ケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)のアルバム『DAMN.』で、DJ ケイ・スレイ(Kay Slay)が「NEW KUNG FU KENNY(新カンフー・ケニー)!」と連呼しているのはご存知だろう。また、ケンドリックが今年のコーチェラのステージで、カンフー服を着てカンフーダンサーに囲まれていた、という噂も聞いているだろう。「DNA」のMVでドン・チードル(Don Cheadle)がケンドリックのマネをしてラップしている姿も目にしているはずだ。〈カンフー・ケニー〉というのは、チードルが映画『ラッシュ・アワー2』(Rush Hour 2, 2001)で演じたカンフーマスターの役名だ。これはケンドリック自身が認めている、とチードルは『Entertainment Weekly』に語っている。おもしろいひらめきだ。ケンドリック・ラマーにはユーモアのセンスが欠けている、という評価もあるが、それがまったくお門違いな主張だということがわかる。ついでに私は、この機会に乗じて、〈ヒップホップ的カンフー映画の聖典〉について、長文を書くことにした。

ヒップホップとカンフー映画には、本質的に共通点が多い。ヒップホップにおいては生得的なスキルがモノをいう。ラッパーは、自らの才気や唯一無二のフローを武器にのしあがるし、プロデューサーも、スタジアムを埋めるための最高のビートを、過去の音楽やパソコンを駆使してつくりだす。カンフー映画も同じだ。主人公は、自らの精神力と身体能力を頼みに、他の誰にもできない難事を達成をするべく集中し、能力を発揮する。スターになるのはどちらにおいてもだいたい、絶対的な頂点に到達した人間だ。たとえばヒップホップなら、言葉を意のままに操るヤング・サグ(Young Thug)。カンフーなら、有り得ない身のこなしのブルース・リー(Bruce Lee)。

また、ヒップホップもカンフー映画も、表面的なスリルを味わえるので、然るべき文脈のなかで理解しようとしないファンからは、ただやみくもに崇拝されてしまったり、誤解されてしまいがちだ。そんなところも似ている。

というわけで以下が、全ヒップホップ・ファンが観るべきカンフー映画リストである。もちろん私は、ただのいちオタクだし、知っておくべき全ての知識があるわけではないので、このリストは完全版とはいえない。なお、誰も驚かないだろうが、WU-TANG CLANの登場率がすごい。

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ショウ・ブラザーズ作品(Shaw Brothers Films)
『少林寺三十六房』(The 36th Chamber of Shaolin, 1978)
『少林寺秘棍房』(The Eight Diagram Pole Fighter, 1983)
『少林寺武者房』(Shaolin vs. The Wu-Tang, 1984)他

WU-TANG CLANがカンフー映画から多くを拝借しているのは公然の秘密だ。彼らの作品では、たくさんのカンフー・サウンドがのサンプリングされているし、RZAの著書『The Wu-Tang Manual』を読んだファンならおわかりだろうが、WU-TANG CLANの〈設定〉は、主に『少林寺三十六房』『少林寺秘棍房』『少林寺武者房』という〈ショウ・ブラザーズ・スタジオ(Shaw Brothers Studio)〉が制作した映画をベースにしている。ショウ・ブラザーズ・スタジオとは、1950年代末期から80年代半ばにかけて、異常なペースでカンフー映画を世に送り出してきたスタジオだ。上記の3本は清や北宋時代の中国を舞台にしており、全てリュー・チャーフィー(別名:ゴードン・ラウ、Gordon Liu)が主演している。武道映画という〈映画ジャンル〉の礎となった諸作品であり、そのなかに詰めこまれた人生訓を、十代のロバート・ディグス(Robert Diggs :RZAの本名)はたっぷり吸収したのだ。以下、『The Wu-Tang Manual』から引用する。

こう分析できる。『少林寺三十六房』からは克己心と努力を、『少林寺武者房』からは卓越した術と無敵のスタイル、テクニック、加えて、ときにはワルいヤツらが最高にイカしてる、という教訓を、さらに『少林寺秘棍房』からは兄弟愛、魂を学んだ。[中略]カンフー・スピリットを歌詞に取り入れて、俺たちはWU-TANG CLANになった。

RZAとカンフー映画との出会いは、非常に〈NY的〉だ。彼が酔っぱらったりハイになりすぎたりして、とてもじゃないけどスタテン島の家まで帰れないとき、タイムズスクエアにある24時間営業の汚い映画館で観ていたのがカンフー映画だった。WU-TANG CLAN結成当初、各メンバーがそれぞれキャラクターを与えられていたが、RZAはその設定をカンフー映画から拝借した。いってしまえば大人になってから〈スーパー戦隊ごっこ〉をするようなものだが、RZAとその仲間たちはそのスタイルで、史上最高のラップグループとなったのだ。

