外で工事現場の方々が打ち合わせをしていました。すごく真剣な顔で4、5人の方々が。でもその中のおひとりが、ケツの穴を掻いていました。ケツの穴が痒いとき、頭の中はどうなっているのかしら。今日の工事の作戦は頭に入っていたのかしら。今度痒いときに確かめよう。日々の生活の中で、私たちはたくさんの人たちとすれ違います。でもそんなすれ違った人たちの人生や生活を知る術なんて到底ありません。でも私も、あなたも、すれ違った人たちも、毎日を毎日過ごしています。これまでの毎日、そしてこれからの毎日。なにがあったのかな。なにが起るのかな。なにをしようとしているのかな。…気になりません?そんなすれ違った人たちにお話を聞いて参ります。※半田安政(はんだ やすまさ)さん(32歳):ライブカメラマンこんにちは。半田さんはライブカメラマンさん。で、なんでも本日はご報告をしに来てくださったそうで。はい。もうメールで伺っていますが、あらためてご自身の口からお願いします。
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はい。2月29日に包茎手術を受けました。おめでとうございます!ありがとうございます。うるう年だったので、4年に1回思い出すことになります。あ、それはワザとですか?やっぱ記念だから?いや、たまたまです。うまいですね!タマタマですか!で、2月29日ということは、3、4、5で3ヶ月。もう機能されているんですか?はい。今は機能していますが、手術後1ヶ月間は、セックスとオナニー禁止でした。1ヶ月もですか!はい。これまでの人生、気持ちいいことを覚えてから、1ヶ月もセックスなり、オナニーなりをしなかったことってありましたか?ないです。私もないです。中学生のときとかに、「あんまりオナニーしちゃうとバカになる」みたいなのあったじゃないですか。それに挑んだことはありましたが、さすがに我慢できませんでしたし。その1ヶ月間ってどんな気持ちでした?やっぱムラムラはすごかったですか?いえ、痛みの方が先行しちゃって、あんまり…え、痛いんですか?そうなんですよ。未だに天気が悪い日は(笑)。膝みたいですね(笑)。彼女もいないので、セックスは対象ではないんですけど、オナニーは辛いなっていう(笑)。あらー。じゃあ、オナニー解禁日はやっぱり特別なことしました?ちょっと豪華なおかずを用意したり…。えっとですね、ちょっとここは順を追って話さないといけないのですが…はい、お願いします!僕は俗に言う皮オナ…皮オナニーのタイプでして。ん?皮オナニー?はい。余った皮でシゴくオナニーの方法です。ちなみに日本人の8割が仮性包茎らしいのですが…よくご存知ですね。はい、詳しくなりました。で、皮オナニーっていうのは、実は間違ったやり方で、正しいオナニーは、亀頭を素手で擦るらしいんです。まったく知りませんでした。あらためて「オナニーの仕方」で検索したら、「皮オナニーはやめた方がいい、なぜかというと包茎のもとになる」って書いてあってですね、「誰か早く教えてくれよ!」って話ですよね(笑)。それでオナニー再開したんですが、手術したんで、今度は擦る皮がないんです。あー!今まで使ってた皮が!はい。そこで改めて、正しいオナニーの仕方を知るんですよ。32歳にして。アハハハ!でも、それはそれで新鮮じゃないですか?ただ、やはり痛いんですよ。素手で素のところを擦るんですから。解禁日もまったく気持ちよくなかったです。いやぁ、まったく知りませんでした。本当に「誰か教えてくれよ!」ですね。ちなみに手術後のチンチンってどうなってるんですか?包帯を巻いてます。何色ですか?やっぱ白?ベージュでしたね。勃起したらどうなるんですか?締め付けられました?まあ、包帯は収縮性があるので。あ、そっか。のびーる包帯ですね。話題、盛りだくさんですね!!いやぁ、これが、順を追って話さないとなかなか難しいんですよね。
了解です!じゃあ、順を追って手術日をゴールにしましょう!早く続きを聞きたいのでサクサク行きますよ!半田さんのご出身はどちらですか?静岡県の島田市っていうところです。何が有名ですか?蓬莱橋ってギネスに載ってる世界最長の木造橋とか、あと、名産はお茶ですね。どんな小学生でした?小2の頃に骨を折ってしまい、夏休み中だったので自宅で療養してたんです。動く必要もなかったので、ずっと家にいたら肥満児になっちゃいました。ほほう、何キロくらいですか?
