12_5_0034

正に女性専用車両の時間が切り替わる瞬間に電車に乗りました。あまりにも瞬間すぎだったので車内はまだまだ女性だらけ。「切り替わってなかったのか!」と何度も確認するくらい女性に包まれました。ウォーキング・デッドの女性の村に紛れ込んだらこんな感じなんだろうなぁ。でも奥の方にひとりの男性発見。目が合った瞬間、会釈してくれました。私も返しました。一緒にニーガンを倒しましょう!

日々の生活の中で、私たちはたくさんの人たちとすれ違います。でもそんなすれ違った人たちの人生や生活を知る術なんて到底ありません。でも私も、あなたも、すれ違った人たちも、毎日を毎日過ごしています。これまでの毎日、そしてこれからの毎日。なにがあったのかな。なにが起るのかな。なにをしようとしているのかな。…気になりません?そんなすれ違った人たちにお話を聞いて参ります。

萩原由和(はぎわら よしかず)さん(39歳):ラーメン屋店主

萩原さん、こんばんは。ラーメン屋さんなんですよね?

はい、そうです。こんばんは。

お友達からのご紹介なのですが、ラーメン屋でありつつバンドマンであると。それもグラインドコアをやってるんですよね!

はい、そうです。

失礼ですけど、「ラーメン+グラインドコア」の足し算がお見事過ぎるルックスですね!

ありがとうございます。

…で、お隣にいらっしゃる方は?

嫁です。

すいません、ご一緒だと聞いていなかったのですが。

(奥さま)やっぱりどこかで時間潰してようか?

いえいえ、大丈夫ですよ! そういえば新婚さんだと訊いておりましたし! 本日は、三枝…じゃなかった、文枝モードで参ります。宮本さんがまみね。

(カメラマン宮本さん)え、は、はい。

やっぱり、おふたりは今も離れられないくらいアツアツなんですか?

まぁ、今日はいてくれた方が安心だなって(笑)。結構、あがり症でして。最初は、軽い気持ちでこのお話を受けたんですが、近づいて来た瞬間に緊張してる自分がいました(笑)。

奥様は大丈夫ですか? 今日は旦那さんのHなことも訊きますよ。

(奥さま)はい、全然大丈夫です。

最初は夏頃にオファーしたんですけど、ちょうどご旅行と重なっちゃったんですよね?

はい。

新婚旅行ですか?

って訳ではないんですけど、ちょうどふたりの休みが合ったので、ちょっと博多に。

奥様のお仕事は?

(奥さま)アパレルです。

博多にはなにか目的があったのですか?

ラーメン屋なので、テレビを観てたら博多に辛いラーメンがあると。

辛いラーメン?

はい。宮崎発祥なんですけど、辛麺っていうのがあって、それが博多でも流行ってるようなんです。ちょうど自分の店も辛いラーメンに力を入れているので、これは気になるぞと。そしたら今度は、餃子の特集をしていて、ちょうどうちも餃子に力を入れているので、これは行こうと。

お仕事熱心ですね! でも奥さまは、「またラーメンかよ! アタイはハワイとがグアムとか行きたいの!」みたいのはなかったんですか?

嫁は辛いのがすごく好きなんですよ。尋常じゃないくらい。

(奥さま)辛いの好きですね。

ピザの1ピースにタバスコ1本使うくらい使いますから。

(奥さま)1本は使わないよ。

でも1本使うくらい使う。

(奥さま)それは盛りすぎです。

でもインタビューのときは盛っておいた方が。

嘘はダメです!でも本当に辛いのが好きなんですか

(奥さま)はい好きです。「中本」の北極とかは全然余裕です。

さすがラーメン屋の奥さまですね! 素晴らしいお答えですね! で、その博多の辛麺は、何スープなんですか?

ベースは、鶏ガラスープでひき肉を炒めたものを入れて、スープを肉の味にして、そこにニンニクも入れて…

台湾ラーメンみたいな感じですか?

そうですね。台湾ラーメンにかなり近いですね。それで麺が、こんにゃく麺なんですよ。

こんにゃく麺は美味しいんですか?

