Photo by ゾーヒョー – Own work, CC BY-SA 4.0

4月9日、両国国技館で開催された新日本プロレスのサクラ・ジェネシスで、IWGPヘビー級王者オカダ・カズチカと柴田勝頼が壮絶な試合を繰り広げた。そして30分を超える打撃戦の末、観客が目にしたのは、プロレス史上最悪ともいえる事態だった。

オカダの鋭いレインメーカーを柴田がかわすと、相手を見据え、強烈なヘッドバットを繰り出した。そして、熟したメロンが床に落ちたような非常に不快な鈍い音が会場に響いた。オカダはリングに倒れ、その傍で柴田が呆然と立ち尽くしていた。汗に混じったひと筋の血が柴田の顔の真ん中を流れ落ちた。

結局、試合は、大きな損傷もなくオカダが4度目の防衛に成功し、ヘッドバットを繰り返した柴田のほうが大きなダメージを負ってしまった。硬膜下血腫だ。脳挫傷、血管損傷により、硬膜下に血液が溜まってしまったのだ。柴田は退場途中に倒れ、救急車で病院に緊急搬送。そして5時間に及ぶ緊急手術を受けた。柴田の手術は無事に成功し、試合の記憶もあり、会話も可能な状態で、麻痺も治りつつあるという。しかし、現在も退院の目処は立っておらず、復帰時期も未定。37歳の柴田が二度とリングに立てない可能性も報じられている。

ヘッドバットのいっ件さえなければ、本当に良い試合だった。日本の伝統的な〈ストロングスタイル〉マッチだった。ストロングスタイルとは、派手な演出を省き、ストイックな打撃技と反則一歩手前の組み技で構成される荒々しいスタイルのプロレスであり、攻撃を受け続けながらも勝利に繋げる〈闘魂〉スピリットに特別な重きが置かれている。試合は、マゾヒストが戦っているような打撃と組み技の応酬となり、攻撃を受けてもひるまず起き上がり続けるレスラーには大きな声援が送られる。だからこそ最悪の事故さえなければ、最高の試合になるのだ。しかし、ヘッドバットにより、試合は、本当に(しかも不必要に)バイオレンスの領域に踏み込んでしまった。

身体能力の限界に挑んでこそプロレスであるが、そのスタイルは日本と米国では大きく異なっている。米国のスタイルは、素早い攻撃とわかりやすく大胆な動き、多かれ少なかれ馬鹿げている。過激なバイオレンスを求めるファンには、蛍光灯や梯子を使ったデスマッチがある。(もちろん日本でもデスマッチが発展してきた事実は付け加えておくべきだろう)

しかしストロングスタイルは、米国のプロレスとは全く違う。肉体自体が凶器となって、お互いを痛め続けるのだ。しかし、「プロレスは、ただの見世物」と信じているオーディエンスに、ストロングスタイルの危険性を伝えるのは不可能だ。このような人たちにとって、プロレスなんてエセ悪魔崇拝者や、中年ビジネスマンによるパフォーマンス・ショーであり、脚本があって、計画的で、安全面にも何ら問題ないと信じている。椅子攻撃は、衝撃を和らげるよう背中の平らな部分を狙うし、リングの外には柔らかいマットがある。全て巧妙なトリックだと錯覚しているのだ。

そんな「やらせだろ?」という人たちに対し、プロレスファンは大きな声で、「八百長ではない!真剣勝負だ!」と応じる。ヘッドバットのたびに歓声をあげていた私は、ダニエル・ブライアン(Daniel Bryan)に引退して欲しくなかった。しかしそれは、レスラー自身が選択できる自由なのだ。レスラーは、自ら決断して出場し、そして引退を決める。私たちファンは、虚構とリアル・バイオレンスが入り混じったプロレスを、まるで自分が闘っているかのように、安心して観戦しているのだ。

しかし、ストロングスタイルの場合、私たちは安心して試合観戦などできない。オカダと柴田のような試合を観ていると、「誰も怪我なんてしないだろう」という錯覚は消え失せてしまう。彼らは本気で殴り合っていた。椅子やテーブルが演出するエンターテイメント性がなければ、試合は暴力的で生々しくなる。なぜなら、梯子から飛び降りる、椅子で誰かを殴る、自分がそんなことをする姿は想像できないが、怒り狂った誰かに頭を蹴とばされるのは容易に想像できるからだ。

