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photo via Sean penn/Rolling Stone

事実は小説より奇なり。奇伝の主人公は、ホアキン・アルチバルド・グスマン・ロエーラ(Joaquín Archivaldo Guzmán Loera)、別名「エル・チャポ(El Chapo)」。2016年1月9日、『Rolling Stone』のウェブ・サイトに、ショーン・ペン(Sean Penn)のペンによるチャポとペンの密会の様子が掲載されると、奇伝「エル・チャポ」は誰もが予期せぬ新章に突入した。

記事掲載後、間髪入れず、メキシコ当局がショーン・ペンによる記事を手掛かりにチャポの居場所を特定した、とAP通信が報じる。本当にペンの記事が引き金になったか否かは定かでないが、その後、2016年1月エル・チャポは逮捕された。

いかなるメディアの取材も受け付けないことで知られているエル・チャポが、ショーン・ペンと密会したのは、2015年10月2日。メキシコ・メロドラマのスター女優が仲介人になり、プリペイド携帯電話による暗号のやり取りを続け、インタビューは実現。それが、1月8日、シナロア州北部の町ロスモチスでの銃撃戦、グスマン逮捕に繋がったのでは、との噂が囁かれている。

「ヘロイン、メタンフェタミン、コカイン、マリファナを、世界中の誰よりも多く供給する。潜水艦、飛行機、トラック、ボートもある」。タコスとテキーラで7時間、自慢話を続けたそうだ。チャポとペンの密会は、2日の夜から、朝の4時まで続いた。

ショーン・ペンは、今回のインタビューが、メキシコで人気のメロドラマ『La Reina del Sur(南の女王)』で、シナロアのカルテルのトップに登り詰める女性を演じたケイト・デル・カスティーリョ(Kate del Castillo)の協力により実現した、と繰り返し強調する。

エル・チャポとケイト・デル・カスティーリョのやり取りが始まったのは、2012年、彼女がツイッター上で「政府なんかよりもエル・チャポが信頼できる」「愛のある麻薬取引をしてね」とメッセージを送ったのがきっかけだった。彼女は今回のインタビューにも立ち会った。チャポとペンの間で、密会の舞台は明かさない、との取り決めがあり、記事中では一切明かされていないが、シナロアカルテルの本拠地シエラ・マドレ山脈、通称「ゴールデン・トライアングル」の奥地で邂逅は実現した。 ペンによると、一行がが到着すると、チャポは「大学から帰ってきた娘を迎えるかのように」デル・カスティーリョを歓迎したそうだ。

初の邂逅で、ショーン・ペンはエル・チャポの信頼を得て、八日後、二日間に渡るインタビューの約束を取り付けたが、それは実現しなかった。

当局は後に、この密会の翌日から、ゴールデン・トライアングルで海軍主導の大規模な捜査を開始した、と説明した。当局がチャポの居場所を嗅ぎつけたのは、部下が使っていた携帯電話のせいではないか、とショーン・ペンは推測する。

チャポはブラックベリーで、ケイト・デル・カスティーリョに捜査の様子を説明した。「10月6日、作戦が決行された。2台のヘリコプターと6台のブラックホーク(軍用ヘリコプター)が到着すると、衝突が起きた。海軍は農場に散らばっていた。周辺住民たちは、殺されかねないという恐怖から、家を捨てて逃げ出した。合計で何人が犠牲になったのか、わからない」

匿名のメキシコ当局職員は、『ローリング・ストーン』に掲載されたインタビューがエル・チャポ逮捕に繋がった、とAP通信に語った。

司法長官のアレイ・ゴメスは記者会見で、ショーン・ペン、ケイト・デル・カスティーリョ、二人の名前こそ発表しなかったが、「捜査が進展したのは、チャポが自伝映画製作のため、俳優やプロデューサーたちとのやり取りがあったからだ」と説明した。

ABCニュースによると、ショーン・ペン、ケイト・デル・カスティーリョは現在、メキシコ当局の事情聴取を受けており、麻薬王との関係を問われているようだ。彼らにどんな処罰が待っているのかはわからない。

