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医療大麻合法化を目指す活動家、デニス・ペロンの看板. Photo courtesy J. Tony Serra

1994〜98年のあいだ、デニス・ペロン (Dennis Peron) は、連邦法及び州法を完全に無視し、大麻密売で成功を収めていた。彼は、サンフランシスコに「大麻買人倶楽部 (Cannabis Buyer’s Club, 以下CBC) 」を開設し、希望者に大麻を提供していたが、CBCに入るには条件があった。「会員は病人、身体障害者でなければならない」

当時、既に活動していたエイズ患者のための「バイヤーズクラブ」は、患者の症状を緩和するために、米食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)非承認の薬を提供していた。ペロンはそれに習い、エイズ患者にも大麻を提供し、吸引するための安全な場所としてCBCを開設した。そして彼は、末期癌患者や高齢者など、徐々に顧客層を広げていった。

有名な大麻ディーラーであり、活動家でもあったペロンがCBCの開設を思いついたのは、1990年、自宅を強制捜査された後である。彼が大麻を販売している、との密告を受けた警察は強制捜査により大麻約115グラムを押収し、ペロンには大麻販売意図があった、と起訴した。しかし、その大麻はペロンの所有物ではなく、彼の恋人であるジョナサン・ウエスト(Jonathan West)の所有物だった。

「これまでたくさんの大麻を売った」とペロンは自費出版の回想録『いかにしてゲイでヒッピーの無頼漢がエイズ危機をキッカケに大麻合法化を目論んだのか(How A Gay Hippy Outlaw Legalized Marijuana in Response to the AIDS Crisis)』に記している。そこには、「しかし、その晩は売っていなかった」とも記されている。

ウエストは末期エイズ患者であり、10種類以上もの処方薬の副作用による吐き気や食欲不振と闘うため、大麻を使用していた。そして、ウエストは強制捜査の2週間後に他界した。

1996年、ペロンは、「悲しみのなか、私はジョナサンを『愛の遺産』として後世に伝える決意をした」と『LAタイムズ』の取材に応じている。「ジョナサンの人生、死、大麻のおかげで彼が最後まで威厳を失わずに過ごせた事実、それをみんなに伝えるのが私の道徳的責任なんだ」

痛みや吐き気を緩和するために、大麻を使用するエイズ患者はウエストだけではない。1990年、『ワシントンポスト』に「エイズ患者の地下ネットワークを通じて口コミで広がる医療大麻の効能」について記事が掲載されていた。現在の米国では、大麻の医療効果が確認され、処罰の対象とならない薬物として完全に認められつつある。この現状に至るには、過去のエイズ患者と、大麻使用権を求めて奮闘した先人の努力があった。

医療大麻合法化運動の物語は、米国初の合法大麻医療患者であるボブ・C・ランドル(Bob C. Randall)から始まった。彼は、ワシントンDCのサンルームで大麻を栽培した容疑で逮捕されたが、1976年の法廷では、大麻吸引は医療的必然性がある、とのランドルによる主張が認められ、当時にしては異例ながら、被告に有利な判決が下された。退行性緑内障の症状悪化を抑え完全に失明するのを抑える唯一の薬だ、とランドルは主張したのだ。

この主張に対して連邦政府は、治験薬のコンパッショネート使用プログラム(Compassionate IND Program, 以下INDプログラム)を開始し、ランドル他14人の消耗性疾患を有する患者を対象に、政府が認可する大麻の吸引を許可した。これがきっかけとなり、ランドルと彼の妻アリス・オレアリー(Alice O’Leary)は、医療大麻の必要性を提唱し始め、今日知られる合法化運動の礎となったのだ。

1990年には、フロリダの法廷で、HIV陽性者のケンとバーバラ・ジェンクス (Ken and Barbara Jenks)夫妻の大麻所持には医療的必然性がある、と判決が下され、エイズ患者として初めて医療大麻のコンパッショネート使用が認められた。このニュースによって、INDプログラムと大麻の医療効果の関係に、国民の注目が集まった。

「エイズ危機以前は、医療用大麻の合法化運動はあまり活発ではなかった」と米国のシンクタンク「ドラッグ・ポリシー・アライアンス(Drug Policy Alliance)」のディレクター、イーサン・ナーデルマン(Ethan Nadelmann)は、運動の歴史を振り返った。

