宇宙人を探す巨大中華鍋

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宇宙人を探す巨大中華鍋

中国の地球外生命体探査の中核として、直径500メートルの球面電波望遠鏡〈FAST(天眼)〉が田舎の貧しい地方に建設された。米国が所有する、世界で2番目に大きなアレシボ天文台(プエルトリコ)でさえも直径305メートル。FASTは群を抜いて巨大だ。

中国の地球外生命体探査の中核として、直径500メートルの球面電波望遠鏡〈FAST(天眼)〉が田舎の貧しい地方に建設された。しかし、この望遠鏡が実際に宇宙人のメッセージを受信する可能性はあるのだろうか。

その巨大な金属製建造物はボウル型で、まるで中華鍋のようだ。

「すばらしい。こんな大きな鉄鍋は初めて見ました」とミスター・フー(Fu)は感嘆した。軍需品メーカーに勤務する60歳で、なめらかな木製床の展望デッキから、500メートル球面電波望遠鏡、通称〈FAST〉を眺めている。FASTは中国南西部地方にある貴州省の中心部に設置された。

「噂に違わぬ存在感ですね」と彼は付け加えた。彼のメガネは小雨で濡れている。

ミスター・フーは、2017年5月の雨の日、FASTの見学に来た50名ほどの観光客のなかのひとりだった。この望遠鏡の目的は、宇宙空間の調査、マッピング、地球外生命体からのメッセージの受信だ。中国の宇宙開発への野心は加速している。

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ミスター・フーは「宇宙人に、彼らの星の様子を訊いてみたい」と望遠鏡をしっかり見つめるために濡れたメガネを拭いた。「でも宇宙人たちがどういう外見なのか、ちっとも想像できません」

その近くにいたのは貴州省の省都、貴陽市からツアーに参加した10歳の男の子、リュウ・チンウェン(Liu Qingwen)くんだ。チンウェンくんは、地球外生命体との会話には乗り気ではない。「宇宙人とは話したくない」とリュウくんは恥ずかしそうにした。「人間にとって危険だから」

望遠鏡の中心部分。Photo: Matjaz Tancic

宇宙博物館の展示によると、FASTの最後の金属パネルがはめられたのが2016年7月初頭。それをもって工事が完了した(しかし公式には、工事の完了は同年9月とされている)。電波望遠鏡の正式稼働は数年後になるが、スケールが大きなこの望遠鏡は、世界中の想像力をかきたててやまない。世界最大の電波望遠鏡であり直径は500メートル。米国が所有する、世界で2番目に大きなアレシボ天文台(プエルトリコ)でさえも直径305メートルなので、FASTは群を抜いて巨大だ。

FASTは非常に興味深い。建設には約5年かかり、国営メディアによると1億8000万ドル(日本円にして約200億円)のコストがかかったらしいが、実際はもっと高額だったのではと推測されている。同地にたどり着くために平塘県を通ると、家畜を曳いて道を歩く農民たちの姿を目にするだろう。平塘県は貴州省でも貧しい地域で、はっとするほど美しい緑豊かな自然にあふれている。FASTのために舗装された道路が開通し、道沿いには宇宙船をテーマにしたガソリン・スタンド、観光案内所が建設中だ。

望遠鏡を中心に半径5キロ以内は電子機器の持ち込みが禁止されている。機器(時計、電話、デジタルカメラなど)はこのロッカーに入れなければならない。Photo: Matjaz Tancic

論議を呼んでいるのが、デジタル機器による干渉を防ぐため、FAST周辺で居住禁止地区が設定され、約9000人もの地元民が移転を余儀なくされたことだ。ビジターもFASTゾーンに入るには、デジタル機器を携行していないか、検査される。そもそもこの場所がFASTの建設地に選ばれたのは、この地域の人口が比較的少なく、山に囲まれた地形だったからだ。たとえば、ウエストヴァージニア州のグリーンバンク望遠鏡など、極めて精度の高い天文施設も同じようなロケーションにある。グリーンバンク望遠鏡の周辺でも、携帯電話や電波の使用は禁止されている。

