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グアテマラの女性ラッパーは愛を謳い闘いを挑む

怒り、フェミニスト、という単語で形容されがちだが、レベッカ・レーンの音楽には、それ以上の「何か」がありそうだった。彼女のクールなのにアグレッシブな楽曲は、すごくソウルフルなR&Bにも聴こえた。そして、各曲の核心には、グアテマラで暮らす困難を克服するための、力強いメッセージが凝縮されている。

一家団欒の最中に、「グアテマラで暮らすことにしたから」と切り出したら、家族みんなが困惑するだろう。また、大勢には無関係であろう遠い国の出来事を記事にしたところで、あまり伝わらないだろうし、周りの人間からは「単なるバカ」扱いされるのがオチだ。

グアテマラは、「メキシコの近くにある小さな国」、もしくはコーヒー豆の1種、といった認識しかされていない。なかには、ドラッグ密売、ギャングの抗争、黒人に変装するのがネタだった元コメディアンが大統領に当選した、そんなニュースを目にした記憶があるかもしれない。バックパッカーの友人から、グアテマラのホステルで羽目を外した、なんて話を聞いたことがあるかもしれないし、ひょっとすると、実際に、絶景のアティトラン湖(Lago de Atitlan)、ジャングルの神殿ティカル(Tikal)を訪れた、運のいい人もいるかもしれない。しかし、グアテマラについていくら考えたところで、「グアテマラ女性ラッパーの先駆者」は頭に浮かばないだろう。

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自動車とヒトでごった返す首都グアテマラシティは、レゲトンや、激しいブラスのビッグ・バンドが演奏するラスランチェラ* のビートに合わせて躍動している。車、店、電話、あらゆるところから音楽が聞こえてくる。その中から、難易度は高いが、テゴ・カルデロン(Tego Calderon)、ドン・オマール(Don Omar)といったスパニッシュ・ラップが聴こえるかもしれない。そんな状況のなかからガテマラのアーティストが頭角を顕わすのは非常に難しい。

ある日の午後、「グアテマラのレゲトン人気」について友人に不満をタレていると、彼がレベッカ・レーン(Rebeca Lane)、という怒れるフェミニスト・ラッパーについて教えてくれた。彼女には熱狂的なファンがいるらしい。彼女の作品をいくつか聴いてみた。怒り、フェミニスト、という単語で形容されがちだが、彼女の音楽には、それ以上の「何か」がありそうだった。彼女のクールなのにアグレッシブな楽曲は、すごくソウルフルなR&Bにも聴こえた。そして、各曲の核心には、グアテマラで暮らす困難を克服するための、力強いメッセージが凝縮されている。

彼女は、36年に及ぶ内戦中に、グアテマラを震撼させた暴力の被害者を応援するために正義についてラップするか、カトリック社会のしきたりなど気にせず、相手が誰であろうと思い通りに誰かを愛する自由について謳いあげる。レーンはフェミニストであり、アナーキストであり、アクティヴィストだ。そして彼女は、同国の暗い過去、レイプ、差別などの問題と対峙しなければならないグアテマラ現世代の声でもある。

問題はそこかしこにある。グアテマラで暮らすようになってから、銃撃、死体のパーツが玄関先に放置されていた、といった話を聞かなかった日はない。そんな犯罪と同じくらい衝撃的だったのは、2年もこの国で暮らすと、惨憺たる状況を屁とも思わなくなってしまうことだ。暴力の日常化、被害者のほとんどが女性とマイノリティである事実ともレーンは闘っている。

「ラテンアメリカで女性として生きるのは本当にハードなんだけど、特にグアテマラの場合、それは内戦で蔓延した暴力の遺産よ」と私と対面したレーンは語った。「いま、私たちの社会にはびこる暴力は、内戦中に軍が国民に振るった暴力とひと続きなの。特に、女性への暴力はね」。この暴力的遺産は、過去2年のあいだにグアテマラ国内で1000名以上の女性が殺害されてしまった理由のひとつだ。さらに、フェミサイドの98%が未解決なのも看過できない。マチスモ(Machismo) * *がグアテマラ社会を支配するなか、レーンは、グアテマラ女性の生活改善を目指す運動を推進している。

政府や当局への訴え、といった政治的活動ではないが、レーンはラップを通じて、彼女が勇気づけたい、グアテマラの女性と少女たちに直接話しかける。男性優位の社会で困難に直面している女性たちを後押しするために、才能を用いるのはすごく意義深い。「昔は、自分を奮い立たせるために部屋でリリックを書いていたけれど、今は、それがリスナーの励みになっているの」と彼女はいう。

