数年前、〈Societe des Ambianceurs et des Personnes Elegantes(おしゃれで優雅な紳士協会:略称SAPE(サップ))〉が、アンダーグラウンドのサブカルチャーを象徴する存在として注目を集めた。コンゴ民主共和国の首都キンシャサで、自ら〈サプール〉と称する男たちが、高級ブランドのスリーピース・スーツやワニ革のローファーを身に纏い、周りの視線など意に介さず、街を優雅に闊歩する。サプールたちは、ドキュメンタリーやギネスビールの広告でフィーチャーされ、さらには、ビヨンセ(Beyonce)の妹ソランジュ(Solange)が歌う〈Losing You〉(2012)のMVにも出演した。

世界がサプールに恋する理由は明白だ。アフリカ大陸有数の最貧国でもあるコンゴ民主共和国で、ブルーカラーの労働者たちが時間とお金を費やして金持ちセレブかのように装う、それは見ていて楽しいだけではない。まさにファッションが、人に与える力を象徴している。しかし、最近までのサップは、極めて男性的だった。

2011年、写真家のジュニア・D・キャナ(Junior D. Kannah)は、〈サップの日〉と定められた2月10日、キンシャサのラ・ゴンブ(La Gombe)墓地に集ったサプールを撮影した。「2月10日は、〈キテンジ教〉(kitendi=〈服〉の意)の創始者ステルヴォス・ニャルコス(Stervos Niarcos)の命日です。彼は1995年、パリで亡くなりましたが、現代のサプール思想の父として知られています」とキャナは語る。

サプールたちは、〈法王〉として知られるニャルコスに敬意を表すために目一杯オシャレして、彼の眠る墓地に集うのが毎年の恒例行事である。キャナが、その女性を見つけたのもその日だった。「多数の男性のなかに、ひとり、女性版サプールを見つけたんです。彼女はシャツと黒いパンツを着こなし、仕立てたジャケットを手にもっていました。叫び、跳びまわり、気取ったポーズをとりながら歩く彼女。その勇気とスタイルに強く惹かれました。そのとき、〈サップの女王〉ママ・アフリカ(Mama Afrika)を初めて撮影したんです」

All photos by Junior D. Kannah

まだ小規模ながら着実に拡大しつつあったキンシャサの〈サプーズ・コミュニティー〉を記録した写真は、今後発売される写真集『Lady Dandies of the Democratic Republic of Congo』、ロンドンのブルネイ・ギャラリー(Brunei Gallery)で開催されるエキシビジョンで披露される。〈暴動の女王〉〈サップの姫〉などというあだ名をもつ彼女たちのファッション、そしてキャラクターの奥深さは計り知れない。しかし、そんな彼女たちも、道を歩いていると揶揄されたりもする。キャナは、ある撮影で、「女は仕事に就いて、家族の生活を助けるべきだ、不良みたいにふんぞり返って道を歩いてちゃダメだ」といわれたのを忘れないという。

キャナの推測によると、だいたい、サプール5人にひとりの割合でサプーズがいるそうだ。しかし、「コンゴの女性たちが、自信をもちはじめており、コンゴ社会の認識も変わりつつある」ので、サプーズの数は増加している。

「サプーズのスタイルは非常に特異で、とても美しい」とキャナは称賛する。「世界中で見られる、アイデンティティーの確立を希求する熱意が、このようなスタイルとして表れているのでしょう。サプーズが自らのアイデンティティーを探究する術は、唯一無二のスタイルを確立することです。彼女たちは、川久保玲、ヴェルサーチ(Versace)、ロベルト・カヴァリ(Roberto Cavall)、アレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)をはじめとするアヴァンギャルドなデザイナーを好みます」

キャナはこうも説明する。「サプールはある意味、西洋文化と融合してアフリカの枠を飛び出してしまったのと同時に、新しいアフリカ文化ともいえます。コンゴの若者にとって、サプールは自尊心を保つための大きな拠り所です」