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『狼/男たちの挽歌・最終章』(The Killer, 1989) 監督:ジョン・ウー(John Woo)

ジョン・ウー監督の『狼/男たちの挽歌・最終章』がWU-TANG CLANのストーリーに初めて登場したのは、「Wu-Tang: 7th Chamber」のイントロだった。このイントロでレイクウォン(Raekwon)が、マリファナでぼんやりとしたメソッド・マン(Method Man)に、俺の『狼/男たちの挽歌・最終章』のテープどこやったんだよ、となじる。レイクウォンのビデオはどこにいってしまったかという問題は、テレビドラマ『ダラス』(Dallas)のかの有名な〈誰がJRを撃ったのか〉という問題、あるいは映画『ビッグ・リボウスキ』(The Big Lebowski, 1998)での〈主人公デュード(Dude)の敷物はいったいどうなったのか〉という問題と同様に、長らく謎のままだった。この謎を解くために、こんな仮説を立ててみた。実はメソッド・マンの推測は間違っていて、ビデオテープを盗ったのは212に住むシャミーク(Shameek)を撃った犯人と同じ人物ではなくRZAだった、という説だ。RZAはのちに、レイクウォンのソロデビューアルバム『Only Built 4 Cuban Linx…』のネタとして、レイクウォンの愛するこの作品を使用している。『狼/男たちの挽歌・最終章』のサンプルは、アルバム全体を通してふんだんに使われており、同作の内容が少なからず反映されたアルバムに仕上がっている。映画は、チョウ・ユンファ(Chow Yun Fat)演じる気高き殺し屋が、警官と組んで銃や拳で戦い、犯罪者であろうと司法の側にいる人間であろうと、全ての非道な人間を叩き潰していく、そんな内容だ。アルバムでは、レイクウォンが元々地域的に対立関係にあったゴーストフェイス・キラ(Ghostface Killah)と組み、ふたりはライバル関係を超え共闘した。そこには、もうヤクの売人に戻らなくてすむようにどデカい仕事をやりたい、という願いがあった。(RZAは2005年に『XXL』誌に対しこのふたつのコンビを比較して語っている。曰く、「どちらも、成功するためにコンビを組まざるを得なかったんだ」)

レイクウォンの『Only Built 4 Cuban Linx…』はマフィア・ラップの先駆けとなった作品だが、『狼/男たちの挽歌・最終章』も1989年に公開してすぐに、香港、ハリウッドにおいて、アクション映画のスタンダードを打ち立てた。ジョン・ウー監督のアイデアはまず、銃撃戦とカンフーの融合だった(そこから〈ガンフー(gun fu)〉という言葉が生まれる)。そして、それを狂乱的な、超ドラマティックなスタイルでで撮る。その美学は『マトリックス』(Matrix, 1999)、『ジャンゴ 繋がれざる者』(Django Unchained, 2012)、そして『ジョン・ウィック』(John Wick, 2014)に受け継がれている。

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『酔拳2』(The Legend of Drunken Master, 1994) 監督:ラウ・カーリョン(Lau Kar-leung)

忌憚なき意見を述べると、今のジャッキー・チェン(Jackie Chan)は鬱陶しい。その仕事ぶりも腹立たしいし、プライベートもムカつく。彼は歳をとり、一世風靡したあの頃と同じようなスタントはもうできない。しかも、富と名声を手中に収めた結果、憎らしいオッサンになり果ててしまった。今ではすっかり中国政府の宣伝部長だ。中国の民主化に異を唱え、2014年には大麻を使用/所持して逮捕された息子について「恥ずかしい」と声明を発表した。しかし〈反自由/反大麻〉大使となるずっと前の1994年に、彼は『酔拳2』で、酔えば酔うほど強くなる男を演じている。彼が演じるのは〈酔拳〉という拳法の使い手だ。彼が体得した、ふらふらよろけながら技を繰り出す拳法は、法則が見いだせないので敵もそう簡単に手出しができない。酒を飲むたびに強くなる。映画の終盤では、工業用アルコールをがぶ飲みし、〈労働者の解放〉という志のためにパワーを発揮する。この作品におけるジャッキーの戦闘スタイルを見て、WU-TANG CLANのオール・ダーティ・バスタード(Ol’ Dirty Bastard:ODB)を連想したならあっぱれだ。そもそも私がこのリストをつくろうとひらめいたキッカケもそこだった。ODBが手本とした〈酔拳の達人〉の原型は、カンフー映画クラシックのなかに散在している(『酔拳2』は、同じくジャッキーが主演した『ドランク・モンキー/酔拳』(Drunken Master, 1978)のリメイク的作品)。しかし『酔拳2』は必見だ。最後、敵を完膚なきまでに叩きのめしたあとに嘔吐するジャッキーの勇姿が観られる。ついでに、アラバマ州ハンツヴィルの誇る偉大なるMC、ジャッキー・チェイン(Jackie Chain)にも敬意を表したい。