マロニーみたいな感じですかね(笑)。

うーん、マロニーか。個人的には鍋のシメでマロニーは嫌だなぁ。

でも地元では、飲んだ後にシメで食うのが、ラーメンという位置付けが強いみたいで。だからガッツリする麺よりは、こんにゃく麺とか、食いやすいのがウケてるのかな?  って思いました。

ごめんなさい。よく考えたら萩原さんのお店の名前も聞いてませんでした。

らーめんHAGGY」といいます。萩原でHAGGYなんですけど。

良いお名前ですね(笑)。

自分が店をやるとなったらこの名前だなって、すごく昔から決めてたんです。でも、やってみると意外と恥ずかしいものだなと。

古閑さんの「KOGA RECORDS」みたいですね。

普通に萩原さんという名前のお客さんも来る訳ですよ。そういう人に「僕も萩原です」とか話かけられるんです。ちょっと恥ずかしくなります(笑)。

お店を始められてどれくらいになりますか?

7年目です。

わー、もう長いですね。どちらでやられているんですか?

調布の柴崎です。京王線で調布から3駅です。

どうして柴崎にしようと思ったんですか?

家賃が安かったからです。物件をネットで探していて、それで今の物件が出て来たんです。ランク的にはCランクというか…

Cランクってなんですか?

物件のレベルですね。立地条件や、物件の状態とかで、Cランクみたいな位置付けをされていたんです。木造で築40年っていうとかなりボロですし、柴崎駅は各駅しか止まらないので、商売をやる立地としては、乗降者数が少ないんですね。だから、そういう場所で店をやるというのはあまり…

ということは、相当腕に自信があると!

全然、ないですよ(笑)。

いや、いや、7年もやられているんですからねぇ。HAGGYさんのラーメンは何ラーメンなんですか?

メインは塩・醤油です。鶏ガラと魚のベースを合わせたスープです。いわゆるWスープといわれているやつですね。最初は醤油とつけ麺だったんですけど、売り上げがだんだん下がってくるに連れて、「アレやらなきゃいけない…コレやらなきゃ伸びない…」って、広げました。味噌とか辛いのとか餃子とか。だんだんメニューが増えまして、更に限定ものとかゴハンものとか…。気が付いたらバーミヤンみたいになってました(笑)。

いいじゃないですか、バーミヤン!! 揚げワンタンでビール、最高ですよね! 「おつまみ小皿メニュー」、ふたつ頼むと500円になるの。HAGGYさんとこのおつまみは?

餃子とチャーシューとメンマくらいですね。あんまり居酒屋っぽく充実させちゃうと、また別の面倒臭さというか、そこの線引きはギリギリ保ってるというか。ただ心は揺らぎますけどね、「もうちょっとつまみ増やしちゃおっかな?」みたいな(笑)。

ぜひお願いします。小皿でキクラゲ卵がいいなぁ。さて、新婚生活はどれくらいなんですか?

(奥さま)もうすぐ1年になります。

どこでお知り合いになったんですか? お店のお客さん?

店の斜め向かいに美容室があるんです。そこで働いてる女の子の高校の同級生なんです。髪を切りに行くときに「彼女欲しいんだよね」っていってたら、嫁も「年上でヒゲが生えた彼氏が欲しい」みたいなことをいっていたらしく(笑)。それで紹介されました。

ヒゲはバッチリだし、年齢も。奥さまはおいくつなんですか?

(奥さま)31歳です。

きゃー、HAGGYいやらしい!

(奥さま)友達に、「その条件だと紹介できるのは近くのラーメン屋くらいしかいない」といわれました。

それでその子が店に嫁を連れて来まして、自分的にはドンピシャだったんですね。

奥さまはどうでした?

(奥さま)顔自体はタイプだったんですけど、自分的には「お友達から初めてみようかな?」くらいだったんです。でも結構グイグイだったので。

グイグイしたんですか?

年も年なのでねえ(笑)。

奥さま的には、ラーメン屋さんというのはどうだったんですか?

(奥さま)その辺はあまり拘ってなかったんですけど、付き合ってる中で、もしこのまま結婚したら「自営業かー」っていうのはありました。

安定はないですからね。

開業資金は、借りたりしたんですか?

はい。でももう返し終わりました。

ああ。素晴らしい。

でも初期投資が本当に少なかったので。

居抜きだったんですか?

はい。前もラーメン屋でしたから、中のクロスを張り替えたくらいなんですよね。什器とかも格安で譲ってもらったので。

奥様は、どの段階で「お付き合いしてもいいかな」って思ったんですか?

(奥さま)もう1回くらい遊んだら、告白されるだろうという雰囲気がありまして、正直どうしようかと迷っていたんですけど、紹介してくれた子が「とりあえず付き合って、ダメだったら別れればいいじゃん」みたいなアドバイスをくれました。それで結構軽いノリでここまで来ちゃいました(笑)。

可愛い笑顔ですね! で、告白はどこで?

