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格差社会の復讐者たち

「詐欺の子たちはみんなカラフルですね。例えば、窃盗やってる人間には窃盗やってる人間のカラーがあります。一般社会にはないカラーで、それはそれで取材対象の彩りとしては魅力的なんですが、詐欺をやってる人間は『こいつ詐欺やってんな』というひとつの色ではなく、カラフルなんです」

特殊詐欺の被害総額は、警察が把握しているだけで559億円(2014年)。そして今日も、持てる者たちから持たざる者たちが奪い取っていく。加害者への取材を通してこの重犯罪の実態に迫ったルポ『老人喰い ─高齢者を狙う詐欺の正体』を上梓した鈴木大介にインタビュー。振り込め詐欺をシノギとする若者たちの生態や心情から、アウトローを取材する記者稼業の本音にまで話が及んだ。

鈴木さんが裏稼業の子たちを取材しつづけるのはどうしてですか?

取材を始めたキッカケは、純粋に需要があったからです。いまに始まったことではなく、さまざまな社会の裏側の仕事というものは、生活に不安を感じている人々にとって「どうにもならなくなっても、こうすれば生きていけるんだ」といったガイドラインのような需要がありますから。 ところが、実際に取材をして、裏稼業の現場の子たちの話を聞いていくうちに、大きな違和感を感じたんですね。彼らは見た目こそ近寄りがたい存在なワケですが、実はその多くが社会的弱者で、子供のころに貧困や虐待といった被害者としての経験があった子があまりにも多かった。かつては被害児童、転じていまは加害者というケースを多く知るにつけ、これを単に犯罪者として扱うのではなく、彼らの生き様そのものをちゃんと聞いて伝えなきゃいけないと思うようになりました。その思いが原点としてあります。

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振り込め詐欺をやっている子は、他の裏稼業の子とタイプが異なると本に書かれていましたが。

確かに、詐欺、とくに詐欺の店舗プレイヤー以上の階層は、他の裏稼業人とは明らかに毛色が違いますね。例えば、常習的に強盗や窃盗をやってるような本当にヤバいヤカラ(たちの悪い)の子たちって、やることが無茶苦茶なんです。すぐに捕まっちゃうし、カネ貸してくれって言うし。

それは鈴木さんに対して?

はい。貸したら飛ん(失踪)じゃったり。しばらく連絡とれなかった子に「捕まってるかと思った」って言えば、案の定「あぁ、食らいました」とか。そういうのが当たり前というつき合いですね。彼らの犯罪は、どちらかと言うと、手元のお金がなくなったときにサヴァイヴ的にされることが多いんです。その稼業ばかりを続けて、それ単体をシノギ(生活の糧)にしている子は、実は少ない。一方で、詐欺の子たちは、その稼業が本業。生い立ちは酷い子もそうじゃない子もいますが、共通するのは明確な目的意識です。一生食っていくためのカネを稼ぐとか、独立起業するために稼ぐとか。単なる生活費の先を見ている。目的意識があると、やっぱりビシッとしてきます。例えば、取材の約束の時間に遅れないとか、遅れるなら連絡するとか、本当に小さいところからも差が感じられます。

詐欺以外の子にはだいぶ待たされることがありますか?

裏稼業人への取材は待つのも仕事です。最近、記録が更新されまして、約束の11時間後に現れた子がいました。ナイトワーカーの女性です。それは極端なケースですが、詐欺の子たちは生き物として他とは違う感じですね。語る言葉を聞いても、自分がやっていることの背景が整理できている子が多いです。これは、罪悪感を払拭するための正当化の理論を詐欺組織側が植えつけていることもあるんですが、あくまで彼らはビジネスとしてやっている。

