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Photo by 亀山亮

沖縄戦を体験したお年寄りに、不眠や幻覚など、さまざまな精神症状が現れている。死体の匂いがする。死んだ人の顔が見える。歩けないほど足の裏が熱くなる。夜寝ていると体を触られている気がする。風景が白黒に見える──。6月23日の慰霊の日が近づくと不眠を訴えるお年寄りが少なくないという。雷や花火、米軍機の騒音がフラッシュバック(記憶の再体験)の引き金となることもある。
精神科医の蟻塚亮二さんは自宅のある仙台と福島と沖縄を行き来して、震災と原発事故、沖縄戦のトラウマに苦しむ人々の心のケアに取り組んでいる。
そんな蟻塚先生を沖縄市の病院に訪ね、診療の様子を見学後、インタビューした。蟻塚先生は森の奥深くに棲む、伝説上の賢人のような風貌だった。
診察室を訪れたお年寄りたちは蟻塚先生の前で、これまで家族にも打ちあけなかった戦時の忌まわしい体験と、その記憶が引き起こす症状を赤裸々に語る。彼ら彼女らは、いまも戦(いくさ)のなかを生きているようだった。しかし、診察室を出るときには皆一様に、なんだか気が晴れたような、少しはにかんだような顔になっていた。

OKINAWA 2015 EPISODE7 ここに在る戦場

蟻塚先生が沖縄で診療するようになったきっかけと、沖縄戦のPTSD(心的外傷後ストレス障害)を見つけたときの状況をお聞かせください。

もともと私は青森の病院にいましたが働きすぎてうつ病になりまして、退職することになったんです。それを知った友達が誘ってくれて、2004年に沖縄に来ました。そして5、6年たったころ、那覇市の病院で、奇妙な不眠の患者さんを見つけました。夜中に何回も目が覚めて、それがずっと続いている。今日の患者さんにも同じ症状の方がいましたよ。こういうタイプの不眠症はうつ病からくることが多いのですが、うつ病のサインはまったくありませんでした。私はそのころ、戦争のトラウマによる精神症状に関する論文を20本ぐらい続けて読んでいました。偶然そのなかに、私が診療した患者さんたちと一致する奇妙な不眠について書かれたものを見つけました。アウシュビッツから生還した人たちの何十年後かの精神症状に関する論文でした。それを読んで私は患者さんたちに、「沖縄戦のとき、どこにいましたか?」と聞いてみたんです。すると、家族と一緒に死体の山を踏みながら走って逃げたとか、そんな話がたくさん出てきた。さらに、そういうメンタルなストレスが原因で晩年に障害が出ていないかを調べたところ、不眠やフラッシュバック、パニック障害、解離性障害などが、10カ月で100例ほど集まりました。

それまで普通に暮らしていたのに晩年になって障害が現れるということですが、何か引き金になるような出来事があったのでしょうか。

戦争のPTSDなので、引き金になるものは戦争に匹敵する刺激ですよね。ところが日常生活のなかでそんな刺激はめったありません。では何が引き金かというと、例えば、肉親との死別。健康に関する危機感──体調がすぐれなくて医者に行ってCTを撮ったら脳梗塞と言われたとか。あるいは、ずっとやってきた仕事を辞めたとか。つまり自分を支えてきた何かが壊れたときにバランスを失って、過去の古い記憶が飛び出してくるんです。

蟻塚先生のところに来られる患者さんには、どんな障害がみられますか?