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あんまり覚えてないですが、50キロくらいあったのかなあ?デブですね!小1の時は50m走で1・2位くらいだったのが骨折以降はビリっけつになってしまうくらいアクティブじゃなくなりました。1993年にJリーグが開幕して、静岡にはジュビロ磐田と清水エスパルスがあって、周りのみんながサッカー少年になっていったのですが、肥満児だった僕には鬱陶しくて、たまんなかったんです。体育の授業でサッカーやった時にいきなり「ヘイ、逆サイ!」とか言われても意味が分からなかったし(笑)。じゃあ、何をしてたんですか?上下が女の姉妹だったのもあって、ひとり遊びをしていました。ペットボトルのロケットをつくって飛ばしたり、駄菓子屋さんに売ってる発泡スチロールの飛行機を紐で自転車にくくりつけて、町内ぐるぐる回ったり。それいいですね!ビデオテープをバコンと割って、120分テープだったら、家のまわりを何周できるかとか。超かっこいいじゃないですか!何周できました?100周くらいで飽きちゃいました。そこまでやりましたか(笑)中学校もデブでした?割とポテッとはしていましたね。部活には入りました?美術部に入りました。運動したくないからっていうのと、土日が休みだったので。というのも小学生の頃に、親父が読んでいたマンガで、『ファントム無頼』っていうのがあったんです。戦闘機の話なんですけど、それにハマったんですね。それで当時、大井川町というところに航空自衛隊の基地がありまして、その基地もマンガに出てきて。年に一回航空ショーがあることも知ったんです。それで基地に往復ハガキで、「次はショーはいつありますか?」って出したら律儀に、返事が来たんです。それも、返信用のハガキじゃなくて、大きな封筒がいきなり届いて。開けてみたら戦闘機のパンフレットとか、ポスターとか、一式揃えて送ってくれて。子供にしてみたら嬉しいですよねぇ。とても嬉しかったのを覚えています。それで、小5のときに初めてエアショーを見に行って、「写ルンです」で写真撮ってたのが、今に繋がるんです。おおー早くも。写真を撮るのが好きになったんですか?その場で見たものを、切り取って持って帰れるっていうのが嬉しかったんです。それで、小6のときにお年玉貯金で一眼レフのカメラを買いました。島田市内の質屋さんで。でもピントが勝手に合わないフルマニュアルのカメラを知らずに買ってしまいまして(笑)。飛行機みたいに動くものを撮るのに適してないものを手にしてしまったんです。でも、それが逆に功を奏して、「写真の撮り方入門」などの本を読んで、写真のことは自分なりに勉強しました。飛行機ばかり撮ってたんですか?女の子も撮っちゃったり!女の子はなかったですね(笑)。飛行機以外だとあとは新幹線とか、大雨で川が氾濫したときの蓬莱橋とか。木造橋だから濁流でよく橋が崩れてたりしたので報道カメラマン気分で(笑)。そりゃスクープですね!で、写真を撮り始めたら、痩せてきたんですか?いえ、一気に痩せたのは高校のときです。高校は地元の高校に?はい。何をしていました?やっぱ写真ですか?中学の時には「高校を卒業したら東京の写真学校に行こう」と決めていたので、写真部に入ろうと思ったんですが、前年度の内に廃部になっちゃっていたんです。なので、新聞部に入りました。そしたら、その高校の新聞部が割と全国レベルで、優秀な新聞部だったんです。