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『トーキョー・トライブ / TOKYO TRIBE』(2014) 監督:園子温

映画史においてもっとも暴力的で愚かしく、頭のおかしい作品をつくってきた国は日本だ。『トーキョー・トライブ / TOKYO TRIBE』は、DJグランマが物語を語る、流血必至のヒップホップ・アクション映画だ。この映画でいちばんまともなのは、男がマスをかくためにファミレス〈Penny’s〉のトイレに駆けこむシーンで、暴力/愚劣/狂乱の3本セットを極めた作品だ。この作品の雰囲気を私は言葉にできないが、どうにか説明するとすれば、園監督は、映画『ウォリアーズ』(The Warriors, 1979)を『ウエスト・サイド物語』(West Side Story, 1961)的なミュージカルに落とし込み、それをバズ・ラーマン(Baz Lurhman)監督の『ロミオ&ジュリエット』(Romeo + Juliet, 1996)風スタイルで撮影し、よりバイオレントに、よりセクシュアルに仕上げ(米国では劇場公開できないレベル)、ついでに全ての俳優にセリフをラップさせたかったのだろう。そんな作品だ。私は日本のラップシーンについての知識はほぼゼロなので、この作品に出演している俳優たちがスキルのあるラッパーなのかどうかはわからないが、それを抜きにしても、この作品では、メンズ用Tバックを履いたブリーチ金髪の男が、日本刀で人をどんどんぶっ刺していく。私にとってはもうそれだけで十分だし、おそらくみなさんにとっても十分ではないだろうか。

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『マッハ!無限大』(The Protector 2, 2013) 監督:プラッチャヤー・ピンゲーオ(Prachya Pinkaew)

当代最高の武道映画スターといえばドニー・イェン(Donnie Yen)とトニー・ジャー(Tony Jaa)だろう。ドニー・イェンは、文字通り、相手が誰であろうと叩きのめせそうな風貌だから最高だ。一方、トニー・ジャーは割と細身で、もう負けそうなところから、半径150メートル以内の全ての人間を圧倒してしまうから最高だ。トニー・ジャーの戦闘スタイルはムエタイとパルクール、そしてブレイクダンスを融合した感じだ(こう表現すると弱そうな感じがするかもしれないが、相当強い)。彼はクールなショットのためなら命も手足も惜しまない。個人的に「このトニー・ジャー最高!」と震えるシーンは、映画『マッハ!』(Ong-Bak : The Thai Warrior, 2003)で、爆発した小屋のなかから飛び出してきて、火のついた両脚で敵にキックを食らわせる場面だ。プラッチャヤー・ピンゲーオ監督もこのアクションを気に入っているのか、『マッハ!無限大』で再びジャーの脚に火をつけているので、われわれはこのシーンを2度観れる。ただ、『無限大』の〈足燃えシーン〉の敵はひとりではない。しかも、舞台はよくわからない理由で壁が燃えている部屋。それでもやっぱりかっこいい。

『マッハ!無限大』はジャーの最高傑作ではない(『マッハ!』が最高傑作だろう)。しかし、同作ではRZAが悪役を演じているので、ピックアップした。劇中でRZAが演じるのは中折れ帽をかぶった悪役だ(RZAは、US版で劇中音楽も担当している)。彼は世界最高の格闘家たちを誘拐まがいの手管で集め、利用し、卑劣な所業に勤しんでいる。RZAは、その、あたかも実在しそうなギャング団にトニー・ジャーも加えるべく、ジャーが愛するペットの象を誘拐し、おとりにしたのだった。そうして呼び寄せたジャーの身体に〈01〉という焼印を押す。それは、RZA率いるのギャング団のなかで、ジャーがトップ戦士であることを示している。しかし、ジャーが自由になり、戦争を引き起こそうとするRZAを止めようと戦っている最中、RZAは帽子を脱ぐ。するとそこには〈00〉という数字の焼印が。つまり、実はRZAこそが最強の戦士だったのだ。確かにRZAは強い格闘家のようだが、それでもやはりトニー・ジャーにはかなわない。最終的には、RZA自らトニー・ジャーの象の牙に隠していた爆弾によって、頭をふっとばされる(ネタバレかよ、と怒られるかもしれないが、RZAの頭が象爆弾の炎に飲みこまれるのをあらかじめ知っておいたほうが、〈理路整然〉とは程遠いプロットを追いやすくなるはずだ)。

