最低最悪のシンセポップが北朝鮮を崩壊させる
The Moranbong Band. Screencap via YouTube

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最低最悪のシンセポップが北朝鮮を崩壊させる

平壌、朝6時。異常なほどの静けさに包まれた朝の空気を打ち砕いたのは、街中のスピーカーから流れる、不快で耳障りな「どこにいらっしゃるの、将軍様?」という曲だった。

「職場、家、街中、北朝鮮のいたるところで音楽が流れています」。カリフォルニア大学バークレー校の政治学教授であるダレン・ズック(Darren Zook)はそう語る。「北朝鮮のテレビ局は全て国営で、プロパガンダ発信源になっていますが、1日中放送しているわけではありません。番組がないときには、プロパガンダ音楽を延々と、何時間もぶっ通しで流しています。市民の義務として、テレビは常につけておかなくてはならない。だから、彼らは音楽を自然と聴かされてしまう。つまり、常に国家の存在を意識させられているわけです。行動の条件付きですね。音楽によって、体制はいつでも見ている、と思い出させているのです」

この国において流行した音楽は、時代を問わず、常に時の最高指導者の嗜好を反映している。1970~80年代、金日成の好みは、朝鮮史の栄光を称えたり、世界の社会主義労働者たちを美化した生真面目なフォークソングやオーケストラアレンジが施された音楽だった。90年代の金正日は、普天堡電子楽団の奏でるひと昔前のシンセポップで、偏執的でクソ真面目なモダニズム観を歌う楽曲を好んだ。たとえば〈至高の馬のように働く女性〉や〈タンク係に捧げる歌〉といった楽曲だ。そして金正恩の時代になると、世界的成功を収めているK-POPをパクり、それを〈牡丹峰(モランボン)楽団〉に演奏させた。21名のメンバーは全て女性。華やかな音楽集団である。「おしなべて最悪ですよ」。ズックはこれまでの北朝鮮音楽シーンを振り返る。「耳から血が出そうなくらい最悪です」

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しかし北朝鮮市民は、本当にこんな音楽が好きなのだろうか? 「人々がプロパガンダ音楽に没入しているかどうかについては、かなりの程度の差があるでしょう」。そう説明するのは、北京に滞在しているコロンビア大学東アジア言語・文化博士号取得候補者のピーター・ムーディー(Peter Moody)だ。「金日成に比べると、金正日はそれほど尊敬されていませんでした。しかしいかんせん、情報が少ないため、現在は市民がどう感じているか、分析するのは非常に難しい」

北朝鮮のような全体主義国家でも、技術の進歩は止められない。金正恩もお気づきのとおり、インターネットを非合法化し、検閲したとしても、情報の流れはせき止められないのだ。ワシントンD.C.を拠点とする調査会社〈InterMedia〉の報告書によると、北朝鮮国民のうち100%がテレビを視聴できる環境にいるが、インターネットへのアクセスが可能なのはわずか2%のみだという。しかし、脱北者を対象に調査したところ、隣国の中国から輸入されたDVDプレーヤー(調査対象の脱北者のうち93%が、北朝鮮に住んでいるときにそれを使い、国外の動画を視聴していたと回答)、USBフラッシュドライブ(こちらは81%)、携帯電話(78%)を通して、他国の情報が国民に届いているという。そして、親戚や友人たちと交換する情報のなかで最も多かったのは、韓国のTVドラマや音楽だ、と98%の脱北者が回答した。つまり、世界でもっとも厳重に警備された国境の北緯38度線(軍事境界線)でさえ、キャッチーなメロディや、華やかな世界の情報をせき止められないのだ。

金正恩政権は、この、〈唯一思想体系〉への直接的な攻撃に対処すべく、国外エンターテイメントの視聴を厳しく取り締まっている。〈109隊〉と呼ばれる専門部隊は、平壌やその近郊をパトロールして、街中で国民が利用している携帯機器を調べたり、住居に押入り、DVDやUSBスティックの所持をチェックしているのだ。取締対象物が発見された場合の罰則は、自己批判の手紙をしたためる、といった公共の場での恥辱的行為から、労働収容所への強制追放など、多岐にわたるようだ。しかし、USBの隠蔽は簡単だし、最悪の場合は飲み込んでしまえばいい。結果、規制するのは、かなり困難になっているという。

金正恩は、政権のプロパガンダ組織再編を計画し、〈牡丹峰楽団〉のような新しいグループを結成した。この華麗な女性ポップグループは、〈K-POP〉という現象を模倣するために結成された。残念ながらこの音楽は、身につけているのがキラキラのミニスカートとエレキバイオリンに変わっただけで、かつてのソヴィエトのやり口と何ら変わりない。「体制は、彼女たちのYouTubeでの再生回数が100万回を超えたという事実を、自分たちの計画がうまくいっている証拠だとしています」とズック。「みんな、ただの興味本位で観ているという事実に気づいていないのです。北朝鮮はジョークをまったく理解しない。彼らの音楽がK-POPのように流行しない理由は、彼らにはわからないでしょうね」

北朝鮮におけるUSBブームは、たったの5年で非公式、オフラインの情報ネットワークを築き上げた。そのネットワークは今や、全体主義的国家元首が3代にわたって厳しく進めてきた唯一思想体系から、国民を解放する可能性を秘めている。体制は、この風潮を遮り、牽制するために、中国のようにイントラネットを構築して国営メディアの再興を図るまでには至っていない。

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