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乳幼児の死から考える米国の保育所問題

米国では、700万人近い未就学児が何かしらの施設に預けられており、そのうち500万人はホーム・デイケアを含む保育施設を利用している。毎日8時間も我が子を他人に預けているのは、何とも恐ろしい現実であるが、しかしそれもやむを得ない。米国は、有給の産休・育休を保証していない唯一の先進国なのだ。

2014年、サウスカロライナ州のグリーンヴィルにあるホームデイケアで、生後3ヵ月のケリー・リン(Kellie Rynn)が窒息死した。スタッフが911番に通報し、その2分後には救急隊員が駆けつけたが、ケリー・リンは致命的な低酸素脳症だった。遺体を確認した検死官により、彼女の死因は〈寝具による窒息〉で、〈事故〉と記録された。彼女の身体には、昼寝のさいにブランケットをかけていた痕跡があった。

ケリー・リンの母親キャスリン・マーティン(Kathryn Martin)は、ケリー・リンを産む1年前に流産していた。「彼女が産まれた瞬間、〈悪夢は終わった。彼女は健康で、ここに生きているのだから〉と実感しました」とマーティンは回想する。「乳幼児がどれだけか弱いかなんて考えてもみませんでした」

数えきれないほどの乳幼児と同じように、ホームデイケアが赤ん坊を守るための基本的な安全基準を満たしていなかったために、ケリー・リンは死亡した。ケリー・リンが窒息死したその日、彼女を担当したスタッフは、乳幼児22人の面倒をみていた。サウスカロライナ州の法律で定められている定員を10名以上もオーバーしていた。マーティンは、ケリー・リンが他の乳幼児とともに揺籠に入れられていたか、大量のブランケットをかけられたまま放ったらかしにされていたのではないか、と疑っている。それらは、窒息につながる育児ミスとしてよく知られている。

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米国では、平日の就労時間中、700万人近い未就学児が何かしらの施設に預けられており、そのうち500万人はホームデイケアを含む保育施設を利用している。更に1歳未満の子どもをもつ母親170万人が、毎日8時間も我が子を他人に預けているのは何とも恐ろしい現実であるが、しかしそれもやむを得ない。米国とパプアニューギニアは世界各国のなかでも、有給の産前後休業、育児休業が制度化されていない、稀な2ヵ国だ。米国内では、企業の福利厚生で有給の育児休業制度が認められているのは12%の労働者だけで、認可された保育所・保育園の順番待ちは気が遠くなるほど長い。親たちはホームデイケアに我が子を預けるほかないのだ。子をもつ親たちや、専門家の話によると、ホームデイケアには調査も入らず、ほぼ規制もないそうだ。もしホームデイケア内で、監督不行届による乳幼児死亡事故が発生しても、親たちの正当性を証明するのは、不可能ではないにしても難しい。

国内の何千人もの親たち同様、マーティンも乳幼児の娘をホームデイケアに預けた。なぜなら出産後、すぐに仕事に戻らなければならなかったからだ。マーティンの産休は6週間しかなかった。マーティン夫婦が住むサウスカロライナ州では、従業員に育児休業を保証する法律はない。もしマーティンが娘の育児のために、それ以上家に留まったならば彼女は、仕事と家族の健康保険を失うおそれがあった。

たとえば、教会や学校が母体となって運営されているような、きちんとした保育施設の空きは、マーティンが仕事に復帰する際、見つからなかった。入るのに2年待たなければならないような施設もあった。

そこでマーティンが見つけたのは、とあるホームデイケアだった。パメラ・ウッド(Pamela Wood)という女性が運営する、木々に囲まれた郊外の中流階級の家だった。ケリー・リンにとって初めてのクリスマスを過ごしたあとの土曜日、マーティンは夫と連れ立ちウッドの家を訪ねた。家のなかは清潔で、ウッドは2人に、有能で優しい印象を与えたようだ。ウッドに子どもを7年預けた友人もいたので、2人は彼女を信頼した。

ケリー・リンをデイケアに預け始めて1ヵ月が過ぎたある日、マーティンはウッドから緊急連絡を受け、病院に向かうように指示された。しかしマーティンは、病院のコンピューターシステムのなかから娘を30分間も見つけられず、生きた心地のしない時間を過ごした。既にケリー・リンは救急車のなかで死亡を宣告されていたのだ。

鑑識と警察が捜査令状とともに、ウッドの家を訪れた。マーティンによると、ウッドは預かっている5人の子どもたち(サウスカロライナ州のホームデイケアに関する条例に従えば、それが最大人数であった)の世話をするために、自分の家から離れたくない、と切に望んでいたそうだ。

「しかし、その5人に含まれない子どもの親がやってきたのです」。マーティンは説明する。「そこで警察が家のなかの緊急捜査すると、地下室でウッドの娘と14人の子どもを発見しました。彼らは2時間ものあいだ地下にいました。部屋の温度は約30℃まで上昇していました」。警察の捜査資料がその事実を裏づけている。

