新作『From the Very Depth』レビューに続き、まさかのインタビューでVENOM祭り。
現役バリバリのメタル仙人!クロノス、伝説のCOMBAT TOURを語る!

イギリスの暗黒メタル将軍VENOMは、1982年『Black Metal 』で新しいメタル・ジャンルを打ち立て、1985年、満を持してアメリカに宣戦布告することになる。

悪魔渡米!
オメーらの頭蓋骨をかち割ってやる!
ステージを燃やすぞ、コラ!

そんな勢いだった。

クロノス(b/vo)、マンタス(g)、アバドン(ds)は、『Possessed』(’85)リリースを機に、北米ツアーを計画した。初めてアメリカ・ツアーは’84年。サポート・アクトは、なんとMETALLICA。しかし、東西の海岸沿いを巡業するだけの小規模なツアーだったため、北米全体をカバーするために再上陸を画策した。そしてこれまたビックリのサポートは、生まれたばかりのスラッシュ・マエストロ、SLAYERとEXODUS。クロノスは当時を振り返り「あれがどれだけ画期的だったかみんな理解していなかった。あの当時メタルは成長期だったんだが、本当にゆっくりだった。だから、あのツアーはオーディエンスに、何かが起こっているんだ、と理解させるためにカマしたんだ。3バンドを観ても、客は口をポカンと開けて突っ立ってるだけだった。中には、あのツアーが人生の分岐点になったヤツもいるはずだ。あの後から急に、色んなことが動き出したんだ。バンドが至る所で結成されたり、自信を無くして解散していった」

しかし、ツアー開始直前に、VENOMはトラブルに見舞われた。出発前日に悪の尖兵だったはずのマンタスが、「水疱瘡にかかったのでツアーに行けない」と寝言をほざいたのだ。閻魔大王クロノスとアバドンはすぐに代わりのギタリストを見つけ、ツアーを決行した。しかも二人。長いセットリストの前半、後半をそれぞれ二人のギタリストに担当させる、というしたたかなアイデアだ。
カナダ、アメリカ東海岸に呪いをかけ、暴動、宗教的な抗議、キャンセル、といった悪魔に憑依されたミュージシャンは欠かせない、呪われた伝説も創り出した。更に悪名高い伝説となったのがNYスタジオ54でのライヴ。このスタジオ54は70年代後半にオープンしたクラブ…というかディスコ。ダイアナ・ロス、エルトン・ジョン、アンディ・ウォホール、カルバン・クラインだかなんだかの御セレブどもが、夜毎、山のようなコカイン、酒、セックスに溺れていた伝説のナイト・スポットだ。そこに、VENOM、SLAYER、EXODUS、という魑魅魍魎をなぎたおす閻魔大王軍団が乗り込んだ。「みんなジョン・トラボルタとか、サタデー・ナイト・フィーバーとかクソみたいなことを話していたけど、俺たちは全く気にしなかった。「ジョンって誰よ?」ってな感じでね。」クロノスは笑いながらいった「天井からミラーボールがぶら下がってた。このクソディスコが、という感じだった。それはそれで面白かったけどね」。
ちなみにこ日のライブは『The Ultimate Revenge』というタイトルでビデオ・リリースされた。

——最初のUSツアーは指で数えるほどのショーしかしませんでした。ULTIMATE REVENGE TOURはこれのやり直しということだったのですか?

そうだ。’84年はのツアーは、METALLICAが前座で、東西海岸でしかやらなかった。ニュージャージーのライブが終わってから、ファンと話したら、みんなとんでもないところから来てたのがわかったんだ。テキサス、コロラド…何マイルも旅してショーに来てくれてたんだ。それまで情報が無かったから、何がアメリカで起こっていて、何かが始まろうとしてるのか、ってことも知らなかったんだ。
それまでにアメリカに行ったイギリスのバンド、例えばバッド・カンパニーとかディープ・パープルなんかは、便所紙を引っ張るような音しかだしてなかった。で、アメリカでやるには「Petrol Stop」が良いって言われて。初めて聞いた言葉だったんだけど、バンドが5、6回サイズ的にいいクラブでショーをやった後、ちんけなストリップバーでショーをやって数ドル貰うんだ。機材車に給油出来るようにね。それが「Petrol Stop」のことだったんだ。まあ、俺たちはそんなストリップ・バーなんかイヤだったから84年のツアーは小規模だった。だから85年はちんけなところもでもライブをしよう、ってことになったんだ。あと、ちなみに俺たちにとっあのツアーは『Possessed』の ツアーであって、ULTIMATE REVENGEってのはビデオのタイトルだ。