振り込め詐欺のプレイヤー* の研修の様子が本のなかで再現されていますが、面白いですね。講師が正当化の理論で洗脳していくところが凄い。

これはアメリカから輸入した自己啓発の劣化版というか、日本ローカライズでしょうか。もともと悪徳商法やマルチ、ネットワークビジネスなんかは、それこそ昭和の時代から連綿と続いているものなんですが、その歴史のなかで若者を奮起させてブラックな環境でバリバリ働かせる自己啓発的な教育システムはあった。これが詐欺のプレイヤー研修では一層洗練されていて、思えばいま現役の詐欺プレイヤーの研修に当たっている世代の裏稼業人っていうのは、その悪徳商法の時代にプレイヤーだった人たちなんです。それにしても、彼らの研修には舌をまきます。例えば、これは本に書きましたが、研修でプレイヤー候補生たちを工場地帯のコンビニに連れていって、近くのバス停から降りてくる人たちを観察させるというのがある。疲れ果てた労働者を見せつけたうえで、「短期工として働いて10年食っていくことはできるだろうけど、その結果があの姿だ」とか言われると、いまの社会に閉塞感を感じたり未来を見いだせないと感じている若い層にとっては、露骨に行きたくない方向の未来を見せられた感じがしますよね。実際に工場で働く方々には失礼極まりないことではあるんですが、研修で使われたコンビニに自分も実際に行って、よくぞこのシーンを選んだ、と驚きました。ここで、根底にある差別感情を惹起させるわけです。「あんな人間になりたいの?」みたいな。でも、それが工場労働者じゃなくて、ホームレスの人たちだったら、ここまで効果はないなと。候補生たちも「ここまでは落ちねえだろ」って思うので。

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ホームレスはサンプルとしてやりすぎ。

はい。それが工場の人たちぐらいだと、その疲弊感がリアルに感じる。巧みな洗脳だなと思いますね。

振り込め詐欺で、とくに印象に残っている子のことを聞かせてください。

闇金から詐欺に移ったある子について言うと、彼は東京のかなり低所得層が集まるエリアの出身で、関東連合の子たちなんかに対して物凄い劣等感を抱いていました。同世代のヤンチャだった子たちが16歳ぐらいで仕事を持つ組とそうじゃない組に分かれていくなか、一番ヤンチャで弾けちゃったような子。叩き屋(強盗)とかに近い肌感覚で、実は振り込め詐欺が激増した2000年代前半には、彼のようなタイプも多かった。ところがそんな彼がプレイヤーから番頭* 、金主** まで上り詰めて……そのあと物凄く太ったんです。振り込め詐欺の現場での人の働かせ方は、短期間で人を燃焼させることに長けています。だから現役で働いている子を見ていると、それこそビジネスマンの成りあがり小説を読んでいるような、猛烈な物語性がある。けれど彼の場合は、あまりに燃焼させすぎて、消耗して真っ白になったんですね。バリバリだった子が「鈴木さん、キス釣りに行きませんか」なんて呑気なこと言いだしたから大丈夫かなと思いましたよ。彼の取材を契機に僕自身気づいていったんですが、振り込め詐欺で稼いだ人間は滅多なことでは他の稼業や表のビジネスに転じることができないんです。組織のなかで優秀なら優秀なほど、組織の外の一般社会がヌルく感じて、何もする気がなくなって落ちていく。結局、その子は知り合いのヤクザに言われて、汗水垂らして小銭を稼ぐような労働をやって、それがカンフル剤になって元の稼業に戻っていきました。

そういう取材対象の子たちとはどうやって知り合いますか?

取材のやり方としては紹介から紹介で繋いでいくしかないんです。あとは向こうからダイレクトに「ネタ(情報)売りますよ」と言ってくる子もいます。でも「ネタ売りますよ」の子よりも、その子に紹介してもらった別の子の取材のほうがオイシイということもあります。「ネタ売りますよ」の子は物語を用意してきているわけですから、どうしてもその枠のなかでしか取材できないですよね。「謝礼はずむから」とその子に言って、まわりの人間を紹介してもらったりしていくなかで、ようやく糸口が見えてくる。そんな感じです。

ギラギラした若者たちの群像劇のように読みました。

詐欺の子たちはみんなカラフルですね。例えば、窃盗やってる人間には窃盗やってる人間のカラーがあります。一般社会にはないカラーで、それはそれで取材対象の彩りとしては魅力的なんですが、詐欺をやってる人間は「こいつ詐欺やってんな」というひとつの色ではなく、カラフルなんです。

そんな多彩さのなかにも共通点はありますか?

