牡丹峰楽団. Screencap via YouTube

この50年、北朝鮮政府は国内の全ての音楽をコントロールしてきた。しかし、金正恩はテクノロジーとポップミュージックの潜在能力により、自らの〈プロパガンダ・マシン〉を制御する力を失いつつある。

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平壌、朝6時。異常なほどの静けさに包まれた朝の空気を打ち砕いたのは、街中のスピーカーから流れる、不快で耳障りな「どこにいらっしゃるの、将軍様?」という曲だった。プロパガンダ・オーケストラ〈普天堡(ポチョンボ)電子楽団〉による演奏である。平壌市民250万人の1日は、毎日この曲から始まる。北朝鮮の市民は、映画、アート、テレビ、音楽、ラジオなど、ありとあらゆるメディアから日々、プロパガンダの集中砲撃を受けているが、この強制的な〈目覚まし時計〉もそのひとつだ。

1967年、金体制における指導理念〈唯一思想体系〉が完成して以来、軍歌、愛国歌、フォークソング、ポップス、オーケストラによる演奏など、北朝鮮における音楽は全て、最高指導者の命令のもと、政府によって制作されてきた。そうでない音楽は厳しく禁止され、認可を受けていない民族音楽は駆逐された。国が制作する音楽は、北朝鮮市民の日々の生活に遍在している。体制による音楽、映像制作の全体主義的支配は、現在この地球上で実施されているソフト・パワーによる政策のなかでももっとも強力なものだ。

「職場、家、街中、北朝鮮のいたるところで音楽が流れています」。カリフォルニア大学バークレー校の政治学教授であるダレン・ズック(Darren Zook)はそう語る。「北朝鮮のテレビ局は全て国営で、プロパガンダ発信源になっていますが、1日中放送しているわけではありません。番組がないときには、プロパガンダ音楽を延々と、何時間もぶっ通しで流しています。市民の義務として、テレビは常につけておかなくてはならない。だから、彼らは音楽を自然と聴かされてしまう。つまり、常に国家の存在を意識させられているわけです。行動の条件付きですね。音楽によって、体制はいつでも見ている、と思い出させているのです」

この国において流行した音楽は、時代を問わず、常に時の最高指導者の嗜好を反映している。1970~80年代、金日成の好みは、朝鮮史の栄光を称えたり、世界の社会主義労働者たちを美化した生真面目なフォークソングやオーケストラアレンジが施された音楽だった。90年代の金正日は、普天堡電子楽団の奏でるひと昔前のシンセポップで、偏執的でクソ真面目なモダニズム観を歌う楽曲を好んだ。たとえば〈至高の馬のように働く女性〉や〈タンク係に捧げる歌〉といった楽曲だ。そして金正恩の時代になると、世界的成功を収めているK-POPをパクり、それを〈牡丹峰(モランボン)楽団〉に演奏させた。21名のメンバーは全て女性。華やかな音楽集団である。「おしなべて最悪ですよ」。ズックはこれまでの北朝鮮音楽シーンを振り返る。「耳から血が出そうなくらい最悪です」

北朝鮮において、金王朝の行きすぎた個人崇拝以外で、セレブ・カルチャーと呼んで差し支えないのが国内のポップグループだ。北朝鮮の音楽は、軍事や科学と並ぶ数少ない〈社会的流動性〉を望める分野である。「この国のなかで物事が動くのは平壌だけです。もし音楽をやりたかったら、ギター、ピアノなど、どんな楽器も用意されている平壌の学校に通うんです」。ズックは続ける。「音楽の才能があれば、平壌の金元均名称音楽総合大学へ送り込まれ、きちんと教育されます。この学校で勉強すれば、その後、すばらしい特権を獲得できます。あらゆる特権を得られますし、高価な買い物だってできる。優先的に住居も提供されます。だからこそ、とてつもない競争が繰り広げられるのです」。金正恩の夫人である李雪主は、金正日に見いだされ、後継者のファーストレディーとして選ばれたが、彼女も今は無き〈銀河水(ウナス)管弦楽団〉のメンバーだった。

しかし同時に、北朝鮮のポップスターは、常に危険と背中合わせの状況にいる。2013年8月、韓国の『朝鮮日報』が報じたところによると、〈旺載山(ワンジェサン)軽音楽団〉と〈銀河水管弦楽団〉のメンバーたちは、自らが出演するポルノ映像を制作し、一斉に逮捕された。金正恩直々の命令により、立会いを強制された家族や仲間の目の前で、メンバー12名の銃殺刑が執行された。

