ハーランド〈カーネル〉サンダース(Harland “Colonel” Sanders)が考案した、ケンタッキーフライドチキン(KFC)には11種のハーブ・スパイスが使われており、そのオリジナルレシピは、米国のファスト・フード史上、もっとも厳重に守られている秘密のひとつだ。サンダースがレシピを考案したのは1940年。以来、ライバルたちはその秘密を必死に暴こうとした。2016年のレシピ流出疑惑事件以降も、サンダースの甥、ジョー・レディントン(Joe Ledington)は沈黙を守り続けている。しかし、ケンタッキー州南東にあるKFCの倉庫には、秘密のレシピとは別の秘宝が山ほど保管されているのをご存知だろうか? その宝もサンダースの創造性からうまれたのだが、彼の印象とは程遠いものだった。〈レコード〉だ。

1966年、カーネル・サンダースは、少年少女のクリスチャン・マンドリン楽団のレコード制作への出資に同意した。プレス数、3万枚。マンドリン楽団はその恩に報いるため、〈カーネル・サンダース・マンドリン・バンド〉と団名を改め、コンサートでは、メンバー全員が、カーネル・サンダースの有名な出で立ち〈白いスーツと黒のリボンタイ〉で演奏し、サンダースへの敬意を表した。

「この界隈で、彼は大変な有名人でした。だから、カーネルさんを知っている、つながりがある、というのは、名誉だったんです」。そう語るのはフランシス・ホール(Frances Hall)。亡きバンドリーダー、ジーン・ホール(Gene Hall)の妻である。ジーン・ホールは、ケンタッキー州シェルビーヴィル近郊にあるフィンチヴィル小学校の6~7年生(日本の小6~中1)の生徒を集めてバンドを結成した。カーネル・サンダースと提携すれば、経済的利益がある、と気づいた張本人である。舞台は州最大の都市、ルイヴィルから東に約48キロのシェルビーヴィル。カーネル・サンダースはKFCをオープンしたあと、この街に居を移した。そしてその後、1960年代後半からKFCは世界規模の大会社となった。

カーネル・サンダース・マンドリン・バンドの唯一のレコードは、15曲25分のセルフタイトル・アルバムだ。この作品は、ケンタッキー州コービンにあるKFC1号店で今でも購入できる。60年代中頃にリリースされたが、残念ながらほとんど売れていない。音楽的には、いかにも米国南部の装が笑える内容で、クリスチャン・スクールの幼い生徒たちが、讃美歌「アメイジング・グレイス(Amazing Grace)」や、愛国歌「アメリカ・ザ・ビューティフル(America The Beautiful)」を演奏し、時折、ボーカリストのデヴィッド・アーンホルター(David Arnholter)によるイエス・キリストへの称賛が挟まれている。ただ、音楽的内容よりも、このアルバムが当時、世間を惹きつけた理由は、このレコードがフライドチキンの財政的支援を受けていたからであった。

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カーネル・サンダースは、人生を通して、さまざまな挑戦を続けた。もともと弁護士であったが、法廷で依頼人と争い、そのキャリアは短命に終わった。ビジネスマンでもあった彼は、毎日の生活をほぼ全てセールスにかけた。保険からタイヤまで、あらゆる商品をセールした。サンダースの懐に大金が転がり込んだのは、60代半ばになってから、つまり、KFCのオリジナル・レシピを発明してからだった。それは、サンダース信者にとって、〈人生の可能性についての希望譚〉だ。何千枚ものレコードが開封もされずに売れ残ってしまった、カーネル・サンダース・マンドリン・バンドは、フライドチキングのとるにたらない失敗譚にすぎない。しかし、フランシス・ホールや、6年生のときにバンドのメンバーだったマイケル・スワイガート(Michael Swigert)ら、地元住民にとって、マンドリン・バンドはシェルビーヴィルの南部文化のなかで尊敬すべき存在だったのだ。

「信徒に向けて聖歌を演奏していただけです」。スワイガートの説明は簡潔だ。11歳当時、小柄だった彼は、アルバム・ジャケットのいちばん右に写っている。今はもうマンドリンを弾いていないそうだ。彼によると、サンダースは、バンドメンバー各々にレコード100枚を譲り、さらに聖書もプレゼントしたらしい。聖書にはサンダース直筆のメッセージが記されていたという。しかし、大人になってからは「あまり思い出さなかった」と彼は語る。高校に入学してからバンドを辞め、彼のマンドリンは現在もホコリをかぶったままだそうだ。