詐欺の子の共通点は、たぶんこの子は地元とか同世代の仲間からは「痛い」って思われてるんじゃないかなって子が多いことです。モチベーションが他人より高すぎると、集団のなかから確実に弾かれますよね。地方から出てきて、こっちで詐欺やってる子と話していると「この子、友達少ないだろうなぁ」って思うこともあって。そんな意識高すぎる系の子を集めて徹底的に教育するわけで、プレイヤーの根底には「他の奴らとは違う」という選民意識が育っています。もちろんある程度の知能指数がないとできない犯罪なんで、勉強ができるできないとはまったく関係なく、頭のいい子たちが多い。Fラン* の大学生の取材などをすると、本当にこれが詐欺の子たちと同世代なんだろうかと思うほど、子供っぽく感じたりもします。詐欺の子は教育の機会がなくて中卒とかの子もいるわけですが、ベースのポテンシャルは高いうえに、組織や社会を学んでいることで、圧倒的に大人なんです。

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どういうときにそれを感じましたか?

例えば、しょーもない例で言えば、取材で会ってソファに座るときに、ドスンと座る、そっと座る、座る位置を相手との関係で決める……とか、そんなところでも社会性って見えるじゃないですか。詐欺の子は、いきなりドスンと座って、ヨイショってなる子はまずいない。話し言葉も、他人の話を聞くときの態度も、集団のなかで社会向けに調教されて鍛えられている感じが猛烈に透けて見えます。

頭がいいということに関しては?

知的好奇心が非常に高いですね。詐欺の子って詐欺以外の世界のことはあまり知らないんです。僕は、いろんな裏稼業の子たちを取材しているじゃないですか。それで詐欺の子と会っているときに他の稼業の子たちがやっていることの話をちょっと出すと、凄く食いついてくる。手口のことや刑法のことなんかでも、いろいろ聞いてくる。そういう知的好奇心って頭の良さの表れでもありますよね。

他の裏稼業の話にはどんなものがありますか?

窃盗稼業の人間は簡単に捕まるんで、刑務所のなかで聞いた知識で代々伝わっているものがいっぱいあるんです。例えば、昨日も今日も風が吹いてないのに洗濯物が物干竿の片方に寄ってる家があるじゃないですか。干しっぱなしの家。そういう家は留守にしてることが多いし無施錠の確率も高いとか。そんな細かい「窃盗あるある」を詐欺の子に話すと好奇心丸出しで聞いてきます。ずいぶん過激な話ですけど、詐欺の現場の末端の店舗で、あちこちで使いまくったあとの名簿を使っている詐欺屋の子たちが凄い売り上げをあげたときのことを本に書きましたが、詐欺ではなく自宅に窃盗に入ってしまった子たちの話がありましたよね。

独居老人の名簿にタンス預金の額まで書いてあって、その家に盗みに入る。

その話を詐欺の子にしたときに、「お金持ちが集まって住んでいる町があったら、そこの奴ら全員外出させて、そいつらの家に入れませんかね」って言いだして……「えっ、どういうこと?」って聞いたら「例えば、抽選に当たりましたから何処どこに来れば、こんな景品がもらえますみたいなビラを撒くとか。いや、他に全員を旅行に行かせちゃうようなプランないですかね。そのあいだに家に入ったらいいんじゃないですか」って考え込みだして。お金持ちが住んでいるエリア全体を叩くプランなわけですが、よくもまあこの場でこんなに頭がまわるなと感心しますよね。この子もまた、家庭にめちゃめちゃ問題があってほとんど小学校にも通えていなかったような子なんですが、ベースの頭がいいうえに、奪った成功体験の「ドラッグ」で知的好奇心が異様に亢進しているような感じ。

