ダン・ヒルが経営するアバヴ・ボード・ディストリビューション(Above Board distribution)は、ロンドンを拠点に、いわゆる「P&D」と呼ばれるプレスと流通を請け負う会社だ。クライアントにはクロスタウン・レベルズ(Crosstown Rebels)、リキッズ(Rekids)、ホットフラッシュ・レコーディングス(Hotflush Recordings)などの錚々たる面子が名を連ね、アバヴ・ボードは、そういったクライアントのレコードをプレスし、小売店に出荷している。

アメリカ国内でのレコード盤売上は、CD販売開始後最高の売上を記録した。ちなみに、2014年の売上枚数1400万枚、2015年前半だけでも900万枚を売り上げた。この事実を知れば、レコード・ビジネスは昇り調子だ、と楽観したくもなる。しかし、業界全体のセールスが破竹の勢いで伸びているにも関わらず、ダンが扱っているインディーズのダンスミュージック・レーベル、そしてアバヴ・ボード自体も、現状の恩恵に与っていないと実感している。

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「レーベル経営者は、レコード製造期間が以前より長くなってしまった現状を受け入れるしかない」とダンはメールで吐露している。レコード生産の長期化に関しては、既に各所で報じられているとおりで、業界全体に影響を与えている。2015年12月、ダンがガーディアン紙に説明したように、レコード製造工場への需要が大幅に増加した結果、アバヴ・ボードが関わる作品の生産期間が何倍も長くなり、これまで1ヵ月程度の工程に、2~3カ月かかるようになってしまった。「(生産の遅れは)キャッシュ・フローに影響する。もし、アーティストにアドバンスを払ったり、グラフィック・デザイン、マスタリングに金をかけていたら、レーベルがそれを回収するのに、相当長い時間がかかってしまう」とダンは不安を隠さない。

遅れの原因となる、大量生産、追加発注が殺到するアルバムのなかには、驚異的な売上を記録した、Adeleの『25』のようなヒット作品も含まれている。ニールセンの2015年音楽業界レポートによると、PINK FLOYDの『Dark Side of The Moon』、BEATLESの『Abbey Road』、Miles Davisの『Kind of Blue』がレコード盤売上のトップ10にランクインしている。10位には、映画『Guardians of The Galaxy』のサウンドトラックがランクインした。10年ほど前から取り沙汰されている通り、レコードはトレンドだ。ここ最近のメインストリームへの食い込み様は凄まじく、企業が注力しなければならない1ジャンルになっている。HBOでは『Vinyl』という、ド直球なタイトルのテレビ番組が放映されるほどだ。

ここ数年で、レコードはどこでも買えるようになった。ディスコグス(Discogs)、ジュノ(Juno)、イーベイ(eBay)といったオンラインショップ、街のレコード屋、あげくの果てには、アーバン・アウトフィッターズ(Urban Outfitters)でも買える。しかし、世間一般の予想に反し、世界で一番大きな小売店はAmazonだ。先だってのホリデイ・シーズンに、Amazonで一番売れた音響家電は「レコード・プレーヤー」だった。イギリスでも、最大の音楽系小売店であるHMVは、国内で毎分1台のレコード・プレーヤーを販売した。食料品スーパーであるホールフーズ・マーケット(Whole Foods Market)、イギリスのテスコ(Tesco)も、食料品と合わせてレコードの取扱いを開始した。

2015年第1、第2四半期の業界総収入は約2億2200万ドル(約247億円)で、Multi-Channel Music Researchが検証したように、SpotifyやApple Musicなどの音楽のストリーミング配信サービスは、レコードを取り扱うレーベルの売上を奪うのではなく、レコードの売上に貢献しているようだ。現在、レコード・ビジネスを巡って多額の資本が動いている。しかし、世間が騒ぎ立てる「ヴァイナル・ブーム」という言葉は正しいのだろうか。それとも、ただ単に、大企業ががこれまでと違ったスタイルでレコードを売り出しているだけなのか。もしそうなら、インディーズのダンスミュージック・レーベルは、いかなる影響を受けるのだろう。