「みんな静かにゲームをしていましたよ」。マーティンはそうつけ加えた。

2014年には、似たような状況でタバサ・ノーブル(Tabatha Noble)の息子、ハンター(Hunter)が死亡した。ケリー・リンと同様に、ホームデイケアで、生後2カ月のときに窒息死した。「彼はとても健康で、幸せに暮らしていました」。ノーブルはそう回想する。「私は1日13時間仕事をしていました。それで子どもとの時間が奪われました。最悪です」

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ノーブル夫妻は、プールの管理、清掃会社をふたりで営んでいる。当初、ノーブルは夫と話して、仕事復帰の際には、夫の母親にハンターをみてもらう予定だった。夫妻が住むネヴァダ州法では、雇用主に産休を設定する義務はない。しかし、結局夫妻はハンターをホームデイケアに預けることにした。〈シャイニングスターズ・ファミリー・デイケア(Shining Stars Family Daycare)〉という名で、環境は何ら問題なさそうだった。夫婦でオーナーの経歴を調査し、同施設に息子を預けるのを決めた。

デイケアに預けた初日、ノーブルは不安になった。昼食の時間に、息子の様子をみたい、と連絡したが施設からは、昼寝の時間なのでお控えください、と断られた。その回答は危険信号だったのだろう、とノーブルは振り返る。

翌週の火曜日、午後3時、ノーブルは電話を受け取った。そこで、ハンターの呼吸が止まり、今、救急車で病院に向かっている、と告げられた。

「私が部屋に入ると、ちょうど心肺蘇生の処置が止められたところでした。どうして止めるのか、どうして息子を蘇生してくれないのか、理解できませんでした」。ノーブルは続ける。「救急車に乗る前に、既にハンターの死亡が確認されていたのだ、と教えられました」

ノーブルによると、数回にわたる警察の取り調べの後、ついにオーナーがハンターをうつぶせに寝かせ、そのまま放置していた事実を認めた。頭を自分で持ち上げられない乳幼児にとって、うつぶせは危険な姿勢だ。窒息で死に至るまで、ハンターはベビーサークルの下に自分の頭を打ちつけていたため、顔にはアザが残っていた。ノーブルはホームデイケア側に、まだハンターにタミータイムは早過ぎると伝えていた、と主張している。(ホームデイケア側からはコメントが取れず、弁護士も質問には答えなかった。しかしハンターの死後、オーナーの女性は、ノーブルの夫が彼女に近づけない〈一時保護命令〉を取得している)

「オーナーは、私たちの息子を我が子のように面倒をみる、と約束してくれました。しかし実際は、私たちの息子は彼女にとってただのお金だったのです」。そうノーブルは語る。結局その後、オーナーは無資格で事業をしていたのが明らかになった。ハンターの死因は、事故による窒息死、と扱われている。

ヴァージニア大学一般小児科部長のレイチェル・ムーン(Rachel Moon)博士は、乳幼児の睡眠に関係した死について研究している。ムーン博士によると、1年に3500人の乳幼児が、突然死、予測不可能な死〈SUID〉で亡くなっているそうだ。SUIDとは、〈sudden and unexpected infant death〉の略で、乳幼児の突然死、特に睡眠中の突然死を現す用語である。1歳未満の乳幼児の死因としてもっとも多く、2015年11月には、乳幼児がベッドで寝返りをうって呼吸をしていると、タンパク質が低レベルになりSUIDにつながるという新発見がなされた。ムーン博士は、子をもつ親に対して安全な睡眠の行動指針についての教育をしているが、それだけでは十分ではないと語る。

ムーン博士によると、きちんとした法的手続き経ていないデイケアの経営者たちは、安全な睡眠の行動指針についての知識があまりにも少ないという。登録していないデイケア経営者たちは、教育を受けるチャンスがほぼない。

「乳幼児が亡くなるのは、保育所や保育園よりもホームデイケアのほうが多いのです」とムーン博士は事例証拠をもとに述べる。実は、ホームデイケアで亡くなっている乳幼児の数についてはデータがない。多くの場合、死亡証明書に死亡場所は〈病院〉と記載される。しかし、アメリカ小児科学会によると、5件に1件のSUIDは子どもが親の監督下にない場合に起きているそうだ。

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「多くのホームデイケア施設は規制を受けていません」。ムーン博士はそう付け加える。「登録されていないので、安全な睡眠についての情報教材なども手に入らないのです」

ノーブルとマーティンは、もしデイケアのオーナーが安全な睡眠のための行動指針(たとえばうつぶせではなく、仰向けに寝かせるなど)を知っていれば、我が子は死ななかっただろう、と述べている(うつぶせにすると、子どもがSUIDで死亡する確率が18倍にもなる)。ゆりかごや、やわらかい寝具を敷いたベビーベッドも、子どもの呼吸機能を妨げるようだ。しかし、もっとも重要なSUID対策は、常に子どもから目を離さないことだ。ノーブルは、デイケアのオーナーはハンターから1時間以上も目を離しており、ハンターを確認したのは然るべき刻限から45分過ぎていた、と主張している。

