せっかくメジャーデビューしたのに、大きなレーベルに移籍したのに、記念すべき船出の作品なのに、実に〈聴き心地の悪いアルバム〉をリリースする人たちがいる。しかしそれらは、とても素晴らしい〈聴き心地の悪いアルバム〉だ。JAWBREAKERは『Dear You』(1995)で地味泣きし、SHUDDER TO THINKは『Pony Express Record』(1994)でヨレヨレセクシー路線を。哀愁EMOコアで疾走すると予想されたTHE PROMISE RINGは、『ウッド / ウォーター(Wood/Water)』(2002)でルーツ回帰し、NIRVANAの後を追うと思われたSURGERYは、『Shimmer』(1994)でブルブルブルージーに。さらにTHREE MILE PILOTは、メジャーでは考えられないほどのダークなアルバム『The Chief Assassin To The Sinister』(1995)を、前作でエクスペリメンタルアプローチをかましたFIRESIDEは、『Get Shot』(2003)で恐ろしくぶっ壊れたR&Rをかましてくれた。従来に比べると、制作費もアップし、流通形態も万全になり、サポート体制もバッチリになったハズ。なのに、肝心の作品の聴き心地が悪い。ホントこういうの大好き。特にオルタネイティヴシーンが活気付いた90年代中盤以降の米国にはこのようなパターンが多かった。〈次のNIRIVANA〉を見つけるべく各大手レーベルは、こぞってインディペンデントアーティストと契約し、一攫千金を狙った。おかしな時代だった。BUTTHOLE SURFERSやTHE JUSUS LIZARD、TAD、ボアダムズ、WEEN、ダニエル・ジョンストン(Daniel Johnston)なんかがメジャーに所属し、ド田舎のガソリンスタンドにもスーパーマーケットにも変人の作品が並べられていたんだから、どう考えても狂ったバブル期だった。しかも、これらのアーティストの手綱をつかんだ経験のなかった大手レーベルは、本人たちをどう扱っていいものかわからなかった。担当A&Rたちも「いいね〜、キミたち。本当にクールだね〜」だけで進めていたに違いない。だからこそ〈聴き心地の悪い作品〉が世に出はじめた。ストップをかけられる人間が周りにいなかった。「これじゃ商売にならない」と考えられる人間が周りにいなかった。要するに純粋にアーティスト、バンド主導で製作が進められ、素晴らしい〈聴き心地の悪い作品〉が生まれたのだ。結果的にこのようなアプローチが成功したのか失敗したのかは置いておいて、メジャーデビューだろうがなんだろうが関係なく、戸惑うファンの姿も視野に入れず、その時のバンド状態をさらけ出せば出すほど、音楽は美しくなる。未熟でも未完成でもいい。聴き心地が悪くていい。でもそこには完璧なフルチンがある。生きているバンドによる、未来に繋がるフルチンがあるのだ。愛おしくてしようがない。

BRAND NEWの『The Devil and God Are Raging Inside Me』も完璧なフルチンアルバムである。リリースされたのは2006年だから、〈オルタナバブル〉の例にはあてはまらないのだが、それでもこの作品は、素晴らしい〈聴き心地の悪いアルバム〉だった。

ニューヨーク州ロングアイランドにて2000年に結成されたBRAND NEWは、当初Aランクのエモバンドであった。しかし、Aランクでありながら特別ではなかった。デビューアルバム『Your Favorite Weapon』(2001)には、ティーンエイジャーが歓喜する極上のエモポップ・ソングで溢れていた。セカンドアルバム『Deja Entendu』(2003)になると〈ダーク&号泣〉アプローチがアップされていたが、それでもA+になったくらいだった。しかし、サードアルバムにして、〈Interscope Records〉からのメジャーデビュー作である『The Devil and God Are Raging Inside Me』で、一気に様相は変わる。あまりにも暗く、あまりにも内省的で、あまりにも重いこの作品は、BRAND NEWを完全に孤高のバンドへと導いた。RADIOHEAD、MODEST MOUSE、THREE MILE PILOT、SUNNY DAY REAL ESTATEあたりが引き合いにされ、インディー・ロック、エクスペリメンタル・ロック、ポスト・ロック、エモの境界線上に佇みながらも唯一無比に展開するサウンドは、まさしく進化するハードコアの精神…ポストハードコア魂に溢れていたのだ。

『The Devil and God Are Raging Inside Me』、即ち〈悪魔と神が私のなかで荒れ狂っている〉を放ったBRAND NEWのメンバーたちは、同作の制作前に何らかの病気や家族の死などに直面していたという。そしてこの死生観を揺るがす経験が、アルバムのテーマになっている。

イエス・キリストよ、俺は死を恐れない。ただ死後が少し怖いだけだ。俺は金の馬車に乗ったり、天上でゆったり浮遊していられるのか?

