリーほど、「大統領候補の妻と」してメディアから注目を集めた女性はいなかった。『ニューヨーク・タイムズ』の記者はヒラリーをこう描写した。「共和党大会で、暴走するフェミニズムを象徴するクリントン夫人が演壇に上がった。彼女は冷淡な弁護士で、結婚を奴隷労働と見なし、家族の伝統的なあり方を大胆に変えようとしている」。こうしたマイナスイメージは、選挙活動中のクリントン夫妻の失言でさらに膨らんだ。ビルが「共同で大統領を務める(ビルへの投票は2人への支持の意)」と宣言し、ヒラリーからは、自らが弁護士であるのを誇るかのように「家庭に入ってクッキーを焼いて紅茶を飲む人生もあったけれど」と専業主婦を見下したかのような発言も飛び出した。

ヒラリーが表紙を飾った『タイム』発売から2週間後、バラエティ番組『サタデーナイトライブ』では、ヒラリーと有権者が繰り広げた諍いのパロディを放映した。ジャン・フックス扮するヒラリーとフィル・ハートマン扮するビルが、投票で迷っている有権者から質問を受ける、という設定のなか、クッキーのレシピを尋ねられたヒラリーが、暗記した材料を必死に答えていた。それに疲れ果てたヒラリーは「もういい。ビルに投票しなくていいから!」と叫んだ。「私はいいの!仕事があるから!私は弁護士よ!」

「もういい。ビルに投票しなくていいから!」という台詞は、ヒラリー攻撃の枕詞だ。1992年1月、クリントン夫妻はドキュメンタリー番組『60 ミニッツ』に出演し、ジェニファー・フラワーとの関係など、ビルの不倫疑惑について弁明した。お見合結婚ではない、と少し苛立ながら、夫婦関係を維持しようと努める2人の姿を全米5000万人が見守った。少なくとも傍目には、ビルを支えようとするヒラリーが力強く見えた。

「私は、夫の隣にちょこんと立っているタミー・ワイネットのようなタイプではない。私がここに座っているのは、彼を愛し、尊敬し、彼が障害を乗り越えたこと、私たちが一緒に障害を乗り越えたことを誇りにしているから。それが気に入らないなら、彼に投票しなくていい」

1992年1月、『ウォールストリート・ジャーナル』に掲載された記事で、デイヴィッド・シュリブマンが分析したように、ヒラリーは「ビルの選挙活動における主要戦力」であり、「ビル・クリントン氏の政治生命は、率直さと強い意志を持つ、批評家にいわせれば、どぎつい妻にかかっている」と考えていた人は多い。しかし同年4月、ギャラップ社が行った世論調査によると、ヒラリーに「好ましくない印象」を持つ調査対象が全体の40%を占め、「好ましい印象」を抱く調査対象は全体の38%だった。5月には、クッキー発言の影響で「好ましくない印象」の割合が14%増加した。ヒラリーは戦力にもなるが、お荷物にもなりえた。

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「夫の隣に」に立ちながら、なぜ彼女は「私は違う」と主張したのか。それは、ヒラリーが夫の不貞(あるいは夫婦の問題)に目をつむることで、世間も彼の過ちを大目に見るようになったからだろう。「ビッチぶったり、蔑まれたりするのが楽だったんでしょ」。1992年、ヒラリーの友人コーニー・フェイルスは、ワシントン・ポスト紙の取材にこう答えた。「私たちの年齢の女性なら、そうした展開を心得ているはず。テレビや映画を観れば、女性が取るべき立場がわかる」

興味深いことに、『パーフェクト・カップル』は、フェイルスが述べていたような「女性が取るべき立場」を見事に描いている。現実にはありえないだろうが、夫の火遊びをあしらう妻スーザンが、タミー・ワイネットとは異なるタイプの、夫の隣に立つ女性のあり方を示している。

スーザンは、ジョン・トラボルタ扮する夫のジャック、そしてキャシー・ベイツ扮する選挙活動員のリビー・ホールデンと3人でダイニングに座っている。リビーは、1992年の大統領選挙戦で参謀長を務めたベッツィー・ライトがモデルだ。ライトは、真偽は定かでないものの、クリントンと過去に性的関係を持った女性が次から次へと現れ、そのなかには、犯された、と主張する女性までいた事実を「ビッチ大噴火(Bimobo Eruptions)」と称した。

