why-did-a-ghost-hunter-stab-himself-inside-a-famous-axe-murder-house-1

Photo via Flickr user Jennifer Kirkland

2014年11月7日、アイオワ州のヴィリスカにある世界有数の悪名高き幽霊屋敷「ヴィリスカ・アックス・マーダー・ハウス」の宿泊客が、刃物で自らの胸を刺しているところを発見され、近隣の病院に運び込まれた。この屋敷は、超常現象調査員たちにはよく知られており、宿泊可能なアメリカ屈指の心霊スポットとして有名だ。宿泊客からは、感情的、身体的、超常的混乱体験が報告されている。1912年、この屋敷内で6人の児童と2人の成人がベッドで就寝中、斧で頭を叩き割られて死亡した。この殺人事件は未解決のままだ。

「宿泊客は、殺害された子供たちと遊んだり、声を聞いたり、異常な写真を撮影したりします」と79歳のマーサ・リン(Martha Linn)。彼女は1994年にこの屋敷を購入。その後、屋敷にあるすべての電気配線と水道管を引き剥がし、1900年代初頭の状態に復元し、心霊スポットとしてでなく、歴史的観光名所になるように改装した。「過去2年分の宿泊客の経験が記されたノートがありますが、何も経験せずに帰ったゲストはほとんどいません」と彼女は困惑する。

体験のために宿泊客が支払う費用は、1泊428ドル(約47,000円)。どうやら、悪霊出現の可能性を秘めた場所で夜を明かすために、宿泊客は高額な宿代を支払うようだ。圧倒的な数の超常現象が報告されるおかげで、屋敷はゴーストハンターたちが頻繁に訪れる心霊スポットになった。彼らは、呪われた壁の中に潜む闇の力を挑発するために、ウィジャボード、電子音声現象(EVP)レコーダー(超常現象調査版の放射線量計測機ガイガー・カウンターのような機器)、1912年の事件で犯行に使用された本物の斧などを屋敷の中に持ち込むそうだ。

2014年11月上旬に屋敷を訪れたウィスコンシン州のラインランダー(Rhinelander)在住のロバート・スティーブン・ラウルセン・ジュニア(Robert Steven Laursen Jr.)(39)もそんな宿泊客のひとりだった。モンゴメリー郡(Montgomery County)の郡保安官ジョー・サンプソン(Joe Sampson)によると、ラウルセンは「趣味の超常現象調査」のために友人と連れ立って屋敷を訪れたそうだ。「私の知る限り、彼は北西に位置する寝室にひとりで滞在しており、その間、彼の仲間は屋外にいた。そして、彼は無線機を使って、仲間たちに助けを求めたんだ」とサンプソンは事件当時の状況を説明する。その後、彼の仲間は、ラウルセンが、刃物で自らの胸を刺しているところを発見し、911に通報。彼は近隣の病院に運び込まれ、その後、ネブラスカ州オマハにあるクレイトン大学医療センター(Creighton University Medical Center)にドクターヘリで緊急搬送された。

モンゴメリー郡の警察によると、この事件は午前0時45分頃に発生した。この時刻は、1912年にジョサイアとサラのムーア夫妻、彼らの4人の子供と、その友人の少女2人、計8名が惨殺された事件の発生時刻とほぼ同じだ。

「われわれは、ムーア家殺害事件を『アメリカ史上最大の未解決ミステリー』と呼んでいる」とドキュメンタリー作品『Villisca: Living with a Mystery』の監督、ケリー・ランドル(Kelly Rundle)は説明する。「この話はまるでフィクションのようで、この事件について知れば知るほど、奇妙になる。これはいっさい脚色が必要ない話です」

1912年6月9日の夜、ジョサイア・ムーアと彼の妻、3人の息子、1人娘は、教会で夜の礼拝に出席し、娘の友人2人を連れて帰宅した。この少女たちはムーア宅に招待され、そこで1泊することになっていた。翌朝7時頃、ある隣人女性が、ムーア宅が異様に静かなことに気付き様子を伺いに訪ねると、玄関や窓は施錠され、カーテンが閉じたままなのを発見した。彼女からの電話を受け、現場に駆けつけたムーアの兄弟がドアの鍵を開け、家の中に入り、ベッドの上で亡骸となった家族と友人を発見した。

