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弱冠34才にしてパリス・ヒルトンは、世間の大半が一生かけても成し遂げられない偉業を達成してしまった。2014年に発行された『Women’s Wear Daily』によると、パリスが手がける香水の総売上高は2400億円を超えたそうだ。

この15年間で彼女は、「パリス・ヒルトン」ストア50店舗を世界40カ国でオープン。自身の名を商標登録し「パリス・ヒルトン」というブランド内に17のプロダクトラインを設けた。また、ザ・パリス・ビーチクラブの「アズール(AZULE)」という都市型リゾートマンションを、フィリピンのマニラ首都圏パラニャーケ市にオープン。そして、イタリアの企業、Genesi S.r.l. とともに、パリス・ヒルトン・ジュニア(Paris Hilton Junior)という子供服のブランドを立ち上げ、中国のPearl Worldとは、コスメティック・ブランドを立ち上げた。イビザのナイトクラブ、アムネジア(Amnesia)では、フォーム・アンド・ダイアモンド(Form &Diamonds)という夏のパーティーを3年連続開催し、ホスト兼DJを務めた。

Facebook、Uber、その他数多のスタートアップ・プロジェクトがIT業界を引っ掻き回す何年も前から、パリス・ヒルトンは、アメリカのセレブ・コミュニティーを引っ掻き回していた。

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雨が降る3月のある日、パリスは、ソーホーの小洒落たブックストアでしか手に入らないような、気取った男性ファッション誌『Adon』の撮影現場にいた。ページのエディトリアル・テーマは聖書。デリラ、聖母マリア、その他、聖書に登場する女性キャラクターを、パリスは演じなければならなかった。演じつつも、撮影現場を仕切るのはパリスだ。「この雑誌、発売はいつ?」といった質問に始まり、雑誌の流通計画、フォトグラファーのアングルにまで口を出す。セットチェンジの最中も、自らのラップトップでDJを始める。選曲内容は、自身の「Come Alive」に始まり、デスティニー・チャイルド「Independent Women」、オアシス「Wonderall」、などなど。

3日間、パリス・ヒルトンと時間を過ごしてわかったのは、彼女が四六時中、お気に入りの曲を流していること。それに加えてもうひとつ、彼女が四六時中、取り組んでいたことがあった。

それは「仕事」。 メイクを施されながらも、彼女は、インスタグラムにその様子をアップする。ポートフォリオの撮影中も、パリスは、彼女の広報担当、ドーン・ミラーに撮影現場の舞台裏を、自身が所有する3つのiPhoneのひとつで撮影するよう指示を出す。

ヒラリー・クリントン同様、パリスは携帯電話が大好きで、全てのデータを専用サーバで管理している。仕事柄、旅行が多いため、専用サーバは彼女にとって必須アイテムだ。パリスは、たいてい、彼女のボーイフレンドであるオーストラリア出身の企業家、トーマス・グロスと旅をするが、彼も自身の仕事で忙しいため、必ずしも、パリスに同行できるワケではない。トーマス不在の穴は、パリスの親友であり専属フォトグラファーでもある、ジェニファー・ロベロ(Jennifer Rovero)、a.k.a.キャムラフェイス(Camraface)が埋める。

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Photo courtesy of Paris Hilton

パリスを担当するメイクアップ・アーティスト、ヘア・スタイリスト、スタッフ全員のインスタグラムをフォローしていないユーザーにとって、彼女の「仕事」に対する概念、姿勢は、鼻で笑ってしまう類のモノであろう。しかし、その仕事に付随するあらゆる責務を全うするため、高給取りのセレブはこちらが不愉快になるほど朝早く起き、ビジネスのために毎週、世界のどこかを旅している。1年365日、ジェット機で世界各地を飛び回り、仕事、バケーション、社会活動をひっきりなしに繰り広げるのが、パリスのライフスタイルだ。

「常に世界中を旅しているせいで、時差ボケがなくなった」とパリス。「ルームサービスがあるから、ホテルに泊まるのは大好き。部屋はいつも綺麗に掃除されているし、なんていうか、常にパーフェクトって感じ」

しかし、ここ数年、「ニューヨークは生まれ育った故郷なのに、毎回違うホテルに泊まらなきゃならなくて、それが嫌になってきたの」。そこでパリスは、イーストビレッジに自宅を購入。彼女の部屋には、ゼブラ柄のカウチ、壁には、すでに逝去した、ソーシャライト(社交界の著名人)の肖像画が飾られている。

「私のインテリア・デザイナーが選んだの」と、パリスは低い声で教えてくれた。「これ誰? なんで私の写真じゃないの、ってカンジだった。もちろん、冗談だけど(笑)。今となっては、ソーシャライトに対する憧れなんて全くないから変なカンジ」。その声は、彼女がリアリティ番組『シンプル・ライフ(The Simple Life)』出演時に発していたベビーボイスとは、驚くほど異なるものだった。