劇中、リビーは、ジャックを誠実な男性と信じて擁護するのだが、スタントン夫妻が「リビーがジャックを中傷した」と非難したため、二人に反旗を翻す。リビーは、ジャックとベビー・シッターの関係をメディアに売る、と二人を脅すと、「本当に売るつもり? 彼の政治家人生を終わらせる気なの?」とスーザンは開き直った。するとリビーは、そっけなくこう伝えた。

「ジャック、わかった? 彼女は事実を認めようとしない。アナタが17歳のベビー・シッターとヤッても動揺しない。なぜだかわかる? 地獄に落ちるほど責められるのは、浮気をしたアナタじゃない。浮気相手なの。だからあなたは、今でも国民に対して優しい声で語りかけられる。けれどスーザンはどう? 彼女はヘル・ヴォイスまで出してあなたの政治家生命を気にしてる。どれほど最悪かわかってる?」

ルインスキー・スキャンダルは右翼が仕組んだ陰謀だ、とヘル・ヴォイスで夫を弁護するために証言したのが生恥だったにせよ、ヒラリーは元を取った。今思えば彼女の発言は、夫を支えるどころでなく、夫を救ったのだ。あれから25年、現在、国民に語りかけているのはヒラリーだ。彼女はこのときを待っていた。しかも、その声は18年前より慈愛に満ちている。

Image via HillaryClinton.com

大統領夫人として

今でもビルとヒラリーが一緒にいるところを目にすると、『ハウス・オブ・カード』のアンダーウッド夫妻を表現した「アメリカ政界の不可分原子」というフレーズを、クリントンズに当てはめたくなる。同作のシーズン3で、アンダーウッド夫妻は、不条理な殺人事件、数々の策謀を乗り越え、ようやくホワイトハウスに辿り着く。それまでは、影で夫のフランクを支えていた妻のクレアが、シーズン3の第1話で自身の政治的野望を露にした。ファーストレディーになったのを機に、大使に任命して、とフランクにせがむ。フランクは、一度は拒否したが、「いつか出馬しなければならないのに、実績がなくてどうするの」とクレアに詰め寄られた。フランクはしぶしぶ、議会休会中任命によりクレアに大使職を与えたが、これは大きな誤りだった。彼女に、微妙な国際関係を捌けるほどるほどの技量は備わっていなかったため、クレアは米露間の条約を台無しにしてしまい、辞職に追い込まれ、ただのファーストレディーに舞い戻ったのだ。

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いくらロビン・ライトのモデルがヒラリーではない、と否定されようが、クレアの悲惨な大使ぶりは、クリントン政権下で医療保険改革問題特別専門委員会の委員長に任命されたヒラリーが大失態を犯した事実と重なる。

1994年の医療保険改革は、スキャンダルまみれだったクリントン政権を立て直す予定だった。このときすでに、ホワイトウォーター疑惑、ホワイトハウス補佐官ヴィンス・フォスター自殺などの不祥事が明るみに出ていた。これらは、氷山の一角でしかなかった。PBSが放送した4時間のドキュメンタリー番組『クリントン』で、「ヒラリーケア」と呼ばれる医療保険改革の失態が槍玉に上げられた。一部関係者によると、ヒラリーは1300ページ以上におよぶ改革案を作成するさい、第三者からの助言を一切受け付けず、身内アドバイザーの意見だけ尊重したらしい。前大統領次席補佐官ハロルド・イッキーズによると、彼女は「他人の意見を頑固に拒み、嫌がった」。法案は、9月第1月曜日のレイバー・デイまでに無効となり、審議にすらかけられなかった。

クリントンが関わる死者数、ヒラリーとの不倫がバレたからヴィンス・フォスターは殺された、という馬鹿げた話も含まれていたクリントン大統領にとって「不利な報告書」、「医療保険改革の失敗」、クリントンの度重なる「スキャンダル」が絡み合い、1994年11月に実施された議会中間選挙では、上下院とも共和党が議席の過半数を獲得した。批判を集めたヒラリーは、ファーストレディーとしての役割を考え直さざるを得なかった。1970年代以来、ビルを支え続けた政策戦略家ディック・モリスはヒラリーに忠告した。「あなたは自らが望むだけの影響力を手に入れられる。けれど、やるなら人目に触れないところでやりなさい。夜、寝室で彼に何をすべきか告げるのです。しかし公の場ではいけません」

