小さな「勝利」

パレスチナのヨルダン西岸地区で暮らすサマハール・マサルメは、2週間前に男の子を出産したばかりだ。男の子はカリムと名付けられた。彼の誕生はマサルメの家族にとって小さな「勝利」だった。カリムの父親はナビル、第二次インタィファーダの最中にイスラエル軍と衝突して逮捕されて以来14年間、警備の厳しいイスラエルの刑務所に収容されている。

「他にも2人の子がいるのですが、弟か妹が欲しいというのです。旦那が刑務所を出てくる頃にはわたしは47歳になってしまいます。子どもを産むのには遅すぎるでしょう?」

15歳と16歳になる2人は、ナビルが刑務所に入る前に出来た子供だ。14年間、ナビルとサマハールの間に身体的な接触は一度もなかったのに、どうやって子供を作ったのか?

刑務所から精子を送るパレスチナ人が急増中 (1)

増加する、刑務所の外での受精

サマハールは刑務所からナビルに精子を送ってもらい、体外受精を行うことにした。
「このアイデアを思い付いて医者に行ったら、こういうことはよくあるって言われました。だからすぐにサンプルを持っていったんです。」

1995年、イスラエル首相イツハク・ラビンを暗殺し終身刑に処せられたイーガル・アミーも、体外受精で子どもを作っている。これまで体外受精を何度も行ってきたラザン・センターの産婦人科医師、サリム・アブ・カイザラン氏は現在、21人分の精子を預かっているという。
「希望者がここを訪れた場合、断れませんからね。どうやっているのかは、私にもわかりません。」

体外受精を行うためには、一等親内の親戚からの承認が必要になる。サマハールは、当時のことを振り返る。
「体外受精という方法が、一般に広く認められているわけではありません。初めはわたしの家族も反対でした。夫が刑務所にいるのにわたしが妊娠をしたら、周りからなんて言われるか心配だったんです。知り合いが体外受精したということを聞いて、気持ちが変わりました。以前はわたしたちを批判していた人たちも今は応援してくれています。」

パレスチナの最高会議は昨年、体外受精を公に承認した。

特段厳しいパレスチナ人に対する規制

「夫がナーファの刑務所にいたときは、月に2度は面会に行っていたけど、イスラエルの刑務所に移動してからは月に1度のペースになって、今は子どもと一緒だから、さらに難しくなってしまったんです。」

イスラエルにおいてパレスチナ人に対する規制は厳しい。結婚相手や住む場所、移動の自由も制限されている。刑務所ではなおさらだ。イスラエル人拘留者と違い、パレスチナ人拘留者は面会にも厳しい制限がかかる。面会が許されているのは一等親内の親戚のみで、赤十字を通じてイスラエル当局に許可を申請しなくてはならない。2週間で45分間の面会が可能になる。身体的な接触は8歳以下の子どもとのみ許されている。

刑務所から精子を送るパレスチナ人が急増中 (2)

2006年、イスラエルとハマスの間で、ハマスに捕えられたイスラエル人兵士ジラッド・シャリットを解放する代わりにイスラエルにいる1027人のパレスチナ人”政治犯”を解放するという契約を結んだ。イスラエルは一度囚人を解放したが、元囚人たちを改めて逮捕した。そのことに対して反対するパレスチナ人によるデモの様子。

リビングの壁に飾られたナビルの写真には、逮捕された2000年10月の日付が刻まれている。政治犯はパレスチナ人から英雄のように見られており、パレスチナ当局は5年以上拘留されている囚人の妻に、特別な給付金を与えている。

体外受精を行うラザン・メディカルセンターは、長期間拘留されている旦那を持つ妻たちに、無料で治療を行っている。もちろんその後の費用は家族が賄わなければならないが。医師のアブ・カイザラン氏は、その裏に政治的な意図があるわけではないという。
「単純に、人道的な理由です。女性たちが旦那さんを待って人生を無駄にしないように。彼女たちが精一杯、人生を生きられるようにしたいだけです。」

人権団体B’Tselemが公表したデータによれば、2014年8月5日の時点で5,505人のパレスチナ人がイスラエル内の刑務所に拘留されている。収監されているのは473人。今年5月時点では196人だったのが、二倍以上になっている。背景にあるのは、”第3次インティファーダ”に発展する恐れのある、イスラエル対パレスチナの武力衝突だ。

家族の存在は、刑務所での辛い生活を乗り越えるために欠かせないだろう。だが、刑務所の柵を越えてまで子孫を残そうとすることの意味はそれ以上のものだろう。壁の中で抹消されようとしている”パレスチナ人”を途絶えさせない、強く確かな抵抗がそこにはある。