今 ストレート・エッジである理由

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今 ストレート・エッジである理由

20世紀におけるさまざまな音楽的、社会的ムーヴメントは、向精神薬の摂取がつきものだった。しかし、〈ストレート・エッジ〉は別だ。コカイン、ヘロインの濫用、アルコール、ニコチンの過剰摂取を忌み嫌ったムーブメントだ。現在でも熱心に禁欲生活を続ける面々がいる。彼らの原動力は、一体何なのか。

ティモシー・リアリーは〈Turn on, tune in, drop out〉を合言葉に時代の精神を切り拓いた。マイルス・デイビスは〈Ain’t got no funk if you ain’t got no junk〉を体現し、音楽の新たな地平の彼方に去った。リー・ペリーは〈Free up the weed〉を高らかに謳い、嬉々として音の洪水に溺れた。

20世紀におけるさまざまな音楽的、社会的ムーヴメントは、向精神薬の摂取がつきものだった。しかし、〈ストレート・エッジ〉は別だ。80年代初頭にパンク・シーンの片隅で生まれたストレート・エッジは、コカイン、ヘロインの濫用、アルコール、ニコチンの過剰摂取を忌み嫌ったムーブメントだ。暴飲、致命的なオーバードーズによって、パンク・シーンの信憑性は地に堕ち、パンクスたちは、命を落とした。そこに、ドラッグにもアルコールにも手をださない、と誓う〈ストレート・エッジャー(Straight edgers)〉が現れた。エッジャーのなかには、ヴィーガン、禁欲主義に突き進む求道者もいた。

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ドラッグや飲酒が普通になると、真のパンクスは、〈普通〉を望んだ。1981年、後にストレート・エッジのアンセムとなる「Straight Edge」を、MINOR THREATがかき鳴らすと、ムーブメントが始まった。ムーブメントに身を投じた大勢のエッジャーは、両手の甲に大きな黒い〈X〉印のタトゥーを施していた。クラブに来場する未成年者にアルコールを提供しないよう、手の甲に店員が油性ペンでバツ印をつけたのがその由来だ。このムーブメントは、数多のシーンと同じく、2000年代初頭には失速した。30代になって〈ブレイク・エッジ〉したエッジャーがほとんどだが、現在でも熱心に禁欲生活を続ける面々がいる。彼らの原動力は、一体何なのか。

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グレッグ・デイヴィス(Gregg Davis)別名xG-MONEYx:44歳 カナダ・オンタリオ州ブランプトン在住

パンク、メタルのドラマー。FORCESやTWINFOLDといったバンドで活動。〈ストレート・エッジ歴:28年〉

ドラッグはやったことがない。1989年、友人と1杯だけ飲んだのが最後のビールだ。当時は高校生だった。その年頃だったら、床にあるタバコの吸い殻を拾ったり、叔父のビールをちょっとだけ味見したりする。でも、俺は、タバコも酒もやらなかった。長髪で、メタル好きだったから、周りのヤツらは、俺がドラッグをやっていると思い込んでいた。音楽の授業で鼻血を吹いたんだけど、クラス全員が「コカインのせいだ」って信じていた。勘違いばかりされて困っていたんだ。あるパーティーで、みんながキマってるのを見て、俺は考えた。酒を飲まなくても、タバコを吸わなくても、ドラッグをやらなくても、俺は楽しい時間を過ごせる、と社会に見せつけてやろう、こんなことはやらない、とね。極めて反抗的だったんだ。もしヒッピーになって、ドラッグをやって、ハイになるっていうのが反抗なのであれば、反抗に〈反抗〉して、より大きな反抗分子になってやろうと決意したんだ。ヒップホップにも影響を受けた。PUBLIC ENEMYとかね。彼らは、タバコや酒の力を借りずに、ブラックコミュニティを再生しようとした。それがネーション・オブ・イスラムの思想だったんだ。心底感服した。だから、さらにそれを推し進めてもいいじゃないかって思ったんだ。クソくらえ、とね。

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カイル・ビショップ(Kyle Bishop):45歳 カナダ・オンタリオ州ハミルトン在住

小5で大麻を吸い始めて、マジックマッシュルーム、LSD、シンナーもやった。あと手に入る酒はなんでも。当時、俺の頭のなかには、ヘヴィメタルしかなかった。どれだけ酔っぱらうかが大切だった。でも、その数年後、スケートボード、パンク、ハードコアにハマって、いろいろ変わったんだ。18のとき、LSDをキメすぎて、バッデスト・トリップをしてから、ドラッグはやっていない。

別の生き方をしようと決意したのは、法律上でアルコールを飲める年齢になる数カ月前だ。ドラッグをやめたのは、哲学的な理由じゃない。精神面での〈ストレート・エッジ〉はクソだ。〈ストレート・エッジャー〉は、善人の集まりなんかじゃない。しょうもない連中もいる。麻薬をいい訳にできないだけのハナシだろう。

パーティーは、反抗のカタチじゃない、と気づいた。そういうカルチャーへの挑戦的な態度は魅力的だったし、さらに青臭い考えを捨てられたからよかった。もし、今飲んで、ハイになったりしたら、耐えられないだろう。幸運なことに、今は興味がまったくない。それよりも本、レコード、ギター、車とか、クリエイティブなもの、破壊的ではないものに金を使いたい。もし、不治の病にかかったとして、強いドラッグが救いになるとしたら摂取するか? 答えは、イエスだ。液体覚せい剤を使用した人体凍結装置、ヘロインが染みこんだ靴下を履いたら何千年も生きれる、ってなら、そのオファーは受ける。