アメリカに暮らす何百万もの子供たちが医療保険に加入するための児童医療保険プログラムの構想、女性や子どもたちが抱える問題への取り組みなど、ヒラリーはファーストレディとしてに難事業に挑戦したが、制約や反対だらけだった。おそらく彼女は、以前から気づいていただろうが、権力をもった男性と結婚したからといって、自らが権力を欲しいままにはできるわけではない、と実感したはずだ。『ハウス・オブ・カード』、『スキャンダル』、そして『ザ・ホワイトハウス』にも、同じようなファースト・レディの境遇が描かれている。

クレアは、自らの「ショボさ」が原因で大使を辞任し、しぶしぶフランクの再選を支援する。彼女は、ホワイトハウスへの途上でフランクと犯した数々の罪を振り返り、自信を失い後悔の念に苛まれるのだが、物語の主役に躍り出る。そして、政治家としての野心に目覚めるのだ。シーズン3の最終回に向け、「不可分原子」だったはずの、夫婦の離婚をめぐる騒動がメイン・テーマになる。大統領専用機で口論を繰り広げるシーンで、フランクが「大使に任命すべきでなかった」と罵ると、クレアは「あなたを大統領にすべきでなかった」と大統領をひっぱたく。シーズンの最終回では、大統領執務室のデスクの後ろに、媚びるような笑顔で座っているクレアが映し出される。おそらく彼女は、ホワイトハウスを去り、選挙戦の真っ只中にあるフランクを置き去りにすべきか否かを思案しているのだろう。

(実はヒラリーは『ハウス・オブ・カード』『グッド・ワイフ』『マダム・セクレタリー』といったテレビドラマを録画して早回しで観ているらしい。ABCニュースのインタビューでデイヴィッド・ミュアーが、ファーストレディーのロビン・ライト、大統領のケビン・スペイシー、どちらに感情移入して観るのか尋ねたところ、彼女は「どちらでもない」と答えた。)

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ションダ・ライムズ脚本のテレビドラマ『スキャンダル 託された秘密』(Scandal, 2012年—)では、ベラミー・ヤング扮する元ファーストレディーのミリー・グラントが、シーズン6で大統領選に出馬する。しかしミリーは、ホワイトハウスを後にしたというより、追放されてしまう。夫であり大統領のフィッツジェラルド・グラントが政略結婚の解消を決断し、ミリーはお払い箱になった。お払い箱になる前のミリーがファーストレディでありながら上院議員になる、というキャラクター設定は、ヒラリーそのものだ。ミリーは、有能な弁護士という地位を捨てて結婚し、子供を産み、大統領を目指す夫をバックアップする役に回る。息苦しくも脇役に徹したうえに、恥をかかされ、うまく踊らされても、ミリーは決して自ら進むべき道を見失わなかった。シーズン4で彼女はこう語り出す。「教えてあげる。女性が大統領になったら、『ファーストレディー』は公に認められる職業になるでしょうね」「男性が『ファーストレディー』になったら、それは仕事と見做される」。ビル・クリントンが史上初の「ファーストジェントルマン」になったらどうなるか、という未来を想像するキッカケになる名ゼリフだ。

シーズン3までは完璧の出来だったアーロン・ソーキン脚本のテレビドラマ『ザ・ホワイトハウス』(The West Wing, 1999—)は、『スキャンダル』よりも現実的だったし、『ハウス・オブ・カード』ほどの虚無感はなかった。『ザ・ホワイトハウス』でストッカード・チャニング扮するファーストレディーのアビー・バートレットは、常に物語の中心である。彼女はハーバード大を卒業後、同大学の教壇に立ちながら、世界で活躍する心臓外科医だ。奇しくも、『ハウス・オブ・カード』のクレア、『ザ・ホワイトハウス』のミリーも、共にハーバード大に通っていた設定である。他のヒラリー風キャラクター同様、夫の政治家としての活動を応援するため、自らのキャリアを途中で捨てる。アビーは、ソーキンが思い描く理想的なファーストレディーを体現した人物なのだろう。彼女は、医師免許を取得するほど現代的な女性でありながら、ナンシー・レーガンやブッシュの妻のように、ファーストレディーとしての務めを全うし、マーティン・シーン扮する夫ジェドを支える伝統的な淑女でもある。