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新聞部に全国レベルってあるんですか?あるんです。文化部にもインターハイみたいなのがあるんですよ。それで結構いいところまでいってる部で。へえ〜。部活動で新聞を作るんですか?はい。年に4回くらいつくります。運動会だったり、入学式だったり、ちょいちょい学校のトピックがあるので、それを写真に収めて、新聞をつくってました。現在は、バンド系のカメラマンですよね?飛行機と電車、まだまだかけ離れてますよね?いつから音楽方面に?中学生のときに、親父がパチンコの景品で『ダンスマニア』っていうコンピレーションCDをかなり取ってきて。お父さん素敵ですね(笑)。1〜13くらいまで揃っていたので、割とそれは聴いてたんですが、それと同時に、おばあちゃんの部屋にいけば、昭和歌謡全集っていうレコードがあって。家族でカラオケに行くと、昭和の歌謡曲ばかり歌ってました。まったくバンドに行きませんね。何を歌ってたんですか?♪高校3年生〜♪とか。♪青い〜山脈〜♪とか。ちょっと居合わせたくないですね。中2の頃は、エヴァンゲリオン経由でクラシック聴いたり、図書館で色々CDを借りてるうちに、さだまさしに行き着いたり。まっさん!さだまさしのライヴ・アルバムがあって、MCノーカットで入ってて。まっさん、喋りますからねぇ。すごい面白いんですよ、あの方…あの方って(笑)。ええ(笑)。あの方は、落研出身なんだそうです。それで僕も落語聞き始めましたし、あと上下の姉妹はジャニーズが好きだったので、その辺の曲も聴いたりとかしていました。
まったくバンドまでいかないですね。幅広すぎません?これじゃ包茎手術まで行きませんよ。中3の頃にはサッカーやってるイケてる人たちがHi-STANDARDとか聴いていたんですよ。僕はサッカーやってる人たちには近寄り難かったのもあって聴いていなかったんです。でも「ミュージックステーション」とか観てたら、ミッシェル・ガン・エレファントとかL’Arc-en-Cielとか出てきて「バンドってカッコイイなぁ」って思って、それでDragon Ashに行き着いたんです。高1の時初めてのバイト代でギターを買ったり。でもここまで来たら、どうしてもハイスタにつながりますよね。そこでやっと聴き始めたんです。バンドはしなかったんですか?してないです。でも高3の文化祭に出ようとメンバー集めたんですが、「難し過ぎる」って途中でメンバーに逃げられて(笑)。何をやろうとしたんですか?ハイスタ?Dragon Ashです。ミクスチャーですもんね。難しそうー。結局僕だけで文化祭に。弾き語り?ええ。「Hot Cake」っていう曲があるんですけど、それをエレキで弾き語りました。やっぱバラードっぽい感じなのかしら?そうですね。なんとかひとりで。でもこれがかなり自分の人生の中では大きくて。サッカーもやらなかったし、内気な性格だったし、肥満児だったし(笑)。でも、この文化祭とかバイト…回転寿司でやっていたんですけど、このおかげで大声を出すとか、人前に立つとかがだんだん恥ずかしくなくなったんです。実際、今日も包茎の話しに来たし(笑)。じゃあ高校を卒業して、東京の写真の専門学校と。何科とかあるんですか?報道写真、広告写真、芸術写真、あと肖像写真で、僕は芸術写真科に行きました。その頃はもうバンドを撮ってました?
