元公安警察警部が語る北朝鮮工作員に対する捜査

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元公安警察警部が語る北朝鮮工作員に対する捜査

北朝鮮のミサイル問題が、連日報道されるなか、公安警察はこれまで、〈日本人拉致疑惑〉〈不審船の出没〉などの問題に対して、どのように対処してきたのか。日本の軍事、先端技術の情報流出が、ミサイル開発へと繋がるのを防ぐため、北朝鮮工作員を逮捕した〈新宿百人町事件〉について、とある元警視庁公安部外事二課警部に話を聞いた。

午後7時、渋谷のホテルラウンジ。壁を背にして座っている初老の男性は、こちらが気付くと「ニカッ」と笑みを浮かべ手を挙げた。胸元の〈2020年東京五輪〉のバッヂが薄暗い照明に反射して鈍く輝く。2度目の会合だが、こちらの顔はすぐにわかったようだ。

「カリアゲのバカがまたなんかやってる、くらいにしかみんな思ってないんじゃないの? ワイドショーのネタとしか見てないっていうかさ」 そう語るのは、元警視庁公安部外事二課警部のA氏。〈カリアゲのバカ〉とは朝鮮民主主義人民共和国の最高指導者、金正恩のこと。北朝鮮がかつて、今ほど世界中で注目されたことはないだろう。

だが、北朝鮮問題は今に始まったわけではない。〈日本人拉致疑惑〉〈大韓航空機爆破事件〉〈不審船の出没〉など、昭和の不可解な事件の背後には北朝鮮の不気味な影がチラついていた。その謎の国家と対峙してきたのが公安外事二課、通称〈ソトニ〉。A氏は、2015年に退官するまで30年以上、北朝鮮と向き合ってきた元捜査員だ。戸籍を乗っ取り、平然と他人の日常を生きる工作員。それを追いかける公安警察の捜査手法や実態も不明な点が多い。

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彼らは、最も近い〈社会主義国家〉北朝鮮とどのように向き合ってきたのか? ある元公安捜査員に、彼が体験した事件の話を聞いた。

北朝鮮の工作員が付けていた金日成のバッヂ(海上保安資料館)

何から聞きたい? 辞めたあとだから話せる範囲で我々の話をするよ。

まず公安警察について簡単に教えて下さい。そして、北朝鮮の捜査についてお願いします。

公安は、日本共産党やソ連とか共産主義組織の監視が目的。その中で〈外事〉の役割りは、海外からの〈対日有害活動〉の防止だよ。ヒト、モノ、カネの不正な出入りを監視すること。手っ取り早いのが、スパイをとっ捕まえることだ。でも、はっきりいって北朝鮮を意識し始めるのは、だいぶあとになってからだよ。1980年代までは〈中核派〉とか〈革マル派〉とか国内の極左連中がまだまだ元気でさ。「革命だ!」なんて企業のビルが爆破されたり、成田や羽田にロケット弾を撃ち込まれたり。そういうのを捜査する〈公安一課〉が華だった。

捜査員は反共産主義の教育を受けているんですか?

もちろん、受けてるよ、俺たちは。そりゃ、敵を知らなければいけないから。マルクス・レーニン主義とかを叩き込まれるわけさ。で、北朝鮮も日本共産党も日本社会党も敵ってね。

徹底的に共産主義は〈敵〉と教育されるのですね。

そう、警察の敵。簡単に言えば。

敵である日本共産党などが、思想、信条、政治活動の自由で守られていることに疑問はありましたか?

ないよ、そんなもの。疑問なんてあったら警察になれないよ。〈自分たちが絶対に正しい〉って思ってるんだから。あいつらは取り締まらなければいけない悪だって。

2001年に九州南西海域に現れ自爆し、引き揚げられた工作船(海上保安資料館)

引き揚げられた工作船の内部(海上保安資料館)

では、公安内部で北朝鮮の存在が大きくなってくるのは割と最近ですか?

1999年に不審船が能登半島に出没した頃からだな。当時、北の工作船が日本の領海に現れて海上保安庁が出動して騒がれたんだよ。本格的になったのは、小泉さん(元首相・小泉純一郎)の日朝首脳会談の2002年以降。拉致事件を北朝鮮が認めて、拉致問題が世間に表立ってきたから。でも、それまでも北朝鮮の不審船は日本によく来てたんだよ。1960年代から把握しているだけで21回。把握していないのも数えると、かなりの頻度で来てる。

不審船は日本に来て何をしていたんですか?