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『カンフー・ジャングル』(Kung Fu Killer, 2014) 監督:テディ・チャン(Teddy Chan)

このリストの編纂で意識したのは、ドニー・イェン(Donnie Yen)にどう触れるかだった。なぜなら、ドニー・イェンが超最高だからだ。『ローグ・ワン/スターウォーズ・ストーリー』(Rogue One : A Star Wars Story, 2016)の劇中で、すばらしいラッパー、リズ・アーメッド(Riz Ahmed)との掛け合いを披露したチアルート・イムウェ役により、彼を知ったファンも多いだろう。あるいは『市民ケーン』(Citizen Kane, 1941)以来の大傑作、『トリプルX』のシリーズ第3作目となる『トリプルX:再起動』(xXx: Return of Xander Cage, 2017)での悪役だろう。(どちらも正しい意味での〈武道映画〉ではないのでここでは扱わないが)。ドニー・イェンがドレイク(Drake)やら誰やらと『ブラック・ダイヤモンド』(Cradle 2 the Grave, 2003)のリメイクでもつくったらまた話は別だが、私が見つけたなかで、今のところドニーの武道映画とヒップホップの関係においてもっとも特筆すべきはこのスタイルズP(Styles P)によるツイートだ。


“『カンフー・ジャングル』鑑賞中。ドニー・イェンっておれじゃね?”

スタイルズPがドニー・イェンと自身とのあいだに共通点を見出したのも頷ける。ふたりともストイックかつタフな男であり、無慈悲に、確実に任務を遂行する。俳優としてすばらしいドニー・イェンは、武術映画以外にも出演することがあるし、スタイルズPもビジネスの才覚を発揮し、ジュースバー〈Juices For Life〉をチェーン展開している。というわけで、ドニー・イェンはスタイルズPであり、スタイルズPはドニー・イェンであるのがご理解いただけただろう。では『カンフー・ジャングル』の話に移ろう。

『カンフー・ジャングル』で、ドニー・イェンは殺人を犯し有罪判決を受けた男を演じている。彼は警察に見出され、ある連続殺人犯を追う使命を与えられた。その連続殺人犯の目的は、あらゆる分野のカンフーの達人を殺害すること。それを聞いて、ターゲットはドニー・イェンだ、とピンとこなければ、カンフー映画初心者だろう。テディ・チャン監督は、ジョン・ウー・マナーをかなり踏襲しており、作品としての筋よりも、急に挿入される鳥たちのショットや、オペラ音楽、カメラレンズにあらゆるフィルターを取りつけることを優先している。ドニー・イェンの作品で、大勢がお気に入りに挙げるのは『イップ・マン 序章』(Ip Man, 2008)だろうが、ドニー・イェンが敵役の男と高速道路の真ん中で闘う『カンフー・ジャングル』のクライマックスが『イップ・マン 序章』のクライマックスよりもクールなのは誰もが認めるはずだ。

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『ブラック・ダイヤモンド』(Cradle 2 the Grave, 2003) 監督:アンジェイ・バートコウィアク(Andrzej Bartkowiak)監督

2000年代初頭、アンジェイ・バートコウィアクは夢を抱いていた。もし誰かがヒップホップ・アーティストを武道映画に抜擢し、それを、苗字の読み方すらわからないポーランド人(a.k.a.自分)が監督したならば、世間はきっと、その監督に再び同じような作品をつくってほしい、と望むだろう。彼は心の底からそう信じていた。そして2000年、ジェット・リー(Jet Li)、アリーヤ(Aaliyah)、助演にDMXをキャストして『ロミオ・マスト・ダイ』(Romeo Must Die)を制作し、莫大な興行収入を叩き出した。2002年には、DMXとスティーブン・セガール(Steven Seagal)をキャスティングした『DENGEKI 電撃』(Exit Wounds)を制作。こちらも高い興行収入を記録。2003年には、DMXとジェット・リーのコンビで『ブラック・ダイヤモンド』を制作し、これも売れた。しかし、さすがにスタジオは、同じような作品はもういいだろう、と判断したようだ。