ジーン・ホールが子どもたちにマンドリンを教えていたのだが(楽器を購入したのはカーネル・サンダース)、彼は伝統的な楽譜の読み方をどう教えればいいのかわからなかった。その代わり、指と弦にそれぞれ番号をふり、その番号を叫んで子どもたちに演奏させる方法を考案した。そんな無邪気な演奏はレコードにもしっかりと収められている。レコードをかけてみると、古典的な聖歌がゆっくりとしたテンポで流れてくる。本来ならばそんなに考えなくていいはずのコード演奏にもかなり苦労しているようで、そのためにテンポが遅くなってしまうのだ。ゆっくりとしたテンポの音楽は、不安をかきたて、お化けでもいるんじゃないかという気持ちになる。びっくり箱から殺人鬼が出てくるのを、恐るおそる待っている…そんなホラー映画のワンシーンで流れるBGMだとしてもおかしくない。しかしアルバムを聴いていると、たまに、美しいトレモロの波が押し寄せる瞬間もあり、その響きは、イタリア民謡を合奏するクラシックギターの音色のようだ。

そんなすばらしい響きが時折聴こえたから、カーネル・サンダースは、マンドリン・バンドの可能性を信じていたのだろう。また、教会では、まさに日曜のミサで聴くような、深く響くオルガンに合わせてバンドは演奏を披露していた。それはなかなか悪くなかったようだ。小さな積み重ねで自信をつけたサンダースは、レコードのほとんどをカナダのKFCフランチャイズ店で売ろうと計画した。その詳細については、裏ジャケのライナーにも記載してある。しかし結局、彼の挑戦が身を結んだのはフライドチキンだけだった。

KFCのコーポレート・オフィスは、サンダースがどれくらいレコードを売ろうと計画していたのか、把握していない。現在わかっているのは、数百枚のレコードが現存し、それらはKFCコービン店の元幹部が購入しただけだった。しかし、コービン店の従業員たちの証言によると、倉庫には3万枚のレコードのほとんどが未開封のまま眠っているらしい。

そこで、KFCコービン店の副店長、アシュリー・オーヴァーベイ(Ashley Overbey)に話を訊いた。「倉庫と屋根裏を合わせたら、どれくらいのレコードが眠っているかなんて見当もつかない」と彼女。彼女は隣にいたジョー(Joe)という同僚にも訊いてくれた。「ここには何枚レコードがある?」。するとジョーはため息をつきながら、「2、3万枚のレコードが眠っている」と断言した。「そんなにはないわよ」とオーヴァーベイは笑ったが、ジョーは断固として譲らない。「いや、あるよ! 壁いち面埋まってるんだから」。数えきれないほどの箱が、倉庫の壁いち面を埋め尽くしているらしい。最終的に、「倉庫には未開封のレコードが2万枚はあるだろう」とふたりは合意した。

Photo via City of Shelbyville Kentucky Historic District

コービン店では、今でも正面レジでレコードを販売している。値段は5ドル(約560円)。それだけでなく、カーネル・サンダースの似顔絵が誇らしげに「I ate where it all began!(1号店で食べたよ!)」といっているバッジなど、いろんな記念品が並べてある。「レコードをください」とリクエストすれば、KFCの従業員は厨房の屋根裏に登り、ホコリをかぶった箱のなかから保存状態の悪いレコードを引っ張りださなければならない。それらは適切に保管されておらず、盤が反っていたりもする。ほとんどが再生できない状態だ。

「実のところ、店ではただ箱にいれて、壁に沿って積み重ねているだけなんです」、とオーヴァーベイは告白する。レコードだからといって、慎重に扱うわけでもなく、ピンバッジやTシャツなど、他の記念品と同じように扱われているという。

しかし、明らかにすり減っていたり、反っていたり、破けているレコードでも、たまに(だいたい週イチで)購入するお客さんがいるそうだ。オーヴァーベイの家にも1枚あるそうだ。しかし、〈ただ持ってるだけ〉で、聴いたことはないそうだ。

「そもそもパッケージから出してもいません」と彼女。「ただ、素敵だなあ、と思って。そういう変なものを集めているんです。何らかのかたちで歴史に残るもの。手元にあったらクールだなあ、と思っただけです」

カナダ出身のヴィデオ・プロデューサー、ロブ・リング(Rob Ring)にとっても同じだ。8月末、コービン店に立ち寄ったときにレコードを購入した。彼は、このレコードが世の中にどれくらいあるのか知らなかった。ジャケットは色褪せて黄ばんでおり、いまだに建築中の地下室みたいな匂いがするので、買ってから開封する気にさえならなかった。「珍品なのかどうかもわかりませんでしたが、そう簡単にはお目にかかれない代物でしょう」とリングはいうものの、他の多くの所有者と同じように、こんな疑問を抱いていた。「これに価値があるのかな?」