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世界的に有名なDJであり、先鋭的なハウス・ミュージックを専門に扱うシカゴのレコード店、グラマフォン(Gramaphone)のオーナーでもあるマイケル・セラフィーニ(Michael Serafini)は、ここ10年間のレコード・セールスがいかに推移したかを肌で感じてきた。彼は、「レコード・ブーム」には懐疑的だ。ブームに乗せられた新規の消費者たちが、音楽伝達のツールとしてレコードを評価している、とは信じていない。この変化は、メジャー・レーベルが、往年の名盤を見栄えのよいコレクターズアイテムとして再販し、それに目を付けた非音楽系の小売店が、他のアイテムを売るために「クールさを演出する小道具」としてレコードを選択した結果だ、と捉えている。セラフィーニは、アーバン・アウトフィッターズなどの企業を例に挙げ、「連中にとって、レコードはマーケティング・ツールだ」と斬る。「連中には、過去の名盤だろうが、EDMだろうが、人気のレコードをストックする金がある。若者に、レコードと一緒にパンツを一本買わせるんだ」「客が何を買うか、それは企業にとって重要ではない。レコードは利益のためでなく、より大きなアイテムに目を向けさせるツールだ。連中が売る音楽は、音楽ファンのための音楽じゃないんだ」

セラフィーニの言葉には一理ある。ロンドンの調査会社、ICMアンリミテッドによる2015年の調査で、レコードを購入した消費者の34%がレコード・プレーヤーを持っていない、もしくは使っていないことがわかった。ダン・ヒルは電話インタビューで、2015年にメジャー・レーベルから再発された名盤コレクターズ・エディションの急激な売上増を指摘していた。そういった名盤は数ドルで中古盤が買える、と彼は強調した。

20世紀初頭から販売が始まり、100年近くものあいだ、音楽を記録し続け、音楽ファンを楽しませたレコード。しかし、2000年を目前に控えた’90年代後半から、メジャー・レーベルは、技術革新と利便性に後押しされ、CDとデジタル音源販売に注力するようになった。レコードは、ノスタルジックな過去の遺産になってしまうかと思いきや、10年もしないうちにメジャー・レーベルはレコード・マーケットに戻って来た。戻って来ただけならまだしも、最近は、細々と好餌家相手にレコードをプレスし続けていた、インディー・レーベルをレコード・ビジネスから追い出さんばかりの勢いでプレス数を増やし続けている。

「Razor-N-Tapeを始めた当初は、6週間のスケジュールで動いていたのに、今じゃ12週間だ」とJKrivは教えてくれた。彼は、ブルックリンのインディーズ・レーベル、Razor-N-Tapeをアーロン・デイと共に運営している。Razor-N-Tapeには、DIMITRI FROM PARISなど、アンダーグラウンド・クラブシーンでヒットを飛ばすアーティストが所属している。「以前よりも長いスパンで仕事を進めなくちゃいけない」。JKrivが明言したのは、Razor-N-Tapeも他のダンス・レーベルと同様に被害を受けている、という現実だ。「メジャー・レーベルが無駄にクソみたいなレコードを再発してる。そのせいで、俺たちみたいな弱小レーベルが使ってたプレス工場がパンク寸前なんだ」

レコード生産長期化のせいで、弱小レーベルにとっては、年に1度の「レコード・ストア・デイ(Record Store Day)」に参加するのもひと苦労だ。このレコード・イヴェントの運営は、なぜだか、参加者が当日販売を予定している商品のリスト提出を義務づけている。こともあろうに7ヵ月前に…。このイヴェントは、1年で1番の売上げを見込める絶好の機会だけに、弱小レーベルは何としてでも参加しなければならない。しかし、1作品ずつしかプレス出来ない弱小レーベルにとって、7ヵ月先の計画など立てられるはずがない。 いかんせん、プレスをはじめ、レコードを完パケするまでのあらゆる工程が流動的過ぎる。

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Razor-N-Tapeのアーロン・デイとジェイソン・クリヴ

エレクトロニック・ミュージックのレコード・セールスは、売上枚数だけなら伸びている。ニールセンのレポートでは、2015年、このジャンルのLP売上枚数は57万2000枚。2012年は24万9000枚。しかし、ここ数年の売上枚数の大幅な増加は、小規模レーベル、インディーズ・レーベルには関係なく、弱小レーベルの懐具合はどんどん寒くなっている。資金がなければ、メジャー・レーベルが工場に提示する条件に対抗するのは難しい。