それはいろいろ。シャブを日本のヤクザもん相手に密輸したりさ。ウン10kgの覚せい剤を船から日本の近海でぶん投げて、それをヤクザ連中が引き揚げる事件もあった。純度の高い覚せい剤で外貨を稼ぐのは北朝鮮の国家プロジェクトなんだよ。

その中には、日本人の拉致に使われた不審船もあるんでしょうか?

あるだろうけど、どの船が覚せい剤で、どの船が拉致でという区別はしていない。ヤツらは漁船に成りすまして日本に来るんだけど、その船も元は日本のイカ釣り漁船でね。日本から北に流れた船にアメリカ製の馬力のデカいエンジンを積んで、とんでもないパワーに改造するんだよな。その船を日本から北に売ったブローカーを逮捕するのが、オレたちの仕事。税関で船が売られた証拠を調べてさ。

そのブローカーは北朝鮮人ですか?

オレが逮捕したのは韓国人だった。日本にいる韓国人で、北に協力しているヤツでさ。北の工作員には、韓国人を北の共産圏側に抱き込む〈包摂活動〉というミッションがある。それで得た協力者を使って日本から輸出が禁止されている製品を北に送ったり、拉致する対象を見つけたり。あとは〈土台人〉といって、北朝鮮に家族がいる在日朝鮮人を半ば脅して協力させたりね。

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そうやって、日本の製品が北朝鮮に流れていくということですか?

1998年にテポドンを日本海に初めて撃ってきたとき、ある在日北朝鮮系の商社がアルミとチタン合金のパイプを大量に買ってたって話があって。ミリ単位から何10センチまでさ。当時は北朝鮮のミサイル技術はまだ大したことなくて、燃料に劇薬の〈ヒドラジン〉っていうのを使ってたらしいんだよ。それを使うとミサイルのボディが腐食しちゃうから、腐食に強いチタン合金のパイプを買い漁ってたんだろうね。その噂を聞いたら、「怪しい」ってなるじゃん。税関でどの商社が何を輸出したかを調べて、北朝鮮系の商社に、そのパイプで何を作るんだ? って聞いたら、ヤツら「ニワトリ小屋をつくる」って言ったらしい。そんなわけないだろ? でも、まさかミサイルの部品になるなんてわからないよな。

北朝鮮系の商社も律儀に税関を通すんですね。密輸しているのかと思いました。

そりゃ通すよ。2006年にストップするまでは北の貨物船が正式に貿易で出入りしてたから。そういうのに紛れて大量の日本円や禁輸製品が流出していた。貨物船〈万景峰号〉にトランクで何億も大金積んでるって話も結構あったな。

そういう動きは今でもありますか?

あるよ。いくら経済制裁だっていっても、どっかから流れちゃうんだよな。中国とかマレーシア経由とか、第三国を経由しちゃうと把握が難しくなるし。中国にはOKでも北朝鮮には輸出禁止の製品も流れちゃうじゃん。あと今は、何が流出したかわかりづらい。たとえば、携帯電話が輸出されても本当は携帯の中のレアメタルが狙いだったり。スパイにしたって、〈どこからがスパイか?〉っていうのも難しい。カネとか先端技術を日本から持っていくのもスパイといえるけど、それは普通の商売人や大学の研究員だったりするしさ。ただの焼肉屋のオヤジだったり。それは捕まえられない。だから、逆にそういうヤツらをこちら側に抱き込んで情報をもらう。

なるほど。モノやヒトの流れを止めるのは難しいんですね。

そこまでは無理だね。日本には〈スパイ防止法〉もないしさ。オレたちは、輸出が禁止されているモノを輸出した証拠があれば取り締まれる。事件があって初めて動けるわけだ。

では、どうやって北朝鮮側の人間を公安の協力者に仕立てていくんですか?