FASTのインタラクティブな宇宙博物館内で、宇宙人の人形の前を通り過ぎる清掃員。Photo: Matjaz Tancic

FASTのチケット売り場で働く清掃員によると、地元民の強制移住への感情は世代によって異なるそうだ。若者たちは、FASTがもたらすであろう新しい仕事に喜んでいる。しかし、上の世代になると、その多くが、長きにわたって築き上げられた、一族の地所から離れなければならないのを嘆いているという。

貴州省のなかでも貧しく田舎のエリアにある平塘県。農民たちが家畜を曳いる。Photo: Matjaz Tancic

しかし、中国人は、FASTの目的〈宇宙人探索〉に、とにかく期待しているようだ。特に、望遠鏡の近くにある大規模な宇宙博物館を見学すると、より期待が膨らむ。博物館内には球根のような頭のかたちをしたヒト型宇宙人の人形が展示されている。「宇宙人たちはもう何十年も私たちにメッセージを送り続けていたかもしれません。しかし、私たちはそれを受信できずにきました」。そんなメッセージが館内のいたるところに掲げてある。

しかし、正式に稼働を開始したのち、実際に宇宙人のメッセージをFASTが受信する可能性はあるのだろうか?

この望遠鏡の〈父〉、FASTのチーフ・エンジニアのナン・レンドン(Nan Rendong)は自らの作品について自信満々だ。「電波の干渉が極めて少ない場所に設置された世界最大の球面望遠鏡であり、天文学におけるその科学的影響力は桁外れだろう。自然科学の他分野にも大改革をもたらすに違いない」と2016年、中国国営メディアの取材に応じた。

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専門家たちも、ナンさんの見解を、おおむね認めている。望遠鏡建設のメンバーたちは〈新パルサー1000個発見〉を目指している。パルサーとは、自転する天体だ。その研究がさまざまな天体現象、たとえば太陽系外惑星や宇宙における距離、ブラックホールなどの謎を解明するのに役立つ可能性がある。もし、目標を達成すれば、現在確認されている推定2500ものパルサーが、大量に増えることになる。

「新たなパルサーが増えるたびに、新しい現象も発見されます」。そう語るのは、オーストラリア連邦科学産業研究機構に所属する電波天文学者、ディック・マンチェスター(Dick Manchester)だ。「新たに1000のパルサーを発見する、という目標は現実的です。パルサーの数が2倍になれば、あるいは、パルサーがたくさん見つかれば、予想だにしない物体もたくさん発見できるでしょう」

FAST宇宙博物館のインタラクティブな展示を眺める観光客。Photo: Matjaz Tancic

ブラックホールを周回するパルサーが発見できれば非常に意義深い、とマンチェスター。なぜなら、それら不思議な存在の実態を解明できるからだ。多くの科学者たちが宇宙の大部分を構成するものと確信していながら、その存在が確認されていない〈ダーク・マター〉の存在を裏づけ、その性質の説明にパルサーの観察が寄与する可能性がある。FASTはさらに、重力波(重さをもつ物体が運動をしたときに起こる時空の〈さざ波〉)も観測できる。また、高速電波バースト(発生源不明の短い電波パルスのこと。天体学者が関心を抱き続けている)の観測のために宇宙をスキャンすることも可能だ。

しかしFASTに世間が望むのは、宇宙人からのメッセージ受信だ。中国科学院国家天文台の所長、彭勃(Peng Bo)は、「地球外文明を発見しようするなら、FASTには現存の設備の5~10倍の可能性がある。なぜならFASTはより遠くにある、より暗い惑星を観察できるからだ」と言明する。

地球外生命体とのコンタクトを目指す組織〈METI International〉の代表、ダグラス・ヴェイコフ(Douglas Vakoch)によると、FASTの試みは、火星人の「どうもこんにちは」という電波メッセージをひたすら待っているだけではなさそうだ。この望遠鏡のおかげで、地球が属する〈天の川銀河〉、その他、近くの銀河系における水素ガスの分布をマッピングできる。水素の値の変化は、生命が維持できる可能性のある惑星の指標だ。

ヴェイコフによると、現在の電波テクノロジーには限界があるので、地球外からの電波信号を望遠鏡で感知するには、その信号は強力な電波でなくてはならない、さらに、送るべくして送信された信号でないとならないという。ラジオやテレビに類するものから無作為に送信された信号では不十分なのだ。

「FASTが探査できる、搬送波の変調にとてつもないエネルギーを要するような〈狭帯域信号〉しか、私たちは見つけられません」と彼は語る。「〈私たちはここにいる〉と伝える、星間の無線標識です」

巨大望遠鏡を空に向け、メッセージに耳を澄ませる。それはそれで結構。しかし本当に地球外生命体など存在するのだろうか? 存在するにしても、私たちが理解できる定義に基づく知性を有しているのだろうか? 私たちに電波メッセージを届けられるほどのテクノロジーをもっているのだろうか? そもそも彼らはそんなことをしたいのだろうか? だとしたらなぜ?