そもそも現存しているレコード生産のインフラでは需要に追いつけない。世界最大のプレス工場の所有者、トン・ヴァーミューレンが収集したデータによると、プレス工場は世界に50軒しかなく、うち19軒はアメリカにある。そんなプレス工場不足にも関わらず、アメリカでは過去5年の間に、数工場しか新設されていない。ニュージャージー州のステレオディスク(Stereodisk)、ニューヨークのヒットバウンド・マニュファクチャリング(Hit-Bound Manufacturing)、2016年の春にはデトロイトにサードマン・レコード(Third Man Records)工場のオープンが予定されている程度だ。高額な設備投資が必要なため、慌てて工場を開設しようとする起業家はほとんどいない。

レコード業界は、技術とともに進化しない珍しい業界である。機械は旧式の生産停止した部品で動いている。2015年に『FACT』が掲載した記事によると、プレス機1台10万ドル(約1100万円)以上、ネジ1本に5000ドル(約55万円)かかる。機械同様、電気メッキやマスタリングなど、プレス工程に欠かせない作業を担う人材の高齢化も進んでいる。「レコードに精通した人たちが、どんどんいなくなっている」とセラフィーニは危惧する。「そうすると音楽自体にも関わってくる。プレスの際は、きちんとマスタリングしないといけない。そうしないとクオリティが落ちる」

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レコード・インダストリー(Record Industry)は、世界一の規模を誇る、オランダ、ハーレムのレコード製造工場だ。オーナー、トン・ヴァーミューレンは、メジャー・レーベルがレコード生産ラインに与える影響を目の当たりにしてきた。ヴァーミューレンが同社を買収した1998年当時、レコード業界は過去10年続いた好景気で、総売上は全世界で約1億5000万ドル(約168億円)に達した。しかし、ファイル共有によるデジタル音源の普及により、2006年には5000万ドル(約56億円)を下回る売上にまで落ち込んだ。ヴァーミューレンは、現在も工場を運営しており、ソニー、ワーナー、ユニバーサルという音楽事業会社の、いわゆる「ビッグスリー」から、クローン・レコード(Clone Records)といったオランダ国内のテクノ・レーベルまで、多彩なクライアントと取引をしている。

レコード・インダストリーは、1日当たり約3万枚のレコードを生産している。33台のプレス機を稼働させ、自社のマスタリング、カッティング・ルームを所有し、ジャケット印刷まで、全工程を自社工場で賄っている。現在は、毎朝7時から夜11時のあいだ、2シフト制で安定した生産ラインを保っているが、ヴァーミューレンの希望としては3シフト制に増やし、1日の生産枚数を5万枚に増加させたいそうだ。発注は絶えることなく殺到しているが、同社はメジャーであれインディーズであれ、慌てるクライアントを満足させるよう努力している。「需要が多すぎてスケジュールに間に合わず、納期が後ろ倒しになってしまうこともある」とヴァーミューレンは頭を抱えた。「もちろん、生産ラインをメジャー・レーベルが占める割合は高いけれど、小規模レーベルも大量発注している」

話はニューヨークへ。秋雨の降るなか、ブルックリンフォノ(Brooklynphono)という、ファーンとトムのバーニッチ夫妻が経営する工場を訪ねた。夫婦はアンダーグラウンド・ダンスミュージックのファンで、ニューヨークのテクノ革新者、レヴォン・ヴィンセント(Levon Vincent)は友人であり、クライアントだ。急速に高級化が進むブルックリンのサンセット・パーク近くにある、軽量コンクリート・ブロック造りの建物を見つけて車を停めた。ドアにはターンテーブルの小さなステンシル。それだけが、ここでレコードをプレスをしている、という目印だ。中に入ると、さまざまな物質や化学製品の刺激臭が鼻をつく。プレス機の稼働音もかなりの音量だ。プレス機は5台だが、そのうち7インチ用の1台は、地元の廃品置き場から引き取ったそうだ。

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ブルックリンフォノのプレス機とプレスしたてのレコード

ブルックリンフォノの創業は2005年。現在、ブルックリン・ヴァイナル・ワークス(Brooklyn Vinyl Works)、ヒットバウンド・マニュファクチャリングと同様、ニューヨーク市内で操業している3工場のうちのひとつだ。2012年にはブルックリンの老舗工場EKSが閉鎖し、オーナーのウィル・ソコロフが同地区に新工場の開業を検討中である、と報じられている。バーニッチ夫妻はこの事業を10年以上続けてきた。00年代末の厳しい時期を耐えぬき、現在の繁忙期に至る。しかし、レコード業界の通例とは違い、ブルックリンフォノでは、2~3カ月の生産期間が、需要増のせいで長引きはしない、と妻のファーンはいう。同工場では、1日8時間勤務のみで、1日当たり12インチ2000枚、7インチ750~1000枚を生産している。トムによると、何年もかけて業務の能率化を計り、勤務時間、機材、人材を最大限に活用できるよう工夫し、単にプレス数を増やすのではなく、機械を出来るだけ長く使えるように仕事をデザインしたそうだ