『ブラック・ダイヤモンド』は、「『ラッシュ・アワー』(Rush Hour, 1998)をシリアスにしたらどんな作品になるだろう?」という、映画界の長年の疑問に取り組んだ作品だ。そしてそこから導きだされたのは、「大していい作品にはならない」という答えだった。しかし、大した作品ではないからこの映画は観ない、とはならない。ジェット・リーとDMXの共演を見逃すテはない。娘が誘拐されてしまうDMX演じる心根の優しい宝石泥棒は、彼女を取り返すため、そして核戦争を阻止するために、ジェット・リー演じる台湾当局諜報員とタッグを組む。この作品で観られるのは、いつでも全身レザーで叫ぶDMX。悪党たちに華麗なカンフーをキメるジェット・リー。楽しそうにしゃべるアンソニー・アンダーソン(Anthony Anderson)とトム・アーノルド(Tom Arnold)。大麻ではなく狙撃銃を手にしているのだが、運び屋としてのDMXの実生活をなぞったかのような役どころのドラッグ・オン(Drag-On)。多くのポンコツ(だけど愛すべき)アクション映画同様、本作の前半もサイコーに退屈だ。でも大丈夫。四駆に乗り、DMXの援護射撃を受けながら警察から逃げるジェット・リーは、総合格闘家5人分くらいの働きで魅せる。エンディングはすばらしい。雨が降るなか、燃えるリングの内側でジェット・リーと敵が戦うのだ。ドラッグ・オンは敵の手を狙撃銃で撃つ。5つ星の名作だ。

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『アイアン・フィスト』(The Man with the Iron Fists, 2012) 監督:RZA

「磁力と金属と水銀を組み合わせたらスゴイことになる、っていう理論を閃いた」。RZAは『アイアン・フィスト』のプロモーションの際、Noiseyのインタビューにこう応えている。「今作では、その仮説をベースに最強の兵器を考案してみたんだ」僭越ながら、こんな自説がある。〈何度20億円を与えても、RZAはそのたびに『アイアン・フィスト』を製作するだろう〉説だ。この作品では、RZAが〈鉄の拳を持つ男〉を演じ、ラッセル・クロウ(Russell Crowe)が〈髪の毛とヒゲがつながっている男〉を演じているが、とにかくこれこそプロデューサーのイーライ・ロス(Eli Roth)がキュレーションしたRZAの頭のなか、という感じだ。つまり、若きRZAを夢中にしたショウ・ブラザーズ作品に対するがむしゃらなオマージュに、『キャビン・フィーバー』(Cabin Fever, 2002)や『ホステル』(Hostel, 2005)を手がけたイーライ・ロス印の〈B級映画的やりすぎ感〉を盛り込んだ作品だ。

あるインタビューによると、RZAの最初の編集版は4時間にも及んだらしいが、まあ、妥当だろう。というのも、RZAがボビー・デジタル(Bobby Digital)の名の下で実現したファンタジーを、さらに過激にしたのがこの作品なのだ。自らの想像力を自由に飛翔させ、古典的で、法外な映画制作を賛美している。全編とおして手足がもげ、服の下に隠したスプリング式の刃物でばったばったと敵を殺す。そんなのもありだ。ルーシー・リュー(Lucy Liu)は扇子で敵の首を切り、ダメ押しで頭部を蹴って胴体と切り離す。なかなか悪くない。なんといっても、今作でタッグを組んでいるのはRZAとイーライ・ロス。ロジャース&ハマースタイン(Rodgers and Hammerstein)ではない。RZAは作品内で両腕を切り落され、ラッセル・クロウは〈磁力と金属と水銀を組み合わせてスゴイことになった〉新しい両腕の製作に力を貸し、その新しい両腕は威力が強すぎて敵が破裂してしまうほど…。まあ、それで構わない。人生は危険だらけだし、映画づくりも同じだ。

Amazonで、RZAを知らないレヴュワーの映画評を読んでいると、この作品がどうしてこんなことになったのか見当もつかない、という混乱が読み取れて面白い。『アイアン・フィスト』はたったひとりのオーディエンスを満足させるためにつくられた、と理解しておかなくてはならない。そのたったひとりとは、もちろんRZAだ。「スタジオ側は、俺の好きなようにすればいい、といってくれた」。彼はインタビューでそう語っている。「これは俺のビジョンなんだ」。本作でRZAは〈10代の頃に「これヤベー!」と震えたモノを、他人様のカネでつくる〉という荒ワザをやってのけた。これは、限られたアーティストに与えられた特権だ。