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FASTが意味のあるメッセージを地球外の文明から受け取るには、かなりたくさんの因子を調整しなければならない。しかし、多くの科学者たちが、地球外生命体が存在する可能性は高い、と信じている。マンチェスターによると、宇宙人は「ほぼいる」そうだ。

「地球における発展が、宇宙のなかで唯一無二である可能性は非常に低いんです。地球での進化の道筋が、特別なわけではないでしょう。しかし、宇宙はとてつもなく広大ですから、私たちが地球外生命体とコミュニケーションをとる可能性は極めて低く、完全に不可能なほどです」

しかし宇宙からのメッセージに耳を澄ますことに意義を見出しているのはFASTのメンバーだけではない。たとえばロシアの億万長者ユーリ・ミルナー(Yuri Milner)は、〈Breakthrough Listen〉という、こちらも宇宙からの電波信号のキャッチを事業内容に含む宇宙探査プロジェクトに1億ドル(日本円にして100億円強)を投資した。

地元のマーケットで望遠鏡の写真を見せびらかす村人。Photo: Matjaz Tancic

マンチェスターもヴェイコフも、宇宙に知的生命体が存在するのであれば、彼らは、人間のテクノロジーよりもずっと進んだテクノロジーを有している可能性が非常に高い、と予想する。つまり、電波信号であれば、意図も簡単にに送信できるようなテクノロジーで、もしかしたら、地球に生命体が存在することも把握しているかもしれない。

「私たちの文明は、たかだか数万年のあいだに進歩しただけです」とマンチェスター。「他の文明は、もしかしたら数十億年間、進歩し続けているかもしれない。私たちが発見する地球外の文明があるとすれば、その文明は、私たちの文明よりももっとずっと進んでいるに違いありません。星の進化としては、地球の歴史は実に短いのです」

ヴェイコフによると、もし他の文明が人類の文明より300年(=進化論における時間区分の最小単位)でも長ければ、テクノロジーの進歩という面で、彼らのコミュニケーション能力は、現在の私たちには理解できないほど進んでいるはずだという。

では、その超進歩した(かもしれない)宇宙人がFASTを通してコンタクトをとってくる可能性はどれくらいあるのだろうか? ヴェイコフは、たとえその見込みが低そうでも、過去の天文分野における発見はどれも不可能なはずだった、と語る。

たとえば、1967年にパルサーが発見されたとき、〈LMG〉という名前が付けられた。LMGとは、宇宙人を意味する〈Little Green Men〉の頭文字だ。なぜかというと、そのパルスがあまりに規則正しく、天文学者たちは、なんらかの生命体が発した信号、としか説明がつかないと考えたのだ。1992年に初めて太陽系外惑星が発見されたが、それ以来、生命活動が可能な太陽系外惑星が数多く発見されている。今後、FASTは、天文学年表をにぎわせるだろう、と期待されている。

FAST博物館の近くにあるホテルに設置されている望遠鏡。Photo: Matjaz Tancic

「私たちの調査に、私たち自身が期待しています。私たちが発見してきた全ての事柄が、宇宙に生命体が存在する可能性を示唆しています」とヴェイコフ。「しかし、宇宙にはバクテリアが存在する直接的な証拠はまだ発見されていません」

FAST天文博物館を観光中だったユー(Yu)と名乗る46歳の男性は、もっと強い気持ちをもっていた。

「FASTは絶対に宇宙人を見つけるでしょう」。にやけたグレイのディスプレイのそばで、ユーは言明した。「FASTは宇宙探査における飛躍的進歩です。宇宙人たちにはまず挨拶して、それから、人類の生命の源や、どうすれば進歩できるかについて話し合いたいです。私たち人間がどこから来たのか、そしてどこに向かっているのか、知りたいです」