柴田は誰よりもこの手の攻撃が得意だ。彼がリング上であらわにした敵意は、言語の壁を超えて伝わってきた。厄介なことに彼は、攻撃するだけでなく、攻撃されるのも厭わない。私の親友は、「ヤツ(柴田)のスタイルはゴリゴリ過ぎるから嫌い」といい、更に「(柴田の試合のように)選手が露骨に殴られるのを観るのは楽しくない」とも語っていた。

硬膜下血腫は簡単に起こるわけではないにせよ(残念ながら、脳しんとうは頻繁に起こっている)、今回のような大事故が、既に日本の試合で何度も起きている。試合中に起きた脳損傷をインターネットでざっと調べただけでも、選手の名前、国籍、そして障害の種類…脳出血、脳卒中、血管破裂、麻痺、発作などの情報がすぐに手に入る。ストロングスタイルがこれらの原因だと簡単には決めつけられないが、実際に脳損傷がストロングスタイルで多発している事態を踏まえると、今こそルールを見直す必要があるのではないか。

柴田の損傷は、非常に特別で素晴らしい試合に不名誉な疵を残してしまった。より広い観点からすると、何かを変えなければ、日本プロレス界から死者、障害者が多発してしまう予兆でもあるのだ。1990年代から2000年代、同じような看過から米国では多数の死亡者、障害者がでた。このままでは、日本プロレス界も同じ途をたどるだろう。

どれだけ人気になりたくても、試合を評価されたくても、あそこまでのヘッドバットをリング上で繰り出す価値はない。ファンはあのヘッドバットが繰り出される前から、既に熱烈に柴田を応援していた。ドラマとしても、スポーツとしても、あのヘッドバットは試合のためにならなかった。選手の精強な姿勢は、もちろん愚かなものではない。しかし、あのヘッドバットは明らかに愚かな行為だろう。

米国のプロレス団体及び興行会社であるWWEも様々な問題を抱えているが、彼らは先頭に立って、安全面を考慮したルール変更を実施している。最悪の結果をもたらさないように、レスラーが受ける衝撃を緩和するよう努力している。具体的な例を挙げると、頭部への椅子攻撃や、試合外の襲撃は既に禁止されているのだ。(クリス・ベノワ(Chris Benoit)の事件が起こる前に、禁止すべきだったが。)批評家の多くは、椅子を使った頭部への攻撃は、技による負傷とは別物なので慎重すぎるのではないか、と非難しているが、慎重すぎるくらいが、何ら手を打たないよりはるかに良い。そして、WWEの禁止行為を網羅するリストはないが、柴田が打ち付けたヘッドバットは、疑いなく禁則だ。

プロレスラーは、競技のために自らの健康を危険に晒している点では、他のスポーツ選手と同じだ。しかし、クォーターバックは脳しんとうを起こしたら退場しようとするだろうし、サッカー選手は足首や膝を捻挫したら検査を受けるだろう。そのような他のスポーツ選手以上に、プロレスラーには、危険なジャンプや肉体を痛めつける行為が要求される。そのため、現実と非現実の境界線がぼやけてしまっているのだ。9メートルの高さからジャンプして怪我をしない人間がいるだろうか? 鍛え抜いた人間の全力のヘッドバットを受けて立ち上がれる人間がいるだろうか?

スポーツでもプロレスでも、ブレーキを踏ませるのはマネージメントの役割だ。柴田のような次世代の選手が現れ、更に肉体の限界を引き上げて名声を轟かせたら、プロモーターやブッキングエージェントは金に目がくらみ、選手を守る安全性を無視してしまうだろう。しかし、誰かがストップさせないと誰かが死んでしまうのだ。〈キング・オブ・ストロングスタイル〉こと中邑真輔でさえ、「リスクを顧みない試合の構成について、そろそろ考える時期なんじゃないか」と発言している。すべての人々がこの声に耳を傾けてほしい。