到着した電車から、勢いよく一人の高校球児が出てきました。正にベンチからグランドへ走って行く感じ。帽子を被って、ユニフォーム姿もバッチリ。さすがにスパイクは履いてませんでしたし、グローブも付けてませんでしたが、おそらくあのままレフトに向かうのでしょう。9回表、最後の守備。守りきれるかな?あと一勝!日々の生活の中で、私たちはたくさんの人たちとすれ違います。でもそんなすれ違った人たちの人生や生活を知る術なんて到底ありません。でも私も、あなたも、すれ違った人たちも、毎日を毎日過ごしています。これまでの毎日、そしてこれからの毎日。なにがあったのかな。なにが起るのかな。なにをしようとしているのかな。…気になりません?そんなすれ違った人たちにお話を聞いて参ります。※寺田康孝(てらだ やすたか)さん (32歳):販売員30歳、31歳、32歳と、ここんとこ同年代の男性が続いているんですが、寺田さんも…はい。32歳です。
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続きますねぇ。さすがに女性が恋しくなってきました。すいません。いえいえ、そんなつもりじゃありません!VICEは、30代の男性に支えられているんです。いつもご覧いただきありがとうございます。いえいえ、こちらこそ。実は、このコーナーに知り合いが出ていたんです。え、そうなんですか?どなたですか?(魔)さん -仮名-です。あ、レコード屋でバンドマンの!はい。僕もバンドをやっていまして、それで(魔)さん -仮名-とも繋がっています。じゃあ寺田さんも変な音楽やってらっしゃると。激コアですか?カオティック・ハードコア。ええ、まぁ(笑)(魔)さん -仮名-はお元気ですか?いえ、最近は会ってないんです。僕もここのところライヴハウスとか行ってないので。ずっと会ってると疲れる感じですものね!で、お仕事が販売員さんということですが、何を売ってるんですか?はい、靴屋です。サンダルとかも扱っている海外メーカーの直営店です。もう長いのですか?いえ、まだ2年です。じゃ、それ以前は他のことをされていたんですね。では人生振り返りスタート!ご出身はどちらですか?葛飾区です。実家は金町というところで、現在も柴又に住んでいます。リアル・チャキチャキじゃないですか!やっぱ江戸っ子って雰囲気なのですか?そうですね、やはり父親は頑固でした。お父さんは何をやられていたんですか?自営なんですけど、金物系のプレス工場を経営していました。やっぱ葛飾、柴又、と聞くと、寅さん&両さんが出てきますが、やはり地元のヒーローなのですか?そうですね、亀有は両さんを盛り上げていますし、柴又も寅さんを軸に回っている気がします。軸に…っていいですね!(笑)じゃ、葛飾の子供たちは、両さん&寅さんを見て育つと。群馬の上毛かるたみたいに。いえ、それは別に(笑)。寅さんは大人になってから見ました。
どんな小学生でしたか?ゲームばっかりやってました。どんなゲームをやっていましたか?聞いてもまったくわからないのですが。一番ハマったのは、「メタルマックス」です。「メタルマックス」ですか。(カメラマンの)宮本さん、知ってます?31歳でしょ。(カメラマン:宮本さん)知らないです。それはどんなゲームなのですか?舞台は退廃した近未来みたいな…あれでしょ!北斗の拳みたいな!…まぁ、そうですね、そこら辺の世界観のロールプレイングゲームです。キャラクターがみんな戦車に乗って、敵を倒しに行くんです。誰を倒しに行くんですか?テッドブロイラーという賞金首で、イカつくて、手から火を出すやつです。この「メタルマックス」は、人気のゲームだったんですか?いえ、まったく。ちょっとマニアックな…ああ、やっぱり。カオティック・ハードコアですものね。小さい頃からアンダーグラウンド志向だったんですね。他にも地下ゲームやりました?そうですね。この「メタルマックス」を出しているところが、おかしなゲームばかり出すメーカーだったんです。データイーストっていう会社なのですが、スローガンも「ヘンなゲームならまかせとけ!」って。真っ直ぐな会社ですね!「メタルマックス」のCMもやっていたんですが、「竜退治はもう飽きた!」とか。竜退治?ドラゴンクエストのことです。なるほどー。友達も「メタルマックス」をやっていましたか?いえ、まったく。やっぱ変わった子だったんでしょうか?
