『We Came to Sweat』は、黒人オーナーによるニューヨーク初のゲイバー「スターライト」についてのドキュメンタリーだ。クラウンハイツにあり、最近、閉店を余儀なくされたこのクラブは、今日、われわれが愛するクラブの雛形といっても過言ではない。ロンドン、ロサンゼルスもそうだが、ニューヨークでゲイクラブは、今、厳しい状況に追いやられている。閉店の理由云々は抜きにして、「スターライト」のドキュメントは、LGBTQの歴史上、価値ある資料になるはずだ。

ケイト・クナスによるドキュメンタリーは、スターライトへのラブレターでもある。人種や性差別の露骨な社会の中で、50年間も生き延びてきたにも関わらず、ブルックリン再開発には立ち向かえなかったのだ。作品、このクラブへの思いについて、ケイトに話を聞いた。

『We Came to Sweat』古き良きゲイバーが残したもの (1)

あなたはどのような経緯でスターライトを知ったのですか?また、このドキュメンタリーを創ろうと思った理由は。

あの店の真向かいでアパートを探していたのよ。当然、中に入ってみたいという誘惑に駆られました。午後の早い時間で、ママ・ドットが働いていたんです。彼女はバーカウンターの奥から出てきて、店を案内してくれました。彼女はとてもフレンドリーで、名物ママだ、ということがすぐにわかりました。そこへ、彼女が、この建物が売られてしまって、店は移転しなければいけないかもしれない、と教えてくれたんです。彼女は署名運動を行っていて、私のサインも欲しがりました。もちろん、私はサインしました。その2週間後に、私は少人数のクルーで撮影を始めたんです。

どうしてこのドキュメンタリーを通じて何かしたかったんですか。

最初の頃は、私を信頼し、このストーリーを世界に向けて伝える役目を任せてくれた人たちのため、と思っていました。製作には5年かかったし、その間に起こった数々の出来事が、「スターライトを守れ」という運動につながることを願っていたんです。さらに、このドキュメンタリーが、似たような状況で、存続の危機に直面しているビジネスの助けになれば、とも考えていました。でも、時間がたって、彼らの運動が勢いを失っていくうちに、この作品は、どちらかというと、警告へ形を変えたんです。とは言え、このバーはゲイ自由化運動の時代より前にオープンして、50年も続いたんですから、それはすごいことだし、そのことを祝福するストーリーにしたいとも思いました。

ロンドンでは、家賃高騰のため、多くのLGBTQ関係の店が閉店を強いられています。同じようなことがブルックリンでも起こっていることについて、作品ではどのように言及しているのですか。

ブルックリン南部の再開発は、重大なトピックです。でも、ニューヨークを“きれいに”することは、90年代初めのジュリアーニの頃から、何人もの市長が命令してきました。権力者は、間違った観点にもとづく住人の価値観を信じて、短期的視野のもとに決定を下しているんです。

高級化の過程で文化的空間が失われていくのは、皮肉なことです。再開発に関わる人たちに文化的コミュニティの価値がわからない、とは思いません。でも、再開発に関わる人たちは、自分たちがやってくることで、近所にどんな影響をもたらすのかを意識してほしい。ある地域の再開発が行われる過程では、コミュニティの代表をサポートするのに有効な基盤の存在が必要です。それがなければ、私たち市民は、人間としての価値観よりも、市場価格に反応する環境のもとで生きることになってしまいますよ。

『We Came to Sweat』古き良きゲイバーが残したもの (2)

TinderやGrindrのようなアプリも、スターライトの閉店に影響を与えたと思いますか。人は、以前のように、クラブで出会いを求めなくなってきています。

TinderやGrindrは、スターライトの閉店には関係していないと思う。ただ、出会い系サイトの繁栄のせいで、ゲイバーへの感心が薄らいだでしょうね。

ヘテロセクシャルが普通ですから、ふたつのばかばかしい理由で、ゲイバーは過去のものになりつつあるのでは。ひとつは、ゲイの結婚も認められた今、ゲイは社会にずっと受け入れられているので、ゲイバーという“安全な場所”は必要ない。もうひとつは、出会い系サイトのせいで、公の場での出会いが妨げられているという事実。関係をもつ相手を探す以外にも、ゲイバーでは多くのことが起こっているのよ。スターライトは、すべての人を相手にした。だからこそ、スターライトは盛況だったんです。この体験が出会い系サイトに取って変わられるとしたら、LGBTQのコミュニティは、再び孤立した私的なものになり、性的嗜好に対する羞恥心を呼び戻すことになるかもしれません。

『We Came to Sweat』古き良きゲイバーが残したもの (3)

作品の中で、ある人が、「教会が必要なように、バーも必要なのだ」と言いますね。このことについて説明していただけますか。

ニューヨークのような街で、年配の人が、昔のことや経験について語るのを聞くのに、バーはうってつけです。スターライトのようなバーは、一般の人たちだけでなく、教会や家族から拒否された人々にも、機会を与えてくれました。性的嗜好や宗教に関わらず、スターライトは、ありのままで人々を受け入れてくれたんですから。

AIDSはゲイのナイトクラブにどのような影響を与えたのでしょう。

AIDSは、様々な影響を与えたでしょう。70年代と80年代は自由を奨励する時代で、アンダーグラウンドは創造性、愛、祝福のメッカだった。不幸なことに、それはまた、AIDSを蔓延させる状況をも生み出しました。さらに、長い間、人がどうして自分がこれをうつされたのか、また予防したのかを秘密にしてきたせいで、より広まってしまった。

AIDSが起こる前、ゲイは市民権を得るべく前進していたんです。1969年に起きた、ストーンウォールの反乱も、ゲイ解放の機運に拍車をかけました。でも、AIDSのせいで、状況は後退してしまいました。ゲイが集まる場所は狙われるようになったんです。サンフランシスコのバスハウス、ウエスト・ヴィレッジ、どこであろうが、ゲイが公に愛を表現出来る場所は、排除、あるいは消毒しろ、という雰囲気になった。それは今もそんなに変わっていませんね。

『We Came to Sweat』古き良きゲイバーが残したもの (4)

スターライトが70年代からずっと同じレコードをかけ続けてきた、というのは良い話ですよね。

カルロス・サンチェスのコメントは最高です。70年代は、音楽にとっても、クラブにとっても、最高の時代だった。当時、人は自由を感じ、生きていることを実感していました。スターライトはディスコ時代を先取りしていました。ここを訪れる人は、70年代の雰囲気を体感できたんですよ。カルロスが、「自分は生きているんだ」と言ったようにね。

『We Came to Sweat』古き良きゲイバーが残したもの (5)

スターライトの取材を続けて、あなたが学んだ一番重要なことは何ですか。

政治、宗教、性的嗜好、社会通念、とにかくサポーターたちはみんな、口には出さなくても、「権威なんか、くそくらえ!」と思っています。私は、そのエネルギーに酔いました。でも、私が今回学んだことは、永遠に存続するものなんてなにもないということ、そして、私たちは必ずしもまっすぐ前進していけるわけではないということですね。それから、居場所を失うことは、世界の中に自らが立つ足場を失う、ということも知りました。

過去と同じ理由のもとにゲイバーが存在するべきだとは思わない。でも、LGBTQのコミュニティが創り上げた文化は、ほかのマイノリティにはできない形で社会を巻き込んでいく可能性を秘めていると思います。物理的に場所を構えることは、表象的にも実践的にもとても重要です。だからこそ、私たちの知っているゲイバーの役割を改めて見つめ直す必要があると思います。