えっと…LINEで告ったんだっけ(笑)?

(奥さま)お家に遊びに行ったんだよ。

そうだっけ?

(奥さま)カムジャタンをつくってくれたんだよ。

ああ。

(奥さま)やっぱりラーメン屋だから、ラーメンのスープとかを使っていて、すごく美味しかったです。

カムジャタンつくったのは覚えてる。

ちょっとHAGGY、ちゃんと覚えてないとダメでしょ。その場で奥さまもOKしたんですか?

(奥さま)…だった気がする。

まぁ、人の記憶なんて、こんなもんですよね(笑)。萩原さんは、もともとラーメン屋さんになろうと思ってたんですか?

ラーメンは好きでしたけど、全然そんなことはなくて。ラーメン屋で働きだしたのが27歳からなんですよ。

あら、結構遅いんですね。

はい。それまでは職を転々としてたんですけど、25歳を過ぎた辺りで「このままだとあんまりよろしくない。どうしよう?」と。そこで腹を決めてラーメン業界に入りました。「ラーメン屋なら出来るんじゃないか?」というノリで。

お店で修行はしたんですか?

最初に恵比寿の「AFURI」で。

おー、有名店。「中村屋」ラインの?

そうです。弟さんが中村屋で、お兄さんがAFURIを経営しています。

どうしてAFURIに?

別にAFURIに入りたかったわけではないんです。元々ラーメンは、豚骨とかが好きだったので、家系の店とかをあたっていたんです。それで、店の前にデカデカと「社員募集」とか張り紙を出している店に問い合わせたりしていたんですけど、「うちは社員募集してないから」とか理不尽なことをいわれて(笑)。

さすが家系! 面白いですね(笑)。

あとは「ラーメンショップ」みたいなところとか。

ラーメンショップ! 最高ですね!!

はい、「うまい ラーメンショップ うまい」って書いてある(笑)。本当は自分の店の看板も、ああいうビカビカなやつにしたかったんですけどね(笑)。でも結局は、ラーメンショップでも働けませんでした。そしたらAFURIがバイト募集をフロム・エーに載せてたのを発見したんです。それで「ここでいいや」と。

「いいや」ですか(笑)。

だから最初はバイトだったんです。

AFURIってお洒落でしょう? ラーメンショップとは真逆のような(笑)。

ああいうお洒落な場所で働きたいっていう意識はまったくなかったんですけど、結果的には良い方向に行きました。

12_5_0046

ご実家はどちらなんですか?

町田の相原というところです。最寄駅でいうと、京王線の橋本駅から歩いて15分くらい。

橋本駅、降りたことないですね。

何もない街ですよ(笑)。でも橋本駅って、リニアの始発駅になろうとしてるんです。ゆくゆくは大きな駅になるから、ずっと駅舎自体が簡単な掘っ建て小屋みたいなつくりなんですよね。2、30年そんな感じです。

へえー、知らなかった。

だから、ゆくゆくは東京駅みたいな雰囲気になるかもしれない。

それはいい過ぎでしょ(笑)。

でも子供の頃からそう聞かされてきましたし、最近は具体案とかも出てますよ。

そうなんですね、失礼しました。萩原さんは、どんな小学生でしたか?

そこから話すんですか?

そうですよ!

ナードな感じでした(笑)。

ナードな小学生ってどんなのですか?

平日は小学校に行って…

まあ、行きますよね(笑)。

週末は少年野球をやってました。

外交的じゃないですか!

でも下手で下手で(笑)。しょっちゅうエラーして。

どこを守ってたんですか?

セカンドだったんですけど、自分がトンネルをして、ピッチャーの完全試合を潰したこともありました。ピッチャーはすげえいいヤツだったんですけど、そのときは怖かったですね(笑)。2週間くらい口を聞いてくれなかったです(笑)。

初恋は? あ、奥さま、ここから順を追って、女の子遍歴とかも入れていきますので。

(奥さま)どうぞ、どうぞ。

大したことはないから(笑)。

じゃ、お願いします。何ちゃんとか覚えてます?

えっと、タチバナさんですね。この間ちょうど同窓会があって、タチバナさんは来なかったんですけど、周りのやつらと話をしてたら、みんなタチバナさんが好きだったと。「俺もタチバナさん!」「 俺もタチバナさん!」って。

タチバナさん、スゲエ! 誰に似てましたか?

強いていうと、ちょっとメロディックになった北川景子みたいな。

メロディック…メロディック・ハードコア(笑)?

