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1994年、今は亡きアダム・ヤウクがベースを掻き毟ると、世界中のスピーカーから「Sabotage」が溢れ出した。スパイク・ジョーンズとBeastie Boysのタッグが繰り出した同曲のミュージック・ヴィデオは、「映像」という触媒があれば、サブカルチャーの崇高さとメインストリームの下世話さが結びつくのを証明した金字塔だ。ふざけているのか真剣なのかまったくわからないビースティーズの演技、レンズの汚れすらプラスにしてしまうスパイク・ジョーンズの創造性、両者が巧みに編集されたMVは、スカムすぎてカテゴライズにも至らない脱力ハードコア・ストリート・アンセム「Sabotage」を、コギャルも聴ける、少しだけパンキッシュなポピュラー・ミュージックにカテゴライズした。

日本インターネット界のゴッドファーザーによる、泥棒まがいの粉骨砕身が結実し、「インターネット」が流行語大賞に選ばれたのは1995年。「Sabotage」が世界に鳴り響いた翌年だ。この時点で、WEB上での動画閲覧がこんにちほど市民権を獲るとは、一部の学者、ビジネスマン以外、誰も予想していなかっただろう。なにしろ、エロ画像1枚のダウンロードにも数分かかっていたような時代だ。それでも、インターネット上で映画観賞できるようになる日は近い、といった類の噂は飛び交っていた。しかし、それが理論的に可能であろうとも、そんなもんは人類の火星移住と同じくらい突拍子もない与太話しでしかなかった。当時、誰ひとりとして、インターネット上で「Sabotage」を観ていない…ハズだ。世間の大勢は、インターネット空間でなにが起こるのかも知らないまま、インターネット技術の進化と可能性に、朧げながら期待を寄せていた。

動画をめぐるテクノロジーは、インターネット、コンピューター・テクノロジーの進化に歩調を合わせていなかった。こんにちの動画をめぐるテクノロジーに比べれば、精一杯贔屓目に評価しても、どうにかこうにか石器時代から脱しようとしていた程度だった。ビジネス・コミュニティ、アカデミック・コミュニティは、来るべきネットワーク環境とコンピューター・テクノロジーを視野に入れて地歩を固めていたが、動画は、まだまだフィジカルと独創的アイディアの結晶であった。

1996年、「Sabotage」で世間を驚かせたスパイク・ジョーンズが再びやらかした。The Pharcydeの「Drop」のMVが電波に乗ると、世界各地のカルチャー・コミュニティは色めき立った。ビデオを見てもどうやって撮影されたのか全くわからない。逆再生なのはわかる、しかし、なんでリップシンクが成立するのか。Final Cut、Premiere、After Effect、Ediusの登場は、数年先だ。もし、そういった類のツールがあったところで「Drop」はできない。同MVのメイキングをご覧いただければ、いかにスパイク・ジョーンズがアイディアに溢れ、フィジカルな努力を惜しまない、当代有数のクリエイターであるかおわかりいただけるはずだ。テクノロジーを駆使したここ最近の煌びやかな動画は、確かに素晴らしいがどこか物足りない。ビースティーズやスパイク・ジョーンズにはあった「何か」が足りない。

「何か」とは何か。乱暴に定義すれば、「何か」とは、アイディアが生まれてから作品化されるまでの独創的な文脈だ。「アイディア→制作→作品」の工程が創り手独自の文脈として世間に提示されないような「作品」は月並みだろう。「アイディア」「作品」の独創性はわかりやすい評価対象だ。それに対して、「制作」の重要さはなかなか評価されにくい。アイディアと作品を繋ぐ「制作」こそ、動画における「アイディア」「作品」の評価を司どる。

制作がいかに重要か。アレハンドロ・ホドロフスキーは『ホドロフスキーのデューン』で、「私はウォーリアーを探していたんだ」と強調している。彼のいう「ウォーリアー」とは制作スタッフだ。最高の作品を完成させるために、討ち死にも辞さない才気溢れる制作スタッフをホドロフスキーは探していたのだ。いかに斬新なアイディアであろうと、月並みな制作であれば、平凡な作品になる可能性を多分に孕んでいる。独創的なアイディアを閃き、独自の制作方法でもって非凡な作品を生む。この一連の流れこそ「何か」なのだ。「何か」とは、言い換えれば「作家性」なのだ。