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そうですね、親は学校に呼び出されたりしてましたから。え、なんで?「メタルマックス」やるくらいイイでしょ。いえ、「メタルマックス」は関係なくて(笑)。なんか情緒不安定だったのか、学級崩壊みたいなことばかりしてたんです。ん?あばれる君?授業を妨害したり、先生と喧嘩したり…ただのバカだったんです。そのバカはいつ治ったんですか?中学です。受験して私立に入ったのですが、なんとなくちゃんとしなくてはという芽生えが。どうして中学受験したんですか?頑固お父さんのご希望ですか?いえ、公立だったら、怖い先輩が僕を待っていたんで。それで逃げるように受験しました。……思い出しました。小学校ではあばれる君、そして先輩にやられるからの中学受験。この流れは、(魔)さん -仮名-と、まったく同じです!ちょっと怖いくらい同じじゃないですか!ああ、そう言われれば(笑)。カオティック・ハードコアの絆ってスゴイですね。どんな中学時代を送りましたか?男子校だったんですが、運動が強い学校で、全員部活に入らなくてはならなかったんです。小学校のときにサッカーをやっていたので、続けようと思ったのですが、レベルが高過ぎたのでバレーボール部に入りました。大好きなゲームは?やってました。バレーとゲームの中学時代です。どんなゲームをやっていましたか?聞いてもまったくわからないのですが。その頃は「バーチャファイター」とか。「バーチャファイター」ですか。(カメラマンの)宮本さん、知ってます?(カメラマン:宮本さん)ええ、もちろん知ってます。宮本さんが知っているということは、マニアックなゲームではない?はい。超メジャーなゲームです。あれ、どうしたんすか?いきなりメジャー志向ですか?やっぱあばれる君モードがなくなったからですか?カオティック足りないんじゃないですか?いえいえ!もちろんマニアックなものもやっていました!音楽デビューはいつですか?中三のときなんですけど、友達に…あ、わかった、またどうせハイスタでしょ。Hi-STANDARD。いえ、えっと、B’zです。おおー!!えっと、もちろん、そのあとハイスタに行きましたが……いいんです、いいんです、続けてください!あ、はい、えっと、B’zは聴いたことがなかったんです。ただ「ロック」ってことで、かっこいいイメージは漠然と持っていました。それまで「ロック」は聴いてなかったんですか?はい。何を聴いていたんですか?とんねるずの「一番偉い人へ」とか…あと嘉門達夫とか。アハハ!「鼻から牛乳」からカオティック・ハードコアへの道のりって長いですよ!で、B’zを聴いてビビったんですか?はい。その友達がB’zに「太陽のKomachi Angel」って曲があるって言ったんです。で、僕は聴いたこともないのに、B’zは超ロックな人たちだと勝手に思っていたので、「そんなダサい曲名あるわけない!」って喧嘩になったんです。(笑)。でも結局「太陽のKomachi Angel」はありまして(笑)、そこからB’zが気になるようになり、そして決定的だったのは「ミュージックステーション」で観たんですね。もちろん当て振りでしたけど、すごくカッコ良くて。ギターの弦とか蛍光でピカピカで。「やべえ!ギターやろう!」ってなりました。親戚からギター譲ってもらって、B’zの楽譜も買いましたけど、やはり難しくて出来ませんでした。
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では何をやっていたんですか?hideとかLUNA SEAですね。hideも良く出ますね…ってか、やっぱ(魔)さん -仮名-と同じだ(笑)。呆れるくらいにエリートコースですねぇ。ハマりました?そうですね、サイバーな感じのヴィジュアルも好きだったんで、原宿の「A LITTLE VILLAGE」というお店で、その手の服を買ったり。髪の毛とかは?夏休みだけ青に染めたり。それでバレーボールもやってたんですか?あ、補欠だからいいのか。いえ、キャプテン的な…マジっすか。hideがアタックしていいんですか?うちの学校、バレー部だけ弱かったんです。僕同様、他のスポーツをリタイアした人間が集まるところでした。でもギターとか始めると、「スポーツってダセー」なんてならないんですか?スポーツ自体が好きでしたので、なりませんでした。あと、うち空手道場もやっていたので…え?寺田さんち、空手もやってたの?お父さん、師範?ええ、そうなんです。だから私もずっとやっていたんです。今は弟が師範をしています。ただバンドに夢中になったので、高校に上がった時点で私は止めました。女子系はいかがでしたか?男子校だったし悶々としていたのでは?