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プレス機を操るトム・バーニッチ

「大工場に比べると、私たちの実入りはかなり少ない。だから、3台ではなく4~5台を稼働させて、大量にプレスすると儲けが出る」とトムは説明してくれた。「中規模工場は健全な経営ができる。20台以上の機械がある大企業になると、よっぽど上手くやらなくてはならない」 。トムによると、ブルックリンフォノのような中規模工場が儲けるには、顧客の基盤を築き、クオリティ・コントロールに集中するのが秘訣らしい。「良い製品を適切な価格で提供すれば、事業は続けられる」と彼は断言した。

ブルックリンフォノもメジャーと取引をしているが、懇意にしてくれる小規模クライアントの発注には極力対応する。トムは、メジャーとの取引を「十分に稼ぎ、逆境に備えて環境を整えるチャンス」と捉えている。「能力以上の仕事を引き受けたせいで、懇意にしてくれる小規模レーベルとの取引に遅れが出るのもわかる。私たちは、そうならないよう上手くバランスを取り、全ての顧客に対応している。ただ、メジャー・レーベルには対しては多めに請求し、大工場に負けないよう努力する。そうやって稼いだ資金で、新しい機械を購入したり、向こう10年使えるような設備に投資する」

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インディーズのダンスミュージック・レーベルに、レコード騒乱を生き抜き、成長する術がないワケではない。ブルックリンのパーティー集団であり、ハウス、テクノ・レーベル、ミスター・サタデーナイト(Mister Saturday Night)の共同設立者、ジャスティン・カーター(相方はエイモン・ハーキン)はダイハード・レコード狂だ。2人がレーベルを始めたのは2012年。土曜の夜(夏の間は毎週日曜)に街でDIYパーティーを開催しており、スタンパー製作から流通までの全行程を自らこなしている。

「アメリカ国内でのレコード生産システムが抱える問題にすぐに気付いた」とカーター。「かなり障害の多い業界だ」。ミスター・サタデーナイトは、多額のプレス費を前金を支払えるようなレーベルがひしめくなかで、レコード生産ラインを確保するには然るべき助けが必要だ、とすぐに悟ったそうだ。そして2013年、クロストーク(Crosstalk)とプロダクション契約を結ぶ。その会社に手数料を支払い、生産、製造の管理を委託する。そして、自分たちはレコードにまつわるあらゆる権利を所持し、ディストリビューターになる、という契約だ。しかし最終的に、デトロイトのFITディストリビューション(FIT Distribution)と一般的なP&D契約を結んだ。

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ミスター・サタデー・ナイトのジャスティンとエイモン

この契約と合わせて、ミスター・サタデー・ナイトは、「いっぺんに2タイトルをプレスする」戦略を採用した。それによって、新譜のストックが可能になり、リリース・タイミングもプレス遅延に左右されず、商品が出来上がるのを、1タイトルずつ震えて待つ必要もなくなる。

長い歴史があるイギリスのミュート・レコード(Mute Records)には、DEPECHE MODEやMOBYなど、エクスペリメンタル・エレクトロニック・ミュージックの大御所が所属しているが、そんな老舗ですら課題を抱えている。主に人気アルバムの在庫確保の難しさだ。「M83の『Hurry Up, We’re Dreaming』などの在庫不足に悩まされている。再プレスに6ヵ月かかることもある」。ミュート・レコードのマーケティング及びレコード生産責任者、ニコール・ブロンダーからのメールに、そう記されていた。同社は在庫不足を避けるべく、早めの再発注を心懸けているが、それでも何カ月も在庫がない、という状況に陥るそうだ。「状況を知らなファンは失望する。それは、私たちも同じ」とニコール。「こういう状況だと、何を伝えても不安にさせてしまうし、最悪の場合、弊社の損失になりかねない」