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そうですね。バンドを撮り始めたのが、18の秋くらいでしたから。そのきっかけを教えてください。知り合いが音楽系専門学校のマネージメント科に通っていて、「教材にしているバンドがいるから写真やってるなら撮ってみる?」ってところから始まりました。そこで音楽と写真がやっと繋がったという感じです。そこからずっと音楽だけ撮ってるんですか?だけですね。専門学校時代は楽しかったですか?そうですね。いろんなバンドを撮り始めていましたし。ライブハウスに通ってる頃に撮り始めたバンドがいたんですけど、2004年の4月にアルバムを出して、全国ツアーを回ったんですね。僕も期待していたし、かなり注目されていたバンドだったんですけど、6月10日に郡山から新潟に行くときにバンが事故を起こして、ベーシストが亡くなってしまったんです。あー、それは私も覚えています。半田さんも同乗されていたんですか?僕は乗っていませんでした。その直前に柏のライブハウスに撮りに行ってたのが最後です。そこでハッと気がつくんですけど、ゼミの先生が最後の授業のときに言っていた「明日撮れると思うなよ」ってのはこのことかと。ええ。それは目の当たりにしないとわからなかったことでしたね。写真学校卒業後は、お勤めにならなかったのですか?中野にある「フジヤカメラ」っていうカメラ屋さんがありまして、そこでバイトをしつつ写真を撮っていました。でもバンド系のカメラマンさんって大変ですよね?売り込みもしないといけないし。そうですね。実際、これで食えてるとは言い切れないですからね。全国津々浦々、ツアーに一緒に付いて行ったり。肉体的にも大変ですよね?そうですね。でも体はありがたいことに、頑丈に育てていただいたので、今のところ大丈夫です。まあ、一部分を除いて(笑)。
じゃ現実に戻りましょう!まずですね、なんで32歳にして、包茎手術を受けたのかと。23歳でもよかったのではないかと。理由は明確です。年を重ねてきたら、疲れてるときに炎症が起きるようになったんです。むむ?炎症?ええ。痒いな、痛痒いな、みたいな。包皮炎って言うんですけど。通気が悪いから、炎症になるみたいなんです。なるほど。疲れたときって、チンコに限らず、他のところとかも、割と出てきたりするんですね。肩こりみたいな感じで。それで「最近、調子が悪いなー」って調べたら、包皮炎だったんです。理由としては「不潔だから」と。むむ!不潔だったんですか?いえいえ!「毎日洗ってるしなー」とか、思ってたんですけど、要するに通常時は被ってるんです。サンダーバードのドリルみたいに。お!ウマイ!大きくなると、剥けるんですけど、小さいときは被ってるんで、そりゃ通気が悪いんですよね。日中、いつも被ってるから。日中(笑)!それで、剥いて石鹸で洗いまくっていたら、余計に悪くなっちゃって。ニキビとかと一緒で、石鹸で洗い過ぎると、清潔になり過ぎて、逆に良くないらしいんです。勉強になります。「じゃあ、どうすればいい?」そしたら、切るしかないと。なるほどー。夜、ビール飲みながらパソコンで病院を調べて。タブを何個か並べて、こっちはこうなんだ、あっちはこうなんだ、ああ、なるほどねって。だいたい7万円からだと。そしたら、都心の方のクリニックで、「うちはマスク麻酔だから無痛のオペです」というところを見つけまして。
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全身麻酔みたいな感じですか?そうです。以前、胃炎を起こしたときに、マスク麻酔したことがあったんです。もうパタッと落ちちゃうんでそれが結構楽しかった思い出があって(笑)。あれだったら大丈夫そうだと。カウンセリングも無料だし、口コミ見ても割と評判が良くて、「受付も男性、オペの助手も男性、安心しました」って。それでそこに行ったんですか?はい、とりあえずカウンセリングだけでもと。でも「チーン」ってエレベーターが開いて、パッて見たら、いきなり女の人が受付にいたんですよ。「あれ?なんか話が違うな」と思ったんですが、とりあえずカウンセリング室に通されて。「これこれ、こんな状態です」って言ったら、「わかりました。では説明させていただきます」と。ご説明お願いします。ペットボトルでいうラベルのところを剥がして、下の皮を上に持ってきて縫合するっていうのが、一般的らしいです。これが7万円〜20万円。なんだかすごい振り幅があるなと思いました。