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パトリック・コールマン(Patrick Coleman):35歳 米国・イリノイ州シカゴ在住

フリーランスのクリエイティブ・ディレクター&モーション・デザイナー。〈ストレート・エッジ歴:22年〉

中学生の頃、何度か酒を飲んだ。酔っぱらったこともあるけど、そこまでひどい経験はない。タバコはよく吸った。でも、中2になって、初めてストレート・エッジを知り、これこそ進むべき道だ、と直観したんだ。真のストレート・エッジャーにとって、これは短期的なムーヴメントじゃない。人生をかけて取り組むべき課題だ。できる自信があった。子どもの頃、虚弱だったのが嫌だった。ストレート・エッジは、反抗的なムーヴメントだけど、俺は、常に反抗的だったんだ。人生初めてのタトゥーは、〈X〉。しばらくのあいだ、カフェインを避けるため、チョコレートとコーラを断った。ホルモンを摂取したくなかったからベジタリアンになった。でも、そこまで厳しくしなくてもいいか、あとで考えた。

ストレート・エッジは、ただ単に酒を飲まない人を指す言葉じゃない。自分の存在、アイデンティティを示す言葉だ。俺は、今でも酒もドラッグもやらないストレート・エッジだ。ずいぶん長いあいだそうだから、もうすっかりそれが〈普通〉なんだ。でもいっしょにいる人にそれを強いたりはしない。たとえば俺の奥さんは、ストレート・エッジではない。人は人、自分は自分だ。人を監視したりはしない。昔は、もっと大勢のストレート・エッジ仲間がいたんだけどね。特に音楽業界に。今でも実践しているのは、おそらく4分の1くらいのヤツらだけだね。

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エマ・チャールストン(Emma Charleston):29歳 英国・マンチェスター在住

グラフィックデザイナー&イラストレーター。〈ストレート・エッジ歴:生まれてからずっと〉

14歳くらいで、周りはアルコールを飲み始めたんだけど、ヤツらに降りかかったひどい体験を全部見た。ロクでもないヤツとキスしたり、しょうもないケンカをしたり、モノを壊したり、吐いたり。酔っぱらうって制限を解除するのを、みんなは楽しんでいたようだけど、私には無理だった。みんながちゃんとコントロールできるようになったら、私も参加しようとしていたけれど、それはマジでなかった。アルコールは、問題を引き起こすだけで、価値ある何かを生み出せるものじゃない。

もうひとつ重要なポイントがある。ワタシは、どうしても、アルコールが美味しい、と感じられない。あと、大事にしているのは、自分を制御できている、という事実。なんらかの化学物質のせいで自分をコントロールできなくなるのは、悪夢でしかない。これまで、一瞬たりとも、心を惹かれたことはない。友だちの話を聞いているだけで十分。これまで、ワタシはストレート・エッジだ、と宣言してもいない。15、16歳で、シーンの歴史や政治的意味についての知識、理解力がないのはわかっていたから、名乗りたくなかった。

MySpaceのプロフィールに、〈Straight X Edge〉と載せるか否か、悩んだのをはっきり覚えてる。結局、やめたけどね。ストレート・エッジは、男性主体のムーヴメントで、私は北ウェールズのポッチャリ系赤毛女子だった。10歳以上も年上の、メタルバンドをやっているようなガリガリタトゥーの男性たちのなかに、ワタシが混ざる想像がつかなかった。

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アーロン・ボウ(Aron Bow)「いろいろ知ってるくらいには年は取ったけど、面倒を見てもらうほど若くはない」 カナダ・サスカチュワン州サスカトゥーン在住

〈カナダにおける難民や亡命希望者を支援する慈善事業〉運営コーディネーター。〈ストレート・エッジ歴:「こうやって生まれてきた」ので、生まれてからずっと〉

依存症のひどい面を見て育ったから、かっこいいとか、憧れなんてなかった。両親は、ふたりともアルコール依存症で、それが遺伝性のものと知ってからは、試す気もしない。醜悪だし、イカれてるし、ムカつく。幼いころ、絶対に親のようにはならない、と誓ったんだ。両親のことを軽蔑していた。誓いを守るための最善は、彼らとまったく逆の行動をとること。つまり、両親に反抗するために禁酒を選んだんだ。

世間の若者たちにとって、反抗は、ヤバいことをやらかす、なんだろうけど、両親がそんなだったから、俺にとって、それはまったくクールじゃなかった。育った環境のほとんどを、俺は好きじゃなかったから、彼らにどう思われようと気にしてなかった。そんな心境だったから、仲間からのプレッシャーも、俺にはまったく効かなかったんだ。叔母が俺の子守りをしてくれていたんだけど、彼女は、〈音楽〉っていう健康的な中毒を教えてくれた。

生まれてこのかた、酔った経験はない。興味もない。ドラッグを買うために、レコード、スケートボード、ギターを売るヤツらが俺の周りにもいる。でも、俺はむしろ、売られてしまうモノたちにこそ価値を見出す。ドラッグをやらないのは、そんな理由もある。「アルコールやドラッグをやって、みんな大人になる」なんて意見もあるけど、それはどうかな。人によるよ。俺は単に、十分に成長したら大人になれると思う。それって「ドラッグをやるとクリエイティブになれる」っていうのと同じだ。ドラッグをやろうがやるまいが、クリエイティビティは変わらない。ドラッグが助けになることはない。