© Cinemorphic, Sikhya Entertainment & ASAP Films 2014

1997年、パキスタンで、大手多国籍企業が起こした粉ミルクによる乳幼児死亡事件。この衝撃の実話を元にした映画が、『汚れたミルク あるセールスマンの告発』(監督:タニス・タノヴィッチ)だ。この作品は、巨大企業とひとりのサラリーマンの闘いを描きながら、同時にパキスタンの歪みも浮き彫りにする。

日本での公開が世界初となる本作品、今のところ、日本以外での上映予定はない。

『汚れたミルク あるセールスマンの告発』をより理解するためのシリーズ〈パキスタンの歪んだ日常〉。最終回は、この映画の主人公のモデルとなったサイヤド・アーミル・ラザ・フセイン(Syed Aamir Raza Hussain)氏のインタビュー。

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『汚れたミルク あるセールスマンの告発』
パキスタン大手多国籍企業のトップセールス・マン、アヤン。彼が扱う商品は、乳幼児用粉ミルクだ。職業柄、頻繁に病院に出入りする彼は、粉ミルクを溶く同国の不衛生な水が原因で、たくさんの乳幼児が死亡しているのを知ってしまう。自ら販売していた粉ミルクが、子どもたちの命を奪っている現実に心を痛めたアヤンは、たったひとりで世界最大の企業を訴えようと行動を起こす。事実を知りながら責任を放棄する企業。次々と彼の前に立ちはだかる巨大な権力の壁。愛する家族と離れ離れになってまで、男は人生の全てを投げうって立ち向かう。子どもたちを守るため、そして愛する家族のために。

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世界最大の多国籍企業を告発したいきさつを教えてください。

当時私は27歳でした。パキスタンで、このような多国籍企業に勤めるのは、特権であり、大変なステータスです。そんなある日、息子が自分の目の前で転び、頭から出血したので、慌てて病院に連れて行きました。そのあいだに妻が帰ってきたのですが、私も息子もおらず、血だけが床についているのを見て妻は混乱し、裸足のまま家の外で泣いていたそうです。それくらい妻は大きく動揺してしまったのです。そのとき私は、親である意味、そしてその〈痛み〉を強く感じたのです。そのあと、今度は営業先の病院で、生後4か月の赤ん坊が亡くなる瞬間を目にしました。医師からは「あななたちのせいだ」といわれました。そこで初めて自分が売っていた粉ミルクの副作用について聞かされたのです。私が告発したのは、親であることの痛みと、子どもが傷つく恐ろしさなど、身をもって知ったからなのです。

映画の中で描かれているように、病院で粉ミルクを扱ってもらえるよう、あなたも医師に賄賂を渡していましたか?

はい。会社から、賄賂用の経費が出ていました。医師、看護師、そして乳幼児や母親たちと関わる医療関係者にも金品を渡していました。婦人科医にも渡していました。母親たちは、一番最初に婦人科に診察に来ますから。

上司からそのような指示を受けていたのですか。

はい。組織的なものです。上司から賄賂の許可をもらい、経理部が小切手をくれるのです。会社の全員が、どのような流れで賄賂の許可をもらい、どのように進めているかを知っていました。

賄賂を非倫理的だと考えませんでしたか?

考えませんでした。先ほどもいった通り、パキスタンにおいて、このような多国籍企業で働くのは、たいへんなステータスです。当時は、医師に賄賂を渡すなんて普通でした。ええ、パキスタンでは普通なのです。法律違反だなんて思いもしませんでした。マーケティングにおける国際的なルールなんて知らないのですから。会社のセールスマンとして、会社からいわれた通りに賄賂を渡し、望み通りに粉ミルクを処方してもらう。目的を達成するために、仕事をしていただけです。

企業は、安全な水の選び方、粉ミルクの正しい飲ませ方など、母親たちへきちんと指導をしていましたか?

私の知る限り、そういった指導は全くありませんでした。セールスマンの仕事は、とにかく医者に「この粉ミルクを母親たちに勧めてください」というだけでした。ミルクのパッケージにある使用方法は、ウルドゥー語と英語だけで書かれていました。それを読める貧困層の母親たちは、一体どれ位いるのでしょう。私自身も、水質の衛生面について知る機会は一切ありませんでした。医者は、金品を受け取り、要求が満たされると、いわれるがまま母親たちに粉ミルクを勧めていました。また私は、直接母親たちを集めて、粉ミルクのプロモーション活動もしていました。この行為は、世界保健機関(WHO:World Health Organization)のWHOコード(母乳代用品販売流通に関する国際基準)に違反していました。ベビーショーの場を設け、可愛くて賢そうな赤ちゃんを見せ、あたかも「この粉ミルクを飲めば、こんな子どもに成長しますよ」と母親たちにサンプルを渡すのです。

しかし、働きはじめて2年経ったころ、私は企業憲章を見ました。そこには、〈私たちは、医療関係者に賄賂を渡さない〉〈私たちは、母親たちと直接関わらない〉〈粉ミルクを購入させるためのインセンティブを与えていない〉と書かれていました。それを読んで、私はとても混乱しました。「なんだ、これ?全部やっているじゃないか」と。私たちは、直接母親に会っていましたし、医療関係者に贈り物もしている。粉ミルクを買うようインセンティブを与えている。とても混乱しました。