ヴォーカルのジェシー・レイシー(Jesse Lacey)は、「Jesus Christ」のなかでそう歌っている。また彼は、7歳の少女が叔母の結婚式でフラワーガールを務めた数時間後、飲酒運転による事故の犠牲で亡くなった、というニュースに触発され、「Limousine」を書いた。

現世にいない私たちは、もう墓を用意しなくてもいい。土の中に埋められて、一緒に腐っていく必要もない。

この曲はそんな歌詞で締めくくられている。

各方面から大絶賛された『The Devil and God Are Raging Inside Me』は、まったく別の方向に進み、ヴィジュアル化〜商業化した当時のエモシーンにとてつもない衝撃を与えた。また、特筆すべき点は、このアルバムがセールス的にも大成功を収めたという事実である。先に述べた〈聴き心地の悪いアルバム〉は、やはり時代的に早すぎた。それだけの作品を受け入れる体制が、売る側にも聴く側にも整っていなかった。しかし、『The Devil and God Are Raging Inside Me』がリリースされた2006年には、既にオルタネイティヴロックは日常ジャンルになり、さらにRADIOHEADの『キッドA(Kid A)』、MODEST MOUSEの『バッド・ニュースを好む人へのグッド・ニュース(Good News for People Who Love Bad News)』、TOOLの『Lateralus(ラタララス)』、WILCOの『ゴースト・イズ・ボーン(A Ghost Is Born)』など、これまではチャートと無縁だった非ポップ作品がセールス的に成功を収めていた。そう、ロックファンには準備ができていた。ロックファンが〈聴き心地の悪いアルバム〉を望む時代になっていたのだ。また、『The Devil and God Are Raging Inside Me』は、制作スタッフにも恵まれていた。この作品のA&Rは、現在〈Beats by Dre〉のプレジデントを務めるルーク・ウッド(Luke Wood)で、元々インディペンデントシーン出身のバンドマンでもあった彼は、AFI、JIMMY EAT WORLD、TV ON THE RADIO、そしてエリオット・スミス(Elliott Smith)などを手掛けており、この手のアーティストの発掘と育成に長けていた。彼は、BRAND NEWのリアルなオリジナリティを尊重しながら、見事に手綱を引いていたのだ。その結果、『The Devil and God Are Raging Inside Me』は、ビルボード総合アルバムチャートで31位を獲得。聴き心地が悪い、フルチンのアルバムは大勝利を収めたのだ。

Apple Music

Spotifi

続いてBRAND NEWは、2009年に4thアルバム『Daisy』を発表する。『The Devil and God Are Raging Inside Me』に比べると、コンパクトな楽曲が並んだ作品であったが、BRAND NEW節というべき号泣メロディと、エクスペリメンタルな世界観が確立され、ビルボード総合アルバムチャートでは、『The Devil and God Are Raging Inside Me』を大きく上回る初登場6位にランクイン。完全にエモキングとして君臨する。しかし、そこからバンドは停滞を余儀なくされる。何度も新作のレコーディングに入ったとのニュースは届くものの、一向にそれはリリースされず、Interscopeとの契約も切れる。自ら設立したレーベル〈Procrastinate! Music Traitors〉から、シングルや未発表曲などをリリースするも、気がつけば『Daisy』から8年が経っていた。また、2016年に発売した彼らのTシャツには、〈BRAND NEW 2000-2018〉という文字がデザインされており、2018年中にバンドが解散するという噂が巡り回った。フロントマンのジェシー自身もライヴの最中に「We’re done(もう終わった)」という発言をしており、新作が出ないまま、BRAND NEWは2018年を迎えるのではないかと憶測されていたのだ。

しかし、2017年夏、それはいきなりアナウンスされた。8月15日、オフィシャルサイトでBRAND NEWのニューアルバムの予約が開始されたのだ。なんの前触れもなく、実に居心地の悪いタイミングであった。さらにその2日後の8月17日には、ニューアルバムの限定アナログ盤の予約者500人に、なんとも不気味なハンドメイドCDが届けられた。そのタイトルは『44.5902N104.7146W.』。これは、映画『未知との遭遇』(Close Encounters of the Third Kind, 1977)で知られる、ワイオミング州北東部の岩山〈デビルズタワー〉の地図座標であった。幸運にもこのCDを入手したあるファンは、収録時間61分のこの作品を、音楽認識アプリ〈Shazam〉で確認したみたところ、アートワークと共に、以下の情報が認識されたのである。