ショーン・ペンは、エル・チャポとの密会を実現するため、暗号のやり取りに悪戦苦闘したこと、自身とデル・カスティーリョ、それに同行した仮名同伴者二名、計四名の密行記録を事細かに報告している。

メキシコ中部の某都市に降り立ったペンは、まずグスマンの息子である29歳のアルフレッド・グスマンと落ち合い、小型飛行機に乗り換え、シエラ・マドレを目指した。そこから数時間、チャポとの密会場所まで、さらに車を走らせた。ショーン・ペンによれば、その間、軍の制服を着た2人の兵士が警備する検問所を通過しなければならなかったが、グスマンの息子がいたにもかかわらず、素通り出来たそうだ。

ショーン・ペンとチャポの間に通訳がいたものの、筆記用具もメモ帳も用意していなかったので、「忘れようのない答え」が返ってくる質問をするしかなかった、とペンは密会時の葛藤を吐露する。

ペンの記憶に強く残ったのは、チャポの資金洗浄を手伝った「メキシコ国内外の腐敗した大企業」の取締役たちだ。その名は伏せるよう、チャポとペンは約束を交わしたため、それが誰なのか、われわれには知る由もない。

ケイト・デル・カスティーリョを怖がらせないよう気を配っていたようで、彼女がベッドに潜り込むと、チャポや側近たちの態度が明らかに変わったのに、ペンは慄きを隠さない。側近たちは完璧に武装し、防弾チョッキを身にまとい始めた。なんとか記念写真でも撮らなければ、ローリング・ストーンの編集者に合わす顔がないと焦ったのか、ペンはアルフレッドに、チャポとの2ショットを撮るようお願いしている。その後、ショーン・ペンはチャポに挨拶し、自室に戻った。「旅行者のような図々しさ」と自虐的に回想している。

翌日、ショーン・ペンとケイト・デル・カスティーリョはメキシコを後にした。ショーン・ペンだけは、インタビューのため8日後に現地に戻ったが、チャポは現れなかった。ペンは、質問をブラックベリーのメッセージで送り、返答を待つしかなかった。通訳がいなかったのか、シャイだったのか、あるいはブラックベリーの使い方を知らなかったのか、だいぶ時間が経って、エル・チャポから、ケイト・デル・カスティーリョ宛に約17分の動画が届いた。

『ローリング・ストーン』は「このインタビューは、ミス・ケイト・デル・カスティーリョとミスター・ショーン・ペンに独占公開の権利があることをはっきりさせておく」と始まる全17分の動画の一部、2分42秒を公開した。

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チャポがショーン・ペンに宛てた映像のスクリーンキャプチャ

チャポからの返答は短く、ショーン・ペンが密会で得たほどの内容ではなかった。

例えば、アメリカ人がエル・チャポを知っているのに驚き、ドナルト・トランプを「mi amigo(俺の仲間)」と呼び、パブロ・エスコバルについては「1度だけ顔を合わせたことがある。大豪邸を所有していた」そうだ。

また、チャポは自身の「家族思い」をカメラにアピールする。ショーン・ペンは、チャポのもう一人の息子で、32歳のイヴァン・アーキバルド・グスマンにも会っている。チャポの地元であるシナロア山脈のラトゥーナで今も暮らしている母親に、ペンを会わせたがったが「事情があって」実現しなかったという。

動画のなかでチャポは、ソフト・ドリンクやオレンジを売り歩いた、控えめな性格だった幼少期について回想している。彼が15歳の頃、生きる術を持ち合わせていなかった家族は、致し方なく、大麻とケシの栽培を始めた。

ペンによると、密会の際、チャポは「世界中の誰より」多くの麻薬を供給している、と自慢していたそうだが、動画では、国際麻薬市場における自らの役割を控えめに表現している。

「世界中で広がる麻薬中毒に責任を感じていますか?」とショーン・ペンが尋ねると、チャポはこう答えた。「それは違う。俺がいなくなったとしても、ジャンキーは減らない。麻薬取引のせい? それは違うだろ」