ハイになるんでしょうね。

そうですね。彼らにとって詐欺という仕事は、高額の報酬が出る学びの現場という感じで、モチベーションもいよいよ高くなる。もちろん最初は誰しも戸惑いがあるみたいです。ただ、詐欺屋には共通して、騙したターゲットの高齢者に対して「なんでコイツ、こんなにカネ持ってんだろう」って思いがありますね。「世の中にこんなに裕福な奴がゴロゴロいるなんて、まるで知らなかった」と。世代間の格差を直視するわけです。そんな声を聞き続けていると、「貧困や格差、不平等なんかを放置しておくと、この先、日本は治安が悪化しますよ」とか予言的に語っている識者がいますよね。あれなんかがもう、プゲラ(ちゃんちゃらおかしい)だなって思えてしまう。子供の貧困も格差もずっと昔から日本に存在したもので、それを放置した結果が、もう目の前に出てるじゃないかと。それが詐欺なわけで、あるところからない人間たちが奪うという意味では、治安はとっくに悪化しきっています。去年は559億円* の被害が出ているわけですから。それでも日本は平和ですよ。海外だったら銃を使って命ごと奪っちゃうところを、見えないところからお金だけ奪うっていう「スマート」なやり方でビジネスとしてやっている。本当に不思議な国だなって思います。格差社会の結果、こんなにスマートな詐欺が流行るっていうことが驚きです。

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詐欺の子たち自身は未来をどう見ているんでしょうか。

やりきるところまでやって、どうやって抜けるかっていうことで悩んでます。プレイヤーでも番頭でも、優秀なら優秀なほど、なかなか抜けさせてもらえなくて、だいたい飛びますよね。「寒くなってくると飛ぶ」ってよく言います。

「寒くなる」って、ヤバそうな雰囲気になるってことですか?

それもあるし、アガリ(稼ぎ)的にも寒くなってくるとか、内偵がついているとか、系列店で逮捕者が出るとか。そういうのが続くと飛んじゃうことがあります。ただ、飛ぶと詐欺の界隈では生きていけなくなる。で、その種銭を使って人を動かして、そのアガリで食べていく方法を考えるわけです。典型的なのが夜の飲食の経営ですが、他にも例えば、飲食でもコンビニでも、フランチャイズってあるじゃないですか。地元の後輩を呼んで出資してあげて、研修に行かせて開業させて、そのアガリで食っていくとか。500万で参入できるフランチャイズがあるとしたら、5人呼んで、計2500万をその子らに投げ(投資)て、その子らに仕事をさせて回収していく。結果として彼らは「再分配」を目指していることになるわけです。

これまで取材された裏稼業の子たちのなかでは、詐欺の子が一番面白いですか?

そうでもないです。種類がまったく違いますから、裏稼業というだけで同じには括れないですよね。

『老人喰い』を読んで、そのあと『最貧困女子』* を読みました。女の子の貧困は重いですね。

格差の底辺から上がっていくのが男の子たちの詐欺だとすれば、女の子たちの売春は、底辺であがきつづけている子たちの世界なので。ただ、詐欺のプレイヤー以上の階層の子は「最貧困男子」ではありませんよね。むしろ売春で行きている女の子たちと同じような生い立ちや属性の男の子たちは、取材するのが難しいですね。

そういう男の子たちはどんな稼業をやっているんですか?

叩き屋だとか、あとは女にウリやらせて食ってる子もいるだろうし。下に行けば行くほど、男の子は……これは簡単に言ったらマズいんだけど……何も持たざる男の子がふるう暴力と、何も持たざる女の子が身体を売ることは、実はヨコ並びにあると僕は思っていて。子供のころに凄い虐待を受けた男の子って、自分も暴力をふるいやすくなりますけど、オスの社会ではそれがひとつの価値として認められるじゃないですか。拳の優劣は、口で説明しなくても見れば明らかなので、そういう殺伐とした世界で生きてきちゃっている子たちって……言語が発達しにくいですよね。もちろん例外はありますが。本当に底辺の男の子たちって、とりあえず身体を使った職に就く。足場(鳶職)や解体の仕事をやって、サイドビジネス的に裏稼業をやる子が多いんです。あと、離合集散なんですよね。入りやすくて盗めるとかの情報があると何人かで集まって、ワッとやっちゃう。

どうして取材が困難なんですか?

暴力で解決することが習慣化している子たちっていうのは危ないんですよ。裏切りを抑止するとか、自分に対して一線を引かせるとか、はっきりした目的のためのワイルドカード(万能カード)として行使する暴力なら理解できます。でも、四六時中暴力をふるう人間は単にすぐ捕まるだけですよね。そのロジックがわかっていない子たちは、結構つき合いづらいですね。

実際に危ないこともあったんですか?

