国王崩御で沸き起こるタイの黒服ブーム
​Thai merchants ready black clothing for citizens who are mourning the late monarch. Photo by Guillaume Payen/AP Images

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国王崩御で沸き起こるタイの黒服ブーム

バンコクからチェンマイ、プーケットまで、タイ各地で黒い服が品切れになっている。「1日あたり150点以上の黒い衣服が売れています。お客さん1人につき2~3点購入していくんです」

バンコクのプラティナム・ファッションモール(Platinum Fashion Mall)にある洋服屋店主のジャルポーン・オザサノン(Jaruporn Osathanont)は、店内で昼食の準備をしていた。今日のランチは、豚バラ肉のスパイシーなスープとライスだ。すると、ふたりのタイ人女性がぶらっと店に入ってきた。彼女たちは、バンコクで今一番の人気アイテムである、シンプルな黒いシャツを買いにきたのだ。 ふたりの女性は、オザサノンにバーツ紙幣を渡し、黒いシャツとワンピースを購入した。オザサノンの店では、2週間で約1500点もの黒い衣類が売れたという。タイは今、黒い服を大急ぎで買い求める人たちで溢れかえっている。 店主オザサノンはこう語る。「1日あたり150点以上の黒い衣服が売れています。お客さん1人につき2~3点購入していくんです」。彼の店で販売しているTシャツの値段は、1枚150バーツ(約450円)、黒のワンピースは250バーツ(約750円)である。 バンコクからチェンマイ、プーケットまで、タイ各地で黒い服が品切れになっている。10月13日、タイの君主であるプミポン・アドゥンヤデート(Bhumibol Adulyadej)国王が崩御(享年88歳)したのがきっかけだ。「服喪期間は1年」と政府は発表したが、黒服を身に纏うのは、国民全体の哀悼の現れであり、象徴である。プミポン国王は、タイ国民にとっての唯一の王なのだ。

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露天商のなかには, 黒い服に対する需要の高まりに乗じて不適正価格で商品を販売する商人もいる. Photo by Guillaume Payen/AP Images

プミポン国王は1946年に王位を継承し、70年にわたってタイを治めてきた。その在位期間は、現存する君主の中でも最長であった。彼の名は「大地の力、比類なき権威」という意味をもち、その名の通り、王の統治は不可侵で、強力なタイ王国軍により絶対的な権威は守られていた。2014年、軍部のクーデターにより当時のタイ政府は倒れ、2017年には改めて総選挙が実施される。しかし、その選挙前に国王は亡くなってしまった。タイ国民の感情は大きく揺れており、公共の場で号泣する国民も数多く見受けられた。

プミポン国王は、アメリカ・マサチューセッツ州のケンブリッジで生まれ、青年期のほとんどをヨーロッパで過ごした。彼は、僧侶であり、サックス奏者であり、絵描きであり、慈善活動に努めた。また、国内農村部にとって意義深い農業プログラムを導入した。

国王を自発的に敬愛する国民は多いが、同時にタイでは「国王への崇敬」が法律化されている。タイの「不敬罪」に関する法律により、王族はいかなる些細な批判からも守られている。刑法第112条では、「国王の名誉を棄損した者に対し、最高15年の懲役刑が科される」と規定されている。2015年、SNSで「国王の飼い犬に対して無礼な投稿をした」罪で逮捕された男性もいる。

また王の死に対し、哀悼の意や、同調しない国民は、即座に厳しい対応を受ける。BBC、アルジャジーラ(Al Jazeera)などのテレビ局は、プミポン国王の死去について全く悪気なく報道したが、「不適切な内容があった」と判断され、バンコクでの放送を一時中断させられた。また、国王を侮辱したタイ人女性は逮捕され、サムイ島の警察署の外で国王の肖像にひざまづき、冥福の祈りを強制された。その間、怒れる群衆は、彼女にヤジを飛ばし続けたため、警察は彼女を守るために腕を組んでバリケードをつくらねばならないほどだった。

号泣する市民たち. 服喪期間は1年続く. Photo by Guillaume Payen/AP Images

黒い服は、国全体の悲しみを表すひとつの明確な象徴だ。元々タイでは、服装の色を曜日に合わせる習慣がある。例えば、月曜日にはタイ人の大勢が明るい黄色の服を着る。月曜日は、プミポン国王が生まれた曜日であった。また、国王が血液透析を受け、その後、容態が不安定になった際には、ピンク色の服が街中に溢れた。ピンクは吉兆を意味し、「治って欲しい」という気持ちの現れであった。

国王の死後、黒い服が品切れ状態となっていることを受け、タイ政府は、「白、茶、青、クリーム色も、服喪にふさわしい色である」と国民に呼びかけた。しかし、やはり黒い服が一番人気で、他の色、特に明るい色の服はタブーという認識が広まっている。更に法務大臣によると、「黒の流行に乗らなければ恥ずかしいと考えている国民もいる」そうだ。

タイ全土が悲嘆に暮れるなか、オザサノンのような洋服屋の利益は急上昇した。日々の売上は2倍になり、1日で7万バーツ(約21万円)稼いだ店もあるという。

「売上はいいです。黒い服の需要が増えているので、とても忙しいです」。そう語るのは20歳の店員スーニサ・キティヤノラシード(Sunisa Kittiyanorrasead)。この店ではサーフショーツを売っていたが、取り扱い商品を変更し、黒の流行に乗った。