「最高指導者の目に留まるほどのアーティストになると、周りから嫉妬されます」。ズックはそう説明する。「その地位に胡坐をかいていると、殺されたり、処分されたり、解雇されたりするわけです」。北朝鮮は処刑については否定している。

しかし北朝鮮市民は、本当にこんな音楽が好きなのだろうか? 「人々がプロパガンダ音楽に没入しているかどうかについては、かなりの程度の差があるでしょう」。そう説明するのは、北京に滞在しているコロンビア大学東アジア言語・文化博士号取得候補者のピーター・ムーディー(Peter Moody)だ。「金日成に比べると、金正日はそれほど尊敬されていませんでした。しかしいかんせん、情報が少ないため、現在は市民がどう感じているか、分析するのは非常に難しい」

確かに平壌から発信される音楽についての情報は、まだまだ厳しくコントロールされているが、平壌で流通する音楽に関しては大きな転換が起こっている。

北朝鮮のような全体主義国家でも、技術の進歩は止められない。金正恩もお気づきのとおり、インターネットを非合法化し、検閲したとしても、情報の流れはせき止められないのだ。ワシントンD.C.を拠点とする調査会社〈InterMedia〉の報告書によると、北朝鮮国民のうち100%がテレビを視聴できる環境にいるが、インターネットへのアクセスが可能なのはわずか2%のみだという。しかし、脱北者を対象に調査したところ、隣国の中国から輸入されたDVDプレーヤー(調査対象の脱北者のうち93%が、北朝鮮に住んでいるときにそれを使い、国外の動画を視聴していたと回答)、USBフラッシュドライブ(こちらは81%)、携帯電話(78%)を通して、他国の情報が国民に届いているという。そして、親戚や友人たちと交換する情報のなかで最も多かったのは、韓国のTVドラマや音楽だ、と98%の脱北者が回答した。つまり、世界でもっとも厳重に警備された国境の北緯38度線(軍事境界線)でさえ、キャッチーなメロディや、華やかな世界の情報をせき止められないのだ。

金正恩政権は、この、〈唯一思想体系〉への直接的な攻撃に対処すべく、国外エンターテイメントの視聴を厳しく取り締まっている。〈109隊〉と呼ばれる専門部隊は、平壌やその近郊をパトロールして、街中で国民が利用している携帯機器を調べたり、住居に押入り、DVDやUSBスティックの所持をチェックしているのだ。取締対象物が発見された場合の罰則は、自己批判の手紙をしたためる、といった公共の場での恥辱的行為から、労働収容所への強制追放など、多岐にわたるようだ。しかし、USBの隠蔽は簡単だし、最悪の場合は飲み込んでしまえばいい。結果、規制するのは、かなり困難になっているという。

金正恩は、政権のプロパガンダ組織再編を計画し、〈牡丹峰楽団〉のような新しいグループを結成した。この華麗な女性ポップグループは、〈K-POP〉という現象を模倣するために結成された。残念ながらこの音楽は、身につけているのがキラキラのミニスカートとエレキバイオリンに変わっただけで、かつてのソヴィエトのやり口と何ら変わりない。「体制は、彼女たちのYouTubeでの再生回数が100万回を超えたという事実を、自分たちの計画がうまくいっている証拠だとしています」とズック。「みんな、ただの興味本位で観ているという事実に気づいていないのです。北朝鮮はジョークをまったく理解しない。彼らの音楽がK-POPのように流行しない理由は、彼らにはわからないでしょうね」

北朝鮮におけるUSBブームは、たったの5年で非公式、オフラインの情報ネットワークを築き上げた。そのネットワークは今や、全体主義的国家元首が3代にわたって厳しく進めてきた唯一思想体系から、国民を解放する可能性を秘めている。体制は、この風潮を遮り、牽制するために、中国のようにイントラネットを構築して国営メディアの再興を図るまでには至っていない。

現在、市民は、体制の意志に反して、韓国のコンテンツを享受している。その内容は、〈政治〉ではなく、主に〈エンターテイメント〉だ。それなのに、〈隠者の国〉の市民は、かつてないくらい外界との紐帯を強めている。もしかすると、北朝鮮労働党を転覆させるのは、核戦争でも経済破綻でもなく、おぞましいシンセポップをきっかけに進んでいる〈社会秩序の崩壊〉なのではないだろうか。

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