しかし、シーズン3で、アビーはジェドの負債になってしまう。彼女は、医療倫理に背き、多発性硬化症を患ったジェドにインターフェロンを注射していたのだ。ジェドの第一任期が終わるまで隠されていたこの事実が判明すると、ジェドは身辺を徹底的に調査され、アビーは、ファーストレディーを務める期間、医師免許を剥奪されてしまう。これが大打撃となる。彼女は、大統領顧問オリバー・バビッシュとの会話で、不満を露わにした。

オリバー:バートレット夫人、おはなしが……
アヴィ:バートレット先生よ。いつ私が医師じゃなくなったの? 選挙活動中に「夫人」を名乗れば、女性からの支持を集められると考えたとでも? 女性は頭が弱いって私がいつ決めつけたの?

このやり取りは、ヒラリーが旧姓のロダムにこだわっていた過去に似ていなくもない。彼女はアーカンソー州知事夫人になった際、クリントンという姓を拒否し、ヒラリー・ロダムを名乗っていた。『ニューヨーク・タイムズ』の論説によると、上っ面だけのフェミニスト的な言動が、古くからビルを応援する支持者の反感を買い、二期目からは旧姓ではなく、ヒラリー・クリントン、と名乗るようになった。

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上院議員、国務長官、大統領有力候補として

「国民が私の素顔を知っていたらもっと愛されていた、なんて戯言はやめて」。シガニー・ウィーバー扮するエレイン・バリッシュは、元ファーストレディーで大統領選に出馬し、敗北を喫した直後、ビル・クリントンの生き写しのような好色の夫、バドに対してこう告げる。「もう20年よ、わかっているでしょう」。連続ドラマ『ポリティカル・アニマルズ』冒頭のひと幕だ。

このやり取りのあと、エレインはバドに離婚届を渡す。このドラマを観ていると、2008年の大統領候補選後にヒラリーがビルと離婚していたらどうなっていたのか、想像したくなってしまう。エレインは、離婚後に華麗な転身を遂げる。元対立候補で、イタリアン・アメリカン版オバマ大統領といった役どころの、ガルセッティ大統領支援に回り、国務長官として人気を集め、お笑い草となったバドを尻目に、次期大統領選に向けて奮闘するのだ。

シリーズ6まで続いた『ポリティカル・アニマルズ』は、明らかにヒラリー・クリントンを描いた物語だ。「たしかに、ヒラリー・クリントン氏からインスピレーションを得ています。彼女は素晴らしい女性であり、優れた国務長官です。また、ニューヨーク州選出上院議員としても優秀でした」。2012年、主演のウィーバーは『ハフィントンポスト』の取材に応じた。「クリントン氏のような政治家たちに対するトリビュートではありますが、明るい面と暗い面の両方を描いています」

ヒラリー・クリントンを崇拝する人たちにとって、エレインは究極のヒラリー像なのだろう。彼女は逞しいが気品があり、賢いが全く嫌味がない。そして魅力的だ。「ここで問われているのは、パワフルだが10点満点でない女性をどう評価すればいいのかを私たちが心得ているか否か」。『スレート』に掲載された「『ポリティカル・アニマルズ』はヒラリーを色っぽく描くべきではない」というタイトルの記事で、ケイティ・ウォルドマンは評した。「可愛らしい顔でなければ視聴者が興味をしめさない、ということではない。だからといって、可愛らしい顔が必要条件ではない、ということでもない」

『マダム・セクレタリー』では、明らかに「魅力的な女性が」が求められている。ヒラリーを甘くしたようなエリザベス・マッコード役を演じるのは、魅惑的なティオ・レアーニ。彼女は場違いにも、CIAの分析官から、合衆国国務長官に就任してしまう。番組プロデューサーのバーバラ・ホールは、エリザベス役を設定する際、ヒラリーだけがモデルなわけでない、と語っているが、ベンガジ事件について公聴会で証言するヒラリーの姿を見て、彼女が何を想っているのか、と想像していたらこのシリーズが閃いたらしい。そして、本作のエピソード2、タイトルは「もうひとつのベンガジ」だ。