それはないです。街中でいきなり不良の子に声かけて取材しているわけじゃないんで。時間をかけて人間関係を作っています。例えば、カノジョが出産すると言われたらお祝いをします。捕まったときに弁護士立ててくださいと言われたら手配をします。出所したら放免祝いも。そんな個人的なつき合いを長期間続けるなかで、ようやく話を聞かせてくれる子もいる。男の子なんてとくにつき合いが長くないと話を聞かせてくれません。最初は現場報告のようなことを聞いて記事のネタにして、こいつ深いなと思ったら、生い立ちや気持ちなんかを聞いていく。女の子の場合は、偽りのセルフストーリーを持っている子も多いので、本当のことを話してくれるまでつき合うという感じです。

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聞いた話が本当か嘘かはわかるんですか?

いや……そうでもないですね。騙されてたこともあります。訥々と嘘話を聞かされていて半年ぐらいたったら「実は……」って言って。

女の子が自分で嘘でしたと白状するんですか?

白状というより、自分でついた嘘はそのままで、上乗せで本当のことを話しだすというか……。困っているときや落ち込んでいるときに言ってくる子が多いですね。売春とかセックスワークに携わる女の子は、お客さん用の自分ストーリーを持っているんで、取材でそれを語ることがあります。あまりにも口が滑らかだとその可能性が。

昔、麻取(麻薬取締官)にインタビューしたことがあって、それを思い出しました。S(情報提供者)とのつき合い方の話で、出産祝いとか言ってました。

そっか……麻取か……。まあその、理解しがたい子ってどこにでもいるわけで、そういう子らにとって、筋を違えない大人でいてあげたいなっていう気持ちはあるんです。僕自身が若いころに気持ちばかりが先走っちゃっているような本当に手をつけられない馬鹿な感じの子だったんで。本当に痛い子だったと思います。でも、まわりに居場所を用意してくれる大人が多かった。にもかかわらず、その手を振り払ってアホなことを続けていましたが。そういう大人がいてくれたってことは自分の人生の糧になっています。

当時やったアホなことっていうのは何を。

仕事を始めてからは迷走しているんですが……10代はひたすらバイトと自転車と音楽とバイクとボランティア活動、みたいな。これは文章書きたいと思ったキッカケですが、高校2年生で、犬飼道子さんという犬養毅元首相の孫にあたる方が書いた『人間の大地』って本を読んで影響されて、日本国際ボランティアセンターというNGOの先駆けとなったところに「何か手伝わせてください」と言ってノーアポで駆け込みまして。我々の食卓は第三世界への搾取でできていて、先進国で生きている以上、誰もが加害の立場にあるということを明確に書いた本なんです。それが高2の9月1日。

日にちまでよく覚えてますね。

その日、実力テストをサボって行ったので。そこで衝撃を受けたことがふたつあるんです。まず、支援をしている人たちが仕事としてではなく命賭けでやっていること。自分の腹が据わってないことを思い知って打ちのめされました。もうひとつは新聞が嘘をつくと初めて知ったこと。その年(1990年)の8月2日にイラクがクウェートに侵攻したことを受けて、ボランティアセンターに湾岸チームが立ちあがり、新聞から湾岸戦争の記事を切り抜いていたんです。ところが、現地で支援をしている人たちが戻って報告会で話す内容と、記事に書かれていることがまるで違ったんです。そんな現実を見せてくれた大人たちって素晴らしいですよね。自分には到底支援者は無理だけど、支援者としてやっていけないなら物を書けばいいのではないかと。なんてことがありつつ、一方ではバイクで暴走行為をしたりで、無軌道で痛々しさ極まりないです。

暴走族?

暴走族ではなく走り屋。膝擦って遊んでいる小僧だった。高校は進学校でしたが、ほとんどの同級生と肌が合わないし、かといって地元のヤンキーや走り屋の子とツルんでいても、ちょっと温度差があって。そんな痛々しい僕をバイト先とかで出会った大人の人たちが、本当にいろいろと面倒をみてくれました。お金のこと、礼儀のこと、泊まる場所まで。ただ。そんな自分の素行の悪さっていうのは、裏稼業の子たちの肌感覚に密着するうえでは役に立っていると思います。彼らは新卒で新聞社に入るような人たちとは別世界の住人ですよね。僕はその中間ぐらいの立ち位置だと思うんです。近しい言語感覚を持っているのは取材をするうえでアドバンテージですよね。