まぁ…うーん、そうですねぇ…とにかく中学時代は、みんな女の子と接点がなかったので、友達とそんな話もあまりしませんでしたし、みんなスポーツに打ち込んでいるし、彼女いるヤツとかは、かなりマセている感じでした。高校はそのまま同じ系列の学校ですか?はい。じゃ、また男子校。いえ、共学ではないのですが、別学で女の子もいました。高校でもバレーを続けたんですか?いえ、軽音部に入りました。そろそろ出てくる頃ですか?ハイスタ。はい(笑)。ハイスタのどこが気に入りましたか?これまで聴いていたものとまったく違いました。等身大というかピュアというか。すごくショックでしたね。「A LITTLE VILLAGE」のサイバー服はどうしましたか?はい(笑)。結構売って、アメカジ風の服に買い換えました。バンドも組んでたですよね?オリジナルとかもやっていたのですか?オリジナルを始めたのは高三くらいからです。やはりハイスタ風の?その頃はヌンチャク風でした。(笑)!時の流れを感じますね!!バンド名を教えていただけますか?ちょっとそれは恥ずかしいので(笑)。すいません。でも今やってるバンドもそれなんです。ええ!すごい活動歴じゃないですか!10年以上やってるってことですよね。メンバーも変わらずですか?変わりましたが、今いるメンバーはオリジナルのままです。中学の同級生とか、あと弟もいます。師範もいるんですね!じゃ、高校時代はがっちりバンドをやって。そろそろ女の子とか出てくるんじゃないですか?ヌンチャクなら。そうですね、ライヴに来てた女の子と付き合ったりしました。どこでライヴをやっていたのですか?今もそうなんですが、小岩を拠点にやってまして…おおー小岩クルー!はい(笑)。ですので、eM SEVENとかでやってました。で、そのeM SEVENであった子と素敵なベッドのインでチェリーなボーイを卒業したのですか?いえ、その、経験はその前に。え!ちょっと待ってください、黙ってましたね!!なんで飛ばすんですか?ここ、ここ、ポイントなんですよ。いつですか?いつ?中三の…え!ちょっと待ってください、さっきと言ってることが全然違うじゃないですか!!接点ないとか、スポーツやってるとか、言ってましたよね。マセてるのは寺田さんじゃないですか!
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いえ、たまたまだったので…たまたまもタマタマも関係ありません。こりゃ、eM SEVENに来てた子に至るまで、結構色々あったんじゃないですか?いや、まぁ、そうですね(笑)。結構グイグイ行くタイプなんですね。メタルマックスで鍛えたおかげですね。高校卒業後はどうされたんですか?大学に行きました。名前書けば入れるようなところです(笑)。そんなところあるんですか?はい。僕は推薦で入ったんですが、面接で「君は大丈夫そうですね。健康そうだから」って言われて入れました。
大学時代もバンド中心ですか?そうですね。それとスケボー、バイトって感じの日々でした。バイトは何をやっていたのですか?ずっとコンビニでやっていました。セブン-イレブンのみです。バンドで食っていこうとは思わなかったのですか?それはバンドメンバー全員なかったですね。普通に学生しながら、仕事しながら、そんなノリでした。女性関係も安定してましたか?はい、まぁ、そうです(笑)。なんかスゲエ充実してると思います。で、大学4年で就職活動に入ると。いえ、それがほとんどしないで、ドロップアウトしました。んん?ちょっと暗黒時代に入りますか?安心してたのに…。なんでアウトしたのですか?絶対社会で生きていけないな…って、バイト時代からも思ってました。んん?セブン-イレブンでしょ?接客でしょ?いろんな人来るじゃないですか。最も社会に近い仕事だと思うのですが。いや、もう話せないんです。「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」は言うでしょ?その2つは機械的なものなので、それだけなんです。例えば仕事でミスしたときに謝るとか、手伝ってもらったときにお礼言うとか、それができなくて。言おうと思うと喉が詰まる。どんどんタイミングを逃してしまうんです。何なんでしょう?緊張するんですか?いえ、プライドが高過ぎるんです。謝まらなくて済むように、絶対にミスしないように、気をつけていました。その結果、自分に厳しくなり過ぎて、お客様に肉まんを渡し忘れただけで、「バイト辞めます」とオーナーに言ったこともありました。肉まんかー。でもお友達とは喋れるんですよね?誰とでもってわけではないんです。後で聞いたんですが「あまりに喋らないから、あいつ何を考えてるかわからない」って言われていたとか。