例えば、相手の弱点につけこむわけさ。カネがないならカネをやる。女が好きなら風俗でも連れてってやってさ。自分に必要な情報を持ってるヤツに近づいて、恩をつくって、だんだんこっちに向かせる。協力者を〈タマ〉っていうんだけど、1年くらいじっくりかけて、そいつの趣味趣向とか情報を調べ上げるんだよ。電車の中で読んでる本を観察して同じものを読んだり。で、行きつけの飲み屋で「僕もその本好きですよ」なんて話しかけたりさ。偶然を装って街でバッタリ会ったりね。そうやって信頼関係をつくって近づいていって、悩みを聞き出す。そして「お前、この情報持って来いよ」ってね。昔、先輩捜査員から「(架空の)反社会組織があったとして、お前はこいつらをどうする?」って聞かれて。オレは「叩き潰します」って応えたんだけど。そしたら「違う。そうじゃなくて、その組織を思うように動かすのが、究極の目的だよ」ってさ。

その人の弱みに入り込んでいって、意のままに動かすと…。

それは北の工作員も同じ。やり方は同じだな。大体はカネ。いくらか包んでやってさ。あのね、在日北朝鮮人で向こうに家族がいるようなのが、北の工作員の協力者だったりするんだけど、彼らは家族を北朝鮮に人質に取られてるようなもんだから。協力しないと強制収容所に入れられたり。で、そういう人たちは祖国にカネを巻き上げられたりして、だんだん北朝鮮に嫌気がさしてくるんだよな。なかには、子供の大学の学費の数百万円をそっくり取られたって人もいた。だから、こっちに協力的になりやすいというのもある。まあ、彼らから感じたのは国への不満だよな。一般的な在日朝鮮人は、日本でも普通の生活をしたいだろうし。余計な金を取られるっていうのは不満があるだろうね。

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カネで心を動かすという手口は、北の工作員も同じですか?

「いい仕事があるよ」なんて甘い言葉で誘ったり、「今日はおごりますよ」なんて近づいたり。日本人や韓国人を取り込むやり方は大体、北の工作員と共通してるね。オレたちも数万円を工面してやったり、ソープに連れてったりしたよ。

結構お金がかかりそうですね。ちなみに、1回の捜査で費用はどれくらい出るんですか?

公安って結構、捜査にカネ出すんだよ。例えば、不審船の捜査で地方に1ヶ月行ったとき、当時の管理官がポンとウン万とかウン百万円出したってこともよく聞いたしね。

それは情報を得るための捜査費用ですか?

それもあるけど、滞在費とかかかるじゃん。あとは飲みにいったり(笑)。捜査中は毎朝3時とかまで調書つくったりしてるから、オンとオフも大事でさ。

そういう出費は領収書をもらったりするんですか?

ちゃんと捜査費用で処理できるよ。捜査のためにいくら使ったとか書いて。

いいですね(笑)。それでは、公安で取り締まった一番大きい北朝鮮関係の事件は何ですか?

日本で数十年活動していた工作員を捕まえた2000年の〈新宿百人町事件〉。北の工作員を実際に捕まえたという点では大きいよ。康成輝〈カン・ソンフィ〉っていう、日本でずっと工作活動していたヤツがいて。〈包摂活動〉をしていたんだ。すでに何十人も取り込まれてて、なかには韓国の財閥系企業の子息なんかもいたらしい。そこから輸出禁止製品や日本の軍事、先端情報が流れたり。そいつの使命は北の協力者をつくることでさ。1年くらいずっと追っかけた。まず、どんなヤツでどんな行動をするのか把握するために、ずーっと監視してたよ。大久保にあるアジトの前に張り込んで、そいつの出入りをずっと見張ってさ。

アジトを監視できるところに潜伏していたんですか?

アパートを借りて、2~3人で24時間監視する。康が外出したら「おい、外に出たぞ!」ってね。それで尾行して、身辺を全部調べるんだよ。どういう行動をしているか。外食ならどこに行って、そこでどんな人間に会うのかっていうのを徹底的に調べる。そうすれば交友関係が見えてくるから。それを〈アシ〉っていうんだけど、アシがどこまであるのかを調べるのが、われわれの捜査の基本。で、その交友関係で出てきたヤツがどんな人物なのかを調べると、北への輸出業者だったりさ。いろんなパーツが組み合わさって全体の背景が見えてくる。

じゃあ、大当たりを引くっていうよりは、パズルが出来上がっていく感じですか?

そう。そうやって1年くらいかけて「工作員だ」っていう証拠を固めて、いよいよガサ入り。行動パターンから、絶対に朝まで外出しないだろうって日に決めてさ。

いよいよアジトに踏み込むと。やっぱり興奮するものですか?

そりゃ、アドレナリン出まくりだよ(笑)。テンション上がるよ、ガサは。で、その日は、朝8時にガサ行くぞ、って決めてたらしいんだけど、ふと夜中の3時頃に康の家の電気がついてるって話になって。「みんな、起きろ!」って慌ててさ。捜査本部にも電話したみたいなんだけど、誰も出ないの(笑)。偉い人はみんな8時出勤なんだよな。

危なかったですね。結局、どうなったんですか?