はい。メロコアみたいな顔の(笑)。

よくわかんないんですけど、確かに北川景子ってキリッとしてる感じだから、それに比べるとメロコアだと?

ちょっとポップな感じが。

DISCHORDというよりもLOOKOUTな感じですか?

正にそんな感じです(笑)。多分合ってると思います(笑)。

DISCHORDにアプローチしましたか?

まあ小学校のときですから(笑)。なにもなかったですねぇ。

中学はどうでしたか? 中学校は公立ですか?

はい。普通に公立の中学校に進みました。

部活とかは? また野球ですか?

野球は、そのまま地域のチームに入って、平日は中学の部活をやってました。1年のときは水泳をやって、2年生になったら友達に誘われて陸上部に入りました。そこから高校卒業まで、ずっと陸上をやってました。週末も野球なので、ほぼ運動漬けというか。

超体育会系じゃないですか。未来にグラインドコアが待っているとは思えませんね。あ、グラインドコアもスポーツみたいなもんか。さて、中学のときの恋愛話をお願いします。

中学校に入ると恋に目覚めましたね。どんどんシーンに広がっていくじゃないですか。

シーンですか(笑)。グラインドコアシーンですか。

自分もどんどん好きな子ができて。だから結構告った方なんじゃないのかな(笑)。

何勝何敗ですか?

ほぼ負けてましたけど、ひとりだけ付き合いました。

すごいじゃないですか! 何ちゃんですか?

下の名前は覚えてないですね。

さっきから下の名前は覚えてませんね。名字は?

クノさんです。

クノさんとは、どこでデートしてたんですか?

デートは1回もしてないですね。中学校は別で、塾で知り合った子なので、そこで2、3言喋って帰るみたいな(笑)。

それって本当に付き合ってるんですか? 萩原さんの妄想コアじゃないんですか? 奥さま、どう思います?

(奥さま)怪しいですね。

いえ、「付き合って」といったら「いいよ」といわれたので。契約書は交わしたようなものじゃないですか(笑)。それが中2くらいのときでしたかね。

結構長く付き合ってたんですか?

いや、結局付き合った期間は1ヶ月もなかったんじゃないでしょうか。でも、その間にクリスマスがあって、プレゼントをあげたんです。初めての行為ですよね。

何をプレゼントしたんですか?

町田の東急ハンズで4000円の置き時計を買いました。

超高価じゃないですか!

ですよね! 中2で4000円じゃないですか。今でいうと20万円くらいですよね(笑)。

そうでしょうか。どんな置き時計ですか?

普通の「ゴーン、ゴーン…」って鳴るような。

(奥さま)要らないよ。

木のやつ? ウッド?

はい(笑)。わざわざ塾に持って行ったんですよ。そしたら「あ!」って顔をされて。「今日クリスマスだって忘れてた。プレゼントを忘れてきちゃったから、後日持ってくる」っていって、次に塾に行ったときに渡された箱がカチャカチャ鳴ってるから「なんだ、なんだ?」って。周りのヤツらも「何貰ったんだ?」みたいな。「これって手作りクッキーじゃねえ?」「そうだよ! 絶対手作りクッキーだよ!」とかいって、ワクワクしながら家に帰って、紙袋を開けたら、エッフェル塔のパズルでした(笑)。

クノさん、パリジェンヌ!

しかも裏にご丁寧に値札まで貼ってあって(笑)。

いくらだったんですか(笑)?

1000円です。俺は4000円をあげたのに1000円のパズルが来たと思って(笑)。

エッフェル塔はつくったんですか?

もちろんつくりましたよ(笑)。つくってちゃんと箱に入れて、3ヶ月くらいは飾ってましたよ(笑)。

エッフェル塔を部屋に飾るグラインドコアマスターがいたんですね。ムラムラはどうしてたんですか?

ムラムラしてましたねえ。

ムラムラ発散のオカズを教えてください。

このインタビュー、家族は読まないですよね。

わかりません。

親父の部屋に本宮ひろ志の「俺の空」があったんですよ。あれの初期ってエロいじゃないですか? 小学校のときからそ「ほう…」って感じで見てて。親父は真面目な人なんですけど、記憶を辿るとヌードカレンダーとか部屋に飾ってあったり、あとカメラが好きだったので、「アサヒカメラ」とかあって、そういう芸術性の高いヌードのページを見て中学校初期は悶々としてましたね。

いいお父さんですね。

ある日親父の書斎で、エロい本ないかな? って漁ってたら、「セックス四十八手」っていう、謎の組手本みたいなのが出てきて。

おおー!