ランドルとオレアリー夫妻は、エイズ患者がINDプログラム利用を申請するよう、積極的に働きかけ始めた。ランドルは、「大麻・エイズ・リサーチサービス」を開設し、エイズ患者のINDプログラム申請を支援した。1991年のナショナル・エイズ・カンファレンスでは申請書を配布した。その結果、これまであまり知られていなかったINDプログラムに何百通もの申請書が届き、少なくとも28人の新しい患者が加入を認められた、そう『危害の削減:国内及び国際的展望(Harm Reduction: National and International Perspectives)』には記されている。しかし、1992年3月、需要増加の直後にプログラムはひっそりと中止になり、事実上、唯一の医療用大麻の合法入手ルートが絶たれてしまった。

ペロンは、医療用大麻合法化を実現するために、大麻、エイズ、同性愛をテーマに掲げる活動家を募った。そして1991年、サンフランシスコ市内での医療用大麻使用を認める条例「プロポジション(住民提案)P」の可決を目指して、「賛成に投票しようキャンペーン」を決行した。結果、4対1の圧倒的な得票差で同条例は可決された。

「非常に大きな支援を受け、本当に驚いた」と回想したのは、大麻法の修正を目指す「NORM(The National Organization for the Reform of Marijuana Laws)」のカリフォルニア支部ディレクター、デール・ゼリンガー(Dale Gieringer)だ。彼は、ペロンと共に「プロポジションP」キャンペーンを主導していた。「麻薬戦争の真っ只中だったので、あまり支持を集められないと考えていた」

大麻のロビイストであるクリス・コンラッド(Chris Conrad)は、「秘かに大麻を使っている癌患者が、たくさんいるのはわかっていた」そうだ。「しかし、医者、看護師、患者の全員がそれを秘密にしていた。HIV感染者とエイズ患者のコミュニティが表舞台に登場するまでは」。その後、世間にも大麻の医療効果が広く知られるようになったが、「エイズ患者のコミュニティでは、いつか捜査の手が及ぶ、政府は助けてはくれない、とみんが懸念していた」そうだ。

1996年、コンラッドは、ペロン主導の「プロポジション215」キャンペーンの応援を依頼された。プロポジション215は、カリフォルニア州全土での医療用大麻使用を認める条例だ。コンラッドは躊躇なく参加した。

キャンペーンもたけなわになる頃には、ペロンは公然とCBCを運営していた。CBSやユニビジョンなどのテレビ局も、CBCと医療用大麻患者の特集番組を放映した。

「それは本当に賢いやり方だった。ペロンはメディアをうまく使った」とゼリンガーは賞賛する。

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CBC内の大麻メニュー. Photo courtesy J. Tony Serra

しかし、カリフォルニア州の麻薬捜査班は、ペロン立件を諦めず、1996年8月5日、CBCへの強制捜査に踏み切った。

だが、この動きは裏目に出た。サンフランシスコ市関係者は公に捜査を非難した。『ニューヨークタイムズ』は、当時の市長ウイリー・ブラウン(Willie Brown)がこの捜査を「ゲシュタポ(秘密国家警察)」になぞらえた、と掲載した。全国の新聞に掲載されている漫画「Doonesbury」でも、捜査を「弱い者いじめ」と風刺した。カリフォルニア州の検事ダニエル・ラングレン(Daniel Lungren)は、「CBCは、一般市民への大麻販売の最前線だ」と主張したが、世論は「州が病人や障害者を厳しく取り締まっている」と捉えていた。

この強制捜査によって、ペロンと医療用大麻は全国規模の注目を集め、左派の投資家ジョージ・ソロス(George Soros)は、プロポジション215・キャンペーンに資金援助した。更に、薬物政策についての批評家ネーサン・ナーデルマン(Nathan Nadelmann)は、プロのキャンペーン・オーガナイザーを雇い、プロポジション215が可決されるよう尽力した。

資金、組織、そして国民の注目を得て、プロポジション215は、賛成投票56パーセントを獲得して可決された。連邦法には存在しないコンパッショネート・ユース制度は、カリフォルニア州居住者に、医療用大麻の所持と栽培を正当化する積極的抗弁の後ろ盾になった。

20年後のこんにち、全米25州に合法大麻プログラムがある。現在の患者たちが大麻の医療効果を享受できるのは、大麻合法化のために戦ってきたデニス・ペロン、ボブ・ランドル、アリス・オレアリー、そしてたくさんのエイズ患者がいたからであろう。

日本での大麻合法化を目指す人々を追ったレポート。2013年公開。取材した森山繁成氏、高樹沙耶氏は、2016年10月に大麻取締法違反(所持)容疑で逮捕された。