プレス枚数からすると、とりたててレアではない。いまだにケンタッキー南東部に数万枚が眠っているのだから。しかしリングが指摘するように、コービンでないと入手できないので、レアだともいえよう。店では5ドル・ザ・チープで販売されている。KFCヒット商品の5ドルセットと同じ値段だ。しかし、ネットで探ってみると、まったく別の話になる。現在eBayで、このレコードの出品確認ができるのはわずか数枚。しかも価格帯は69.99ドル(約8000円)から251.99ドル(約2万8000円)。最大で約50倍の値がつけられているのだ。

ホールは、たまに、『ガレージセールでこのレコードを見つけた』『家の屋根裏で見つけた』と聞くそうだ。夫の人生最大の自慢のレコードなのに…

「レコードでお金を稼いでいたわけじゃないんで」と彼女は笑う。「昔持っていたとしても、今はもうタダであげちゃってますよね。そんなに価値があるものじゃないんです」

それにしても、レコードを3万枚もプレスするとなると、現在でもかなりの金額になる。〈Music Appraisals.com〉公認の上級鑑定士であるレコード専門家のスティーブン・M.H.・ブレイトマン(Stephen M.H. Braitman)は、レコード・プレスのためのサンダースの支出は7万ドル(約787万円)程度だ、と推測している。この見積もりに含まれているのは150グラムのレコード盤、通常のスタンパー製作、通常のラベル、簡素なインナースリーブ、組み立てコスト、シュリンク包装だ。税や送料は含めていない。

しかも、サンダースがバンドに投じたのは、それだけじゃない。楽器を購入したり、レコーディングの費用を支払ったり、移動用の白い車も用意した。その車には子どもたちが〈カーネル・マンドリン・バンド社〉とペイントし、各地をツアーしたのだ。ホールいわく、サンダースはショーのあと、バンドメンバー全員と、付き添っている仲間たちを、KFCに招待したらしい。まるでリトルリーグチームお決まりの、サンデイ・アフタヌーン・ピザパーティーのようだ。

また、ホールの記憶によると、楽団が教会で演奏するさいには、開演前にサンダースが登場して〈いかにして彼が救われたか〉を証言し、さらに、教会に多額の寄付をしたようだ。「今考えると笑ってしまいますね。だって、教会が子どもバンドを招聘したのは、カーネルさんを呼びたかっただけなんですから」

2015年、KFCは75周年を迎えると、役者たちがアルバム・ジャケットに写ったメンバーに扮したCMで、マンドリン・バンドを讃えた。カーネル・サンダースは俳優のダレル・ハモンド(Darrell Hammond)が演じている。KFCの広報は、このCMのポイントは企業のルーツ立ち返ることだ、と取材に応えた。「カーネル・ハーランド・サンダースとともに始まり、終わった」ルーツだ。

ロサンゼルス在住のミュージシャン、ジェームス・ウィンバリー(James Wimberley)は、CMでバンドメンバーとして演奏した。彼によると、ケンタッキーで生まれたブルーグラス・ミュージックがその雰囲気に合っているそうだ。

「CMのなかには、『マンドリン・ミュージックは米国民が大好きな音楽です』というカーネル・サンダースのセリフがあります」とウィンバリー。しかし、2015年のこのCM以外に、カーネル・サンダース・マンドリン・バンドのアルバムの記憶は、写真や〈保存状態の悪いレコード〉しかない。しかし、カーネル・サンダースに援助されていた、というだけで、地元のみんなのあいだで、このバンドは、栄誉の徴なんです」

マンドリン・バンドが街で活動している時期に、ケンタッキー州シェルビーヴィルで育ち、今はラスベガスで不動産仲介業に携わるゴードン・パーカー(Gordon Parker)は、サンダースが子どもたちに贈ったマンドリンを購入した。彼は今でも「貴重な宝物だ」と語る。パーカーは、9~10歳のとき、バンドの演奏をよく見ていた。「普通にすばらしかったですよ」。現在68歳のパーカーは、懐古の情に襲われたかのようにため息をついた。「人生でマンドリン・バンドの演奏を聴く機会なんてどれくらいありますか?」。風変りな好奇心から、パーカーは幼い頃からマンドリン・バンドに強い関心を寄せていた。コービンのKFCで「レコードを買って聴いてみよう」とする多くの顧客も、彼と同じような気持ちを抱いているのだろう。カーネル・サンダース・マンドリン・バンドのレコードであれ、レコーディングのときに使用された楽器であれ、マンドリン・バンドの関連品を所有してい好事家たちは、ケンタッキーを代表する伝説的文化人につながる歴史的アイテムを所有している、という誇りをもっているのだ。

「このマンドリンを所有している唯一の理由は、(店の女性が)カーネル・サンダース・マンドリン・バンドで使われていたものだ、と教えてくれたからです」とパーカー。「この品に支払った金額はいえません。値段は関係ない。私は、この品にまつわるストーリーを購入したんです」