グアテマラシティで大盛り上がりのショーを観れば、レーンの影響力の大きさがわかる。数百人の女性ファンたちが、彼女の代表曲「Mujer Lunar」を彼女と一緒に合唱する。「コーラスになったらファンにマイクを向けるの。あの曲は、彼女たちの曲で、私たちの曲。すごく力強い曲」とレーンは語る。彼女の音楽には力強さがあり、彼女は、オーディエンスが彼女の音楽、彼女の闘いに飛び込みたくなってしまう、「鬨の声」のようなコーラスを創るのに長けている。

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レーンの家族史を辿ると、彼女が急進的な人生を歩むのが腑に落ちる。死者、行方不明者、約24万5千人を数えた、36年にわたるグアテマラ内戦中、両親は左派勢力に加わって活動し、叔母は、政治信条を理由に1981年、軍部によって連れ去られて姿を消した。内戦時の対立構造によって国民は二分されたままのグアテマラで、彼女のように振る舞うのは危険が伴う。

ヒップホップに傾倒する以前、レーンは、女性とマイノリティの待遇を改善するべく、当局に働きかける社会運動に加わる活動家だった。活動を続けながら、彼女はツールとしての音楽に秘められた力に気付き始めた。「私たちは音楽とともに育ったし、プロテストでも使った。友だちがLAでヒップホップのCDを手に入れたんだけど、たくさんのプロテストソングがそこにはあったの。みんなでそのCDを聴くようになって、私たちの世代の言葉でできたヒップホップと、親の世代のプロテスト・ソングは何ら変わらないってわかったわ」

レーンの社会意識が確立される過程で、彼女の創造性を駆り立てたのは、困難極まる個人的経験だった。音楽からも伝わってくる、困難な状況を克服するだけの強さを手にすると、レーンは演劇と詩作のワークショップを始めた。そして、彼女は数年前からヒップホップのイベントに顔を出すようになったが、当時は、まさか自らがラップするとは夢にも思わなかったそうだ。「学ぶために何にでもトライするようにしているんだけど、当時、そんなことをしてる女性は皆無だったから、私には何もできない気がしてたの」

偶然にも男性上位のグアテマラ・ラップシーンに飛び込めたが、そこで彼女は、初めて経験する差別に直面してショックを受けたそうだ。グアテマラのMCバトルでは、相手の母親ディスりからタマキン* のデカさまで、あらゆる罵詈雑言が飛び交う。そんな光景に憤ったレーンは、「Bandera Negra」でリスナーに向けて、こうラップする。「私の卵巣には数百万のタマゴがある/それは、私が女っぽい、男より劣ってる、なんて意味じゃない」

言葉による男性ラップファンの啓蒙こそ、現在、彼女が挑む闘いだ。「ヒップホップ・カルチャーに浸透させたい。だって、そこには変えなきゃならないマッチョなテーマやアティテュードが山ほどある」とレーン。残念ながら彼女に貼付けられた「フェミニスト・ラッパー」のレッテルは、彼女の音楽を聴く前に「アンチ野郎」ソングと決めつけ、彼女を無視する野郎どもがいるのを意味している。「私は『フェミニスト・ラッパー』なんて嫌なの。フェミニスト・ラッパーとして成長したけど、『フェミニスト』って理由で音楽を聴こうとしない男どもがいる。偏見のせいで、私が本当にコミュニケーションを取ろうとしているみんなと繋がれない」

大手ラジオ局が彼女の楽曲をあまりオンエアしないのがもうひとつの問題だ。しかし、レーンはオーディエンスが有機的に育つだけで満足しているそうだ。「私たちは、ビッグ・アーティストみたく注目されないけれど、私に必要な注目は集められたわ。私は、社会を変革させるみんなと協働したかったの」

現在、レーンは「Somos Guerreras」ツアーで、パナマからメキシコを旅している最中だ。このツアーで彼女は、メソアメリカの女性ヒップホップ・アーティストと一緒にライヴをしている。メキシコのラッパー、オードリー・ファンク(Audry Funk)、コスタリカ出身のアーティスト、ナティヴァ(Nativa)やナクリー(Nakury)といった面々とともに彼女は、ヒップホップ・コミュニティだけでなく社会全体が、女性の声に気付き始めている、と確信している。

「グアテマラで暮らしてるとフラストレーションだらけだし、社会を変えようとすれば風当たりは強い」とレーン。多くの困難にもかかわらず、未来について語る彼女の口調は前向きだ。「困難を克服しようとしてる女の子がいるのを知ったら、孤独に浸ってなんかいられない」

レーンの活動はグアテマラを揺るがし、彼女の影響力は次世代のラッパー、ブレイクダンサー、ビートボクサーを鼓舞している。純粋な意志、人々を団結させる能力で、日々直面せざるを得ない暴力に抵抗できるだけの、意識が高く、自立した女性のコミュニティを、レーンと仲間たちが創り出しているのだ。