卒業後はどうされたんですか?父親の工場で1年半くらい働いていたんですが、父から「もうちょっと勉強した方がいい」と言われて、僕も興味があったので、デザインの専門学校に入りました。フムフム。でも卒業まであと3ヶ月前に辞めました。んー、これまたどうして?卒業制作ができそうになかったので…完全に逃げ癖がついちゃったんです。お父さん、怒らなかったですか?学校行っている間に亡くなったんです。あらーそうですか…。それでその後は?友達が働いていた製造と設計をやっている会社に入れました。じゃあ、結果オーライではあったと。でもやっぱり仕事とか社会に馴染めない自分がいまして。結局はすべて人間関係じゃないですか。取引先にお願いしたり、謝ったり、やっぱりキツくて。コンビニのときと同じ。はい、詰まってきちゃうんです。それで結構鬱の状態になりまして。あらー。考えてみれば、ちょっと昔からそんな感じもあったんです。漠然と死にたいなぁとか、通学途中ですれ違った人が笑っているのを見ると、自分を見て笑ってるんだとか。
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でもバンドは人前に出ないとできませんよね?ええ。でも、演奏はしても、ライヴを観に行っても、人とはあまり喋ってなかったんです。その時の彼女とは?あんまり深い話をしないでいました。ひとりで抱えちゃうと。それで仕事を辞めたくなったんですけど、それを言い出すのもキツイ。精神が弱いとか言われるんじゃないかとも思う。それで辞める口実を作ろうと考えてたら、ふと外国に行くのはどうかと思ったんです。結構キツイ時期で、周りにも迷惑をかけていましたし、日本を離れて一度リセットするのもいいのではないかと。どちらに行ったのですか?ドイツです。どうしてまたドイツに?なんかドイツ語が喋れたらかっこいいかなって。それに英語よりちょっとマイナーじゃないですか。そこは軽いですね(笑)。ドイツ語留学ですか?そうですね。でも実際にはワーキングホリデーです。お金は貯金を使って?そうですね。でも足りなかったので、先に会社辞めて、ドイツ語の勉強をしつつ、一年間バイトもして貯めました。ドイツの生活はいかがでしたか?勉強して、バイトして…日本食レストランだったんですが…、毎日同じような生活をしていましたが、ライヴに行ったり、クラブに行ったり、たまにはDJもやらせてもらったりして、少しずつ笑顔が増えてきたように思います。ドイツでの女の子事情はいかがでしたか?そこは安定してたじゃないですか。さすがにその時期は不安定でした(笑)。どれくらいドイツにいたんですか?ビザの関係もありましたし、お金も底をついてきたので一年で戻りました。でも戻ってきたら、やっぱキツかったですけど(笑)。病院には行かなかったんですか?病院にはドイツに行く前から通っていたんです。クリニックみたいな感じです。ちなみにクリニックではどんな診察をしていたんですか?カウンセリングですね。カウンセラーが患者の話を引き出してまとめます。鬱々とした気持ちや症状を淡々と吐き出して、それに対してアドバイスや薬を処方してくれます。効果はありましたか?薬をもらったのですが、飲むとボーッとして、地元で道を間違えたり、今やっている作業を忘れてしまったりとかありました。怖くなったので、飲むのをやめました。帰国してどうしたんですか?元々靴が好きだったんですが、今の店の靴をドイツで履いたんです。あまりに履き心地の良さに感動しまして、日本に帰ったらそこで働くのもいいかな、って。ちょうど募集もしていたので、タイミング良く入れました。でも靴屋さんって接客じゃないですか。また人間関係ですよ。本当にドイツに行く前が最悪の状態だったんです。でもドイツに行って、落ちるところまで落ちたというか、生きていてラッキーと思えるようになって。ちょっとテンション高くなっていたので、その勢いで応募したんです。
実際働いてみてどうでしたか?やはりキツかったです。まったくダメで。その時の店長の目も厳しかったですし、コンビニの接客とは比べものにならないほど大変でした。なので、また3ヶ月後に「辞めさせてください」と言うんですが、「わかった。でも人が足りないので、次の人が入るまでお願い」って、日数を減らして働いていました。でも入る人、入る人が、僕が辞める前に辞めてしまう(笑)。それでズルズルと半月働いて、半月休む、みたいな生活をしていたんですが、ちょっと落ち着いて来た頃に「接客の心理学」みたいな本とかを読むようになったんです。
