私がジューダス・プリーストを初めて観たのは「小林克也ベストヒットUSA」でしたね。ライヴの模様を放送してたんですが、中央にドでかいマーシャルのアンプが二台そびえ立ってましてね、まずその上にドラムが組んでありました。で、ブロロ~ン、ブロロ~ンとエンジン音が鳴ったと思ったら、マーシャルが観音開きしましてね、そこからハーレーに乗ったロブ・ハルフォードが出て来たんですよ。アクセル吹かしながら客を煽るんですよ。で、股がって歌う。たまげましたねぇ~本当に。更にメタルなのになんでか短髪だし、スラッとした感じでもない。むっちりしたリンゴ・スターみたいでね。レイザーラモンHGとか。まっ、90年代にゲイであることをカミングアウトしてそのボンヤリは解決したんですけどー。

そんな観音開きプリーストが絶頂だった1984年に9thアルバム『背徳の掟(Defenders of the Faith)』がリリースされました。私も友&愛にレンタルしに行ったのを覚えています。たぶんおニャン子と森尾由美も一緒に借りました。そんなみなさんの甘酸っぱい思い出がたくさん詰まった『背徳の掟』30周年記念デラックス・エディションがこの度リリースされるのです。ウォー!!更に3月には来日も決まっています。ウォー!ウォー!

そんな訳でロブ・ハルフォードはかく語りき。来日記念インタビュー第一弾では『背徳の掟』を振り返ってくれました。

1974年の『ロッカ・ローラ(Rocka Rolla)』でのデビューから10年間で、ジューダス・プリーストは歩みを止めることなく9枚ものスタジオ・アルバムをリリースした。80年代は『ブリティッシュ・スティール(British Steel)』に始まり、『黄金のスペクトル(Point of Entry)』を経由し、商業的には最も成功した『復讐の叫び(Screaming for Vengeance)』へとつながる。そして途方もないクライマックスとなったのがスペインのイビザ島で録音された『背徳の掟』。「ジョウブレイカー」(フェラチオ)、「イート・ミー・アライブ」(銃を突きつけられてのフェラチオ…ティッパー・ゴアの悪名高き「最も不愉快で汚らしい15曲」リストで第3位に入った曲)、「誘惑の牙(Love Bites)」(吸血鬼のいざない)、そして人類が書いた最高のバイクアンセム「鋼鉄の魂(Rock Hard Ride Free)」などを収録した『背徳の掟』は、大量のリフやアンセム的なコーラス、そして汗まみれの暑苦しい男性愛について、これでもか、といわんばかりに嵐のように浴びせてくるアルバムだ。30年以上もロック界に君臨し、メタルをケツに突っ込んで来た記念として、ジューダス・プリーストは豪華なトリプル・ディスク・エディションでこのアルバムを再リリースする。そしてカリフォルニアのロングビーチアリーナで1984年5月5日に行われた、鉄板セットリストのライブ音源も収録される。そこでハルフォード氏に電話インタビューを行い、情報を聞き出してきた。以下はその内容である。

――1984年の『ブリティッシュ・スティール』から始まって『黄金のスペクトル』『復讐の叫び』と、一連の大ヒットを経験した訳ですが『背徳の掟』での作曲やレコーディングではプレッシャーは感じていましたか?

そんなことを考えている時間はなかった。われわれは光のスピードで突き進んでいたんだ。あの時のセッションで一番よく覚えているのは、今では伝説となったデボア(カリフォルニア州サンバーナーディーノ)での「US Festival」のコンサートの後にすぐにレコーディングに取り掛かったことだ。ショーを終えて、全員でイビザに直行した。だから、あの素晴らしいイベントの余韻が残っていて、大きなモチベーションにつながったんだ。セッションを始めるにはもってこいだった。

――プリーストはこの時期、高い音楽性を維持しながらも熱心なペースで活動を続けていましたね。最初の9枚のアルバムはどれも違ったレベルで素晴らしいのですが、そのようなバンドは他には本当に思いつきません。