ただ、裏筋の性感帯のところも切ることがある。性感帯を避けることもできますが、あまりオススメしていません、とのこと。どういうことですか?性感帯も切っちゃう?裏筋あるじゃないですか?舐められたら気持ちいいところ(笑)。あそこを切っちゃうらしいんですよ。それってすごい、嫌だなあと思って。すごく嫌じゃないですか、それ!さらに、亀頭に近いピンク色の皮膚と、根元付近の黒ずんだ皮膚を縫い合わせるので、俗に言うツートーンカラーになっちゃう(笑)。ツートーン!SKAじゃないスカ!!そしたら「うちのクリニックでは、他にはないやり方があります。根元を1周切って、上の皮を引っ張ってきます」って。上?「それは、性感帯を切らないですし、ツートーンにもならない」と。1番いいやつ?1番いいやつです。「ただ30万円するんですよ。どうしますか?」って言われまして。保険も効かないんですか?効かないです。「30万円します。どうしますか?」って言われて。いや、どうするも何もまだ、32歳だし、彼女も結婚相手もいないですけど愛する人とのそういう時間って人生の生き甲斐の一つじゃないですか。じゃあパッと30万用意できるか?って言われたらできないわけですよ。でもなんとなく、ちょっと多めのギャランティーが入る仕事が見えてたので、医療ローンかな?と。いいですねぇ〜、グルグルしていたんですね!カメラマンって機材が必要なので、今まで結構ローン組んだりしていて。パンク系の撮影が多いので、上から人が降って来たりして、機材が壊れることが日常茶飯事なんです。無いと困る機材は、手に入れないといけないっていうのが、僕の中ではあって。ふむふむ、ローンには慣れてるぞと。じゃあ、1回申請してもらって、通ったらやりましょうかね、って。そしたら10分後に「通りましたー」って。もう、まな板の上の鯉状態に。(笑)。「じゃあ、お願いします」って言ったら、今度は「今日できますけど」って。早っ!!夜の7時くらいに行って「今日できますよ」とは。もう何事も勢いだと思ったので、受けることにしました。それで別室に移動したら、カーテンというか仕切りというか、上は隙間が空いていて、つい立でつくられてるようなオペ室みたいなところに通されたんです。そしたら今度は助手2名が女性な訳ですよ。おやおや?って。口コミ通りじゃないですね。
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ひとりは40代くらいのお姉さん、もうひとりは20代半ばくらいの綺麗な助手さんで。「マジかよ!」って思いましたけど、もうしようがない。入り口の手前の足元に、小さいカゴがあって、「じゃあ、そちらでズボンとパンツを脱いでいただいて、この診察台に上がってください」とかって。上は?上は着たまんまなんです。フルチン!結構、距離があって、屈辱的だなあとか思いながら。そんで?そんで?ウイーンってなる診察台に上がって。で、緑色のシーツみたいなのをふわっとかけられます。チンコのところだけ穴が空いてます。でしょうね(笑)。で、今回は、根元を切るので、剃毛があるんですよ。あ、そっか。それは普通のT字カミソリ?はい。シェーブフォームとか使ってもらえるわけでもなく。なんで?超痛いじゃないですか。バシャバシャって消毒やられて、剃られました。それも若いお姉さんの方に。これが結構刺激的で、バリバリって荒い感じでして。ちょっとそういうプレイみたいでちょっと…。ボッキーン!!!って?そうなんですよ。ただ、向こうも慣れてるようでフツーのままで。でしょうねぇ。で、執刀医の先生が入ってきて、「じゃあ、始めます」と。「オペの光がまぶしいので、目隠しします」と言われ、目隠しして。「始めます。麻酔だけ、ちょっと頑張ってください」って言われて。あれ?ええ。マスク麻酔の何を頑張るんだ?と思うじゃないですか。おかしいなぁ?くらいのことを思ってた瞬間、いきなりチンコの土手っ腹に麻酔の注射がドスッと。ウウ…。鈍痛というか。鋭いのか、痛すぎてわかんないです。目隠しされてるし、痛いし、助手さん女の人だから、俺は男だから、我慢しなきゃと思って、声を出さないようにして、うーん白目、みたいな(笑)。マスク麻酔じゃなかったんですか?のはずなんですけどね、とにかく色々話が違い過ぎました。あちゃー。ボディピアスもタトゥーも骨折も経験してますし、特に乳首ピアスが最高に痛かったんですが、その比じゃないくらい痛かった。この痛みがあまりにも凄過ぎて感動したので今回のインタビューのお話持ち込んだんですけど(笑)でも麻酔は効いてくるんですよね?効いてくるんですけど、痛みのインパクトが強すぎて、もう頭の中が真っ白になってました。手術は2、30分だったとは思うんですけど。手術の感覚っていうのは?ジョリジョリ、ゴリゴリ、やってるなーみたいな。お疲れさまでした…。目隠しを取って見たチンコはどんな状態に?包帯でグルングルンです。さっきののびーる君ですね。根元から上まで?ちんちん見えない?先っちょだけ、見えてる感じの。おしっこするときに困るので、ちょっとだけ出てるんです。
