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Early press photo. Image: Naomi Peterson

34年前、カリフォルニアのパンクバンドDESCENDENTSは、ファーストアルバム『Milo Goes to College』をリリースした。

15曲22分にわたって疾走しまくるアグレッシブ・ハードコアmeets人懐っこいポップエッセンス。親について、愛について、負け犬について、そしてジョーダッシュ・ジーンズの女の子たちについてのナンバーが、アルバムの至るところから鳴り響く。ニキビ面たちによる魂の叫びは、ロサンゼルスからシカゴ、マンチェスター、シドニー、そしてブエノスアイレスまで広がり、悶々としていた田舎のパンクキッズたちの心を見事に捕えた。

『Milo Goes to College』は、間違いなく最高のパンクアルバムである。

その後もDESCENDENTSは、数々のクラシック・パンクアルバムを生み出した。そして、この夏にリリースされた12年ぶりのスタジオ・アルバム『ハイパーカフィウム・スパジネイト(Hypercaffium Spazzinate)』も、そのひとつになるのは間違いない。

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53歳になったパンク界のパイオニア。私たちは、DESCENDENTSのフロントマンであるマイロ•オーカーマン(Milo Aukerman)に、『ハイパーカフィウム・スパジネイト』以前のスタジオ・アルバム6枚を自らランク付けしてもらった。

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6.『Cool To Be You』(2004)

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どれかひとつを最下位にしなくてはなりません。難しいですよね。

そうだね。なぜこれが最下位なのか? その理由なんだけど、俺のパフォーマンス自体が、ビル・スティーヴンソン(Bill Stevenson)が書いた曲の切れ味に応えられていなかった。その域に達していなかったんだ。ビルは、いい曲をたくさん書いてくれたのにね。カール・アルバレス(Karl Alvarez)の曲は、割とうまくできたんだけど、ビルの曲では達し切れなかった。さらにいうと、ステファン•エガートン(Stephen Egerton)は、曲をつくらなかったんだよね。だから、物足りなさを感じずにはいられない。なんか野暮ったくて、これまでのアルバムのような攻撃性もない。アルバム制作時の状況も理想的じゃなかったんだ。当時の俺たちはツアーバンドではなかった。俺は、鈍りきった声でレコーディングに入った。きっとそのヌルさが、今作に影響しているよ。

 

5.『I Dont Wanna Grow Up』(1985)

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このアルバムは、かなり短い期間で仕上げたのですか?

そんなことはない。だけど、曲のリハーサルをきちんとできなかったんだ。ビルはBLACK FLAGのツアーに出ていたし、リハーサルもトニー•ロンバード(Tony Lombardo)のガレージでしかできなかった。小さい音しか出せなかったんだ。子供のおもちゃ用ドラムセットを叩いていたくらいだ。スタジオに入ってからも、そのおもちゃサウンドが反映してしまった気がするよ。だからデビュー作より少し軽めになってしまった。

プロデューサーは、ずっと酔っ払っていたと聞きました!

 プロデューサーにはちょっと問題があったね。制作の妨げになったのは確かだ。結局、ビルがミキシング・コンソールを扱うはめになった。だから彼が初めてミキシングをしたアルバムになったよ。ビルによると、使い方がよく解らないまま始めてしまったらしい。「俺がアルバムを台無しにした」と嘆いていたよ。ミキシングに関しては、まったくの素人だったからね。

でも、ポップ・パンクの大名曲《Silly Girl》が収録されてますね。

そう。今でもライブに欠かせない曲。俺たちはもっとパワフルに演奏しているんだ。このアルバムには、ビルの名作がたくさん入っている。19歳の視点で書いた曲だから、ビルは少々照れくさいみたいだよ。とてもロマンチックな歌詞を書いていたからね。もちろんファンはそれらをすごく気に入っているし、歌う俺も抵抗はない。でもビルだけは、「こんな歌詞を書いていたなんて…ああキモい」って嘆いてる。

あなたの曲《Pervert》も入っています。

ああ(笑)。今でも演奏しているよ。ロマンチックな歌詞と気色悪いものが混じったアルバムだったね。

 

4.『Enjoy!』(1986)