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そしてあなたは、賄賂はおかしいと考えはじめるのですね。

はい。そして、憲章内容を知った直後の97年3月、先ほども述べた通り、粉ミルクを飲んでいた赤ん坊が、私の目の前で死にました。両親は外で泣いていました。医師から「あなたたちのせいです」といわれました。「私が何をしたというのですか?」と聞くと、「この粉ミルクのせいで下痢になり、脱水症状になって死んだのです。粉ミルクは、乳幼児が生まれてはじめて食べるものなのです」と医師は答えました。それから色々と説明してもらいました。この粉ミルクが赤ん坊の命にどれだけ影響を与えているか。パキスタンの水は不衛生で、その審査もしていない事実も。そしてユニセフやWHOの憲章を知り、これらを違反している現実に気づいたのです。賄賂だけの問題ではなかったのです。パキスタンでは当たり前でも、これは違反です。企業倫理違反、WHOコード違反。私たにとって、結果はお金でした。赤ん坊に粉ミルクが必要かどうかは関係ありませんでした。私たちが医師にそう押しつけしていたのです。「ほら、お金をあげます。お金を払ったんだから、あなたの仕事は粉ミルクの処方ですよ」と。そうやって目的を達成していました。達成するように、上司からプレッシャーを受けていたのです。

そして、あなたは会社を辞めたのですか?

はい。1ヶ月半後に辞めました。赤ん坊が死んで、泣いている母親、父親を目の前にしたのですから。4ヶ月間母乳をあげていたのに、誰かが粉ミルクを処方して、下痢になり、そして脱水症状で死んでしまった。それがターニングポイントでした。もう、この仕事をしたくなくなりました。

そして企業を告発しましたが、その後の状況は、どのように進んでいったのでしょうか?

告発するにあたり、私は証拠をまとめた法的通知書を企業側に提出しました。しかし、そこから企業の脅迫がはじまりました。最初は簡単なものでしたが、「もしも公に発表するならば、法的に起訴し、刑事裁判を起こす」と脅迫を受けるようになりました。私は人権支援団体の助けを得て、この事実を世界に知らせるためのドキュメンタリー映画をつくるために、ドイツに渡りました。この頃、はじめてパキスタン政府からも反応がありました。ムシャラフ将軍の名前で、「われわれは多国籍企業を守る」と明言されました。「パキスタンとしては、今後も、多国籍企業からの投資を誘致し、彼らのビジネスを保護する。あなたの行為は、企業に対する風評被害を起こす脅迫であり、個人的復讐である」という内容でした。

現在あなたは、カナダに住んでいますが、その経緯も教えてください。

カナダで難民申請しました。映画の本編には描かれていませんが、パキスタンでは、何者かによって自宅に銃弾を撃ち込まれました。身の危険を感じ、祖国を離れる決断をしたのです。私はカナダの難民申請機関に、自分の身に何が起きているのか、なぜ多国籍企業を辞めたのか、そして家に銃弾を撃ち込まれた事件などを説明しました。しかし機関からは、「あなたは信頼に足る人物ではありません」と断られました。さらに、「この多国籍企業は素晴らしい会社で、あなたの主張は、ただの個人的な恨みではないのか」とまでいわれたのです。自宅を銃撃されたという事実も信じてもらえず、私は信頼に足る人物でないといわれる度に、とても傷つきました。

申請が許可されなかったのは、おそらく情報が欠如していたからでしょう。その結果、私は7年間家族や子どもたちに会えませんでした。そしてようやくトロント映画祭で作品が上映されると、ふたりのカナダの大臣が私を訪ねてきました。そして「あなたをカナダ市民として誇らしく思います」という内容が書かれた政府からの証書をもらえたのです。15年たって、ようやく自分の行動が認められ始めた現実に、私は喜びを感じています。この映画を通して、私の身にあった状況を信じてもらえるだけでも、本当に充分なんです。

この一件を機に、2002年、ようやくパキスタンで、WHOの国際基準を法制化する動きが始まりました。私は祖国から離れて久しく、ポジティブなニュースだけが耳に入るわけでもありませんが、少なくとも私の行動によって法律が変わったのは良かったですね。しかし、以前ほど公ではないものの、パキスタンでは依然として、金銭のやり取りはあるようです。

この映画の世界初公開は、日本になりました。どうお考えですか?

大変喜ばしい出来事です。この問題は私の人生だけではなく、赤ん坊の命がかかっています。世界初公開のイニシアチブを取ってくれて、とても感謝しています。プロデューサーがインド人なので、インドで最初に公開されると思っていましたが、日本で初公開になる、という朗報を耳にしたときは、本当にみなさんに感謝しました。

日本以外での上映は決まっていません。インド、パキスタンでも上映されていません。理由は定かではありませんが、大手多国籍企業を扱っているのが好ましくないのは確かですね。私にとって、この作品はエンターテイメントではありません。これは私の生死に関わり、赤ん坊と母親の権利についての映画でもあります。それだけに、日本で劇場公開されるのは、大きな一歩だと思います。

この映画が世界で公開されないとなると、私の人生はなんだったんだと。私にとって、私の家族にとって悲惨な状況になってしまいます。誰も守ってくれず、泣き寝入りするしかなくなってしまうのですから。

父と母は他界してしまいましたが、映画を観たらきっと誇らしく感じてくれるでしょう。この映画は、私の行動をサポートしつづけてくれた両親へのオマージュともいえます。そして何より、愛する妻の支えなくしては乗り越えられませんでした。

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サイヤド・アーミル・ラザ・フセイン(Syed Aamir Raza Hussain)
1970年生まれ。1994年~1997年の間、多国籍企業で粉ミルクのセールスマンとして勤務。その後、仕事を辞めて企業を告発。2003年に母国を離れ、7年後に離れて暮らしていた家族と再会を果たし、現在は家族5人でカナダのトロントで暮らしている。カナダではドーナツ屋、タクシー運転手を経て、現在は息子の車のセールス業の手伝いをする傍ら、自身の体験を語る講演活動をしている。

『汚れたミルク あるセールスマンの告発』(3/ 4(土)より、新宿シネマカリテほかにて全国順次ロードショー!)
詳細はオフィシャルサイトにて。