あまりにも黒い衣服への需要が高いため、タイ政府は品物不足の警告を発している。価格の釣り上げも疑われ始めた。更に無料で衣服を黒色に染めるサービスも増えているようだ。

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染め場をセットをしている人々. 人々は服を黒に染め、国王の崩御を悼む. Photo by Natnicha Chuwiruch/AP Images

「国王の死を悼んでいるから黒い服を着るんです」。そう話すのは32歳のサンディ・パコーンマニーラタナ(Sandy Pakornmaneerattana)だ。企業のマーケティング・マネジャーとして働く彼女は、黒のスリムパンツと、スタイリッシュながら控えめな黒い長袖シャツ、そして黒い靴で身を固めていた。

「露天商は値段を釣り上げ、普通の黒いTシャツの価格も5割増になっていたりします」と彼女は続けた。「それでも在庫が追いつかないほど売れているので、この機会に乗じてかなり儲けているんです」

しかし、全ての人が儲けている訳ではない。

国王の死後、国の慣習や、政府からの勧告もあり、タイ全土に暗いムードが漂っており、景気が後退している業界は、更に煽りを受けている。タイ政府は国民に、全ての「娯楽活動」を自粛するように命じた。映画館、クラブは一時閉店し、テレビ局は放送を中止し、コンサートも延期になっている。バンコクの娼婦たちも休まざるをえなくなった。エンタメ関連の広告がちょっと流れるだけでも「不愉快だ」とされてしまう。

おそらくファッション業界は、この服喪経済に一番影響を受けている業界だろう。ファッションショーは中止され、新しいブランドの立ち上げもストップしている。

鮮やかなデザインやスタイルで勝負してきた小さなブランドのデザイナーたちは、現在、大変な危機に瀕している。「これからどうやって生活していけばいいのか」と悩むデザイナーもいる。

バンコクのショッピングモールで、白黒の服を着ているマネキンたち. Photo by Sakchai Lalit/AP Images

「私は水着を売っています。水着は明るい色じゃないといけません」。そう語るのは29歳のデザイナー、起業家、そして『St. Barts』という水着ブランドの創始者であるサロージ・クナタナッド(Saroj Kunatanad)。彼によるとこのブランドは、「カリフォルニアっぽいイメージ」なのだが、現状ではにっちもさっちもいかない状態にあり、彼は服喪期間が明けるのを心待ちにしている。

「扱っている暗い色はネイビーブルーだけです。海水浴やプールは、人々の休日、人々の平穏な日常と直結しています。現在のタイのムードとは全く逆なんです。今は誰も休日やビーチについて考えていません。私のブランドも大きな影響を受けています」

ロンドン出身の49歳、マーク・カテリンガム(Mark Ketteringham)は、バンコクの『MONBAG』でデザイナーとして働いており、ワニ革、ヘビ革を使った人目をひくハンドバッグをつくっている。彼も、冷え込んだ経済状況を実感しているようだ。

「ちょうどコレクション全てのデザインを完成させたところだったんです。すべて明るい色でした。これからどうするか、今はわかりません。大損害です」。彼のコレクションは、服喪期間のため発表が遅れている。「全員が危機感を抱いています。誰も何も買わないのですから。売れているのは、道端で売っている、200バーツの黒いTシャツやスカートだけです」

カテリンガムによると、バンコクでは、ショーウインドーに飾られているマネキンでさえも黒で統一されているという。

「ショーウインドーにカラフルな服を飾るのも許されていません。全てのモノが黒でなくてはいけないんです。ウチには黒のバッグは置いていないので、ウインドーに何も飾れません。国王の写真だけです。今も店内にはカラフルな品が置いてありますが、タイの人たちは買ってくれません」

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このバッグは、手作業でペイントし、染めるので、ひとつ完成するのにも1カ月はかかるという。現在はバッグを黒く染め直し、なるべく損害を抑えようとしている。

亡きタイ国王に敬意を払うべく王宮の周りに集まった人々. Photo by Anusak Laowilas/Sipa by AP Images

しかし、デパートに出店するような大きなブランドはうまくいっているようだ。黒いアイテムのストックに余裕があるからだ。39歳のマーク・マルワット・ブラナシルピン(Mark Maruwut Buranasilpin)は、『Asaya』というレディース向けワンピースやブラウスを製造するブランドのアーティスティック・ディレクターを務めている。「黒いアイテムのセールスは、全体の50%以上を占めている」と彼はいう。タイのメジャーなブランドである『Patinya』の広報担当によると、「黒いアイテムのセールスが急上昇している」そうだ。

服喪期間の第一段階は11月14日で終わり、テレビ放送、イベント、歓楽施設は、徐々に普段通りに戻り始めている。「国全体のムード、そして文化活動も元に戻って欲しい」とデザイナーたちは願う。

水着デザイナーのクナタナッドも、ビジネスの再開を辛抱強く待っているが、それでもタイという国の持つ慣習、喪に服す権利はもちろん尊重している。

「しょうがないでしょう。宣伝もできない、売上は立たない。それでも納得しています。皆、敬愛していた国王の思い出を忘れないよう、国をひとつにしようとしているのですから」

タイでは現在、亡き国王の息子、ワチラロンコン皇太子が後継者として今年の12月1日に即位する、という話もあるが、皇太子の意向次第で変わる可能性もある。いずれにせよ、プミポン国王の火葬式は、政府機関の1年の服喪期間が明けた後になりそうだ。