——SLAYERとEXODUSと一緒だったんですよね。

今ではブラック・メタル、スラッシュ・メタルなんて珍しいものではないけれど、当時はみんなそれがどんなものか知らなかった。同じようなヴァイブスのミュージシャンを見つけるのは難しかったから、俺たちをサポートしてくれるバンドを探したんだ。俺たちのショーを楽しんでくれるのは、ドブから出て来たようなヤツらだ、って知ってたからね。おかしなヤツらは大歓迎だった。それこそ俺たちが求めていたオーディエンスだった。パンク世代を生き抜いて、次の刺激を求めているようなクソ野郎を探してたんだ。70年代のロックは、80年代のクソ野郎にとってガラクタだった。俺たちは、ヘボ・メタルをブッ潰したかったんだ。パンクを爆発させて、ションベンの中に放り込んで、メタルのあるべき姿を見せつけてやりたかったんだ。

——SLAYERはどうでしたか。

実は、ジェイムズ・ヘットフィールド(METALLAICA)が俺にSLAYERのことを教えてくれたんだ。METALLAICAとショーをした後、ヤツらとイギリスで、SEVEN DATES (OF HELL)ツアーをした。ヨーロッパではHELLHAMMERとかMERCYFUL FATEとか新しいバンドが出て来てるけど、お前ら以外にヤベぇアメリカのバンドはいないのか、って聞いたんだ。そしたらジェイムズがSLAYERのことを教えてくれた。彼は「奴等は自分たちより毒がある」って言うんだ。METALLICAはいつも商業的な成功にあこがれてたんだ。悪魔バンドにはなりたがってなかった。ヤツらは初めからそうだった。今じゃ、幻の1st『Metal UP Your Ass』は便所からギターを持った手が突き出てるジャケットで、アレはいいジャケットだった……俺はまだTシャツも持っているけどね(笑)。まあ、ご存知のように、アメリカ中部ではあんまり受けなかっただろ。だから、ヤツらは『Kill’ Em All』 みたいなアルバムを出した。あれはいいアルバムだったね。もっとパワフルになっていた。それに比べて、SLAYERは地獄を嘗め尽くそうとしていたよ。

——EXODUSはどうでしたか。

昔は「エクソドゥガドゥガドゥガダス」って俺たちは呼んでいた。なぜって、アイツらそう歌ってたんだ(笑)。凄くいいね。その後、一緒にヨーロッパにも行ったんだ。メタルなこと全部と、メタルから生まれたバンド全部を俺たちは抱きしめたかった。フロリダにいたチャック・シュルディナーのDEATH、ベイエリアのTESTAMENT。それからヨーロッパのバンドの大波がきた。スゲェ!、って思ったよ。

——SLAYERとEXODUSの第一印象は。

ああ、ムチャクチャ良かった。俺たちは似た者同士だろ?2~3日バッファローでショーをしたんだが、駅でコンサートをするって羽目になった。馬鹿野郎の糞プロモーター、電車の切符売ってるキオスクの屋根の上で演奏しろ、って言い出しやがったんだ。キオスクの両側に梯子かけてよじ登るんだぜ。アホみてーだ。スタッフがそこに上がって言ったんだ「おい、こりゃひでぇ。ステージじゃねぇよ。ただの屋根だぜ。機材も全部置けねーよ。誰か死ぬぜ」。当然ライブはしなかったよ。それから、SLAYERはショー単位で金を貰ってたから、ホテル取るのにも苦労してたし、あいつらほとんど車で寝泊まりしてたな。暖房なしのオンボロ・ツアー・バンだぜ。外では雪まで降ってたしな。ケリー・キングは助手席の下で蛇飼ってやがった。