ホームデイケアに対する規制は州によってばらつきがある。まったく規制がない州もあるが、〈子どもの保育と早期教育における健康と安全のためのナショナルリソースセンター(National Resource Center for Health and Safety in Child Care and Early Education)〉によると、多くの州では経歴などの抜き打ち捜査を進めている。預かる乳幼児の数、保険、衛生環境、出される食事、消防設備などは認可の際にチェックされるポイントである。しかし、ウェブサイトに事業の最低基準が列挙されていたとしても注意が必要だ。というのも、デイケア施設運営のための認可が〈質のいい保育〉を意味するわけではない。

2016年の夏、4カ月のあいだに、コネティカット州の別々のデイケア施設で3人の乳幼児が死亡した。そのうちの2施設は無認可で、8人以上の乳幼児を預かっていた。

ハンターの死後、ノーブルは息子を預けていたホームデイケアが認可を受けていないのを知った。また、マーティンも、彼女が息子を預けていたホームデイケアは認可を受けていたものの、法定定員の何倍もの乳幼児を預かっていたのを知った。マーティンの弁護士団は、法廷で争うのはやめるよう彼女を説得したが、ウッドは18カ月の自宅軟禁と20時間の地域奉仕活動を受け入れた。ウッドの訴因は育児放棄、司法妨害、違法な保育施設の経営であり、彼女は全てにおいて罪状を認めた。

ニュースサイト『Greenville Online』によるとウッドの弁護士は「誰のせいでもなく死んでしまう子どもだっている」と主張したそうだが、マーティンはそれに反発している。

2014年から、マーティンは米国の両院で保育の改革を求めて答弁している。彼女が住むサウスカロライナ州では毎年2回、認可された保育施設を社会保障省が抜き打ちで訪問する。しかし、何らかの訴えがない限り、ホームデイケアの調査は実施されていなかった。マーティンの活動もあり、2014年7月にホームデイケアへの抜き打ち調査を義務づける法案が可決された。その結果、60以上のホームデイケア施設が営業停止を命じられた。マーティンはその後、ケリー・リン協会を立ち上げ、保育施設を必要としているグリーンヴィルの家庭を経済的に支援している。

アリ・ドッド(Ali Dodd)は、生後8カ月の息子シェパード(Shepard)をホームデイケアで亡くしている。彼女は〈シェパーズ・ウォッチ基金(Shepard’s Watch foundation)〉を設立し、自分が住むオクラホマ州における保育施設の安全を向上させるため活動している。ドッドによると、シェパードは、2時間にわたり車内にひとりで置き去りにされたそうだ。誰もみていないあいだにシートの下に落ち、頭を持ち上げられず窒息してしまった。彼女が設立した非営利団体は、〈安全な睡眠〉、それを実現するための〈教育〉を推進している。ドッド夫婦は貯金を使い果たしてしまい、仕事に復帰しなくてはならなかったので、シェパードをデイケアに「預けざるを得なかった」と語っている。

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「他の施設で同じ事件が起きないようにしなければならないと決心しました」とドッドは語る。私たちが話した前日に、彼女が働きかけていた2つの法案に知事が署名した。ひとつは、アメリカ国土安全保障省が認可した全ての施設が、乳幼児を安全な寝具で眠らせることを義務付ける法案。そしてもうひとつは、ホームデイケアの施設に子どもを預ける親に、施設での安全は保証されない、とする契約書へのサインを義務付ける法案だ。

「以前、施設のオーナーは、親に対し説明する義務もありませんでした」とドッド。「私たち親は、何よりも大切な子どもの命に対して無責任だったんです。あり得ません」

ドッド、ノーブル、マーティンは、ホームデイケアでのSUIDを防ぐために、確実な方法があるとは思っていない。「ひとつの側面しかない問題であればよかったのです。それなら、そのひとつの面を直せばいいだけですから」。ドッドはそう語る。「しかし実際はそうではありません。我が子の命だけでなく、母親、メンタルヘルス、ワーキングマザー、ヘルスケア、そういったもの全てを尊重しなくてはいけないのです」

ノーブルは更に続ける。「こんなかたちで我が子を失うと、自分の感情、怒りをどこへ向ければいいのかわからなくなります。私はまず真っ先に、保育にあたっていたスタッフを責めたくなりました。彼女にとって、息子は金ヅルだったんです。また、そういった施設を取り締まる法律がない現実にも怒りを覚えています」。ノーブルは、トランプ大統領の娘であるイヴァンカ・トランプ(Ivanka Trump)が提案するワーキングマザーへの6週間の産前後休業、育児休業を制度化する働きかけに期待している。

ノーブルは、息子のハンターが亡くなった1年後にグレイソン(Grayson)という名前の息子を出産した。彼女いわく、グレイソンはハンターにそっくりで、グレイソンはハンターの生まれ変わりだ、と夫が冗談をいうほどだという。しかしノーブルは、グレイソンの人生にハンターの影が落ちないよう気をつけている。夫妻はグレイソンが産まれる3カ月前にハンターの持ち物を全て片付け、触れられないようにした。ノーブルの義母は新生児のために、一家のもとへ引っ越してきた。グレイソンがホームデイケアに預けられることは、この先決してないだろう。