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ウンコ・アルバムですね! 当時あなたたちは、たくさんツアーをしていましたよね? そういったツアーバンドによくありがちな下品なジョークが溢れています。

俺たちみたいにツアーばかりしていると、バンの外の現実世界から離れて、ちょっとした鎖国状態になる。車内では、自分たちだけの小さな世界が繰り広げられ、他人には意味がわからない話で笑い転げていたりする。ちょうど、幼稚なウンコ・ジョークにハマっていて、俺たちのオナラが何よりも面白かったんだ。

サウンドは、より実験的なものへと変化していきました。

 実験は成功と失敗の半々だった。うまくいくときは、非常にうまくいったけれど、いかないときは「どうでもいい、つまんねー」ってなっていたね。でも、それによって、バンドの協調性も生まれたし、いい曲もできた。《Green》がいい例だ。更にいうと、《Sour Grapes》は、その完璧な例だ。

 

3.『All』(1987)

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『Milo Goes to College』に最も近い、DESCENDENTSの本質をとらえた作品、とビルはいっていました。

 ビルは、プロダクションの視点から、そういったんじゃないかな。それに新メンバーのふたり…カールとステファンが驚くべき曲を持ち込んだ。カールの《Coolidge》は、このアルバムの最高傑作だ。同時にイマイチな曲もいくつかある。《Schizophrenia》を今聴くと身が縮こまってしまう。「エクスペリメンタルな曲をやってみました」っていってたけど、ただの穴埋め的な曲ともいえる。

ジャムった「エクスペリメンタルな曲」には、やはりMINUTEMENの影響があったのでしょうか?

そうだよ。さらに当時のBLACK FLAGからも影響を受けた。彼らは「取り除く」プロセスを持ち合わせていたからね。それらがステファンにとっての手本となり、いかれ狂ったメロディも使うようになったんだ。その曲にビルと俺が歌詞を乗せてた。

 

2.『Everything Sucks』(1996)

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あなたたちが、新旧、両ファンの元に戻ってきた作品です。

そうだね。80年代に俺たちを聴いていたファンを呼び戻す結果になった。彼らの弟や、場合によっては彼らの子供たちに、テープをつくって聴かせた世代だ。そんな多世代のファンが、俺たちのライブを観に来てくれた。まったく予想しなかったよ。このアルバムのとき、他の連中はALLとして8年ほど一緒に演奏していたから、みんな優れたソングライターになっていた。35曲くらいあったんだよ。みんな、かなり前向きな姿勢でつくっていたからね。だから俺が最も気に入っているアルバムのひとつなんだ。

やはり、しばらく活動を休止していたから、大爆発したのでしょうか?

ああ。俺は科学の仕事をしていたけれど、そのキャリアは行き詰まっていた。もう疲れ果てていたんだ。そこで、まず俺が曲をいくつか書いて、バンドでアルバムをつくれるなら再始動しようと決めた。このアルバムをつくるのにとても適した時期だったんだ。《I’m the One》や、《Everything Sucks》は、当時の状況にフィットした曲だ。

 

1.『Milo Goes to College』(1982)

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やはり1位は本作以外に考えられません!

まさに、当時の俺たちが丸ごと詰まっているからね。このアルバムに対する世間のイメージと切り離して、俺自身の意見をいいたいところだけど、今作は両者のイメージが合致してるんだ。これは俺たちのファーストアルバムだし、俺たちにとって本当に夢のような時期の作品だ。だから絶対に1位に選ぶよ。永久不変だし、ずっと人々に影響を与え続けているアルバムだ。

すべてのパンク・レコードのなかでも最も影響力のある作品です。

いい過ぎじゃないか?

いえいえ、本当です。マイロという素晴らしい個性も世に知られるきっかけになりましたし、あなたはパンク・ミュージック界のアイコン的存在にもなりました。

確かにそうかもしれない。ここからすべてが始まったんだからね。このアルバムの前にもリリースはしていたけれど、シングルだったしね。でもこのアルバムは、すぐに大ヒットしたわけじゃない。じわじわと人気が出てきたんだ。このアルバムのツアーをしたのは、85年と86年で、リリースから2年経っていた。そのツアーであちこちまわったんだけど、それでやっとこのアルバムが注目されるようになったんだ。かなり時間がかかったね。