70歳のときに息子さんが亡くなったのがきっかけで眠れなくなった女性がいました。病院でうつ病と診断されたんですが、なぜか腰に力が入らなくなった。それで整形外科に行ったら腰椎の圧迫骨折だと言われて車椅子生活になっちゃった。私のところに来たのは体が効かなくなって8年後でした。戦争のトラウマが原因だろうと見当がついたので話を聞いたら、沖縄戦で艦砲射撃のなかを親に連れられて逃げた経験があることがわかりました。読谷村や座間味村の、いまリゾートホテルが建っているあたりを、死体を踏みながらさまよって、それはそれは大変だったそうです。だいぶたってから聞いたのですが、不眠だけじゃなく、幻聴、夜中に寝ていて誰かに足を触られる幻覚、死体の匂いのフラッシュバックもありました。戦争記憶による身体化障害です。その人は1年半ぐらいで治りました。いまでもたまに顔を見せてくれますが、杖も使わずひとりで歩いてこられます。
奇妙な不眠と死体の匂いのフラッシュバックはよくあるんです。耳鼻科に行ったけど原因がわからなくて私のところに来られたある男性にも、やはり死体を踏みながら走って逃げた経験がありました。私が診る数年前のカルテには、毎年8月ごろになると不眠と死体の匂いに悩まされると書かれていました。極めつけは、大相撲の中継とかで日の丸を見ると体がざわざわと戦慄する。日の丸に体が反応するほど戦争嫌いなんです。なにしろ1950年代の普天間で米軍が住民を強制排除する現場にいて、お兄さんと体と体を縛って座り込みをやった人ですから。この人も治ってしばらく良好でしたが、法事に来た親戚の方が戦時中の話を熱心にするのを聞いてしまって、その日の夜からまた不眠と匂いのフラッシュバックが起きるようになりました。
足の裏が熱いと言う学校の先生がいました。小学生のころは級長を務めて、当時は軍国教育ですから天皇のために死ぬんだと言っていたそうです。とても真面目で優秀な人だった。ところが沖縄戦が始まって、家族と壕に避難していると、ひとりの日本兵が迷い込んできた。かわいそうに思っておにぎりをあげたそうです。次の日は朝から艦砲射撃が激しかった。その兵隊の仲間が5人ぐらい壕に入ってきて、「今日からここは軍が使うから君たち出ていけ」と命じた。お父さんは土下座して、「いま出ていったら死んでしまうから今日一日出さないでください」と懇願したそうです。すると日本兵がいまにも抜かんばかりに軍刀をガチャガチャ鳴らしながら「君たちは非国民だ」と言った。これはかなりショックでした。成績優秀な軍国少女が、こともあろうに非国民、天皇に弓引く者だと言われたわけですから。彼女は戦後、教職に就きました。優秀な先生だったようですが55歳になって、ミッドライフ・クライシス(中年の危機)に陥りました。ちょうどお父さんが亡くなったのと、学校で若手を指導しないといけないプレッシャーがかかる時期が重なって影響したようです。朝起きると急に足の裏が熱くなって、それが体中に広がって、パニック発作のように頭のなかがどうしていいかわからなくなる。外科手術や中国で鍼治療まで受けたけれど治らなくて、神経内科の医者からは「あなたは将来、寝たきりと認知症になる」と言われたそうです。それから自宅で30年間寝たきり生活だったけれども、たまたま紹介されて私のところに来られたんです。いろいろお話を聞いているうちに歩けるようになりました。
今日来られた患者さんのなかにも足の裏が熱くなる人がいました。80歳の男性で、読谷に米軍が上陸したときに足を機関銃で撃たれたそうです。戦争が終わってから2、3年のあいだは、トタン板がギーッと鳴るような嫌な音を聞くと足の裏が熱くなって、雨の日だったら裸足になって泥水のなかを歩いたそうです。そうしないと熱くて歩けない。あるいは米兵のサイズが大きい革靴を拾ってきて、なかに水を入れてジャブジャブにしたのを履いて、足を冷やしながら歩いたそうです。

寝ているとき誰かに足を触られた感じがしたり死体の匂いの匂いがしたりというと、まるで心霊体験のように聞こえます。ヘンなことを言いだしたと思われるのをおそれて家族にも話せず、医者にかかることもできないで苦しんでいる人が多い気がします。

多いでしょうね。大抵の人は言えないです。さっきお話しした歩けなくなった女性の場合、「実は死体の匂いがしてきたんだ」と言ったのは、診療に来はじめて5カ月ぐらいたって関係性ができてからですよ。私がなぜ、こういう話を本に書いたり取材で喋ったりするかというと、戦争や震災のトラウマを受けた人が言う、死体の匂いがしたり(幻嗅)、夕焼けが白黒で見えたり(色覚異常)、死んだ人の顔が見えたり(幻視)、そういうことはざらにあるんだと伝えたいからなんです。2012年3月にベルリンで開かれたヨーロッパ・ストレス学会でデンマークの人たちが“非精神病性の幻覚”についての発表をしました。配偶者を亡くした高齢者の約43%の人たちに幻視や幻聴がみられたそうです。ところが日本ではそれを精神病扱いする。他人に話すと狂ったと思われるからほとんど表に出てこなかった。漫画家で広島での被爆体験のある中沢啓治さんは、『はだしのゲン』で原爆投下後の修羅場を描いているとき死体の匂いがしてきたそうです。トラウマ性の幻嗅です。そういうことってあるんですよ。