おお、ありがとう。80年代のあの時期は1年に1枚のペースでアルバムを出していたけど、一体どうしてそれが可能だったのかはわれわれにも分からないよ。ツアーに出て、数週間の休みをとって、また曲を書き始めるという感じだった。『背徳の掟』に関しては、本当に必要最小限のアイデアだけがあったんだが、イビサに行ったらすぐに大部分が出来上がってしまった。あのアルバムで好きな部分は『復讐の叫び』からプロダクションの手法をガラッと変えたことかな。『背徳の掟』には、ザラザラしたハードでシンプルなバイブがあると思う。トム・アロムの素晴らしいミックスで『復讐の叫び』よりも強力で緻密なサウンドになった。もちろん、今でもセットリストに入るようなクールな楽曲も入っているしね。

――当時のレコーディングの雰囲気はいかがでしたか?あの頃はまだ毎晩のようにパーティしていたのでは?

ふふ(笑)あまり覚えてない。とにかく、ドラッグと酒に溺れていたから。どうやって乗り切ったんだろう?まぁ、ありがたいことに、周りに冷静なスタッフがいたからだろう。当時のイビサは…今でもそうだと思うけど…快楽主義を突き詰めたような島だった。スタジオのドアを閉めて仕事が始まったら「さあ、やろう!」って感じだった。困ったのはドアが開放された後だ。(笑)イビサでは何でもありだからね。それは今でも変わらない。奔放で自由な「カリギュラ」的バイブがある。そんな環境であの素晴らしいアルバムが生まれたんだ。個人的には、『ターボ(Turbo)』のセッションですべてが最高潮に達したんだがな。

――ちなみに『背徳の掟』用のレコーディング・スタジオを建てるところから始めなくてはならなかったと聞いています。『黄金のスペクトル』、『復讐の叫び』で使ったスタジオは閉鎖されてしまっていたと。

まったくその通り。まるでスパイナル・タップみたいなエピソードだ。スタジオのデスクを丸太小屋に運び込んでね。当時、スタジオデスクは馬鹿デカくて怪物みたいな金属の塊だったからね。まるでノアの方舟みたいだった。みんな頭に血が昇っていた。「なぜこんなことやらなきゃならないんだ!? 俺たちはプラチナムバンドなのに!!!!!」ってね。でも英国人の強固な意志で、上唇を噛みしめて、「落ち着いてやり遂げよう!」という姿勢になったんだ。(笑)古きブリタニア、「華やかさと栄光」的なバイブだった。「帝国建設」ならぬ「スタジオ建設」だったがな。スタジオは見せかけだけで、島に着いた時はマイクすら無かった。文字通りゼロからのスタートさ。その姿勢がアルバムにも表れているかもしれないな。「さて、とりあえず乗り切った。これで傑作アルバムを作れる」という感じだった。

――アルバムで私が好きな曲の1つが「ジョウブレイカー」です。もちろんフェラチオについての歌ですが、当時ファンは理解していたと思いますか?

ふふ(笑)!確かにそれらしいことは歌っている。無意識のうちにゲイ魂が溢れてしまったのかもしれない。あの曲を聴いて大きなペニスを思い浮かべてもらえれば、それはイメージにはまるだろう。(笑)でもそれと当時に、「ランボー」的な性格を持った「Jawbreaker」という架空のキャラクターについての歌でもある。女性でもいいんだ。歌詞で色々遊ぶのは好きだよ。好きなように解釈してもらって構わない。本当にグレートな曲だね。今やっている「Redeemer of Souls」ツアーでも演奏してるよ。

――「イート・ミー・アライブ」はティッパー・ゴアの悪名高きリスト「最も不愉快で汚らしい15曲」に入りましたが。

そうだ。まあ、クレイジーだ。分別のある現在の社会で、当時のクレイジーな発言や行動を理解しようとするのは分かるよ。ロックやメタルにのめり込んでいる子供を持つ親なら、どんな音楽を聴くべきか、指導しなければならない責任感は感じるはずだ。映画のように音楽にランク付けすることについても、良識は感じられる。でも周囲の人間たちによって完全に誇張されてしまっているね。才能のある人物がネガティブな見方をされるのは好きじゃない。われわれであれ、ツイステッド・シスターであれ、シーナ・イーストンであれ、プリンスであれ、ね。まるで悪の権化のような扱いだったな。この点は声を大にして言いたい。まあいずれにしろ、いいリストだ(笑)。話題の映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』の1984年プリースト・バージョンといったところか。(笑)

――更に「誘惑の牙(Love Bites)」は、吸血鬼の誘惑について歌っていますね。つまり近年の吸血鬼ブームのかなり先駆けだったわけですが、曲のインスピレーションはどこから?

