暴排条例のこともありますし、今回はとくに取材対象者との距離感のとり方が難しかったんじゃないかと思うんですが。

ケースバイケースでしょうね。やっぱりヤクザとテレビ局員は、お店でご飯を食べたら割り勘です。何かをあげたり貰ったりすることもできません。暴排条例上、利益供与に該当するとそれだけで捕まる可能性があるからです。祝い事があったからとヤクザが一升瓶のお酒を用意して、「みんな持って帰ってくれ」と言ったとしても、「ありがとうございます」と言いながらわざと忘れてきます。申し訳ないけど、気持ちだけいただいて物は貰ってこない。暴排条例は、一般人が罰則を食らう法なんです。反社会的勢力に寄与するようなことをした場合には、公表及び罰則を与えることになっている。だから、そう簡単には交流できない。仲良く酒を酌み交わしてワイワイやりたいようなことがあっても、それは叶わないことなんです。彼らは「なんでもっと腹を割ってくれへんねん」と寂しがっている。「冷たいでぇ」と。喫茶店ぐらいは一緒に行ってもいいんですが、誘われたときたまたま用事があって断ると、彼らは、「暴排条例があるからやな」と思うようです。心の齟齬が生じてしまうんですね。

テレビ放映版と比べて劇場公開版は二代目清勇会舎弟の大石さんと部屋住みの子の関係が強調されている気がしました。例えば、大晦日の夜のシーン。

あれはテレビで放送したのには入ってないですね。大石さんが若い部屋住みの子に接しているのを見ていて、ヤクザはこういう疑似家族みたいなものを必要とする人たちなんだと実感しました。大石さんが部屋住みの子に、「お前がしっかりならんかったらな、面白ないんや」と言います。あのたった一言で、不思議とあったまるというか。あの部屋住みの子は、これまでヤンチャをやってきた河野さんのようなヤクザらしいヤクザとはあきらかに違うタイプですよね。この子はヤクザを続けていけるのかなと観ている誰もが思うでしょう。一般社会からのこぼれ方が以前より多様になってきています。こういう人たちがヤクザの世界に受け入れられて、身を寄せあって生活をしている。悪いことをしたら徹底して取り締まるべきだと思うんです。だけども、そうじゃない者まで、根絶やしにするようなやり方をしていると、あんまり住みよい社会にはならないかもしれないって感じますよね。大石さんと部屋住みの子の話は、テレビ用に72分に収めようとしたときにはカットしましたが、映画館で観てもらう96分のバージョンに入れると、ひとつのテーマを持って立ちあがってくると思いました。

ふたりのシーンも含め、試写室で何度も笑いが起こっていました。

やっぱりユーモアは必要です。昔、RKB毎日放送に木村栄文さんという方がいらっしゃいました。栄文さんはディレクターとして、水俣病から炭鉱の問題、日韓関係、日米戦争、知的障害のある自分の娘さんとか、いろんなドキュメンタリーを撮られていました。作家の吉岡忍さんが、晩年の栄文さんをご自宅に訪ねられたとき、「あなたが撮っていたもの、それはなんですか?」と質問されました。栄文さんはパーキンソン病で言葉があまり出なかったので、柔らかい筆ペンを使って「コメディ」と書かれたんですって。そのエピソードは僕の心に、すっと入ってきました。厳しかったり、冷たかったり、あたたかかったり、やさしかったり──人間のいろんな諸相を見せようっていうのがドキュメンタリーの仕事なんだろうと思います。『ヤクザと憲法』にも、そうした人間の諸相を感じてもらえると思います。

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早稲田大学小野記念講堂で行なわれた先行試写会(Wasedocu4)のトークイベントでの阿武野勝彦プロデューサーと圡方宏史ディレクター

阿武野勝彦(あぶのかつひこ)
1959年生まれ、静岡県出身。81年東海テレビ入社。アナウンサーを経てドキュメンタリー制作。おもなディレクター作品に「村と戦争」(95)、「約束~日本一のダムが奪うもの~」(07)など、プロデュース作品に「とうちゃんはエジソン」(03)、「裁判長のお弁当」(08)、「光と影~光市母子殺害事件 弁護団の300日~」(08)などがある。また、劇場公開作品の『平成ジレンマ』(11)、『死刑弁護人』(12)、『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』(13)、『ホームレス理事長 退学球児再生計画』(14)、『神宮希林 わたしの神様』(14)をプロデュース、『青空どろぼう』(11)、『長良川ド根性』(12)を共同監督。「とうちゃんはエジソン」と「裁判長のお弁当」でギャラクシー賞大賞を受賞している。

公開情報
映画『ヤクザと憲法』
2016年1月2日(土)よりポレポレ東中野にてロードショー、ほか全国順次
www.893-kenpou.com