とはいえ、「作家性」だけではサブカルチャーであり、アンダーグラウンドでしかない。「作家性」というあまりに私的な文脈は、メインストリームの文脈と何らかのカタチで絡まなければ、何の破壊力も発揮しない。「Sabotage」が爆発的に広がったのも、動画を触媒に、2つの文脈が絡みあった結果だ。動画、という触媒がなければ両者の邂逅は実現しなかった可能性もある。

「Sabotage」が世界を席巻した1994年、カナダのモントリオールで創刊された『VICE Magazine』は、同国発の怪雄「チーチ&チョン」と見紛うかのような勢いでアメリカを煙に巻いた。同時期、Beastie Boysは、自らのレーベル「Grand Royal」から『Grand Royal Magazine』を発行。同時期に、近しい精神性から発現した両者だが、VICEはより社会的であり、Grand Royalはより趣味的であった。フリーの『VICE MAGAZINE』は創刊以降拡大を続け、趣味性の強い『Grand Royal Magazine』は6号で終了した。この終了は決して、ビースティーズがオーディエンスの支持を失ったからではない。1996年から始まる「チベタン・フリーダム」コンサートで、ビースティーズは趣味の域を超えて社会活動を先導した。

そんなBeastie BoysとVICEが思わぬところで結びつく。VICEが動画への本格的な取り組みを始めたキッカケは、スパイク・ジョーンズだった。VICEのファウンダーたちが編集に悪戦苦闘していた『Heavy Metal in Bagdhad』を目にして感銘を受けたスパイクは、彼らに、動画に注力しろ、とアドヴァイスしたそうだ。そして2007年、スパイクはVICEのクリエイティブ・ディレクターに就任する。その後のVICEの躍進は言うまでもない。インターネット空間のなかで、VICEはメディアとしての規模を、いまだに拡大し続けている。動画という触媒を意のままに操る錬金術師、スパイク・ジョーンズの面目躍如だ。

動画を触媒にしたVICE躍進の裏には、テクノロジーの飛躍的な進歩もある。インターネット空間に動画が投影されると、動画を取り巻くテクノロジーは幾何級数的な進化を始めた。一眼レフさえ手にすれば、誰であろうと一丁前の動画が撮れるようになった結果、動画界ではインフレーションが起こり、「アイディア→制作→作品」の独創性など気にもかけない、ありきたり以下の動画がインターネット空間を埋め尽くそうとしている。創り手に問われるのは作家性でなく、機材とクライアントを遇らう能力になったのだ。

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そんな状況を憂いているわけではありませんが、VICE Japanが立ち上げる、新たなサービス「VICE PLUS(VICE+)」では、「作家性」を軸に、インターネット空間における動画の可能性を模索します。その第一歩として、動画の歴史を紐解くべく、VICE PLUSでは、リュミエール兄弟の作品を公開します。洗練された映像ファンの皆さまにとって、同兄弟の作品は単純すぎて、退屈かもしれません。しかし、単純なつくりだけに、作品の中には動画の基礎が詰まっています。動画の全てがそこから始まりましたから、当然でしょう。また、インターネット空間の果てに追いやられてしまった、数多の名作と迷作を、動画制作経験豊富なVICEの撮影スタッフがキュレートします。もちろん、VICE動画の公開も予定しています。本邦初となる字幕版『VICE on HBO』『VICE GUIDE TO FILM』等、さまざまなシリーズを鋭意公開準備中です。

VICE PLUS(VICE+)では、映像公開だけでなく、音楽イベント、新たな作家性を発掘・紹介するためのプロジェクトを計画しています。更に、VICEの強みでもあるグローバルネットワークを利用して、発掘した新たな作家性を世界に拡散します。

加えまして、VICE PLUSでは、作家性育成を目的にカメラアプリケーション「VICE+CAM」の開発を進めています。ユーザー参加型オリジナル・コンテンツ、現場に立ち会わなければ撮影できない最前線映像など、「VICE+CAM」を利用して、新しい試みをユーザーの皆さまにお届けする予定です。

VICE PLUS (VICE+)の今後にご期待ください。

蛇足ですが、制作した映画が諸事情により一本も公開されず、関係者のあいだで都市伝説のように語り継がれる迷匠、ミッチグルゥ・ウェストゴー監督の言葉を最後に紹介します。「リュミエール作品なんて退屈で面白くない、という映像関係者がいるならば、早急にこの業界から足を洗うべきだ。それにもまして始末に負えないのは、兄弟の作品に文脈を観出せない連中だ。そんな連中に、何よりも支離滅裂な現実のなかに文脈を観出すことなんてできない。そいつらは、人生の指針も見つけられずに生きながらえるしかないんだ」