「なんだ、これは!?」と(笑)。それを開いたら仮面をした男女が森の中でいろんなポーズをとってる(笑)。

仮面って(笑)!! そっか、顔を出しちゃうと気がそっちに行っちゃいますもんね。やっぱりテクニックを学ぶものだから。

だから真面目な本だったんじゃないですか(笑)?

たまにお父さんのいないときに自分の部屋に持って行ったり?

そうですね。

俺の空も?

俺の空も(笑)。

どうですか、奥さま?

(奥さま)そんな話は聞いたことありませんでした。しかし、旦那の服とかも借りたりするんですけど、ポケットに卑猥なお店の名刺が入っていたことがありました。

ああ、良い思い出です(笑)。

(奥さま)領収書の整理をしているときも出て来ました。

領収書?

確定申告のために領収書を整理するじゃないですか。仕分けをお願いしたら出てきたことがありました(笑)。昔の話です。

(奥さま)どんだけ行ってんだよ。

(カメラマン:宮本さん)ひっひっひ(笑)。

やっぱ四十八手出身だからパワフルなんですよね。高校も地元の高校ですか?

はい。京王線で橋本から行ける都立の高校に。

男女共学?

そうです。

そろそろ音楽にハマる時期ですか?

いや、音楽自体は好きだったんですけど、バンドをやろうという発想は全くなかったんですよ。陸上ばっかり(笑)。

じゃあ陸上をしながら、変な音楽を聴くだけ?

でも高校のとき聴いてたのって、本当にC&C MUSIC FACTORYとか(笑)。

あら? 普通にハイスタとか出てくるかと思ったんですけど。

小学校とか中学ときの方が聴いてましたね。THE MODSとかX JAPANとか。中学ではSOFT BALLETにハマっちゃいました(笑)。

クネクネですね!

はい。クネクネのピコピコ。ギターのジャーンという音はダサいって思って。ピコピコ音が最先端で格好良いみたいな。

そこからのC&C MUSIC FACTORYは、なんとなくわかる気がしますね。

AEROSMITHくらいは聴いてましたけど、高校は普通にB’zとかも聴いてました。

うむー、EYEHATEGODのキャップまでは、まだまだ遠いですね。高校時代のムラムラは?

高校のときはまったく何もありませんでしたね。

それは何で?

何でかなぁ(笑)。高3のときに予備校で知り合ったウジカワさんという女の子には告白したんですけど、「友達にしか思えない」っていわれたくらいです。

じゃあなんにもない高校3年間?

ないですね。

奥さまの高校時代はどうだったんですか?

(奥さま)彼氏がいないときはあまりなかったかもしれないです。

おおー。どう思います? 旦那さんの彼女がいない高校3年間。

(奥さま)卒業アルバムを見せてもらったときに「ああ、なるほど」って思いました。

何で?

(奥さま)モテるとかじゃなくて、おちゃらけ雰囲気っぽかったです。ギバちゃんみたいな髪型をしてました。

柳葉を目指してたんですか(笑)?

まぁ、流行ってましたので(笑)。後ろから持ってきて、キュッていう。90年代半ばくらいだと思うんですけど。ジェルをベタベタにつけてました(笑)。

12_5_0028

そして高校も卒業です。進路は決めていたんですか?

すごく頭の悪い高校だったんですね。だから、1度は偏差値の高い連中に囲まれて生活がしてみたいと大学進学を決めました。

すごい理由ですね(笑)。

もちろん、現役では無理だったんですけど、1浪して受かりました。

浪人中はガッツリ勉強を?

はい。浪人のときは本当に勉強しましたね。1年で偏差値が20くらい上がって。

どちらの大学に行かれたのですか?

法政大学です。

ご立派!

記念受験みたいに受験したら受かっちゃったんですよね。それは行くじゃないですか。

記念受験で受かる人、結構多いですね。変態の中島さんもそうでしたね。サークルとかは入ったんですか?

はい。音楽系に。

やっと来た! でもC&Cからグラインドコアって、相当な道のりですよ。

予備校時代に新しい友達が出来たんです。それで音楽好きなヤツが周りに増えて、そこら辺から、当時盛り上がってたメロコアとか聴かされて。最初はOFFSPRINGにすごくハマって。

アハン、アハンの頃ですか?

