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Noel’le Longhaul. All photos courtesy of subject

たいていのおとぎ話は、オオカミの里であり、魔女が住み、物の怪が跋扈する深い森への軽はずみな旅から始まる。ノエル・ロングホール(Noel’e Longhaul)のようなタトゥー・アーティストにとってウィルダネス(精神的荒野)は、交錯する「クイア」と「魔女」のアイデンティティ同様、未分化のソースからアートを生みだすための糸口でもある。古い子どもの本からはぎ取られたページのようなロングホールの作品のなかには、エドワード・ゴーリー(Edward Gorey)のイラストのような陰鬱な優美さ、カラス、ねじれたつる、野生の花、肉食獣など、民間伝承のなかに息衝く親しみ深い自然の図像が共存している。

マサチューセッツのグレート・フォールズをベースに活動する、25歳のアーティストでありミュージシャンであるロングホールは、数年を費やし、自身と友人にタトゥーを施しながらその技術を磨いた。ロングホールは、ロード・アイランド・スクール・オブ・デザインで版画制作を専攻し、芸術学士号を取得し卒業。現在、彼女はタトゥー・アーティストとして、シャロン・アート・ビジョナリー・タトゥー(Charon Art Visionary Tattoo)でフルタイム・ワークに就ている。ノエルの説明によると、そこでの仕事は「血の魔法」であり、タトゥーを施すのは儀礼でもあるそうだ。ノエルは、トランスジェンダーやクイアたちが安心してくつろげるように、身体にタトゥーを施している。ロングホールにとって魔術、トランスジェンダーの見え方、タトゥーの神秘的な可能性とは何なのだろう。

タトゥーに魅入られたきっかけを教えてください。

高校時代に、自ら最初のタトゥーを入れました。それから、タトゥー・ショップでも入れ始めたんですが、とても不愉快な体験でした。18歳になって半年で4つのタトゥーを入れたんですが、その後6年間、ショップでタトゥーは入れませんでした。友人に入れてもらうか、自分で入れていました。それは、救いを求める友人とともに、会話を重ね、お互いを重ね合わせながら、儀礼的空間を創出する行為でした。

どうしてショップでタトゥーを入れるのが不愉快な経験だったんでしょう。

偏に、わたしの立場の問題です。自らがトランスジェンダーであるのを隠していましたし、自らが何を欲し、自らの肉体とどう付き合うのかさえあやふやでしたから、タトゥー・コネクションにしがみつくしかありませんでした。だけど、タトゥー・アーティストの大勢はガサツでした。求められたデザインを縁取るよりも、話を聞くのがタトゥーを入れるさいの重要なプロセスです。わたしが求める精神性は、どこのショップにもありませんでした。ほとんどのショップは、不潔でマッチョなヴァイヴスに溢れ、わたしが自らに入れたような儚さとは程遠かったので、自身で針をもつしかなかったんです。

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トランスジェンダーとしてのアイデンティティは、タトゥー・アーティストとしての活動にどう影響していますか。

「トランスであること」と「トランスであることの意味」を探求するプロセスも、タトゥー修行には含まれていました。それは、複雑で、困難で、自らの身体との関わりについてですから、自身の問題として取り組まなければなりませんでした。世間は、わたしが何たるかよりも先に、まず、わたしのタトゥーを見ます。ですから、わたしは、タトゥーを入れているわたし自身、という自己像にこだわっています。最初に、トランスジェンダー、という認識ありきの人間関係を築きたくありませんから。

それは外見の問題なんですか。他者に対して境界を明示するのですか。 

私にとっては「ちから」の問題です。世間に飛び込んでも自らの脆さを感じずにすみますから、わたしは、タトゥーだらけの自分自身でいるのが楽しいんです。それは、印象をコントロールする手立てでもあります。他者の印象をコントロールして優位な立場に身を置けば、危害を加えられずに済みますから。暗い迷路のような心象を通り抜けなければ、わたし自身に辿り着けないとると、安心して社会に溶け込めます。

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美的スタイルをどのように築いたのか教えてください。

子供の頃、たくさんの時間を森の中で過ごし、植物や動物に話しかけたり、妖精の住処、小さな秘密基地を造ったりしていました。マサチューセッツ州西部の丘陵地帯で育った後、6~7年間、旅をしたり、見知らぬ土地で生活しました。わたしのアートは、そういった経験から生まれています。現在は、地元に戻って活動しています。

インスタグラムでは、自分自身を魔女だと紹介していますね。それについて、もうすこし説明していただけますか。

わたしは、若い男性特有の直観的な関係性のなかにいましたから、成長の過程で、たくさんの時間をひとりで過ごしました。子供たちはトランジェンダーの子供を無視するのがとても上手です。お前は仲間じゃないよ、と宣言すればそれでいいんです。幼い時期に仲間からの疎外を経験し、それが成人しても続くと、一般常識の閾を超えた精神的空間を志向するようになりました。そこで、わたしは力を手にしたんです。そこでは、みんながわたしに、力む必要はないんだよ、と教えてくれたんです。わたしにとって、魔術による自己確立は、数世紀に及ぶ家父長制、教会、純潔偏重との闘いによる自己確立となんら変わりはありません。

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魔女としてのアイデンティティとタトゥーはどう調和するんですか。

わたしの「アイデンティティ」と「おこない」が結実したのがタトゥーです。クイアであるわたしの核心であり、わたしのアートの核心でもあります。構築され儀礼化されたスペースで交錯するあらゆる要素の核心です。

魔術的観点におけるタトゥーはとても女性的なおこないです。タトゥーは、わたしにとって、資本主義に参画する手立てです。また、女性的努力、魔術の実践には価値があり、立派な防衛機制でもある、と主張するための手立てでもあります。魔術とタトゥーは、儀礼と治癒が実現し、コラボレイティブパワーが宿る聖堂を創る作業です。タトゥーとその人がどう融合し、どういったストーリーを繰り広げるのか、そんな会話を通じて他者のこころをに耳を傾けると、すぐにわたしが抱く信条との交錯点がみつかります。

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タトゥー施術が「儀礼」だ、と何度もおっしゃっていますが、タトゥーのどこに、そこまでの儀礼性を見出しているのですか。

それに纏わるすべてです。準備のプロセス、出会い……それがタトゥーでなくとも、精神、思想、文化が孕む抑圧的枝葉によって普段は閉ざされている、径と扉を発見するのが、儀式の何たるかです。その径と扉は、事象のあるべき姿を想像する契機です。抑圧的枝葉は、わたしたちを狭い回廊に押し込んでろ過しようとします。それに対して、儀礼によって回廊にとどまると、自律的空間が立ち現れ、閉ざされた扉の所在が明らかになるのです。

あるいは、その回廊を押し広げる。

あるいは、建物の外に活路を見出すようなかんじ。