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ルーマニアの田舎で育った私は、ルーマニア国民の大勢がそうであるように、いつも豚に囲まれていた。何世代ものあいだ、田舎では、最も一般的に飼育されている動物が豚であった。

毎年、クリスマス前になると私の祖父母は、豚を解体した。ルーマニアの伝統行事だ。私の記憶では、田舎の拷問部屋のような小屋の中で、ふたりはバーナー、包丁数丁、針金を、豚の隣にきちんと並べ、解体の準備をしたものだった。豚の下には血を受ける藁を敷き、祖父母のどちらかが包丁で喉を掻き切るあいだ、私は縛られた豚の足を持って押さえていた。

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目の前で生き物が死ぬのを見るのが楽しかったわけではない。しかし、豚の解体を手伝うと、「大人の世界に足を踏み入れた証だ」と祖父母にえらく褒められたので、誇らしい気持ちで儀式に参加していた。むごいのも承知していたが、ポーク・クラックリングを口にしたとたん、良心の呵責はほぼ消えていた。

祖父母も今では相当な高齢だ。伝統の豚解体儀式は、老人の加齢とともに、ゆるやかになくなりつつある。クリスマスの直前、毎年ブカレスト近くブラネシュティで開催される〈豚市〉に足を運べば、その状況は悲しいほど明らかになる。この豚市は、国内最古の豚をはじめとした家畜マーケットで、以前はとても賑わっていた。この地域の住民であれば、クリスマスに解体する豚を購入するため、ここを訪れた。しかし、最近では、商人10余人がトラックの荷台に積んだ2、3頭の豚を売っているだけだ。

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昨年12月、私は豚市を歩き回り、商人に現状を尋ねてみた。凍てつくような寒さのなか、そこにいた何人かの買い物客は、身体を冷やさないようにマーケット中を足早に歩き、完璧な豚を探していた。マーケットにいるほとんどの豚は、かなりヒステリックな様子だった。おそらく、運命に気づいていたのだろう。

豚を買ってくれるならできる限り値引きする、とひとりの商人に声をかけられた。「こいつをマリアと呼んでいるんだが、食べてしまえば誰もそんな名前は忘れてしまう」と彼は続けた。「ベジタリアンのあんちくしょうのおかげで商売があがったりだ」と不平を漏らした。「豚を食べていたご先祖様のほうが、俺たちよりよっぽど健康だった。昔は、こんなにたくさん病気はなかった」

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彼の隣にいた男も、肉を摂らない人々について、マリアの飼い主と同じ単語で悪態をついた。しかし、彼が心配するのはそれだけでない。多くの人々が田舎の村を去って都市に移ったため、豚を購入し、餌を与え、解体するのが、あたり前ではなくなっている現実を憂いているのだ。「スーパーマーケットで、カートを肉でいっぱいにするのは簡単だが、それは不自然だ」と彼は悪態を続ける。「それにスーパーの豚肉は、餌、飼育方法、解体の手順が完璧ではない」

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別の売り手によると、こんな田舎の豚市でさえ、農場で飼育された豚が売られているそうだ。彼は、幾つか向こうにある競争相手の店を顎でしゃくり、「あそこの豚は、田舎で生まれ育った良豚じゃない。見ただけでわかる。あれは白いし、きれいすぎる。正真正銘の田舎豚は、ニスを塗りたくられたみたいに光らない」

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その日の終わり、私は、クリスマスの豚を買いにきたある家族に出会った。彼らには、最安値で購入するための戦略があった。とにかく歩き回り、最後の最後まで待つ。そして売り手は、残った豚を持ち帰るのを是が非でも避けるため、大幅に値下げする。そこがチャンスだ。

その家族の村でも牛、豚、ヤギを飼育している村人は片手で数えられるほどだという。誰もが自分で家畜を飼っていた5、6年前と大きく変わった。

客も取引も減ってしまった。ブラネシュティの豚商人は皆、ルーマニア人が豚を購入して解体するのをやめてしまった現実から逃れられない。豚市も数年は続くだろうが、近い将来、なくなってしまうかもしれない。