——SLAYERのメンバーはVENOMの大ファンだったらしいですね。

ケリーは今もそうだ。こないだ俺はロスに行ったから、会えると思ったけど、アイツはヨーロッパに行ってた。嫁とは会ったよ。ケリーのVENOMコレクションを持ってきて、「貴方に全部サインしてもらって、黙って家のコレクションに戻しておくの。彼きっとウンチ漏らすわ。」なんて言ってたよ(笑)

——SLAYERのトム・アラヤが、寝てるアナタの顔におしっこをかけたら、アナタがキレてトムをブン殴った、とケリーに教えてもらったのですが。

そんなこともあったな。俺とトムはホントに仲が良いんだが、アイツは酔っ払ってたんだ。まあ俺たちみんなマジで酔っぱらってたけどな。それはダメだろ、ってアイツに分からせてやった(笑)。俺はバスの一番後ろに座ってたら、あの野郎、ポコちん出したままこっちに来たんだ。俺が振り返ってみると、髪がちょっと濡れててね。奴が漏らしやがったと思ったんだ。だから立ち上がって、殴ってやった。俺の地元では、人にションベンをかけるような奴はいないからな(笑)。でも握手して終わりだ。男の価値は、マジでクソみてーなことして詫びを入れる時に分かるもんだ。握手して水に流す。あの時SLAYERのメンバーはツアーから蹴り出されると思ったらしいけど、そんなことは絶対にない。もしアイツがクソ野郎だったら別だけどな。アイツは男らしく謝った。それで終わりだ。

venom_piss

——気マズくなかったんですか。

それはない。酔いが醒めた次の日に謝ってくれた。SLAYERのメンバーがアイツを責めてね「トム、オメエ…ホントどうしようもない奴だな」ってな感じで、アイツを怒ってくれたんだ。でもアイツが詫びを入れたからそれでいいんだ。まあ、俺たちみんな酔ってたし。俺も色んなバカなことして来たし、俺も人間だからね。

——あの頃アメリカではメタルのライブでデモを行なうキリスト教原理主義的な人が多かったのですが、このツアーでもそういうことに遭遇したのでは?

ああ、しょっちゅうだった。俺たちは奴らに叫んでやったもんさ「VENOMは悪魔なんだぜ、ブー!」ってな。奴らは俺たちが誰かも知らないだ。ポスターのバンドの名前と五芒星とゾンビを見て、ピケを張るんだ。他にすることが無いんだろう。退屈してたんだろうな。奴等の一人にインタビューしようと思ったんだけど、ビデオ撮影をさせてくれないんだ。「このバンドがどれだけ悪魔的かカメラに向かって言ってくれ。何がそんなに悪いんだ?CNNで放送してもらうように頼むから」って(笑)。でも奴等はなぜ自分たちがデモしているのかも説明できなかった。

——VENOMの熱狂的なファンに出会いましたか。ちょっと行き過ぎな感じなファンもいたのでは。

そんなにはないな。だいたい俺たちの方がファンよりもっとおっかないだろ(笑)。俺たちはレディ・ガガじゃないし、瓶で襲われるくらいなもんだ。俺が会ったことがあるトラブル・メーカーは昔のバンド仲間ぐらいだな(笑)。ファンに会うのは、大切なことなんだ。世界で一番素晴らしい仕事を自分がしているんだ、ってことが痛感できる。遂に会えた、という畏敬の念と、興奮で叫んで震えてるようなファンに会ったら、そういう仕事についての責任を感じるんだ。俺もスーパーファンになる気持ちを知っているからそう思うよ。俺もヴァン・ヘイレンやステイタス・クオーのチケットの為にコンサート会場の外で寝たこともある。他のアーティストにマジで本当に憧れるっていうのがどういう事が俺は知っているんだ。会場でバンドに直に会って、見上げながら「クソ、俺もこんな風になりたい」って思うことがどんなもんだか俺は知っている。だから興奮しているファンに会うのは、時々気が進まないこともある。喉に何かがつかえている感じになるんだ。これは遊びじゃない、ギャグじゃないんだ、って分かってるからそうなる。
俺が理解できないのは、ケツのポケットにドラムスティックを差したままバーに出入りして「ヘイ、ベイビィ」とか何とか言っているロックスターだな。お前はそんなに大したヤツじゃない。脳外科医でも、ロケット科学者でもねぇぞ。世界を変えたわけじゃないんだぜ。目を覚ませよ、バカ野郎が、ってね。