All photos by Junior D. Kannah

インダ “ザ・マイナー” ギャビー(Inda “The Minor” Gabie) 51歳/屋台オーナー

「サプーズになるのではなく、サプーズとして生まれる。これは天命であり、与えられたもの。私が、シャープで尖ったハットを被るのは、群衆にまぎれてしまわないため。このハットは、自称〈クイーン・オブ・イングランド〉っていうサプーズの友人からもらったんだけど、大好きなジャンニ・ヴェルサーチ(Gianni Versace)のデザイン。現在、コンゴ民主共和国では、女性の社会進出が進んでいるけど、古い女性観との闘いは今でも続いてる。私はこういう格好で、古い女性観に挑戦をしているの」

ムサ “サップの姫” ウンパラバ(Musa “‘Princesse de la Sape” Umpalaba) 30歳/見習い裁縫師

「この服は、キンシャサで自分のブランドを運営する兄、カディトーザ(Kadhitoza)からもらったんです。メイド・イン・コンゴです。今は、兄のブティックで裁縫を学んでいます。そのため、プレタポルテでは買えないステキな服を、自分でつくれます。娘がふたりいますが(※隣に写っているのは9歳のケチア(Ketsia))、ふたりが大人になったとき、コンゴ社会が女性にとって生きやすい環境になってほしい、と願っています。娘たちにもサプーズになってほしいので、彼女たちをサプーズのようなオシャレをさせたりしますが、基本的にふたりは信心深く、地味な服装を好んでいます。まあ、そんなこともありますよね…」

マギー “ママ・アフリカ” ンデュムザ(Maguy “Mama Afrika” Ndumza) 33歳/自称ハスラー

「私がサプーズになろうと決意したのは、[初期サプーズでもある]説教師〈ママ・マルー(Mama Malu)〉に感化されたのがきっかけでした。地元の村に彼女がやってきたとき、彼女はヨーロッパで揃えたステキなスーツを着て、ハットを被っていました。私は、パリに住む友人や親戚に頼んで服を買ってきてもらっています。お気に入りの服は、ヨウジヤマモトのダークカラーのメンズライクなスーツ。そしてブレイズ(髪の編み込み)には黄色、紫、赤を編み込んでいます。この3色は私のサプーズ・スピリットを象徴するカラーです。こんな格好をしていると結婚できないから、普通のアフリカ人女性のようにカラフルなプリントのワンピースを着たほうがいい、と男たちはいいます。でも、そんなのは無視しています」

バーバラ “暴動の女王” カサンデ(Barbara “Queen of Uprising” Kasende) 35歳/服飾小売業

「サプーズとは、ひとつの生き方、そして才能です。もともと兄のパイ・ロジャー(Pi-Roger)がサプールで、彼と、彼のファッショナブルなスーツに憧れていました。サプーズとして初めて街を歩いたのは、1999年、ブラザヴィル(コンゴ共和国の首都)に出かけたときです。黒いメンズのスーツにダークレッドの靴と赤いスカーフを合わせました。最高の気分でした。現在は、キンシャサのサプーズ団体〈ザ・レパーズ(The Leopards)〉に所属しています。ザラ(ZARA)やH&Mのメンズスーツを好んで着ていますが、特にイタリアのメンズ・デザイナー、カルロ・ピニャテッリ(Carlo Pignatelli)が好きです。男性みたいな格好をするなんて、どうかしている、といわれたりもしますが、特に気にしていません。そういう連中は、女は兵士になれない、政治家にはなれないとか、そういうことばっかりいってるオヤジです」

キンボンド “ママ・アフリカ・メイアイズ” ドゥンボ(Kimbondo “Mama Africa Mayise” Dumbo) 36歳/バー経営

「サプーズはレズビアンだ、とよく誤解されます。アフリカでレズビアンは、絶対的なタブーなので、こういう格好をするのは、とても勇気がいるんです。私はこういう服を買うために頑張って働いて、ヨーロッパを訪ねる友人たちに服を買ってきてもらうよう頼んでいます。このスカーフはアレキサンダー・マックイーン。ミュージシャンで、よくパリで演奏するデピショー(Depitsho)という私のいとこに買ってきてもらいました。サプーズを批判する男性に対してひと言? それより、そういう男たちの奥さんを、サプーズになろうよ、と誘いたいですね!」