ただの早起きみたい(笑)。なんか書類を書いてたって。ハングルだから何書いてたかはわからないけど。結局、外に出てこなかったから時間通り朝8時にガサ入りして、逮捕。調べたら、北からの工作活動の指令とか、いろんな書類が出てきたらしいよ。

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年月をかけて捜査した大物工作員の事件がようやく決着したんですね。大きな話題になったのでは?

いや、全然。

どうしてですか?

康の逮捕容疑は数百万円のセコい詐欺罪だったからね。〈引きネタ〉(別件逮捕)っていうんだけど、微罪でとりあえず捕まえて、その工作員の背景を調べていく。〈スパイ防止法〉もないし、スパイ容疑で外国のスパイを捕まえるのは難しいんだよ。輸出禁止製品の売買を取り締まったって罰金だけで済むし、否認されりゃそれで終わりだしさ。だから、公安関係の事件は大して華々しく新聞に載らないんだよな。

そういうもどかしさがあるんですね。

ミサイルの発射はわかりやすいから、大きく報道されるけどさ。実際には技術者や部品は、いろんなとこから流れてるんだから、そういう見えづらい面も報道してくれないかな、って思う。実態がわからないから、また北朝鮮がミサイル撃ってる、カリアゲのバカが、またなんかやってる、くらいにしかみんな思ってないんじゃないの? ワイドショーのネタとしかみてないっていうかさ。テポドンが日本海に撃たれたときだって、おもちゃの鉄砲で脅されてるくらいの感じだったでしょ? まさかICBMだ、核兵器だ、なんてさ。今になってワイドショーのコメンテーターとかも騒いでいるけど。

なるほど。振り返ると、公安の内部で北朝鮮を軽視してきた面もあったと思いますか? たとえば、1970年代頃から拉致問題は起こっています。

公安として、そういう事件があるのは、もちろん把握していた。でも、証拠が出てこないだろ。いかんせん、外国での捜査権限が我々にはないし。北に逃げられちゃったら、どうすることもできないんだよな。国交もないしさ。当時、北朝鮮はある意味タブーな面もあった。日本社会党の土井たか子なんて「拉致問題なんてありえない」っていってたんだから。朝鮮労働党がそんなことしないって。そんな時代だよ。

ということは、公安としては〈拉致事件はあるだろう〉という前提で動いていたんですか?

そう。だって、そりゃ北朝鮮も社会党も我々の敵だもん。ミサイルにしたって、〈北朝鮮は撃ってくるもの〉として仕事してるよ。そういう危機感がないと捜査なんてやってられない。

北朝鮮にお金を流したり、協力させられている、一般的な在日北朝鮮人の人たちも敵だと思いますか?

うーん…。ある意味、かわいそうだなとは思うけど。人質に取られて、どうしようもないって事情もあるからな…。立場的に弱いよね、彼らは。

それでは、今は北朝鮮をどうみていますか?

友好国ではないよな。金日成が死んで金正日に代がかわるとき、我々は、あと10年もたないだろう、って話してた。でも、あれよあれよと、気付けばもう三代目だろ。まさか北朝鮮がここまでもつなんてさ。今みたいに、まさか核兵器だなんてミサイルの技術が発達するとは思わなかったのと同じだよ。

振り返ってみて、北朝鮮の捜査でいちばんもどかしかったのは何ですか?

やっぱり海外で捜査できないから、取れる情報が少ないこと。工作員にしたって、北に逃げられちゃったら手が届かない。あと、世論だな。日本人が、どれだけ北朝鮮に関心があるのかってさ。危機感あるのかなあ、と思う。国民の意識の高まりがあれば警察も動きやすい。

それでは最後に。退官された今、公安警察とはどういうものでしたか?

やっぱりスゴイと思うよ。なんたって捜査・逮捕する権力があるんだから。アメリカのCIAみたいな情報機関と比べちゃうとなんとも言えないけど。警視庁には、公安部だけでも1,000人以上の捜査員がいるんだよ。他県だと5人しかいないようなところもあるのに。現役時代は、言えないこともいっぱいあって、それこそ北の工作員と同じような感じだったかもしれない。でも、今は第二の人生だからさ。「楽しかった」ってしなきゃさ。