——マンタスは本当に水疱瘡だったんでしょうか。

正直言って、分かんねぇな。奴はそうだって言っていた。まあ、俺なら水疱瘡でもツアーに行ったと思うけど。誰に移しても気にならないしな(笑)。さすがの俺でも足が切断されたらツアーなんて行かない。だから、マンタスの野郎、おかしなこと言い出したな、って思ってたんだ。だが、あの後すぐ奴はバンドから出ていった。ツアーとかしたくなかったんだろうな。

——2人のギタリストで代役しましたよね。

ニューキャッスルの地元の奴等だった。FISTのダヴィ・アーウィンとAVENGERとか幾つかの地元のバンドで弾いていたレス・チェーサムだ。何せマンタスが飛行機に乗る何日か前に、病気で行けない、なんて言い出すから、1時間半とか2時間なんて長時間のセット・リストを、短期間で覚えてくれるギタリストを探すなんて無理だった。だから2人にしたんだ。一人ずつセットの半分を覚えて貰ってね。一人のギタリストの頭の中にショー全体の事を詰め込むより簡単だか。マンタスはツアー終盤、2、3回ショーに出たんだけど、俺たちはムカついていたから誰もヤツに話しかけなかったと思う。俺たちは必死だったが、ヤツときたらまるで爺さんのヨットに乗ってるみたいな気分でいやがるんだ。だから帰国した後で俺たちはヤツに辞めて貰った(笑)。

——ニューヨークのスタジオ54のビデオ、『Ultimate Revenge』 についてはどう思われますか。

VENOMの演奏は、実際はイギリスで撮ったものなんだ。スタジオ54での撮影でVENOMが映っているところはインタビューと爆発のところだけなんだ。事情はこうだ。ショーを撮影しに来た連中がマネージメント会社に金を払わなきゃならなかったんだが、払おうとしないんだ。「ショーが終わったら払う」とか言ってな(笑)。でもな、俺たちはそんな手には引っかからない。俺たちはそんな連中をよくシバいてたからな。だが、ヤツらは俺たちをだませると思ってたんだ。だから消火器の横の斧でケーブルを叩き切ってやった。SLAYERとEXODUSは撮影したんだが、VENOMが映ってるのは爆発だけになった。後でNeat Records がイギリスでのショーの2曲をアイツらに売ったんだよ(笑)。SLAYERとEXODUSに金を支払ったのかは、知らない。でも貰ってないんじゃいなかと思う。まぁ、スタジオ54でのVENOMの演奏があのビデオには入ってないのは残念だな。俺たちはそんなに高い金を要求しなかった。アイツらはビデオを販売すれば10倍儲かるのに、貪欲すぎるんだよ。

——収入面で、ツアーは成功したのですか。

俺たちはかなり損した。他のバンドと一緒だったし、制作スタッフも大勢いたからな。仮に全部のライブが売り切れになろうが赤だったはずだ。とにかく俺たちにとって、大事なツアーだった。やる必要があったんだ。バンド結成当初からやりたかったことだった。アメリカとカナダに行けば、ドカーンと売れると思ってたよ。だけど、ギターもドラムも、イギリスに持って帰れなかった。制作会社に金を払えなかったんだ。だから帰国後はゼロからのスタートだった。でもやった価値はあった。俺は一つも後悔していない。ツアーは本当に素晴らしかった。

 

いやぁ~、素敵な爺様ですねぇ~。
VICE Japanは、これからもVENOMを応援します。