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西海岸パンク王DESCENDENTS 19年ぶり帰郷ライヴ

カリフォルニア・レドンドビーチが生んだポップパンクのパイオニア、DESCENDENTSが、約200名のオーディエンスを前にシークレットライヴを行った。それは、彼らにとって19年ぶりのホームタウンでのパフォーマンスであった。
Photos: Greg Jacobs

カリフォルニア州ロサンゼルスのサウスベイは、豊かな文化と歴史がある地域だが、気候はジメジメして最悪だ。それでも2016年4月20日の夜は、そんな鬱陶しさも一気に吹き飛んだ。というのも、「ビーチ・シティーズ」が生んだポップパンクのパイオニア、DESCENDENTSがシークレットライヴを行い、約200名のオーディエンスを熱狂させたのだから。彼らにとっても、それは19年ぶりのホームタウンでのパフォーマンスであった。

DESCENDENTSは、1977年に結成。1980年には、ヴォーカリストのマイロ・オーカーマン(Milo Aukerman)、ギタリストのフランク・ナヴェッタ(Frank Navetta、2008年に逝去)、ベーシストのトニー・ロンバード(Tony Lombardo)、ドラマーのビル・スティーヴンソン(Bill Stevenson)から成る黄金ラインナップが完成した。アメリカン・ハードコア第1世代であった彼らは、メンバー中3人がまだ高校生で、この年頃にとって不可欠な「食いもの」、「釣り」、そして「女の子」などをテーマに、サーフ・パンクのエッセンスを汲んだハードコア・サウンドを展開していた。DESCENDENTSは、30年以上のキャリアを持ち、数度のメンバーチェンジもあったが(現メンバーであるギタリストのステファン・エガートン(Stephen Egerton)と、ベーシストのカール・アルバレス(Karl Alvarez)は1986年に加入)、1981年リリースのEP『Fat』と、1982年にリリースされた最高傑作アルバム『Milo Goes to College』は、中年になった元パンクキッズたちから現在も支持されており、この夜に行われた90分のパフォーマンスでも、未だにロナルド・レーガンが大統領なんじゃないかと思うくらい、中年キッズたちは飛び跳ね続けていた。

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もちろん、80年代や90年代と比較すると、メンバーは老けて白髪もあり、さらに薄くなっているのを認めないわけにはいかないが、それでもDESCENDENTSのショーは、私の心を鷲掴みにした。そして、この夜のオーディエンスの反応から判断すると、そんな熱い気持ちになったのは私だけでないようだ。このバンドには時代を越えて訴えかける何かがある。等身大の歌詞はもちろんだし、スパイキーモヒカン的な陳腐パンクの美徳に決して屈していなかった、という事実もその所以だ。彼らは「パンクのように見せる」ではなく、実際に「パンク」であり続けた。「バンドとはこうあるべきだ」という、すべてのしがらみを避け、メロディーやハーモニーが湧き上がるエッジの利いたBUZZポップをプレイすることを貫いて来た。そんなDESCENDENTS最高のポップチューンは「Silly Girl」だが、訳のわからないフレーズを繰り返す「All-O-Gistics」も、間違いなくDESCENDENTSそのもの。普通、こんなデタラメな楽曲はライヴの集客に直結し、会場はガラガラになること必至。しかし「決して大衆には媚びて来なかった」と宣言する彼らのデタラメさがあるからこそ、この夜の40代ファンたちは、ライヴに夢中になり、深夜まで帰宅しなかったのだ。

マイクを手にしたマイロのメガネ姿と彼の悪名高きサイドポーズと、スティーヴンソンの頭に残る大きな手術の傷跡(彼は肺塞栓症と脳腫瘍を患っていた)を目にすれば、ステージに上がっているのは、私たちとほとんど変わらない連中だということが理解できる。しかも、NIRVANAがアルバム『Bleach』を発表して、「普段着でステージに上がることはクールだ」と認識される以前に、DESCENDENTSは4枚のフルアルバムをリリースし、既に好き勝手な装いでステージに上がっていた。そして、シーンに染まることへの拒絶こそが、「Bikeage」 「Coolidge」 「Sour Grapes」 「Jean is Dead」など、今でもファンの心に大きく響くナンバーを生み出したのだ。

この夜のシークレットライヴは、とても奇妙に感じられた。なぜなら、ライヴ会場のThe Standing Roomがあるハモサビーチは、両親からの仕送りで生活している大学生にとって、払うことのできないレストランやバーが、軒を連ねているからだ。「親父はケツの吹き出物みたいなもんだ(He’s just a pain in the ass)/親父はしゃくに障るんだよ(He’s a thorn in my side)/ほっとけ!(Why can’t he leave me alone)/俺の人生を振り回すな!(Instead of running my life?”)」と、マイロが絶叫する「My Dad Sucks」や、大好きな女の子の気持ちをコントロールするには、間違いなく史上最高のパンクソングである「Hope」のような曲は、間違いなくこの場所にふさわしくない。ちなみに、この夜のショーで、最初のモッシュが起こった…いや、中年パンクキッズがモッシュのような感じで頑張ったのは、その「Hope」がプレイされたときだった。普段、The Standing Roomは、BEASTIE BOYSやTHE KILLERSのコピーバンドがプレイしているようなハコだし、その日もロサンゼルス・キングスがサンノゼ・シャークスに敗れたNHLのテレビ中継が放映されていた。しかし、DESCENDENTSが登場した途端、一気にパンククラブへと変貌し、「Hope」の演奏に乗ってモッシュやクラウドサーフが巻き起こる光景は、とても奇妙であり、場違いな気がした。

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本屋、ジャズクラブ、 パンクスの溜まり場、レコード屋など、かつてはカウンターカルチャーに友好的であった名残がほとんど残っていない高級住宅街と、楽曲からしばしば苦悩が感じられるDESCENDENTSの対立構造は、バンドメンバーが30年近くホームタウンに暮らしていない現在の生活を表している。もしくは単に、ハードコアバンドでプレイする連中は、ハモサの住宅ローンを支払えないだけかもしれないが、いずれにせよ、4月20日の夜のショーは最高だった。たとえThe Standing Room周辺地域がパンクロックよりも、お洒落なクラフトビール屋や、IRA* に加入している平和なお年寄りで溢れていようともだ。

この夜、DESCENDENTSは6曲の新曲(「Feel this」 「Victim of Me」 「On Paper」 「Testosterone」 「Full Circle」 「Shameless Halo」)をプレイしたが、どの曲もキャッチーで、短くて、エネルギー溢れるDESCENDENTSらしいナンバーだった。また、彼らは7月にEPITAPH RECORDSから、ニューアルバム『Hypercaffium Spazzinate』のリリース予定があることも発表した。

サウスベイは、もうクールな場所とは思われていないだろうが、会場にいた元パンクキッズたちは、DESCENDENTSに対して「尊敬の念」を示し、新曲に合わせて身体と頭を揺らしまくっていた。ハモサがエリートサラリーマンで溢れるようになった今でも、DESCENDENTSは、ポップパンクを生み出すために全力を尽くす地元のキッズのままだ。まあ、これこそが「エモ」だと言うべき意見もあるかもしれないが、ハモサビーチに、ヨガスタジオやジェラートショップがいくら軒を連ねようと、この事実は曲げられない。