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おおー!!そしたら靴が売れ始めたんです。おお、おおー!!突然繋がるようになったというか…店長がいつも「なんで?なんで?」と言う人だったんです。「なんで?」を言われているうちに、僕もその「なんで?」の理由を掘る癖がついた、調べるようになった。それが少しずつ売り場にダイレクトに反映されるようになって来たんです。僕のような人間でも、こんなことができるんだって、ちょっと楽しくなってきたんです。口うるさい店長のおかげですね!で、その靴屋さんですが、もちろん私も行きますし、色々と声をかけられます。「何かお探しですか?」とか「いいのがありましたら言ってください」とか「ごゆっくりどうぞ」とか。例えば、この3つはお客さんを見て使い分けているんですか?はい、全部使い分けます。お客さんが通路を歩いて来るところから、見ています。最初の声かけ…「いらっしゃいませ」でも「何かお探しですか?」でもいいのですが、そのお客様の感じを見て、声の調子、距離感、話す内容とかを見極めるんです。お客様が発する動作の全てが意思表示のサインなんです。うぉー、ちょっと怖いですね。見定められていると(笑)。お客さんの足元も見分けとかつくんですか?うちの店は、お客さまの足の計測とかサイズ選びも慎重にやっているんです。あと、骨が出ているからこちらの靴とか、甲が高いからこちらの靴とか。歩き方でX脚だとか、靴のベロがよれているから傾いているとか。少しずつ分かってきました。わー、すごい!靴ベロのプロですね。でもお客さんがいない時間もありますよね。ずっと待ってるの辛くないですか?ロープレ…ロールプレイングっていうのがあるんですが…あ、「メタルマックス」!ゲームしてるんですか?いえいえ(笑)。もう一人のスタッフと、お客さん役、スタッフ役になって、接客の練習をしているんです。わー、有効に時間使ってますね!!そうすることで、店内にお客さんが入っているようにも見える。それで本当のお客さんも入りやすくなるんです。アイデアっすねー!ではお一人のときは?「動的待機」っていうのがあるんです。なんですか、それは?動きながら待機?はい、その通りです。立って待ち構えると威圧感が出ますから、常に動きながらお客さんを待つんです。靴を整理したり、掃除をしたり。そのときは何を考えているんですか?何も考えないようにしています。なんか余計なこと…雑念みたいなものがあると、売れないことがちょっと分かってきたので。へぇー!!それにしてもお仕事、充実してますね。体調はどうですか?良くなりました?そうですね。接客を通じて、人はどう動くのかを考えているうちに、自分のことも振り返られるようになったので、昔より制御できているのかなって思います。「もう死にてぇー!!」とかは?たまにふと思いますけど(笑)。でも立ち直りが早くなりましたね。靴屋さんに入って良かったですね。はい、すごく良かったです。ここまで本気で仕事したことありませんでしたし(笑)。安定の女性関係は今?実は昨年の12月に結婚したんです。アラー!それはおめでとうございます!!どちらの方ですか?ドイツ行く前にセブン-イレブンでバイトしていたんですが、その近くに昔からある甘味処というか定食屋がありまして、そこの娘さんです。また寺田さんからアプローチしたんでしょ?まぁ(笑)。食べに行ったら「セブン-イレブンの方ですね」って声をかけられまして、それで親しくなったんですが、このお店のFacebookページがあったので、そこから入り込みました。
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本当にインターネットって便利ですね!どうですか?結婚生活は?はい、本当に居心地良いです(笑)。奥様、ご病気のことは?もちろん知っています。キツイときも知っていますし、その間もすごく支えてくれました。今もなるべく添加物を摂らないようにとか、気を使ってくれますし。とても感謝しています。はい!!では最後に、これからの夢とかありますか?どうでしょう…まぁ、平穏に暮らせることですかね(笑)。…あのう、最後にひとついいですか?なんでしょう?僕、ほとんど何も言わずにドイツに行って、何も言わずに帰ってきたんです。体調悪かったときにFacebookも止めてしまいましたし、音信不通になって、ちゃんと報告していない人も結構いるんです。それに現在も、ライヴハウスとか、人が多いところが辛くなったりすることもあるので、この場でちょっと知って貰えたらいいかなって。元気ですよー!って。はい、生きてますよー!って(笑)。では、みなさんに一言、ドゾ!あ、はい…。えっと…波があるので、顔出せたり出せなかったりするんですけど、まぁ、顔が出せたときはまた温かく見守ってください…と。
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