沖縄県那覇市の北西部に位置し、海岸に面している街、曙。近くには那覇新港があり、フェリーや貨物船、コンテナ船などが寄港。工場と倉庫、そして住宅が混在する街であり、母子家庭や生活保護家庭も多く、お世辞にも恵まれた環境ではない。そんな曙地区を中心に生まれたのがヒップホップクルー、AKAZUCHI(赤土)。地元の仲間が自然と集まり、2009年、那覇を拠点に活動開始。自主レーベル「AKAZUCHI.REC」の設立から、各パーティーのオーガナイズ、そして地元クラブの運営まで、己の心に嘘偽りなく驀進。その素晴らしいフットワークとスピリットは、沖縄ストリートカルチャーの支柱として、全国に轟を放っている。

それでいてAKAZUCHIは本当にナチュラル。彼らに気負った部分は皆無であり、いつも笑顔があふれている。貧しかった幼少時代、そして沖縄が抱える基地問題などを背景に、彼らのそのポジティヴな力は、どこから生まれてくるのだろうか。

「AKAZUCHIは、日々一緒に生活している仲間であり、兄弟。一番大切にしなくてはならない。そして、もっとみんな強くなって、今まで考えてこなかったことも、みんなで一緒にやれるだけやる。使命感というか、そういうのがありながらのAKAZUCHIでもある」

AKAZUCHIたちの絆は、愛する街にも大きな力を与え続ける。

「AKAZUCHI – 沖縄 ヒップホップ男塾」プロデューサーの弁

音楽の記事を読んだりしてると、「ムーブメント」という言葉がたまに目に入ってきますよね。ちょっとボンヤリして掴みにくい感じのこの言葉、ホントのトコロはどういう意味なんだろうか、と気になって調べると「世の中に在る動きや流れを指す言葉」とのこと。「動き」や「流れ」。なるほどなるほど。ってことは、常に動きまくって、たくさんのリスナーの耳にAKAZUCHI(赤土)を流し込むAKAZUCHIの活動は、ムーブメントと呼ぶにふさわしい。沖縄県那覇市を拠点に活動するAKAZUCHIは、ラッパー4人とDJ2人で構成されたクルー。でも、パッと浮かぶ印象は、仲間の多さ。先に6人って言っといてなんだよって思ったかもしれないけど、コレは嘘じゃないんです。クルーとして県内でしている活動がいくつかあって、それぞれの業界で様々な人たちと接しているから自然とその輪は大きくなる。音楽制作(ラッパー、ビートメーカー、エンジニアetc.)からファッション(洋服ブランドやアクセサリーのデザイン、販売)、あとはレコード屋さんの経営。それに加えて、那覇の繁華街にあるオールジャンルなナイトクラブも経営したりしてる。各方面に散らばった全部のパートが同時進行しながら、沖縄のストリートカルチャーを発信する。その拡がったネットワークを活用して、本土のアーティストと一緒に作品を生み出すことも少なくない。
 
いろんな活動のなかでも、結局のところ、どんなカルチャーにも効果テキメンな「音楽」部門がAKAZUCHIのハイライトになってくる。例えば、クルーで最も注目を浴びているベテランのバトルMC、RITTO。実際に聴いてもらわないと雰囲気が伝えにくいけれど、彼の音楽は独特で、沖縄の心がこもってるというか、なんというか、自然に囲まれたような気になるサウンド。トロピカルで明るいときもあれば、ダークで煙い部屋でラップしているような感じに聴こえたりもする。まるでヒップホップというジャンルの中に、新たなサブジャンルを作り出すようなオリジナリティーが溢れ出てる。この気持ちの良い、ユニークなトラックはどうやって生み出されるんだろうと不思議になって、彼らの事務所兼スタジオを訪ねてみた。
 
本人たちに聞いたら「AKAZUCHIは、MCが4名、DJ2名」と説明するかもしれないけど、こちらからすると「アイツもAKAZUCHIじゃねーの?」ってキャラクターがもっとたくさんいる。AKAZUCHIの仲間ってことはAKAZUCHIのメンバーでいい気がする。BLAQ FLAVOR(AKAZUCHI仲間の洋服ブランド)を着た人を見かけたら、彼もきっとAKAZUCHIのメンバーなんだろうな、って思ってしまう。こんな調子で、徐々にAKAZUCHIの土地は拡がり、沖縄全体、そして本土までも赤く染まってしまうんだ。