〈本当のJ.T.リロイ〉 ローラ・アルバートの悩み相談室:第2回

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〈本当のJ.T.リロイ〉 ローラ・アルバートの悩み相談室:第2回

「もちろん、秩序を乱すような対立は、関係を縮める近道ではありません。意見の相違を乗り越えるのはつらいかもしれませんが、うわべだけの関係を脱する唯一の方法なのです」

「突如現れた天才少年作家ーその名はJ.T.リロイ。彼は一躍時代の寵児となったが、その正体は40歳を越えた女性ローラ・アルバートだった」

彼女の人生はまさしく波乱万丈。これまで様々な経験をしてきた。しかし、強い意志と生きる力、そして未来を彼女は持っている。そのパワーをみなさんにもお伝えしたく、〈ローラ・アルバートの悩み相談室〉第二回スタートです。

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私の相談は、「自分らしく」とか「今までしてきたことを続けなさい」とか「それが人生だ」というようなお答えで片付けられるものだと思います。私は今43歳で、それはもう充分理解しています。というより、「答えは出ない」ということはわかっています。今まで生きてきて、自分で出したのは、〈人生とは理解しようとすべきものではない〉という答えです。それは砂を掴むようなもので、とらえたと思った瞬間に、手からこぼれ落ちていきます。人生について、そして自分についても、何もわからないのだと気づけば楽になれます。自分が何者なのかも全くわかりません。ずっと理解しているつもりでいた〈自分〉など存在しないと思えば、幸せになれた気がします。

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しかし最近になって、何度も「あなたのことがわからない」といわれました。数年連絡を取っていなかった3人の元恋人が、2週間のあいだに突然連絡してきて、付き合っていた頃、私がどんな人間なのか全くわからなかったといわれたのです。私自身、ありのままの自分に満ち足りた気持ちを覚えた経験がまったくないので、当然なのかもしれませんが。

「あなたがわからなかった」と3人はいいました。「いつも自分自信と葛藤しているように見えたけれど、何と闘っているのか全くわからなかった」そうです。

それを聞いたときはショックでした。私は物心ついた頃から人付き合いが苦手で、それを隠すために演技していました。うまく取り繕えていたと思います。周りからは、優しくて人懐っこい性格だと思われていました。ですが、今までの人生で、「自分を見てほしい、愛してほしい」と感じた大切な人たちでさえ、誰もありのままの私を理解してくれなかったのです。

事の発端は、重い病気だった祖父が、私といっしょに暮らしてから2年後に自殺したことかもしれません。懸命に看病しましたが、彼は自らの手で人生を終えました。あれから約30年経った今も、自分が少なからず彼を死に追いやった(少なくともその原因の一端になった)ような気がします(当時の私は疲れていて、周囲が期待する〈良い子〉な自分を演じる余裕がありませんでした)。

もしくは、自分のセクシュアリティに関係しているかもしれません。70~80年代の日本で、同性愛者として生きるのは、決して簡単なことではありませんでした。または、母子家庭で育ったのも原因かもしれません。母は波乱万丈な人生を送り、受動攻撃的で、強くてもろい人で、いつも誰かと恋愛していました。そのような母親のもとでは、子供は子供のままでいられません。

このような出来事が、自分自身でも理解できず、元恋人たちも理解するのを諦めた今の〈私〉をつくったのでしょう。これは生まれつきのもので、どんな人も経験するのかはわかりませんが。

私の質問は、中年の危機を迎えた男にとっては、ありふれたものかもしれませんが、〈本当の自分〉を見つけるには、どうしたらいいのでしょうか。 (会社員 43歳:男性 )

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OWM(Office Worker Man)さんへ

子供の頃に「自分は大丈夫だ」という自己肯定感を身につけておけば、健全な羞恥心が育まれ、「自分が間違っていた」と認められるようになります。けれど、もし自己肯定感を身につけていなければ、何をしても周囲から浮いているように感じ、「自分は間違った存在だ」と思い込んでしまいます。

おそらくあなたは、生まれながらに何でも吸収してしまうスポンジのような性格なのでしょう。けれど、吸収したものから自由になれず、抱え込んだものから切り離してくれるような、親身になってくれる人もいなければ、文化全体もあなたを肯定してくれなかった。だからこそ、あなた自身も、周りも、「あなたは間違った存在だ」という不健全で毒のある羞恥心を抱えてしまったのでしょう。

このような発想のもとで有効な戦略は、…理想的な方法ではありませんが、カメレオンになり、周囲にうまく溶け込むべきでしょう。

周囲に溶け込む、というとその個人には核となる自己がないのだ、と誤解もされるでしょう。ですが、そうするためには、寛大な精神から生まれる、愛と柔軟さを自らの中心に持っていなければなりません。毒のある羞恥心が染み付いてしまったために、頑なで短気になり、怒りを爆発させる人もいます。けれど、カメレオンのように周りに合わせるのは、単なる自己防衛ではなく、思いやりに溢れた、愛から生まれる行為…つまり、他者のドアを勇んで開くというより、新たなドアをつくりませんか、という意志の顕なのです。

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問題は、このアプローチによって、あなたの周りが、人生における責任から逃げてしまう可能性があることです。他者との関わりのなかで、私たちは対立し、その解決方法を模索して、初めて自分自身や周りを理解できるからです。