終わったら帰っていいんですか?はい。電車に乗って帰ったんですか?はい。すぐにお家に帰ったんですか?ゲン担ぎっていうのも、あれですけど、お腹減ったので、近場のステーキ屋でステーキを食べました。アハハハ!ご褒美かよ!150グラム、1000円でゴハン食べ放題みたいなところで。これがクソまずかったのを覚えています。で、お家に帰って落ち着きました?ちょうど麻酔が切れてきて、痛くなったので痛み止めの薬を飲んで。注意事項みたいなのを渡されたんですけど、「朝勃ちの対応のために、お水飲まないで寝てください」って書いてあって。今夜ってことですか?はい。水を飲んで寝ると勃つらしいんですよ。
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へぇ!これまた勉強になるなぁ。で、朝勃ちは?朝勃ちの激痛で目が覚めました。羨ましいですよ。痛み止めの薬は、1週間分くらいもらったんですけど、それが無くなって、市販のものも買って飲まないと無理なくらいやってらんなかったです。包帯も自分で替えるんですか?はい。じゃあ、初めて包帯を取ったとき、お変わりになられた自分のチンチンはどうでした?コレ何針?っていうくらいチンチンの全周縫われてました。うー…。写真撮っておけばよかったですかね(笑)。見たくないですけどね(笑)!「俺のチンチン戻るんだろうか?」みたいな心配はありませんでしたか?あんまり、そこはなかったんですけど、想像と違うって部分はありました。と、言うと?抜糸して、傷も消えて、完全に亀頭が露出すると思ったんですが、まだ皮があったんです。まだ被ってるんですよ。え?どういうことなんですか?小さい頃から剥けてる人は、パンツの擦れとかで、カリ首が大きくなるらしいんですね。そのカリ首で皮が止まるらしいんです。ただ僕の場合、32年間被っていたんで、カリが発達してない。だから今も被っている。だから、これから僕は、カリ首を育てなきゃいけないんですよ。アハハハ!!あ、すいません、育つんですか?育つんですかね?どうなんですかね?不安なんですよね(笑)。残念ながら、通常時、まだ被ってるから、また包皮炎になってるっていう話もあったり(笑)。あれ、意味ねえじゃんみたいな。お仕事仲間とかバンドマンの方には言ったんですか?手術の翌日、包帯巻いてもまだ血が滲んでる状況なんですがZEPP TOKYOで仕事があったんです。うわー、大変そう。で、パンク系のライブなので、バンバン人が降ってくるだろうし、ちょっとこれはキツそうだな、どうしようかな、って思っていたんですけど、さすがに包茎手術が理由で現場を飛ばすなんて自分的にNGだったんで現場には行きました。エライけど笑える!それで行ったんですけど、痛みからかあまりにすごい疲れた顔してたらしくて、顔色も悪いし、「どうしたの?」って言われて。「タバコ吸い行こ」って二人して喫煙所裏に行って、「実は、手術したんだよ、昨日」って言って、「昨日!?」って。「大丈夫なのか!?」って心配してくれたんですけど、「…包茎手術」って言ったら、バカ、死ねっって罵られて(笑)。一緒に楽屋に戻ったら、「コイツ包茎手術したってよ!」「マジで(笑)!?」って。でしょうねぇ(笑)。結局その日は、自分の身を案じてPA卓から望遠で撮ることにしたんですけど、そしたらライブ中に「包茎手術知ってる?」みたいなMCをいきなりし始めて(笑)。バンドが?はい。「皮切ったやつがいてさあ」って3000人弱の前で。「そんな、ちんこの皮を切った、友人に送ります」って言って曲に入るという。最高の友情ですね!お客さんはどうだったんですか?ドッカンドッカンに?若いバンドなので、割と女の子が多くてシーンとなりました。男衆は笑ってくれてましたが。バンド関係者にこの話は回っちゃってるんですか?そうですね。あだ名変わっちゃったりとか。たまに「よう!包茎」って言われます。「もう違うし!」って、その度に言ってます。(笑)。でもお仕事は充実してそうですね。そうですね。なにより、音楽が好きなので。音楽にまみれる生活をしていて幸せだとは思っています。