ただの想像の産物さ。ゴシックでブラム・ストーカー的なもの全般が好きなんだよ。その手の現実逃避に没頭するのがいいのさ。ドラキュラみたいな雰囲気の曲を書いてみたいと常々思っていたし、セクシーなバイブもあるしね。本当にシンプルな曲なんだけど、ボーカルとドラム、それにかき上げるようなリフから始まる最初の部分が好きなんだ。構成もいろいろな特徴があってエネルギーに溢れている。プリーストの視点からはとても明確な宣言が成されている。「長く愛される曲を書こう」とね。そしてあの曲では正にそれが実現したんだ。

――サブリミナルで「Drink a lot of milk」というセリフのバックワード・マスキングをあの曲に入れようとしていたというのは本当ですか?

(笑)いいや、それは都市伝説だろ。俺たちはその手の事が悪影響を及ぼすという大衆の思い込みを無くそうとしていたんだ。実際には悪影響はない。バックワード・マスキングをやった多くのバンドは、ただのジョークのつもりだったのさ。ロックンロールはいつも危険に見える要素で一杯だ。そしてロックンロールは挑戦を忘れては駄目だ。常に人々を刺激して、何らかの反応を引き出すことができる。そうじゃなかったら何の意味がある?

――「鋼鉄の魂(Rock Hard Ride Free)」は究極のバイクアンセムですね。あなたのバイク愛は良く知られているところですが、それに関する歌ですよね?

愛情は確かに持っている。背中の手術をしてからは好きなように乗れなくなっているけれど、バイクに一度でも乗ったことがある人にはあの感触が分かってもらえると思う。乗ったことがない人に説明するのは無理だね。本当はやるべきじゃないが、ヘッドフォンをしてバイクにまたがり、エンジンを吹かしながらこの曲を聞くのは最高にクールなことさ。ロックンロールの自由と解放の精神について歌っているんだ。

――「叛旗の下に(Some Heads Are Gonna Roll)」は、『復讐の叫び』でも「運命の鎖 (Take These Chains)」を書いたボブ・ハリガンJrの手による楽曲です。外部のクリエイターを招こうと思ったきっかけは?

当時の課題は、ロックンロールのラジオを通じてメタルのゴスペルを広めることだった。ボブは本当に才能溢れる人物で、わたしのソロでも曲を提供してもらっている。でもプリーストのバンドとしての長年の活動を通じて、みんなでラジオのための曲を書こうとしたことはなかったと思う。率直に言って、俺たちにはそんな能力はないと思っていたからね。そんなタイプのバンドではなかった。だから「リビング・アフター・ミッドナイト」や「ブレイキング・ザ・ロウ」、「ユーヴ・ガット・アナザー・シング・カミング」といった曲がラジオでヒットしたのは、まったくの予想外だった。正しい素材で作られた楽曲だったんだろう。でもボブとは、ラジオに提供するための曲について話し合った。ラジオはまだまだロックンロールの世界にとっては非常に重要だったからね。本当にいい曲さ。彼が提供してくれた楽曲の素晴らしい点は、あたかもプリーストが書いたように聞こえるということだね。

――『背徳の掟』の30周年バージョンに、1984年5月5日のロングビーチアリーナでのライブが収録されますね。何か思い出はありますか? 当時、ライブ中継されたのでは?

そうだ。確か金曜か土曜の夜で、不穏でメタリックな轟音が南カリフォルニアを席巻していた。みんなクレイジーになっていたね。古くからのファンのサポートと、あの夜初めてプリーストを見る新しいファンがいて、エキサイティングな夜だった。あれは11時を遥かに過ぎた生のアリーナで、スタジオワークをいかに聴かせるか…という意味では上出来のライブだったよ。