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メジャー・レーベルと取引のある多くのディストリビューターは、この需要高で利益を得る一方、インディーズ・レーベルとの取引しかない企業は危機感を抱いている。FITディストリビューションのアーロン・シーゲルも例外ではない。クライアントにはテオ・パリッシュが代表を務めるサウンド・シグネチャー(Sound Signature)、フアン・アトキンスのメトロプレックス(Metroplex)など、アメリカの象徴的なダンスミュージック・レーベルをクライアントに持つが、プレス遅延を避け、プレス業者とレーベル・オーナーの間の思惑を管理すべく、ある戦術を採用している。「みんなに『いつできるんだ?』なんて何度も何度も聞かれたら、プレス工場も疲弊してしまう。だから僕はリリース日を発表しないようにしている。いつできるかなんてわからないから」

インディーズのレコードビジネスで生き残り、うまくやるには、「障害」をいかに克服するか、その術を見出さなければならない。マスタリングや電気メッキなどの作業をになうべテラン職人がいなくなってしまった今、若く優秀な人材が必要だ。さらに、新しいプレス工場、プレス機、そして、それらを生産してメンテナンスする持続可能なシステムを整えなくてはならない。ニュービルト・マシナリー(Newbilt Machinery)の新システムが始動しているが、それには16万ドル(約1800万円)以上かかる。おそらく一番大切なのは、マイケル・セラフィーニが指摘したように、消費者がギフト商品的レコードにうんざりして、メジャー・レーベルがその類いのレコードプレスを止めることだ。

プレス工場がたくさんあり、その工場には新品のプレス機があり、遅れなどまったくない世界、なんて理想は非現実的だ。ジャスティン・カーターは、工場の経営者は「本当にレコードが好きな人でなければ」ダメだという。「需要は供給を上回っているけれど、実際に新しいプレス機をつくるほどではない。機械の開発には何百万ドルもかかる」。いくら売上が急上昇しているとはいえ、1973年のレコード黄金期にはほど遠い。当時の売上は、シングル盤だけでもアメリカ国内で5億ドル(約560億円)以上だった。「『レコードはまだまだ需要がある』とはいえ、実際どれくらいの需要があるのだか」とカーターは疑問視する。「音楽を聴きたかったら、レコードを買わなければ音楽を聴けなかった時代の生産枚数には到底及ばないだろう」

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それでも、業界を盛り上げるレコード狂がいる。『Pitchfork』のインタビューによると、熱心なレコード・ファンであるジャック・ホワイトのレーベル、サードマン・レコードは、立派なプレス機を備えた930平方メートルにも及ぶ工場をデトロイトに開設する計画を立てている。ニュージャージー州ケニルワースのステレオディスクも、マスタリング・スタジオからプレス設備まで揃えており、いわゆる「ワンストップショップ」として操業中だ。元々ブルックリンのプレス工場で従業員をしていたレアンドロ・ゴンザレスが、半自動プレス機1台で2015年に開業した。そこでは、少量のハイクオリティ・プレスを、インディーズ・レーベル専門に請け負っている。

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レコード製造に使用される緑色の小球

広い音楽市場でどんなに変化が起ころうと、これだけは確かだ。ダンスミュージック・コミュニティで、レコードは愛され続ける。アメリカのテクノ・アーティスト、AMBIVALENT(L4-4Aという名義でも知られる)からのメールによると、本当の音楽ファンやDJたちは、根っからのコレクターだそうだ。「私が知っているDJは、みんなレコードが好きだからレコードを使うし、心底、レコード・ファンだ」と教えてくれた。「真のファンは、なくならない、手に取れるモノを所有したいんだ。デジタル音源でプレイすることもあるけれど、レコードを買い続けている。使い勝手とか効率とか利便性の問題ではない。モノとして残ることに価値を見出しているんだ」

レコードをプレスし、発送するために懸命に働くインディーズ・レーベルのオーナーは、現金を早く手に入れたい、作品を何百万枚も売りたい、とは望んでいない。何よりも、自分たちの音楽を良い音で、意味のあるカタチで世に出したいのだ。「レコードには賛否両論ある。決してレコードが最高のフォーマットではない。ただ、レコードは『時間と空間』だ」とブルックリンフォノのトムは想いを吐露した。「誰かが情熱をかたむけて創ったレコードを、5000人、1万人のファンが聴いて楽しむ。それがレコードの魅力だ」