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はい。好きじゃないと、そこまで気持ちを汲めないというか。「この人たちの格好いいところはどこだろう?」っていかに感じ取れるかというところに繋がってくると思うんです。単純に写真を撮ることというよりか、音楽が好きってことの方が僕の中で大切にしていることかもしれません。これまでどれくらいの数のバンドを撮ってきたんですか?どうでしょう…覚えていないのですが、2013年に写真集を出させていただいて、それに収録されているのは25バンドです。バイトして、朝起きて、現地に飛んで、撮って、移動して、また撮って、帰ってきてバイトして…。そんな20代の詰まった本なんです。走りまくっていたんですね。Twitterで見掛けたミュージシャンの名言で、「楽しいことは、ラクなことじゃない」ってのがありました。確かにそうだよなあ、と。実際プライベートは充実しているとは言えないないですし、時間もお金も余裕がないんですけど、別にそれでいいやって思ってます。誰のためにやってるのかと言ったら、バンドのためにしかやってないんですよ。「このバンドはこういうこと言いたいんだ、このバンドはこんなにカッコイイんだ」って伝えたいというか。僕のやっていることは音に色をつける作業だと思ってるんですけど、カメラマンって職業は裏方なので、バンドの、音楽の後押しを、そういうアプローチをできたらと思っています。エライ!じゃ、これからの夢とかありますか?ないですね。ええ?なんで?2013年に写真集をつくったところで、僕の人生1回完結してるんです。先に話した事故で亡くなったバンドの写真も写真集に入れているんですけど、やっと自分の力で、世に出せたっていうところがありましたし。あとAIR JAMにオフィシャルカメラマンとして呼んでいただけて、お目にかかる事さえ夢にも見ていなかったHi-STANDARDを撮れたんですね。「当時のライブには行けてない世代」ですし。AIR JAM 2011のDVDの見開きの写真は僕が撮ったものなんです。高校のときに擦切れるくらいAIR JAMのVHSを観ていたんですが、そのイベント主催のバンドのDVDに自分の写真を使ってもらえたのは、…最初信じられなかったくらい嬉しかったですね。それは本当にすごいことです。事故で亡くなったメンバーも、自分の意思じゃなく、時間を奪われてしまったわけで。僕の20代の原動力って、亡くなったその彼なんです。好きなことを途中でできなくなってしまった人のために頑張る。背負って僕は生きてるっていうのがあったんです。その彼の素晴らしい時間を世に出せたことで、役割は終わった、完結したから、僕の20代はそれで終わりなんです。30歳になってから、どうしたもんかなぁ?ってなってしまって。いかんですよ!終わってないですよ!夢とかどうなりたいっていうことより、今でしょ、って。目の前のやるべきことをとにかく格好良く生きられたら。明日が来て、寝坊して誰かに迷惑かけない限りは、別にそれだけでいいんじゃないかなと思ったり。ずっと何をするべきか考えてて、最近やっと答えが見えてきた気がしてます。考えすぎてちょっと、帰ってこれない時もありますけど(笑)。ウムー。男の人生として、細く長くより、太く短くの方が格好いいなっていう憧れもあったりしますけどね。ごめんなさい。太く短くって、今言われたら、股間に目が行ってしまいます。
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アハハ!僕は割と大きい方だと思ってますが、短く太くっていう方が、男の人生って格好良くないですか?太く長く行きましょうよ。せっかく手術したんだから。チンコをこれから育てなきゃいけないと思うと、面倒臭いってのもありますけどね(笑)。でも目標にはなりますね。そう、そう!超楽しいじゃないですか!!苦痛ですよ。とにかくカリ首をでかくするためだけの、オナニーって(笑)。もうひたすら頑張ってください!最後に一言!音楽は消耗品ではないと思うので皆さんで大切にしてあげて欲しいなと思います。なんでも大切なのは愛じゃないかなぁと。「愛だろっ愛!」ってことで。真面目なんだか変人なんだかよく分かりませんね!
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