あなたは自ら進んで責任を負い、大切なおじいさんの死すらも、ひとりで抱え込もうとしているのでしょう。彼がこれ以上苦しまない道を選んだときも、自分のせいだ、と考えたのですから。あなたは、他人を苦しめないためなら、電車に身を投げてしまうかもしれません。けれど、そう考えることによって、おそらく他人の心の奥底に触れないようにしているのでしょう。対立を避けるのは、決して明かされない深みがあるからかもしれません。けれど、あなたの心は、決して隠されているわけではありません。もし目の前で爆発が起これば、あなたは人間の盾のように、自ら犠牲になるでしょう。その爆発が自分のせいだと思わずにはいられないのです。なぜならあなたには深い思いやりがあり、おそらくひとりでは抱えきれないほどの愛をもっているのですから。

私は、友達と旅行すると、たいていひどい言い争いになります。自分の悪い癖と向き合わざるを得なくなりますが、最後にはそれに感謝します。問題をいち早く見定め、相手と問題をよく検証するんです。つまり、何があったのかを正直に話し合い、自らの行動を改め、謝らなければいけません。けれど、自分の過ちに気づいて改めるには、何度も同じことを繰り返さなければなりません。ですが、あなたはそもそも対立が起こる前に、シャットダウンしてしまうのではないでしょうか。鉄を鍛えるには、叩いて余分なものを出さなければいけません。

もちろん、秩序を乱すような対立は、関係を縮める近道ではありません。意見の相違を乗り越えるのはつらいかもしれませんが、うわべだけの関係を脱する唯一の方法なのです。

あなたはおそらく、ありのままの自分をよくわかっているはずです。あえていいますが、あなたは他人のありのままの姿や、どう判断されるのかを怖がっているのではないでしょうか。もしあなたが素の自分をさらけ出したら、対立を生むかもしれません。彼らはそれを乗り越えられるでしょうか? あなたは? 完全無欠な友達やパートナーは存在しません。私たちは、ぴったり合うようにはできていないのです。ありのままをさらけ出すには、一致しないという事実を理解しなければいけません。新しい形へ変化するには、ときに擦れるような痛みが生まれます。

あなたはおそらく、過去によるトラウマを抱えているのでしょう。攻撃されながらも、なんとか生き延びた動物は、逃げきったあとに、文字通り体を震わせ、トラウマを振り払います。このように身体からトラウマを追い出す方法を探すのが重要です。あなたは痛みを感じて、傷つき、怒り、恐れ、悲しむなど、当たり前の反応を示す権利があります。トラウマを解消するには、他の方法もあります。例えば、映画を観て泣いたあと、涙の原因が、実は自分に関わることだと悟る場合もあります。自分のために泣くのは、弱くも情けなくもなく、私たちに必要で有意義な発散方法です。

ですからOWMさん、あなたの名前を〈Office Worker Normal:普通の会社員〉を表す〈OWN〉に変えましょう。英語でこの単語はとても大切な言葉です。人間関係に悩んだときは、それを溜め込むのではなく、自分の感情を口に出す方法を探してみてください。感情のもつれを解くのが難しいなら、その事実を認め、ありのままの気持ちを伝えてください。感情に理由は要りませんし、どんな気持ちかを論理立てて説明する必要もありません。感情を整理するためには、別の感情を使えば良いのです。問題にはいつも解決策が隠れています。

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感情を自分のなかに溜め込み続けると、ひどく疲れてしまいます。感情を健全な方法で吐き出させてくれる他者と付き合うのが良いかもしれません。誰かに向かって「あなたはそういうけれど、私はこう感じている」と伝えるのは簡単なようで、実はとても難しいです。感情を無視し、気にしなければ良いのですが、それを何度も繰り返すと、薄っぺらくなってしまいます。もちろん、誰もがそううまく処理できるわけではありませから、あなたがすべきは、そのスキルを持っていない相手と、あなたがエネルギーを浪費せずにすむ相手を見分けることです。

事実、あなたは苦しんでいるのですから、この生き方を続けてはいけません。ありのままの自分を、〈OWN〉…自分のものにする必要があります。さもないと、人生はあっという間に過ぎ去り、あなたは底なしの落とし穴に取り残されてしまいます。岩山にしがみついていれば、しばらくは留まっていられるかもしれませんが、滑らかな手で掴んでいても、いつかはすべり落ち、消えてしまいます。

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ローラ・アルバート(Laura Albert) 1965年、アメリカ・ニューヨーク州ブルックリン生まれ。1996年から、架空の天才美少年作家〈J.T.リロイ(J.T. LeRoy)〉をアバターとし、小説を書き始める。『サラ、神に背いた少年』(Sarah, 2000)、『サラ、いつわりの祈り』(The Heart Is Deceitful Above All Things, 2002)、『かたつむりハロルド』(Harold’s End, 2006)などのベストセラー小説を生み出し、〈J.T.リロイ〉は、セレブの仲間入りを果たす。2005年、〈J.T.リロイ〉は、存在しない人物である事実が、ニューヨーク・タイムズの記事で暴露され、全世界中を震撼させた。

その後は、ニューヨーク・タイムズ、ロンドン・タイムズ紙を始め、スピン、マン・アバウト・タウン、ヴォーグ、フィルム・コメント、インタビュー、i-Dなどの雑誌やメディアに寄稿。HBOのドラマシリーズ『デッドウッド ~銃とSEXとワイルドタウン』(Deadwood, 2004〜2006)の脚本を手掛けた他、ドリュー・ライトフット(Drew Lightfoot)監督、コンテントモード(ContentMode)製作の『Radience』(2014)や、NOWNESSで公開されたシャリフ・ハムザ(Sharif Hamza)監督の『Dreams of Levitation』(2013)、現在製作中の『Warfare of Pageantry』といった短編映画の脚本も手掛けている。

彼女の人生は、ジェフ・フォイヤージーク(Jeff Feuerzeig)監督のドキュメンタリー映画『作家、本当のJ.T.リロイ』で取り上げられている。

ローラ・アルバートの来日インタビューはこちら

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