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自撮りすらも許されないパキスタン 法は名誉殺人を阻めるのか

パキスタンのSNSスター、カンディール・バローチさんが「名誉殺人」の犠牲になった事件で、パキスタン政府は、長いあいだ議論されていた名誉殺人防止法案の導入に向けてようやく動き始めた。しかしこの問題は、法案成立によって解決されるのだろうか。

「パキスタンのキム・カーダシアン(Kim Kardashian)」と呼ばれていたSNSのスター、カンディール・バローチ(Qandeel Baloch)さんが「名誉殺人」の犠牲になった事件で、パキスタン政府は、長いあいだ議論されていた名誉殺人防止法案の導入に向けてようやく動き始めた。しかしこの問題は、法案成立によって解決されるのだろうか。

名誉殺人とは、「家族全員の名誉を汚した」として、父親や男兄弟が身内の女性を殺害する慣習である。2016年7月15日、カンディール・バローチさんは、実兄に殺害された。自撮り写真などをソーシャルメディアで公開していたバローチさんに対し、実兄は「いかがわしい動画を投稿していたので、家族の名誉のために殺害した」と供述。それを受け、パキスタン全土で、フェミニストたちによる抗議が噴出している。世界経済フォーラムによる2015年度版「ジェンダー・ギャップ指数* 」で、ワースト2位にランキングされたパキスタンだが、この事件をきっかけに、パキスタン女性の苦境への関心が世界中で高まっている。

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生前のバローチさんに対する評価は、パキスタン社会でも賛否がわかれていた。「反イスラム的」だという非難、男女平等の観点による「フェミニストのアイコン」という賛美。事件の数時間前、彼女は、80万人にも及ぶFacebook上のフォロワーに向けて「社会に虐げられ、支配されている女性たちを勇気づけていきたい」とメッセージを発していた。その直後、バローチさんは殺され、彼女の「意見」は遺言となった。

この事件に対し、パキスタンのナワーズ・シャリーフ(Nawaz Sharif)首相は、名誉殺人を防止する意向を表明。また、首相の娘で、女性の権利向上を進めてきたマリアム・ナワズ・シャリーフ(Maryam Nawaz Sharif)氏も、ロイター通信の取材に「名誉殺人防止法案を国会に通す」と答えた。2014年、この法案が初めてパキスタン国会に提出され、女性の権利団体によるキャンペーンも長期間に及んだが、政府は立法に失敗。しかし、ロイター通信によると、パキスタン国会最大のイスラム政党ジャマーアテ・イスラーミー党も同法案に異議を唱えないであろうと予想され、今回の法案は成立する見込みだ。

法案が可決され、新法が施行されれば、名誉殺人を犯した人間が処罰を受けずにすむ現状も変わるだろう。パキスタンの現行法では、イスラムの教えに基づき、被害者の親族は加害者を許せる。そして名誉殺人の加害者は、ほとんどが家族なので、実際にはほとんど処罰を受けない。更にこの類の事件は、報告されるのが稀なため、明確な件数を把握するのも困難だ。パキスタン人権委員会は、2015年に「名誉」絡みで、暴力の犠牲になった女性は約1100名にのぼると発表しているが、実数はわかっていない。

バローチさんは、SNSへの投稿で世界的にも有名になり、パキスタン国内にも大きな影響を与えていた。殺害後すぐにパキスタン当局は、この事件を殺人事件として起訴。この迅速な動きは、加害者である兄を、名誉殺人として親族に申し立てさせないようにするためだ。

国際人権NGOアムネスティ・インターナショナルのパキスタン担当、オマー・ワラッチ(Omar Waraich)氏は、今回の名誉殺人防止法案は確実に可決される、と予想している。「カンディール・バローチさんの事件は、『名誉』がらみの暴力問題に緊急に対処し、名誉殺人の加害者が処罰されないパキスタンの現状を変えねば、という機運を改めて高めました」

ワラッチ氏によると、名誉殺人を収束させるため、パキスタン国内でも多くの組織がこれまで支援してきたが、今なおイスラム教右派からは、法規制に反対の声も出ているそうだ。そして、名誉殺人の件数は、2013年の869件から、2015年には1000件以上を数えるほど増加している。「名誉殺人はこれまで把握された以上に多いです」。更にワラッチ氏は、カンディール・バローチさんが都市に住み、自立できるほど裕福であった点にも注目している。即ち、「この暴力は、辺鄙な田舎に限った事件ではなく、社会的・経済的にさまざまなバックグラウンドの女性が被害者になっています」

ワラッチ氏は、同法案を支持している政党がパキスタン国会の多数派であるため、同法案は早急に成立するだろうとみている。「ただ、イスラム教右派からの反発を引き起こすでしょう」と付け加える。「必ずそうなるはずです」

新しい法律を待ち望んでいる国民もいれば、その法律が本当に進歩をもたらすのか疑う国民もいる。「名誉殺人を特別なケースとして法が定めると、これまでにはなかった『合法』『違法』という観念が生まれます」。そう語るのは、パキスタンを拠点に活動する女性の権利活動家マディハ・タヒール(Madiha Tahir)氏。「それにより、政府が『名誉』にまつわる犯罪を明確に判断できるようになるでしょう。しかし、それにしても、自らが定めた法律に記載されている狭い定義に基づいたものだけなのです」

名誉殺人は、必ずしも「名誉」だけに関わるのではないそうだ。「大半が経済的な理由、社会的な理由、あるいはミソジニー(女性蔑視)が絡んだ具体的な問題と繋がっているんです」

法整備だけでは限界があるのにワラッチ氏も同意する。「蛮行を容認している現在の考え方自体に異議を唱えていく必要があります。パキスタンにおいて、名誉殺人への寛容度は恐ろしいほど高いのです。私たちは、それに向き合い、変えていかなくてはなりません。それがあってようやく女性たちは、自由、尊厳、安全を保障されながら、自らの人生の選択ができるようになるのです」

しかし、スムーズに成立されるはずであった名誉殺人防止法案も、他の議題が優先され、未だに可決されていない。その間にも、妹二人の恋愛結婚に反対していた兄が、結婚式の前日に彼女たちを射殺し、親族を訪ねてパキスタンに滞在していたイギリス国籍の女性は元夫に強姦された後、絞殺された。更には、既婚女性と不倫関係にあった男性が拷問の末に殺害される「男性が被害者の稀なケース」など、パキスタンでの名誉殺人は今なお止む気配がない。