Brand New Album : Science Fiction Released : 2017

そう、届けられたCDは、BRAND NEWの5thアルバム『Science Fiction』であった。さらに同日の米国東部時間17時には、『Science Fiction』のダウンロード販売がスタート。また、ストリーミングサービスにもドロップされ、全世界中のBRAND NEWファンは狂喜の渦に飲み込まれた。そして各メディアは、こぞってこの事件を報じたのであった。

しかし、これだけで騒ぎは収まらなかった。『Science Fiction』のフィジカル(レコード・CD)リリースは、10月18日を予定しているものの、今作はダウンロード及びストリーミングだけで、ビルボード総合アルバムチャートで初登場1位を獲得してしまう。2017年における、この〈フィジカル無し〉での奪首は、ドレイク(Drake)の『More Life』、フューチャー(Future)の『S/T』と『HNDRXX』、ミーゴス(Migos)の『Culture』、ビッグ・ショーン(Big Sean)の『I Decided』のみで、ロックバンドとしては今年初。また、そのロックバンドによる2017年のこれまでのチャート1位獲得は、ARCADE FIREの『エヴリシング・ナウ(Everything Now)』と、LINKIN PARKの『ワン・モア・ライト(One More Light)』というビッグバンドの2作品のみ。さらに『Science Fiction』は、大手ではないインディペンデント流通による2017年初の1位獲得アルバムでもあった。こうして、とんでもない記録を次々に打ち立てたBRAND NEWにメディアは驚愕し、翻弄されてしまったのだが、同時にリアルなシーンは、やはりファンの手中にあるという事実が、皮肉にも露呈されたのだから最高に痛快極まりない。歴史的名盤とされる『The Devil and God Are Raging Inside Me』が蒔いた種は、10年の時を経て、メディアの予想以上に大きく花開いたのだ。

そんな大ヒットアルバム『Science Fiction』の肝心の内容であるが、1位を獲得したからといって、やはり万人が受け入れられるようなアルバムではないし、炭酸飲料のCMソングに使用されるような曲も収録されていない。オープニングの「Lit Me Up」からして暗い。重い。怖い。そしてBRAND NEWにしか生み出せない嗚咽メロディが続く。苦しいヤツ。当然の如くBRAND NEWにしか生み出せないエモが溢れまくっていた。ただ、ひとつ確実にいえることがある。今作は〈聴き心地の悪いアルバム〉ではなかった。もちろん、初期のエモポップ時代に戻ったのでもない。BRAND NEWというバンドが、〈2017年のBRAND NEW〉というファンの幻想に見事にハマった気がするのだ。『The Devil and God Are Raging Inside Me』、そして『Daisy』に比べると、実に落ち着いたアルバムである。そして美しい。従来からのエクスペリメンタル・ロック、ポスト・ロック、そしてプログレあたりのエッセンスも感じられるのだが、ジャンルレスに均されたそれらの音は、すべてソフトに丸みを帯びながら、淡々と奏でられていく。同時に、これまではあまり感じられなかった煌びやかなサイケデリック〜スペーシーサウンドの眩さといったら! ヘヴィでありながら、メロディがそれらをガッチリ包み、生々しく放たれる唄心。そう、『Science Fiction』の柱は唄心である。エモポップから実験的なアプローチを経て、遂に辿り着いたまっすぐなエモ唄心には、ポストハードコア臭が感じられない。また、進化を望むBRAND NEWの姿も見えない。でもそれらが必要ないほど『Science Fiction』は、BRAND NEWがストップするのに相応しい、実に感動的なラスト・アルバムに仕上がっていたのだ。

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これまで個人的には、「どれだけ未来を感じられるか?」「どれだけ進むのか?」「次作ではどんな風に裏切ってくれるのか?」「安定したらお終い!」、そればかりを考えて、バンドに接していたのだが、BRAND NEWには、心から「お疲れさま」をいいたい。『Science Fiction』を締め括るラストの「Batter Up」を迎えたとき、もうこれ以上は無理、これ以上聞きたくないと感じてしまった。本当に美しく、せつなく、優しく、大きく心を揺さぶられるナンバー。ここで終わりだ。BRAND NEW自体もこの曲で締め括るのだ。正式アナウンスはされていないが、〈2000-2018〉は間違いないだろう。BRAND NEWは、最後の最後に素晴らしすぎる〈聴き心地の良いアルバム〉をつくってくれたのだから。オルタナバブルから20年以上。まさかこの時期になって、納得できるポストハードコアの終焉に出会えるとは、夢にも想わなかった。