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新聞記者とは身についた言語感覚が違う。

僕自身は相当頭が悪いので、むしろ新聞記者さんなんかと話すと「こんなに頭が良かったら馬鹿なガキのこととか想像するのは大変だろうな」って思います。言語感覚もそうですが、そもそも論で、大手メディアは犯罪をやっている取材対象にお金を渡して話を聞くことができないですよね。倫理的に。僕のようなフリーランスの記者は、取材対象に毎回足代を出すと言えば、まずは小遣い欲しさで話を聞かせてくれるかもしれない。で、そのうち、話を聞いてくれて気も合うとなると、寂しいから取材してって言ってくることもあります。身銭を切ることになるわけですが、その話がずっと何年も記事にできるものなら、回収できるという考えです。実際、取材で得る情報には鮮度が命の生鮮食品のようなネタもある一方で、乾物のように何年後にでも記事に反映できるものがありますからね。謝礼分を原稿料で回収しながら収入を得て、ギリギリ生活できるぐらい稼げば、書籍にまとまったときに印税がボーナスになると考えてましたけど、書籍の原稿を書いているあいだって取材活動がおろそかになるから、それは誤算でした(笑)。

若い子の貧困は犯罪にどう関係していますか?

とくに地方の子を取材していると顕著なんですが、若者の貧困は本当に切羽詰まっていて、「大学進学者=負け組」的なところまできています。かつての日本には、地方のどんな貧しい村に生まれても、努力して大学進学すれば、その貧しさから抜け出せるって考えがあったけど、いまの子にとってそれは幻想です。当たり前ですよね、立派に4大出ても就職につまずき、社会人になってもブラック企業で散々な目に遭うといったケースがこれだけあるわけで。となれば、大学行っている時間があったら地域のコミュニティのなかでしっかり働いて早く子供を作らないとやっていけない、みたいな。そこの閉塞感に耐えられない子や地元のコミュニティに馴染めない子が裏稼業の世界に行き、現状でいいじゃんと諦めている子はマイルドヤンキー化していく。僕らのころも就職氷河期でしたが、高校時代がバブルだったのでバイトすれば時給1200円ぐらいでいろんな仕事がありました。そうやってアホでも食ってこられた我々40代は、成人して選挙権を持ってから20年以上生きてます。その結果、いまの格差拡大や子供の貧困があるのだから、ここらで僕も含めて40代以上の全員が自ら加害者意識を持って、いまの子たちをケアしていかないとマズいですよね。若い世代をきちんと育てられないことの結果は、将来、自分たちの社会に跳ね返ってきますから。

いまの子たちにとってのいい大人像は?

詐欺の子たちに関して言えば、いい大人っていうのは、残念ながら詐欺の先輩たちなんですよ。身近でわかりやすい成功者像ですね、羽振りがよくてカッコいい。先輩たちにも裏稼業なりの消耗があるわけだけど、それは見えないわけです。そして先輩後輩の関係でいうと、先輩たちにかわいがられる子たちはいいけど、ダシ子* やウケ子** のような使い捨ての人材も本当はケアしなきゃ意味がないと感じます。

たくさんの裏稼業の子を取材してこられましたが、彼らにとって鈴木さんの取材や本はどんな意味があったと思いますか?

出した本は不良の子にとって教材として、例えば、詐欺の店舗で下の子を教育したり自分たちのモチベーションをあげたりするために購入されているというフシがあり(笑)。まあ、そうなりますよね。取材に関しては、僕自身が理不尽が嫌いで、彼らが受けた理不尽な扱いなんかに対して、本人たちが諦めちゃっていても僕が諦めきれなくて怒るんです。「お前それでいいの!」「それ絶対怒っていいことだから」って。取材で彼らの話を聞いている僕がムカついてエキサイトしちゃうので、それで元気が出る子もいるし、病んじゃう子もいるのかもしれない。他人に言語化してもらって、自分の置かれた状況や当時あったはずの憤りなんかを再認識するっていう作業にはなると思うんです。

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鈴木さんは自分のことじゃないのに取材中に怒ってしまう。

それはもう義侠心とか正義感じゃなくて、単に病気ですね。発達障害的な癇癪があって。「キャンディ・キャンディ」って子供のころにテレビで放映していたアニメーションを覚えてますか? イライザやニールがキャンディに意地悪をするのを見て、癇癪起こしてテレビをぐしゃぐしゃにしたことがあったんです。大人になっても変わらなくて、他人がされた理不尽に自分が激高しちゃう。それが原動力ですね。自分の病気で商売しているような罪悪感は常にあります。

取材対象から影響を受けることはありますか?