地元当局は、瞬く間に犯行現場のコントロールを失い、約100名の野次馬が凄惨な死体をひと目見ようと現場に押しかけた。当時のアメリカでは、指紋鑑定が犯罪捜査の技術として普及していなかったのに加え、刑事による証拠収集を野次馬たちが妨害するなど、事件の捜査は混乱した。凶器の斧を振り上げたさいについたであろう天井の傷は、犯人の身長を推測する手がかりとなり、極端に身長が低い、とある容疑者の疑いが晴れた。しかし、傷は部屋の中央にあり、被害者たちが眠っていたベッドの真上ではなかった。犯人が興奮状態のなか、片手で斧を振り回して付けた傷だ、と推測された。

訪問客だったレナ、アイナのスティリンガー姉妹の死体は1階の寝室で発見された。12歳だったレナが眠っていたベッドの下からは、石油ランプが発見されており、おそらく、彼女の死体を照らすために使わたのでないか、と考えられている。彼女の死体は下着が外され、性行為を暗示する姿勢のまま横たわっていた。脚は血で汚れ、腕には防御痕があった。捜査官たちは、彼女は性的虐待の被害者であり、また、ムーア宅で殺人犯に抵抗した唯一の被害者である、と信じている。

現在のテクノロジーと捜査技術を用いれば、ムーア家殺害事件はかなり容易に解決できていたかもしれない。事件当時、猜疑心と責任追及で、ヴィリスカの町は極度のヒステリー状態に陥いり事件解決が困難な状態だったが、今日の歴史家は3名の容疑者を挙げている。それは、同様の事件と関連があった連続殺人犯、過去に性的違法行為を犯した巡回牧師、ムーアを殺害するためにコカインでラリった刺客を雇った疑いのあるアイオワ州の上院議員の3名だ。しかし、その中から起訴された者は誰もいない。

多数の書籍とドキュメンタリー映像がこの殺人事件を詳説しており、ムーア宅での超常現象調査も実施されている。「斧を手に廊下を徘徊する男を見た」「寝室から子供たちの絶望的な叫び声が聞こえた」「レナ・スティリンガーが殺人犯から身を隠すために隠れたであろうクローゼットの中に閉じ込められた」といった調査結果が報告されている。

しかし、ランドルが1990年代にドキュメンタリーの撮影を開始した頃、屋敷についての噂はほとんどなかったそうだ。彼は撮影中も超常現象にはいっさい出くわしていない。そこが観光地になる以前、数年のあいだ屋敷を所有していたオーナーも、超常現象は起こらなかった、と彼に伝えている。

「あの屋敷に超常現象調査隊が初めて足を踏み入れたのは1999年です。彼らは、あの屋敷は曰く付きだ、と断言し、事件の真犯人を特定しようとしたんです」とランドルはいう。それ以前の訪問客は、建物を歴史的資料(この屋敷はアメリカ合衆国国家歴史登録財[National Registry of Historic Places]に登録されている)として興味を抱いていたそうだ。「世間があの屋敷の歴史的価値に興味を示さないのが残念です。どんな歴史にも、学ぶべき何かがあります」と彼は悲観した 。そして、「訪問者たち自らが見聞きした、と思う何かに対して怯えるためだけにあの屋敷を訪れているのだとしたら、私には彼らが何を学んでいるのかサッパリわからない」と続けた。

保安官のサンプソンは、1992年からモンゴメリー郡の警察隊に勤務し、2008年に保安官に転身した。彼は、ラウルセンの事件が起こるまで、あの屋敷に緊急出動した経験は1度もく、ヴィリスカを「アイオワ州の極々普通の小さな農村」と描写した。

ラウルセンの事件以後、ヴィリスカは大きな注目を集めるようになった。しかし、サンプソンと管理人のリンにメディアから質問が殺到しており、それに対して、すぐにでも騒ぎが収まるのを望む、と口を揃えている。

「この出来事は非常に迷惑です」とリンは明言した。「注目を集めていますが、然るべき注目ではありません。私は、ヴィリスカ・アックス・マーダー・ハウスを訪れるみなさんに、何かがおこる、といったおかしな期待をして欲しくないんです。私は、ここで素晴らしい経験をして、歴史について学んでもらいたいんです。もしも超常現象が起きたなら、それはオマケでしかないんです」

リンとサンプソンによると、ラウルセンは回復したそうだ。しかし、ふたりは彼の家族に気を遣い、それ以上、彼についてコメントするのを避けた。

「ムーア家殺害事件にまつわるたくさんの伝承がある」とドキュメンタリー監督のランドル。「世間がそれを事実ではなく都市伝説であると了解しているから、人々の心を捉えるんです。だから私は、超常現象を現代版の伝承だと思っています。殺人事件が起きた日に始まった伝承の延長です。伝承からわかるのは、事件にまつわる事実よりも、人々が自身、ひいては世界をどう捉えているかです」