どのフェイク・ヒラリーと比べても、エリザベス・マッコードは最も人当たりが良く、実際のヒラリーからかけ離れた人物である。彼女は常に道徳を優先し、人並みはずれた知性を発揮するが、鼻につく野心は見せない。国務長官に就任するのも躊躇する。「倫理的な理由でCIAを辞めたんだろう」。最初のエピソードで、エリザベスを国務長官に推薦するべく、彼女を訪れた、元上司で現大統領のコンラッド・ダルキンは指摘する。「君は僕が今まで出会った中で、最も政治的でない人間だ」

ヒラリー・クリントンは、現代のアメリカ人政治家の中で、最も政治的な人物かもしれない。加えて、20年間、彼女の倫理観は疑われ続けてきた。例えば、ファーストレディー時代には、1970年代に不動産業者と結託して不正に政治資金を調達していたのでは、と世間が訝しむ「ホワイトウォーター疑惑」をやり過ごした。1996年1月、ケン・スターはヒラリーを召喚し、ホワイトウォーター疑惑の真相を暴こうとした。現職大統領の妻が召喚されるなど、前代未聞の出来事だ。ヒラリーにとって、ベンガジ事件に関するメールのやり取りなど、スキャンダル・アイスバーグの一角にすぎない。そして彼女は、今後も騒ぎを切り抜けるだろう。

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『ポリティカル・アニマルズ』と『マダム・セクレタリー』は、好ましいとまではいわないまでも、ヒラリーを理解しているつもりの世論を前提にしている。しかし、現実に理解するなど有り得ない。ヒラリーを嫌う人たちも、彼女の真の姿は知らない。2007年にヒラリーはNBCの取材で、こう話している。「以前近しい人に言われたの、『アナタほど、有名なのにどんな人かわからない人はいない』とね」。ヒラリーについて、賢くて率直な物言いの努力家、という特徴は誰もが認めるはずだ。しかし、言い逃れが多く、野心に満ちていて、高潔で、結婚生活を続けていることなど、解せない部分も多い。長いこと、レズビアンでは、とも疑われている。

2015年7月、民主党の筆頭大統領候補だったヒラリーをマーク・レイボヴィッチが取材し、「ヒラリー・クリントンを再再再再々紹介」と題して発表した。そこで、ヒラリーの家族や友人は「彼らのヒラリー」を、「ヒラリーを知らない人」に知ってもらいたい、と願っている、とレイボヴィッチは紹介した。とはいえヒラリー・サポーターの知るヒラリー像は「優秀な上司」「おしゃべりな女の子」といった類いであった。それが真のヒラリーだ。

「本当のヒラリー」なんていないのが問題だ。彼女は、『パーフェクト・カップル』のスーザン・スタントン、『ハウス・オブ・カード』のクレア・アンダーウッド、『ポリティカル・アニマルズ』のエレイン・バリッシュのような人生を歩み、度重なるスキャンダルを切り抜けなければならなかった。それが運命だったとでもいうように。しかし、政治家に「素顔」などあるのか。本性を露わにする政治家などいるのか。そもそも、彼女以外の政治家に、そんなことを求めるのか。

ヒラリー・クリントン好感度問題と、スーザン・スタントン、アビー・バートレット、エレイン・バリッシュなどのヒラリーを模したキャラクターへの需要は、世間が、理想的に振る舞う理想的な女性候補を求めている現実の顕われだ。バーニー・サンダースは気難しいオヤジキャラで上手く商売しているし、ドナルド・トランプもガキ大将のように振る舞い、一定の支持を得ている。

ケイト・マッキノンが「ヒラリー・クリントン」に扮し、ヒラリー・クリントンが「ヴァル」というバーテンダーに扮した『サタデーナイトライブ』のコントで、世間から見たヒラリー像をヒラリー自ら演じたのがなんとも秀逸だった。

ひと幕だけ役が入れ替わり、マッキノンがヴァルを演じ、ヒラリーが演じるヒラリーに「クールで話しやすいな」と告げると、「そんなこといわれたのはじめて」とヒラリーは驚いた。

「大統領になってよ」とマッキノンが続けると、

「そうね」とクリントンはさりげなくつぶやいた。