女の子の取材と男の子の取材では違います。女の子の取材では、取材対象の闇に引っ張られてドーンと落ちて、思考停止してしまうこともあります。が、うちのヨメさんの現実引き戻しパワーが凄まじくて、僕が泣きながら車を運転して取材から帰って家に入るとヨメさんが半裸で大の字で寝ている(笑)。「遅えよ」なんて言われて「はい、すみませんでした」みたいな。ヨメさんがいないと、つらすぎる取材は続けられなかったと思います。一方で、自分は記者稼業は、記者稼業単体で商売にならなければやってはいけないと思っています。どんなに善意があってボランティア精神で始めたとしても、それで食べていけなければ途中で体力が途切れてしまう。取材執筆活動以上にいろいろなことに手を広げれば、裏稼業の記者だから裏稼業やれば的な誘惑は常にあります。けどそこで距離感を間違えたら、すべてが無駄になってしまいます。なので、男の子の取材に関して言うと、あくまでもビジネスのうえでの記者活動っていう一線を守ってやっているんで、影響を受けたり引っ張られたりすることはないですね。むしろ男の子の取材は、「強い彼」を取材するなかで「こぼれてくる弱い彼」を拾う作業ですし、ことさらに引っ張られることはないです。

これから先はどうしようと思っていますか?

自分がやってきたような取材活動は45歳ぐらいが限界年齢だと思っているんで、そろそろ次を考えないと。

あと3年ぐらいですか。書くことは続けるんですよね?

いや、全然関係ないことやるかもしれないですね。真面目な話、45ぐらいになると20歳の子の取材がさすがにキツくなってくるかな、というのがあって。あと、つき合いが長い取材対象者はどんどん偉くなっていっちゃう。偉くなるか飛んじゃうか。男の子はカッコ悪いところ見せたくないから潰れたら連絡とれなくなりますけど、女の子の場合は潰れたあともケアしていかなくちゃならない。幸せになった子もいますよ。16のときに取材した女の子がいまや23、4で子供がふたりとか。でも、人生長いんでね。いまが良くても悪くても、先はわからないから。こうした取材対象の確保もありますが、結局、取材活動の原動力が私的な憤りや癇癪でしかない時点で、それを感じない取材で書いたところでろくなものはできないのは見えています。取材したものを出し切ったところが、限界かなと思っています。とはいえ、後継者的に同じテーマとポジショニングで取材を続けてくれる人が出てくることも望んでいます。取材記者は楽しいですよ。僕は自分以外の人はみんな僕より凄いと思っているんです。誰もが僕の知らないことを知っているわけですから、みんな取材対象者にはなりうるんですよね。例えば僕は千葉県育ちですが、茨城県民はほとんどの人が僕よりも茨城の知識があるわけで、猛烈に茨城のことが知りたくて、茨城の情報を広く伝えなければ! と思えば、茨城県民全員が取材対象です。誰の話でも聞き込んでいくと知らないことだらけで、本当に楽しいですよね。

Interview & Text by 浅原裕久

プロフィール
鈴木大介(すずき・だいすけ) 1973年生まれ、千葉県出身。記者。「犯罪者側の論理」「犯罪現場の貧困問題」をテーマに、裏社会・触法少年少女たちの生きる現場を中心とした取材活動を続ける。近著に『最貧困女子』『最貧困シングルマザー』『奪取「振り込め詐欺」10年史』『ギャングース・ファイル 家のない少年たち』などがある。週刊モーニング連載の人気コミック『ギャングース』のストーリー共同制作者でもある。

『老人喰い ─高齢者を狙う詐欺の正体』鈴木大介(ちくま新書)

定価:本体800円+税