アハン、アハンの前ですね(笑)。ドクロのレントゲンの写真みたいな。そしてNOFXとかメロコアにどっぷり。同時にスマパンとか、NIRVANAとかもそのときに聴き始めて。今までに知らなかった音楽を聴きまくったんです。それで大学で音楽サークルに入るんですけど、その当時、自分の入った法政の音楽のサークルにいろんな先輩がいて。

ああ、そっか! 法政ったらねぇ〜!

そうですね。95、6年の法政は、日本のあらゆるバンドがライブに来てました。もう、カルチャーショックがすごくて。最初の新入生歓迎会なんか、原爆オナニーズですよ。

すごいですよねぇ。

学館大ホールという大きいホールで、毎月いろんな企画が組まれてました。

じゃ、入ったサークルでグラインドコアを叩き込まれたと?

まぁ、そんな感じですね。当時はわからないことばっかり(笑)。「OFFSPRINGしか知らないから」って(笑)。毎月、毎月、新しい刺激が入るというか。パンクからグラインドコア、ガレージから70’s。はたまたノイズも。灰野敬二さんも来てましたからね。

それでご自身でもバンドを始めようと?

周りも組んでいたので、「俺も何かやろうかな?」という気持ちで。

そのときは、どんなのをやってたのですか?

最初からハードコアみたいな(笑)。まだ音楽もロクに知らないし、バンドの経験もあまりないですから、ハッキリいって、その4年間は何をやったかよくわからないような(笑)。

女の子もサークルで知り合っちゃったりするんですか?

それがですね、大学のときもパッとしないんですよ。

パッとしない? モテなかった?

まぁ(笑)。

変な音楽やってたからでしょ?

でも合コンはしょっちゅうやってました(笑)。

お! 女子大生と?

違う大学の子とかバイト先の子とか。あらゆるツテを使ってやってました。バンドもやりたかったんですけど、合コンもやりたいみたいな(笑)。比率でいうと合コンの方が多かったかな。フリーの合コンプレイヤーみたいな(笑)。

どうですか、奥さま?

(奥さま)馬鹿だな。

お決まりのアミューズメント的な芸とか持ってたんですか?

なかったですね。でも勢いでグイグイ行くタイプなので、特に面白いモノマネとかを持ってるわけではなく、ゲームとかをやるわけでもなく、ずっと喋ってました。でもそれが良くなかったんですかね。上手く行った経験はほとんどないんですよね。

じゃあ、どこで四十八手の一手目を刺したんですか? 奥さま、訊いても大丈夫ですか?

(奥さま)全然、大丈夫です。

一手目は、居酒屋でバイトしたたんですけど、そこのお客さんでした。何かお客さんが自分のことを気に入ってくれて…みたいな。2個上の女の子でした。

その子も大学生だったんですか?

看護師さんで。

HAGGY、やらしいですね!

その子は、バイト先の近くに住んでたんですけど、ご両親はどこかに引っ越してて、その3LDKのマンションにひとりで住んでたんですよね。

3LDKをフルに使って? やらしいなぁ!

そうですね。それが四十八手の一手目です(笑)。

素敵でしたか?

素敵でした。キラキラした思い出ですよ(笑)。

二手目も大学であるんですか?

その後の彼女もバイト先の別の店舗の子で(笑)。嫁の前でこういう話をするのは、本当に変な汗をかきますね(笑)。

新しいプレイですね! じゃあバイト、バンド、合コン、四十八手と、楽しい大学生活だったと。

華やかなイメージはなかったですけどね(笑)。

まぁ、確かに灰野さんとは結びつきませんが(笑)。

別の音楽サークルに入ってたら違ったんだろうなとは思います。そこで、変にアンダーグラウンド志向を持ったっていうのはありますよね。違う大学とかに行ってたら、普通にOFFSPRINGのコピーバンドをやって、楽しんでいた気もします(笑)。アンダーグラウンドで活動すること自体が、格好良いとか、憧れとか、そんな感じになっちゃって。そうなると世の中を斜めに見たくなるみたいな。

ライブハウスで演ったりもしてたんですか?

当時の僕の周りは、スタジオとかを借りてライブをする人がすごい多かったんです。自分もそういう影響をすごく受けたものですから。ライブハウスにブッキングで出るのは、「ちょっとダサいんじゃないか?」みたいに思ってたんですよね。ライブハウスでもやったことはありますけど、スタジオでやることの方が多かった気がしますね。

その頃の髪型は? まさかギバちゃんじゃないですよね?

ギバちゃんを卒業して、普通の中分けだったかな? 学祭ではモヒカンにしてBIOHAZARDのコピーをやりましたね(笑)。